世界樹の庭で

サコウ

文字の大きさ
上 下
12 / 96

12

しおりを挟む
 薪を足して暖を取る。何度浴びても臭いは取れない。セッケンがあればいい匂いになると聞くが、そのようなものは無い。水に晒しすぎて少々冷えた身体を火に当てる。薪が静かに爆ぜる音が続く。辺りは静かになっていた。そこに石畳を踏む音が近づく。
「あれ、ロジェさん」
「まだ起きていたのか」
 光の輪に入ったかと思えば、すっと目を細めた。
「服はどうした」
「まだ水浴びの途中なんです。ロジェさんはどうかしましたか」
「私も寝る前に一浴びしておこうと思ってね」
 彼は既に鎧は脱いでおり、上衣だけを羽織っていた。それももう、脱いでいる。
「もう鎧はメニル師に持っていたのか」
 水を被りながら聞いてくる。濡れた背中が焚火に照らされ艶やかに輝いた。隆々とした広い背中にきゅっと引き締まった腰回り。しなやかな四肢。筋肉の陰影に見とれる。やっぱりカッコいい。
「副官の近侍の人達が持っていきました」
 見惚れていると悟られないように、極めて冷静に答えようと努力する。ああ、顔を拭う腕の逞しさよ。
「そう言えばあの後何か話されたのですか」
「それを話すには場所が悪い。落ち着いたところで話したい」
「はァ」
「それで、君は裸のままでどうしたんだ」
 顔の筋肉をさっと引き締める。振り向いたところに目が合う。危ない危ない。
「チームメイトたちが臭いからって、部屋に入れてくれないんです。でも身体を洗っても臭いがとれなくて。確かに臭いし。こんな、ロジェさんはずっと一緒で嫌だったでしょう」
 ごめんなさい。恥ずかしくて俯く。
「功労者に酷い扱いだな。まァあの将軍でさえ耐えられなかったようだし、言われるのも仕方ないさ。しかし、一番キツかったのは君だろうに」
「あの時は必死だったので、麻痺していたンだと思うんです。今はちゃんとわかってます。もう倉庫で寝ようかとも考えてます」
「私も同じだよ」
「え」
 同じ。何が。倉庫で寝るの?
「私もあの時は冷静でいてられなかった。何度君に助けられたことか」
「え、そんな。僕なんかが? ロジェさんがそんな風に見えませんでしたよ」
「何を言う。あんなものを目の前にして、君はよく考えよく働きかけようとしていた」
 やめて。そんな優しい目で見つめないで。全裸なんですよアナタ。どこを見ればいいのですか顔ですか。
「立派なことだ。本当に感謝している」
 歩み寄って、両手で手を握られる。握った手の厚さが頼もしい。
「そんな、もったいないです。僕なんか、剣も槍も中途半端で……。ロジェさんの立ち合いを見るのすごく好きで、尊敬しているだけの未熟者なんですよ」
「誉めてくれるのは嬉しいが、その剣もたかが人相手だけだ。今回の件でわかったよ。相手は人ではなく、魔獣なのだ。私はまだまだなんだとね」
 あ、すっごい柔らかい微笑み。こんな顔できるとか反則でしょう。やばい、惚れる。いや惚れてたわ。
「そうだ。部屋に戻れないのなら、私の部屋に来ないか」
 立ち尽くす僕に追い打ちをかけるようなお誘い。
「いいんですか」
「さっきの話をしなければならない。君が疲れてなければだが」
「大丈夫です。聞かせてください」
しおりを挟む

処理中です...