世界樹の庭で

サコウ

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「お前が逃げるとは考えてはいなかったけど、何かあったのかと焦ったんだぞ」
 廊下を出て、まずリビオが言った。怒りの感情はない。ただ、戸惑っていた。追い出したことにちょっとは罪悪感があったのか。だとしても、心配してくれていたのだから責められはしない。
「ごめん」
「反省しろ」
 肩を拳で叩かれる。その拳を握り返す。目を合わせて笑い合った。
「でさ、お前の脱ぎ癖、いやもう露出狂だな。それ、どうにもならないのか」
「僕が今これ一枚なのは、昨日リビオに渡されたのがこれだったからだよ」
「それは、そうだったのか。……悪かったな」
 彼が引っ掛けていた上着を渡されそうになるが、それはそれで変だろうと断った。中途半端に隠す方が変態度は上がる。
「その状態で、リーダーとずっと一緒かよ」
「そうだね」
 それ以上の痴態を曝した気がするけど、まぁ、言えるわけもない。
「それでもあの態度か。あの人、いい人だな」
「前からそう言ってるじゃないか」
 階段を折り切って廊下を曲がる。僕たちの部屋が見えてくる。朝は忙しない。武装し駆けだしていく同僚たちを見送り歩く。
「話があるとか言ってたな」
「うん」
 あのことであれば、早くに決めないといけないのかな。だったら、まずはリビオに言ってみるか。魔獣の調査ってことは、解体だって必要だろうし、彼の技術は重宝する。
「リビオは狩猟得意だよね」
「あえて得意、と言うほどではないが、生業だったしな」
 一夜以来の自室だ。同居人は既に居なかった。寝台に座り込む。小さな窓から差し込む光。薄暗くても馴染んだものだ。
「森に入って魔獣でやってみないか」
「はァ? 普段やってるあれじゃなくて」
「うん。任務で。もっと大きいの堂々と狩りに行く。どう? ワクワクしないか」
「しない……とは言えないな。しかし、俄かに信じ難いな。どういうことだ」
「ロジェさんの話、多分それ。僕、警備兵でいられなくなったンだ」
「え」
「昨日の騒ぎで偉い人達の計画に巻き込まれてね。城塞の財政が厳しいから、稼ぎたいらしい」
「金がないのは、副官の所為じゃないのか」
 リビオも例に漏れずあのアルディ副官を良くは思っていない。
「それも訳ありだってよ。協力するのならロジェさんが詳しく話してくれるはず」
 リビオは立ち止まって、眉をひそめた。
「でも、多分全部は話してくれない気がする。そうなると誰も手伝ってくれないと思うんだ。危険の方が大きいし、正直、みんなを巻き込みたくないという思いはあるんだよね」
 息を吐いて、後ろに倒れ込む。なんだか硬く感じた。
 みんな故郷に仕送りをしているし、堅実に稼ぎたいだけだ。城塞の周りであれば、既知の世界だが、森の中は未知だ。そこまで冒険ができるようなヤツなら、傭兵なんてのをやっているだろうし。
「俺に声をかけるのは」
「ただの僕のわがままだよ。助けてくれれば嬉しい。でも、無理強いはしない」
 リビオだってあの村に可愛い兄弟を残してきている。あの子らの顔は僕も知っている。
 立ち上がり、服を着る。
「ともかくロジェさんの話を聞いて、考えてみてよ」
 さて、朝食に行こう。僕はリビオの背中を叩いた。
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