世界樹の庭で

サコウ

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 なんだか人が多かった。色彩は賑やかで、花か何かのいい匂いまでしていた。ざっと見ても男しか居ないし、それも武官の類なのにこの華々しさはなんなんだ。
 僕たちに向けられる視線の多さにたじろぎながら、救いを求めるようにロジェさんに視線をやったが、彼はいつものように涼し気な顔で副官を見据えていた。
「お忙しいところお時間をいただき恐縮です」
 定型文で始めるロジェさんを副官が手を振って止める。端的に話せと言うのはいつものことだ。ロジェさんはメニル師の研究状況など簡単に説明し、おさらいするように森の状況を一通り話していた。
「つきましては、さらに奥まで探索を進めたいと考えております。数日程度城を空けることにはなりますので、お許しをいただきたく」
 ロジェさんが副官の前に広げていた地図を示して、探索範囲の説明を始めた。その様子に、彼らも食い入るように見つめていた。隣にいる仲間に耳打ちをしたり、忙しなく視線をあちこちに走らせる様子は、何やら企んでいるような雰囲気だとはわかる。
「予定は」
 副官が言って、地図から視線をあげた。ロジェさんと見つめあう。
「明日より。5日以上にはなりません」
「わかった」
 会話はそれで終わった。ロジェさんが退出しようと頭を下げた時だった。
「聞けばたった数名、彼らだけでよろしいのでしょうか」
 初めて見る顔だ。白く上品な面に、血色の良い頬。輝くようなブロンドの髪が顔を包んでいる。とりわけ華々しい外套。彼がロジェさんを一瞥した時、瞼がヒクと痙攣したのは見間違いではなかったか。
「ルブラン卿はお越しになられたばかりでご存じ上げないでしょうが、彼らは幾度も森に入っていおり、経験を十分に積んでおります」
 副官が淡々とした口調だが、かなり丁寧な言い方だ。副官がそんな対応するということは、かなりの高位の人らしい。それに食って掛かるようにブロンドが重ねた。
「我々が、そこの者より弱いとでも?」
「そうではございません。今は森を解き明かすことが優先なのです。隠密に長けている方が何かと都合が良いこともあります」
 隠密、と言う言葉に彼が鼻を鳴らした。
「確かに、こそこそするのは性に合わない。いや、騎士として何よりそぐわないものだな」
 言って、一歩後ろに並んでいた彼らに視線を流した。弓なりにした唇がいやらしく思うのは、僕の偏見か。いや、確かに囁き合ってクスクス笑う様子には悪意を感じる。ロジェさんだって騎士の類だし、やっぱり嫌味じゃないか。
「しかし、陛下の仰せもありますが、その辺りはいかがお考えなのでしょうか、アルディ副官殿」
「ぜひとも我々にも功を立てる機会を」
「ここに来てずっと暇を持て余しております」
 そうだそうだ、と部屋に花を咲かせていた彼らが口々に囀る。勇ましいが、その腕、どれほどに役に立つのやら。……僕が言うのもあれだけど。王宮は元々森の恩恵を要望していたが、今回の事で味をしめたらしく、より強い命令になっているらしい。
 ロジェさんの肩越しをちらと見る。副官は静かに首を振っていた。
「諸兄には、まだ活躍いただく時ではありません。ここはどうかご理解を」
「しかし」
「未知な部分が多く、危険が大きいのです」
「だったら、俺がついていこうか」
 食い下がる声を太い声が遮った。奥の部屋から姿を現したのは、重々しい鎧に身を包んだ城塞の主である、ブルイエ将軍だった。彼らの前に立つと、その武骨さが際立つ。
「これは、ブルイエ将軍。ご機嫌麗しく」
 お噂に違わず、お若々しい。そう、歎息しながらブロンドの騎士――ルブランとか言ってたか、彼が優雅な仕草で挨拶をすると、それが広がる。後に続くのは少々ぎこちなく、どうやら将軍の登場に驚いているらしい。
「彼らだけでは心もとないのならば、俺もついて行こう。それが早い」
 主がそう言い放つとざわめきが広がった。
「それならいいだろう、アルディ」
「ダメです」
 間髪を入れずに副官が打ち消した。納得がいかない風に将軍の眉が歪む。
「ルブラン君たちもついて来てくれると言っているじゃないか」
「いや、それは」
 ブロンドが戸惑ったように打ち消す。
「将軍閣下にはこの城塞にて堅くお守りいただくよう、仰せつけられておりますので」
「そうなのか」
「申し上げるのが遅くなり申し訳ございません。何せ、なかなか将軍とはお会いできなかったので」
 将軍を見上げるその視線は全く持って申し訳なさとかなくて、なんだか挑戦的だった。
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