世界樹の庭で

サコウ

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「あれでは、僕はおまけですよね」
「なんだ、主役にでもなりたかたのか」
「そんなことはないですけど、だしにされるのはいい気がしません」
 一緒に執務室を出たロジェさんに僕は一番に不満をぶつけていた。使者ってあのブロンドの人を筆頭に、最近になって秘書官と名乗り出した人たちが数人選出された。それもアルディ副官が指名する前に、我こそと華々しく名乗りを上げた人から順に、って感じだ。
「あれでいいんですか。一応将軍の代理って話じゃないですか」
「ただのお使いだ。呼ばれもせずに押し掛けるのだから、お目通りはかなわんだろうことを見越してだろう」
 見舞客のリストに名前を載せるだけに遠路遥々何日もかけて行くだけ、時間の浪費というわけだ。
「でも、ナセルは呼ばれているのでしょう。会わないことってあるんですか」
 トマが口をはさむ。彼は僕たちの後ろを静かに付いてきていたのだ。
「普通なら会われるだろうがね」
「だったら、ロジェさんには申し訳ないですよ」
 ロジェさんも付いてきてくれることになっていた。
「さてな、」
「え、トマじゃないか。トマだろう」
 ロジェさんの言葉を遮って、リビオの声が響いた。トマも驚いてそのほうに駆け寄っていく。
「リビオじゃないか。一緒だったんだな。ああ、安心した。ナセルひとりで、偉そうな人ばかりに囲まれているものだから、いったいどう過ごしていたのだろうと不思議だったけど、お前が一緒なら納得がいくよ」
「おう。おおむね心配している通りだぜ」
 ええい、人のことを好き勝手に言ってくれるものだ。恥ずかしからやめてと、二人の背中を押す。
「ロジェさん、すみません」
「賑やかでいいじゃないか。せっかく故郷の知人が来てくれたのだから積もる話もあるだろう。行ってきなさい」
「でも」
「明日出発で、今日逃すとしばらく機会はないだろうに。ただ、明日の出発までに君と話しておきたいこともあるから、遅くならないようにしてくれ」
 明日の朝に出立する。トマは明日にでも故郷のホムル村に帰るだろう。そうなれば、また何年も会うこともないだろう。父のこと、村のことが気にならないと言えばうそになる。
「わかりました。ありがとうございます」
 頭を下げた僕は、二人を連れて、リビオたちの部屋で話すことにした。
「トマさ、ジャン司祭の手紙って本当?」
 椅子に座って早々僕が切り出す。だんだん僕は思い出していた。ジャン司祭と言えば、確かに僕の中でも一番印象深いお客さんだったその人だったはず。そして、世界樹のことを教えてくれていたのも彼だ。
「疑うのかい? 確かに司祭ご本人でなくて使いの人たちだったけど、それは石像を買いに来ていた人だったしね」
「父はなんて」
「君に任せるって」
 上客ならそれなりの対応をすべきだろうとは思う。確かに、彼のおかげで今の僕がいる。
「今の僕は、この砦の一兵士だよ。聞いただろう? 上官に行けって言われたんだから、行くしかないよ」
「ジャン司祭ってあの人か」
 リビオが僕に確かめる。僕は頷く。
「無理するな」
「何が」
「客だったんだろう」
 リビオは知っている。どの程度なのかわからないが、だが、残念ながら今更それを気にするような僕でもない。
「確かにもろ手を挙げて喜び勇んで会いに行くような相手じゃない。でも、病気で辛いのに、それでも会いたいって言ってくれているのだから、会いに行かないわけがないよ。ただ、あの人が知っている僕は幼いはずだから、あまりにの変わり様に逆に失望させてしまうかもね」
「ナセル……」
「私は取引でしか知らないけど、なんか因縁でもあるのかい? 君たちの上官も何やら納得いっていなかったようだけど」
 トマが言う。トマは僕の過去のいざこざが終わってから、父に弟子入りしてきたよその村の人だ。だから、知らない。
「父は実在のものをモデルにして作品を作るのは、君も知っているだろう。あの人に売ってた石像は僕がモデルのものが多い。いわゆる僕のファンだよ」
「なんだよ、それ。そんな自己愛強めの性格していたっけ、君」
 冗談だろうと笑っている。が、こっちとしては事実を言っているだけなんだけど。
「逆にそうじゃなければ、わざわざ呼ばれる理由ないよ」
「では、そういうことにしておくか」
 それでさ……トマは村の状況を続けてくれる。僕もリビオもその話は聞きたかったことだし、村の家族に僕たちの状況を伝えてほしいのもあって、とりとめもない会話が続いた。村の思い出は辛いことでだけではない。それ以上に村では楽しく過ごしてきた。だから、大丈夫。
 窓の外が濃紺へ塗りつぶされるころ、やっと僕は席を立つことにした。
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