世界樹の庭で

サコウ

文字の大きさ
上 下
79 / 96

80

しおりを挟む
「だったら、なんで放しちゃうんですか」
 暗闇の中、解放された僕は体を起こした。ロジェさんの腹を尻をおいて、その襟首を拳でギリギリと締め上げた。
「な、ナセ、」
「聞くだけ聞いて、わかったように返事して終わりですか」
 頭が浮くくらいに僕はロジェさんを引き寄せていた。喉ぼとけが上下するのがわかるほどにだ。
「お行儀が良すぎです」
 苦しいはずなのに、僕の腕に手を載せる程度の抵抗がもどかしい。
「前はもっと踏み込んできたじゃないですか。ロジェさんらしくない」
「私らしい、か」
 僕の腕にロジェさんの重みが乗る。力を抜いてしまったらしい。
「君が塔で話してくれたように、ずっと続けられる関係ではないのは理解しているさ。でも、逆に考えれば考えるほど、怖くてね」
「怖い?」
「笑ってくれてもいい。何かの拍子で君が離れてしまったとき、おそらく私は冷静でいられないだろう。ただでさえ乱されてばかりというのに」
「にわかに信じられないです」
「そうかな。彼と仲良くしていたのみせられて、あの時は自分でもおかしいくらい、動揺してしまっていたのだけど」
「彼って、リビオですか」
 仲良くって言ったら、キャンプで抜いた時? いや、虫の後の方かな。あれがそうだったのか。確かにリビオも忠告していた。
「ああ……君たちは幼馴染なんだろう? そんなのに嫉妬するなんて、恥ずかしい。こんな自分がいるなんて、認めたくなかった」
「とられたと思ったとかですか?」
 首を振っている気配。呆れたように息を吐いているのもわかる。
「わからない。明確にこうだ、という思いはなかったのだが、どうしてか無性に苛立っていたよ。それで、自分が平静ではないことに気づいた私は、考えた。どうしてこうも心乱だされるのか。ああ、深い仲にならなければ、こんなに苦しい思いをしなくて済んだのかもしれないと、そう思い至った。私は距離を置こうと思ったのだが、それもできるわけもなかった」
 それが、近づくにも踏み込みが浅くて、遠ざけるのにも甘い理由。なにそれ、いじらしすぎる言い訳じゃないですか。いつもの凛々しい声はどこへやら。
「今更過ぎませんか」
「すまない。馬鹿だろう」
「僕たちがどうなるかなんてわからないんですから、心配するだけ無駄じゃないですか。そもそも、僕たちは兵士ですよ。いつ死んでもおかしくな」
 言い終わる前に、ロジェさんの腕が僕の頭に回った。引き寄せられた力のままに、ロジェさんの胸元に顔面を強打する。離すなとは言ったが、もっと優しくしてほしい。まぁ、手荒なのもまた興奮するけど。
「それが怖いのだ。今までは粛々と受け入れられていたのにだ。友人と呼べる人達とのやり取りだって軽口、憎まれ口上等だったのに、傷つけてしまうかもしれないと思って、君には言えなくなる」
「ロジェさん」
「私らしくない、と指摘は間違いない。情けないと思うだろう。私だってどうしたらよいのかわからず、結局君を怒らせてしまった」
 確かにこんなロジェさん初めてだ。そんな弱いところ見せられて、突っぱねるなんて男が廃るだろうに。身じろぎもさせないほどに、拘束されてうれしくないわけがない。
「嫉妬ですか。嫉妬」
 ふふ、と笑ってしまう。
「何回も言わないほしい」
 恥ずかしいと消え入りそうな声が続く。
「いいですよ。だって、リビオとしてたこと、したかったんじゃないですか」
「な……、あッ、では君たちは、」
「これからそれ、しましょうか」
「まさか、君は彼とも」
「やだな、冗談ですよ。幼馴染なんですって。そこは疑ってほしくないですね」
 戸惑うロジェさんの腕からすり抜けて、体を起こした僕は素早く上着を脱ぎ棄てた。もどかしく彼の着衣をまさぐる。暗闇で見えないから非効率だけど、今は明かりをつけるだけの時間も惜しかった。腕をからませ合って、ぶつけあうように重ねた唇に鉄さびの匂いが広がった。
しおりを挟む

処理中です...