ねぇ。〇〇していい?

ねこ。

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出会い

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前の会社を辞め、新しい職場になった時、彼をひと目見た時、恋に落ちた。


「矢川 光輝(やがわ こうき)です。よろしくお願いします」


少しタレ目の優しい声で目が綺麗な人だった。
挨拶も忘れ見入った私を不思議に思った彼は困った顔をした。
その途端、私は我に帰った。


「野山 輝利(のやま きり)です。お願いします」



矢川くんと休憩が一緒になった時に話した会話だけは今でも鮮明に覚えている。
だって、私たちが仲良くなったきっかけだったから。

「え?野山さん、タバコ吸うの?俺も吸う。今日、俺ラストまでだから一緒に吸ってから帰ろうよ」

「矢川くんも吸うんですね。いいですよ」


矢川くんから言われたこの何の変哲もないたった一言、私の何の変哲もないたった一言の返事が私達の人生を狂わせた。


そこから私たちはシフトが被るたび、よく一緒にタバコを吸った。


私は専門学校を卒業して社会人1年目の22歳。

彼は私より1歳年上の大学生。
彼には3歳年下で同じ大学生の彼女がいること。その子と半同棲をしていること。
その事を聞いた時私は絶望した。22年生きてきて、初めての一目惚れはまさかの彼女持ちだった。

でも、光輝くんは仕事終わり少し前、閉店作業をしている時に必ず私を喫煙所に誘ってきた。

「ねぇ、輝利ちゃん。今日も吸って帰るでしょ?」

返事なんて分かってるくせに毎回、毎回聞いてくるこの一言に単純な私は光輝くんに彼女がいることを知っても尚、心を踊らせる。

仕事が終わったあと私たちは毎回喫煙所で色んな話をした。
彼女のこと、光輝くんがどんな性格なのか。
私が前の会社をやめた理由、どんな恋愛をしてきたか。
お互いの好きなこと、趣味、嫌いなこと、好きなタイプ。
少しディープな話だって。
光輝くんの事を少しでも理解できるように。私のことを少しでも知ってもらえるように。

慣れない環境、慣れない仕事を初めて、仕事終わりなんて疲れているはずなのに光輝くんといると疲れが全部飛んで、時間が経つのがなにをするよりも早かった。時間と言う概念が無くなってしまえばいいと思うほどに。

話を聞いていくたびに、話をするたびに私はどんどん彼が欲しくなった。
どうしても私の事を見て欲しかった。彼女じゃなくて私を。ねぇ、どうしたら私を見てくれる?



「あの時はこんなことになるなんてお互い思ってもなかったよね。彼女がいるからで諦めればこんなことにならずにすんだのかな。ねぇ。こーちゃん」


今、私の隣で静かに眠っているこーちゃんに話しかける。
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