上 下
43 / 100
1章

我慢

しおりを挟む
「俺は...」

 ユモが俺の唇を細い指で塞いだ。

「言わないで。それ以上何か聞いたら、私、我慢できなくなるから」

 そして、ユモは、身を翻して行ってしまった。布の少ない村の装束から形のいいお尻が半分露わに見えた。どこかで見たことがあると感じるくらい、愛着を感じる背中。

 俺は、ただ立ち尽くし、自分の額に手を当てた。また少し角が大きくなった気がする。もう片手では隠せない。

「はぁ、俺って何なんだろう」

 俺は、深いため息をついて、再び海を見上げた。その海は、ユモの去っていく姿と一緒に、どこか寂しげに輝いていた。

 ベッドに戻ると、乾いて清潔なシーツに替わっていた。この村の石鹸の匂いなのか、華やかな花の匂いがする。
 俺は何度もユモのことを思い出して、自己嫌悪に陥った。
 さっき、どうしてユモを引き止めなかったんだろう。腕を掴んで引き留めていたら、どうなっていただろう。
 でも、そんな風に思ったことをスピカが知ったら?スピカを傷つけたいなんて、少しも思っていないのに。
 今になって、堪えていた涙が流れ出す。最近、泣いてばかりだ。
 でも俺は、何もしなかった。ただひたすらに、彼女の去っていく背中を見つめるだけだった。そして、それで良かったんだという事実が、胸にほろ苦く横たわる。
 自分以外に自分を慰めることは、できないんだ。今ユモもそうしているだろうか。
 俺は、せっかくユモが替えてくれたシーツをまた濡らしてしまった。それから、ひとしきり額をシーツに押し付けて泣いて、角でシーツに穴を開けてしまった。
しおりを挟む

処理中です...