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隷属進化
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風は止み、星々だけが息をしている。
世界は呼吸を忘れ、ただ二人の存在だけが砂の上に浮かんでいた。
テントの布が、ほのかな焔の明かりで揺れている。
ユウマは黙ってシルフィを見つめていた。
貞節のマスク越しに、彼女のかすかな呼吸が伝わってくる。
シルフィは、もはやスキルの想定には収まらなかった。
隷属スキルの発動によって、シルフィは生身を得た。
血を持ち、熱を持ち、涙を流す。
それは祝福であり、呪いでもあった。
隷属が未成功のまま、スキルが発動したままになっている。
ユウマは悟っていた。
いまのシルフィは、誰の制御下にもない。
こんな不安定な状態は、もう限界だ。
マスクが、ふたりの唇を隔てていた。
キスをすれば、隷属スキルは成功し、完了する。シルフィは忠誠を誓う戦姫――ユウマの隷属となる。
だが、ユウマの手は動かなかった。
理性が、それを許さなかった。
――お前を支配するなんて、できない。
――お前は自由でいていい。
もう誰も失いたくない。
隷属スキルは、完了を待ち続けていた莫大なエネルギーの行き場を失い、膨張していった。
それはまるで、限界まで膨らみ続けた風船のようなものだ。もういつ破れてもおかしくない。
ふたりの心が近づくたび、コードが磁場のようにねじれ、光の粒となって宙を漂う。
「シルフィ」
ユウマはマスクをシルフィのマスクにギリギリと擦り付けた。
「うぁぁぁ!!!!」
そして、臨界。
空気が震えた。
焚き火が一瞬で吹き消え、夜が白い閃光を孕む。
次の瞬間――砂漠が、光った。
砂が蒸発し、音が消える。
熱と衝撃が祈りのように膨れ上がり、世界が反転した。
「ユウマッ!」
シルフィの叫びが空気を裂く。彼の名を呼ぶたび、砂が溶け、世界が揺らいだ。
光が収まったとき、そこには海のような鏡面が広がっていた。
サンドホロウ――かつて砂の海と呼ばれた地は、高温で砂が焼かれて溶けた。
一面のガラスの大地に変わっていた。
ユウマは息をしていた。
焼けるような痛みの中で、腕の中にシルフィがいた。
彼女の身体は再構成される途中のように、淡い光の糸で縫われている。
「シルフィ……!」
「……ユウマ、わたしたち……生きてるの?その嘘、本当?」
彼女の瞳から光の涙がこぼれた。
粒が頬を伝い、空気中で結晶となって消えていく。
ユウマの視界にHUDが再起動する。
だが、そこに表示されたのは見たことのない文字列だった。
《隷属スキル:再構築完了》
《新カテゴリ:隷属進化》
脳裏に、音ではない“言葉”が直接流れこんでくる。
キスによる隷属支配は、誓約に変わった。
隷属が進化して、忠誠が始まる。
依存ではなく、主従として。
その名を、隷属進化と呼ぶ。
ユウマは息を呑む。
シルフィは微笑んでいた。
マスクはいつの間にか消え、彼女の手がユウマの胸に触れる。
指先が触れるたび、ユウマの身体から光があふれた。
それは熱でも痛みでもなく、ふたつの命が再びひとつになるような、静かな奇跡の感覚だった。
ユウマはシルフィに穏やかなキスをした。
「これが……あなたの“隷属”のかたちなのね」
「もうこれは支配じゃない。――共に生きよう」
月光を受けたガラスの大地が淡く輝き、風が戻る。
星々がふたりを祝福するように瞬きはじめた。
HUDが最後の通知を示す。
《隷属進化:成功》
シルフィ・ソニクル ランク:A
シルフィが微笑み、唇を動かす。
「……ありがとう、ユウマ」
ユウマも同じ言葉を返す。
「ありがとう、シルフィ」
世界が再び輝き、広大なガラスの荒野を照らした。
その光は、破壊の炎ではなく――誓いの光だった。
⸻
夜が明けていた。
ガラスの大地が朝日に反射し、世界は一枚の鏡のようになっていた。
ユウマはシルフィの肩に手を置いたまま、HUDの通知音に気づく。
――ピピッ。
視界の右上に未読メッセージが二つ。送信者:フィーン、シュナ。
【From:フィーン】
ユウマ、生きてる?
サンドホロウの爆心地、ユウマが関係してるの?
……まさか、また無茶したんじゃないでしょうね。
こっちにも変化があったの。あたしのスキル、索敵予知が――光を放つようになった。
敵が透けて見えるのよ。
【From:シュナ】
私のスキルが変質した。
遠距離測定が“絶対距離感覚”になった。
目を閉じても、狙撃対象の距離がわかる。1キロ先がまるで手の届く場所みたい。
……ユウマ、あの爆発、あなたでしょ? 無事なら返事して。
ユウマは息をのむ。
二人のスキルが――進化している。
画面の下に自動分析ログが浮かぶ。
《隷属スキル進化反応:確認》
あの爆発は、ただの事故ではなかった。
スキルの構造そのものが進化した現象だったのだ。
シルフィがHUDを覗き込み、静かに言う。
「……すごいことになったわね」
「シルフィ、キスしちゃったね」
「ふふふ。こうなるほうが自然だったのよ」
ガラスの地平線に、ふたりの姿が映る。
「わたしのスキルも、変わった」
「どう変わった?」
「元々のスキルは追跡――それが“ハッキング解析”に進化した。
目標の消息を、AI管理層の記録から直接引き出せる」
ユウマは思わず息をのむ。
それはもはや単なるスキルではない。
世界の支配システムそのものに触れる権能だった。
風が吹き抜け、ガラスの欠片が光を弾いた。
ユウマはメッセージを閉じ、かすかに笑う。
「……チートもいいところだな」
「でも、これは罰でもあるわ」
「罰?」
「もう戻れない」
ユウマとシルフィはもう一度キスをした。
世界は呼吸を忘れ、ただ二人の存在だけが砂の上に浮かんでいた。
テントの布が、ほのかな焔の明かりで揺れている。
ユウマは黙ってシルフィを見つめていた。
貞節のマスク越しに、彼女のかすかな呼吸が伝わってくる。
シルフィは、もはやスキルの想定には収まらなかった。
隷属スキルの発動によって、シルフィは生身を得た。
血を持ち、熱を持ち、涙を流す。
それは祝福であり、呪いでもあった。
隷属が未成功のまま、スキルが発動したままになっている。
ユウマは悟っていた。
いまのシルフィは、誰の制御下にもない。
こんな不安定な状態は、もう限界だ。
マスクが、ふたりの唇を隔てていた。
キスをすれば、隷属スキルは成功し、完了する。シルフィは忠誠を誓う戦姫――ユウマの隷属となる。
だが、ユウマの手は動かなかった。
理性が、それを許さなかった。
――お前を支配するなんて、できない。
――お前は自由でいていい。
もう誰も失いたくない。
隷属スキルは、完了を待ち続けていた莫大なエネルギーの行き場を失い、膨張していった。
それはまるで、限界まで膨らみ続けた風船のようなものだ。もういつ破れてもおかしくない。
ふたりの心が近づくたび、コードが磁場のようにねじれ、光の粒となって宙を漂う。
「シルフィ」
ユウマはマスクをシルフィのマスクにギリギリと擦り付けた。
「うぁぁぁ!!!!」
そして、臨界。
空気が震えた。
焚き火が一瞬で吹き消え、夜が白い閃光を孕む。
次の瞬間――砂漠が、光った。
砂が蒸発し、音が消える。
熱と衝撃が祈りのように膨れ上がり、世界が反転した。
「ユウマッ!」
シルフィの叫びが空気を裂く。彼の名を呼ぶたび、砂が溶け、世界が揺らいだ。
光が収まったとき、そこには海のような鏡面が広がっていた。
サンドホロウ――かつて砂の海と呼ばれた地は、高温で砂が焼かれて溶けた。
一面のガラスの大地に変わっていた。
ユウマは息をしていた。
焼けるような痛みの中で、腕の中にシルフィがいた。
彼女の身体は再構成される途中のように、淡い光の糸で縫われている。
「シルフィ……!」
「……ユウマ、わたしたち……生きてるの?その嘘、本当?」
彼女の瞳から光の涙がこぼれた。
粒が頬を伝い、空気中で結晶となって消えていく。
ユウマの視界にHUDが再起動する。
だが、そこに表示されたのは見たことのない文字列だった。
《隷属スキル:再構築完了》
《新カテゴリ:隷属進化》
脳裏に、音ではない“言葉”が直接流れこんでくる。
キスによる隷属支配は、誓約に変わった。
隷属が進化して、忠誠が始まる。
依存ではなく、主従として。
その名を、隷属進化と呼ぶ。
ユウマは息を呑む。
シルフィは微笑んでいた。
マスクはいつの間にか消え、彼女の手がユウマの胸に触れる。
指先が触れるたび、ユウマの身体から光があふれた。
それは熱でも痛みでもなく、ふたつの命が再びひとつになるような、静かな奇跡の感覚だった。
ユウマはシルフィに穏やかなキスをした。
「これが……あなたの“隷属”のかたちなのね」
「もうこれは支配じゃない。――共に生きよう」
月光を受けたガラスの大地が淡く輝き、風が戻る。
星々がふたりを祝福するように瞬きはじめた。
HUDが最後の通知を示す。
《隷属進化:成功》
シルフィ・ソニクル ランク:A
シルフィが微笑み、唇を動かす。
「……ありがとう、ユウマ」
ユウマも同じ言葉を返す。
「ありがとう、シルフィ」
世界が再び輝き、広大なガラスの荒野を照らした。
その光は、破壊の炎ではなく――誓いの光だった。
⸻
夜が明けていた。
ガラスの大地が朝日に反射し、世界は一枚の鏡のようになっていた。
ユウマはシルフィの肩に手を置いたまま、HUDの通知音に気づく。
――ピピッ。
視界の右上に未読メッセージが二つ。送信者:フィーン、シュナ。
【From:フィーン】
ユウマ、生きてる?
サンドホロウの爆心地、ユウマが関係してるの?
……まさか、また無茶したんじゃないでしょうね。
こっちにも変化があったの。あたしのスキル、索敵予知が――光を放つようになった。
敵が透けて見えるのよ。
【From:シュナ】
私のスキルが変質した。
遠距離測定が“絶対距離感覚”になった。
目を閉じても、狙撃対象の距離がわかる。1キロ先がまるで手の届く場所みたい。
……ユウマ、あの爆発、あなたでしょ? 無事なら返事して。
ユウマは息をのむ。
二人のスキルが――進化している。
画面の下に自動分析ログが浮かぶ。
《隷属スキル進化反応:確認》
あの爆発は、ただの事故ではなかった。
スキルの構造そのものが進化した現象だったのだ。
シルフィがHUDを覗き込み、静かに言う。
「……すごいことになったわね」
「シルフィ、キスしちゃったね」
「ふふふ。こうなるほうが自然だったのよ」
ガラスの地平線に、ふたりの姿が映る。
「わたしのスキルも、変わった」
「どう変わった?」
「元々のスキルは追跡――それが“ハッキング解析”に進化した。
目標の消息を、AI管理層の記録から直接引き出せる」
ユウマは思わず息をのむ。
それはもはや単なるスキルではない。
世界の支配システムそのものに触れる権能だった。
風が吹き抜け、ガラスの欠片が光を弾いた。
ユウマはメッセージを閉じ、かすかに笑う。
「……チートもいいところだな」
「でも、これは罰でもあるわ」
「罰?」
「もう戻れない」
ユウマとシルフィはもう一度キスをした。
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