ソナタを奏でるには、

アキノナツ

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1】ソナタを奏でるには、準備が必要なようです。


店内は程々に人が入ってまずまず。

カウンターとテーブルが少しの小さな店の雇われ店長としてここを任され、随分慣れたと思う。

バーテンダーでバイトに入り、オーナーに絆され、そのままここってなんだかなぁ。
いいのかなぁ。
このままだと、この店を完全に押しつけられそう。いい親父なんだけどなぁ。


シェイカーを振りながら、客とバイトくんに目を配る。

コロロン
くぐもったドアベルが鳴る。

「いらっしゃいませ」
と視線を向ければ、すらりとした肢体の背中に大きな楽器ケースが収まっていた。
背は低くはないが、高いと言う感じではないが、楽器ケースが大きいので、小さく見えてしまう。

カウンターの端に座ると横にケースを立て掛ける。

「いらっしゃいませ。初めてですね」
「ごめんなさい。楽器邪魔ですよね」
「いえ、大丈夫ですよ。ーーー何になさいますか?」
「良かった。何かワインが飲みたくって」
ほっとした顔で微笑まれてドキリとした。
動揺を悟らせないように、「私のオススメで宜しいですか?」グラスを用意しながら訊いた。
頷きで同意を示してきた。
少し緊張してるかな。

赤ワインをスッとカウンターに。

微笑みながら、否、時折り含み笑いすら聞こえてきそうな雰囲気で、ワイングラスを傾けている。

無意識なんだろうか。
時々楽器ケースを優しい手付きで撫でてる。
色気を感じてしまった。

男だよな?
どう見ても男なのに、なんだこの色気。

グラスが空になったら帰ってしまうのだろうか。
なんとか繋ぎ止めたい。

「お兄さんは楽器弾く人?」
常連客のサラリーマンの男が、親しげに話しかける。この男は、ここに話に来てるようなところがある客だ。
「ええ、チェロを」
ちょっと雰囲気を固くして答えた。

へー、その中はチェロが入ってるにか。
グラスを拭きながら、聞き耳を立てる。

「なんか弾いてよ」
軽く言った。

更に固くなって、こちらを見てきた。
これは断って欲しいんだなと意を汲んで、常連客を見たら、
「ここ、弾いてもいいんですか?」
へ? 弾くの?
安売りにならない? プロだと思ったんだけど。

「ええ、もちろんいいですよ。プロの方なんて光栄ですよ」
「プロかぁ。そう言えばそうだね。一杯でいい?」
プロで合ってたみたいだ。

悪戯っぽく笑う顔が可愛い。
その悪戯心に乗っかりますか。
「では、出来高で」
ニッコリ。

彼もニッコリ笑って、ジャケットを脱ぐと、シャツの腕を捲る。

キョロキョロして丁度良さそうな高さの椅子を引っ張ってきた。

恭しく軽やかにケースを横たえ開ける。
チェロを出す。
片手でヒョイっと持つと弓を反対の手で持ち整える。

「弾くのが難しいっていうか、派手なのがいいなぁ」
呑気に常連客が宣った。

暫く考えてから、調弦?というのだろうか。
ちょいちょいと音を出しながら、準備してるようだ。
整ったのか、チェロを片手にカウンターに戻ってくると、自分のワイングラスを手にし、少し残ってたのをクッと飲み干す。

席に着くと弓を構えた。

店内が一瞬静まった。
ピンと張った緊張感みたいなものが瞬間、彼を中心に広がった。

ふーっと息を吐いて、ひと呼吸置いた後に弾き出した曲は、リクエスト通り、激しく、抑える指は胴の中程まで抑えたり上に行ったりと幅広く動く動く。
あんなに大きく動くものなんだと視線が釘付けになった。

時折り、弓で弾かれる音とは異なる音が入る。
どこか叩いてる?

お、弓が跳ねてる。アレで弦を叩いてるのかな?
えっ? チェロって指で弦をギターみたいに弾いたりするの?
それも左手って。
弦押さえながらなのか?

なんなんだ。俺の知ってるチェロと違う。

わぁお! 面白い!

10分程の演奏だっただろうか。

大きく弓を引き切ると、男は大きく息をついた。
額に薄っすら汗が滲んでいる。

確かに動きが激しかったからね。
しかし、チェロってこんなに体力勝負な楽器なのか。

店が静まり返っていた。

チェロの男が、ニッコリ笑ったのをキッカケに拍手の嵐だった。

「おい! 一等いい酒出してやってよ! 俺に付けてもらっていいから!」
常連客が興奮気味に捲し立てる。

言われなくても出すよ。

チェロをケースにしまって、服装を整えるとカウンターの元の席に座った。

冷たいおしぼりを渡すと、頬を上気させて笑顔で受け取ってくれた。

「はぁー、気持ちいぃ」
腰にクルから、その声勘弁。

「スコッチとかは大丈夫?」
うっ、砕けてしゃべってしまった。
演奏のハイな余韻で浮かれてた。

「んー、飲みやすい感じに、カクテルとかに出来る?」
「出来ますよ」
こっちもプロですからね。落ち着かねば、プロだろ。

レモンでスッキリさせるか。

シェイカーに氷と諸々入れて、シェイク。
うぅ、見詰められてる……。
緊張しつつ、カクテルグラスに注ぐとスッと差し出す。

終始キラキラの眼差しで見られて緊張してしまった。いつもと変わらずの出来。

「綺麗な色。相棒に似た色だね」
ケースを優しく触ってる。
そうか。相棒なんだ。

口をつけた。
「飲める。美味しい……名前あるの、コレ?」
気に入ったのだろうか。
「ボニー・スコットです。んー、英語的には美しいとかいうのかな。さっきの美しい曲に」
ボニーに可愛らしいと言う意味があるが、あなたの可愛さになんて言えん。

「ありがとう」


気を許してくれたのか、喋りだした。
今日初めてギャラの発生する仕事をしたのだとか。
相棒と美味しいお酒で慰労会がしたくなって、通りがかったここに入ったのだとか。

運命か。

運命論者にはなりたくないが、今だけは、この縁を運命としたい気分になっていた。

カクテルグラスが空になるのをなんとか延ばしたい。
お酒に強い感じではないから、次を進めるのは気が引ける。どうしたものか。

「もう少し居たいなぁ。ココ居心地良いよね」
常連客も頷いてくれる。
ありがとう。
でも、回転から考えたら、そろそろ出て行ってくれる? 
あ、チェロの彼は別ね。

「ありがとうございます。いつでも来てください」
店の名刺を差し出す。
「うん、でもあんまりキツイの飲めないんだ」
「ソフトドリンクベースの軽いモノもございますよ」
「そうなんだ。また来るね!」
最後の一口を飲み干すと「ご馳走様」と帰り支度をし出した。

なんとか次を繋ぐ事が出来た。グッジョブ。

相棒さんをヨイショと背負うと笑顔で出ていった。

また逢いたい……。


◇◇◇◇


再会は、早かった。

コロロン
「来たよー」
彼だった。
背中にはチェロケース。

「仕事上手くいったから、祝杯」
にこやかだ。
「この前のが飲みたくなって」

ゆっくりカクテルを味わって、おしゃべりを楽しんでいるようだ。

コロロン
常連客のあのサラリーマンが入ってきて、彼を見つけた。
「あ! 兄ちゃん。また弾いてくれよ」
早速リクエスト。

おいおい。流しか何かに頼んでるのとは違うんだよ?

でも、俺も聴きたい。

「んー」
悩んでる。
「今日の払いをチャラで」
砕けた感じで言ってみた。
キラン!と効果音でも聞こえてきそうな勢いで、こちらを見る。
可愛い。

「弾く! そうだな。この前のがソナタの最後の弾いちゃったから、始めね」
どうやら、この前のは、なんかの曲の最後の方を弾いたらしい。
華々しいのをと思ってのチョイスか?

前回と同じようの準備すると、前回ほど息を詰めて弓を構える事はないが、緊張感はある。

店内がシンとして始まるのを固唾を飲んで待つ。

ひと呼吸置いて、始まった。

腹に響く。
今回も弦を抑える左手が大きく移動する。
高い音、低い音と繰り返される。
この前も思ったが、チェロって音に幅があるんだな。
高い音は女の啜り泣くように甲高い。
低い音は腹の底に響く。

弓の持ってた手の親指で弦をかき鳴らす。
琵琶か?
琵琶法師を思い出した。
へー、驚く弾き方ばかりだ。

入りのフレーズ聴いた事あるかも。
あまり音楽に明るくない俺でも知ってるんだ、有名な曲なのか。
それの最後の楽章から弾くって、面白い男だ。

普通頭から聞いて欲しいものじゃないのか?
美味しいとこ取りみたいなので良いの?

また10分ほどで演奏が終わった。

彼のニッコリで拍手。
俺も拍手。
良いもんだね。

「えへへ、儲けちゃった」
悪戯っぽく言ってくる。
冷たいおしぼりを渡す。
「良いモノ聴かせてもらった当然の対価さ。というか、これって対等なのか?」
思わず、素で言葉を発していた。
「その話し方の方が好き。マスター今度来た時は、それで話してよ」
ニッコリ。

はっ!

「わ……わかった」

出入り口を黒い楽器ケースが消えてから、頭の中に「好き」が木霊していた。

「マスター、同じのおかわりぃ」
「はい、ただいま」

シェイカーを準備する。
なんとかプロ根性で、カクテルを作る。

彼は今度はいつ来てくれるだろう……。



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