きっかけはどうあれ気持ちいい

アキノナツ

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きっかけはどうあれこの気持ちに間違いはない

きっかけはどうあれこの気持ちに間違いはない(中) 微※

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 翌日、指定された区画に行けば、テーブルが組まれて、ケーブルの配線が終わっていた。

 そばにホワイトボード。
 チャットルームのIDが書かれており、そこでディスカッションをするとあった。開始時刻もある。時間を確認すれば、間もなくだ。
 俺以外のメンバーも慌てて準備し始めた。

 皆、基本素直なのかもしれない。同じ会社に入ったのだから、同じような能力だろう。この研修で配属が決まるとも言われてたし、この低いパーテーションが、試験官役も兼ねてるらしい、手伝いに徹してる先輩社員たちから丸見えだ。当初は、よく見せたいと思っていただろうが、この慌ただしいスタートで霧散した。

 チャットルームでは、声の通りなど関係なかった。用意されていたマイク付きのヘッドホンのおかげだ。
 準備してる俺たちのところへ、コレを抱えて空間に入って来た彼は笑顔で渡してきた。

 画面上で資料が提示されて、叩き上げに作られてた資料に共同で書き込み作業をしていく。

 彼はリーダーとして、しっかりまとめていた。声の通りだけの問題だった。他のメンバーも早々にそれを認めて作業に取り掛かってる。

 これらの準備を初日の解散後に彼がした事になる。
 認めざるを得ないだろう。彼らの収集してきた資料は申し分がなかった。これならいい線のが出来そうだ。

 作業最終日、余裕も出て来て、相手へのあれこれを話し出した。予想通り俺の容姿が話題になった。イジられるのは慣れてはいるが、いい気はしない。放って置いて欲しいんだが。
 場も和んでチームとしてもいい雰囲気になってる。仕方がない笑って流すか…。

「人の事より自分の事ですよぉ~。あとひと踏ん張り~。モレや誤りがないか、全体を見て行きましょう」

 笑顔の彼の声が耳に直接届く。彼に視線が集中する。笑顔だった。この研修中、ずっと笑顔だった。嫌な感じのしない自然な笑顔。

 プレゼンも無事終わり、最優秀賞などの発表も終わり、後日各自に辞令が配布される事になった。
 これでこのメンバーともお別れとなった時、彼に声をかけられた。

枝田えだってさ、体格もいいし、姿勢を良くして、前を見た方がいいですよ。下を見て歩いたって、何も落ちてません。それに…」

 彼の手が伸びて来て、俺の前髪を掻き上げ、押さえた。

「うん、こっちの方がいいです。おでこ出しましょう」

 ニッコリ笑ってる。俺に向けられた笑顔がはっきり見えた。目の前の盾になってた髪がなくなっていた。

 俺はあの時、なんと言ったか覚えてない。彼が「お疲れ~」と手を振って去っていくのを見送ったのは覚えてる。

 キラキラした笑顔。俺に向けられた笑顔。
 長く忘れる事は無かった。むしろ俺の心にしっかり刻み込まれていった。

 本来は積極的に前に出てくるタイプではないと感じていたのだが、彼も重責から解放されて、素で接してくれたのだろう。

 声の所為もあるだろうが、控えめな感じの彼がしてくれたアドバイスは、俺の中にすんなりストンと入ってきた。

 色々と実行してみた。
 肩幅があるからと着れるスーツを選んでいたが、サイズの合ってないのは分かっていた。思い切って、店員さんに色々聞いて、サイズの合ったのをあつらえたり、髪型もおでこも出るのに変えた。

 会えるのを楽しみにしてたのに、彼とは遠く離れた配属だった。




「そろそろ最寄りの駅ですけど…」

 可愛らしく寝てるところ申し訳ないけど、起こさないと行き先が分からない。

「引っ越ししちゃのだぁ~」

 聞き逃さないようにと顔を寄せていた俺と鼻先が触れそうな距離で、ぽや~と目が開いて言ってくれた。ニッコリ笑ってる。可愛い。でも聞き捨てならない事をッ!

 はぁあ?

「ど、どこが最寄りですか? 引き返す?」

 コクンと頷いて、眠そうにしてる。
 時計を確認した。
 引き返しても、まだ十分時間はある。定期で良かった。

「寝ないで。どこの駅?」

 なんとか聞き出した駅名を確認して、乗り替え、降りた。
 嫌な予感しかしないが、ベンチに座らせる。

「あぁ…ん、ぅふ…」

 腰を浮かすように、俺に縋りついてくる。ひとりで座ってくれそうにないので、横で支えて座る。さっきからなんなんだよ…。
 座りたくないのか?
 でも、こっちの腕も限界だよ。その声で…あっちも限界になる。クラクラする。俺も酔ってるんだよ…。困った。

「ここからどっちです?」

「ん? ここ知らない…」

「えっ? あなたが…」

 あー、終電が行ってしまった。

 こうなったらウチに連れて行くか?
 タクシーの運転手がこっちを気にしてる。まだ土地勘がないからなぁ。お願いしようとしたら、似たような感じの客を乗せて行ってしまった。

 タクシー乗り場に人がちらほらとやって来る。

 ん?

 ここって…。

 彼を支えながら、首を伸ばして、人がふらふらやって来る方向を伺う。
 明るく賑やか。飲屋街のようだ。ネットカフェとかあるんじゃないか?

 この人、もう、乗り物に乗れそうにない気がする。膝枕で横にさせれば行けるか?
 でも、なんだか変なんだよ…。ちょっと休めば…、話せるようになるかな…。

「もう…ムリ…」

 熱っぽく吐息混じりで紡がれる声が、耳を刺激してくる。あらぬところも刺激される。

「飲み会からは撤収済みです。もう飲まなくていいんですよ」

 この人、自分がソフトドリンクか酒か分からず飲んでたみたいだし、調子悪かったんじゃないだろうか。

「後ろ…限界…」

 ん?

「横に、なりたい…」

 俺に添えられてた手がキュッと布を掴んでくる。息遣いも変だ。苦しい?
 んー、ここで横にして、本格的に寝られたら詰む。寝ちゃうだろうな…。さらに困る。
 ビジネスホテルあるか?

 スマホを取り出す。検索…。

 えーと、近くで休憩させようと思っただけなんだけど、ラブホが出て来た。
 この近くにあるらしい。ビジホより近いみたいだ。あーもー、俺どうしたらいいんだッ?!

「んー、お尻、とりゅ…」

 お尻?
 スラックスの上からでも分かる、プリッとしたお尻を見てしまう。揺れてる。モジモジ、ゆらゆら…。

「近くに、休めるところあります。行きます?」

「うん…行こう。行きたい…」

 濡れた目が見つめて来る。






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