犬になんかなるものか

御子柴

文字の大きさ
上 下
1 / 24

出逢い

しおりを挟む
「ほら、もっと奥までしゃぶって」
「は……んん…」
テレビ局のお偉方は俺を一瞥して酒を飲み続ける。
「嫌だねぇ。こんな事しなきゃお金もらえないなんて。君も早く売れるのが得策だよ?」
「売れないからここにいるんじゃないか。ねえ?」
げらげらと笑い声。
あれを噛み切ってやろうかとも思ったが、心を冷静にさせる。
俺はこいつらに奉仕しなきゃ仕事が貰えない。
「んっ…もうイく…」
口の中にどろりとしたものが流れていく。
この苦味にももう慣れてしまった。
「こいつ、前よりも上手くなってんな」
「この道で食べていけば?俺ら応援しちゃう」
「あははは。道を間違えたな」
また不快な笑い声。
ごくっと口の中の苦味を飲み込んで、立ち上がろうとすると
「今日はもういい。有難う。後日、仕事の詳細を送っておこう」
とこの小さな会の主催、近江テレビ局長ががははと笑って言った。
「有難う御座いました」 
そう言って、この個室から出ていこうとすると、長身の人が入ってきた。
新しい会の一員だろうかと恐る恐る顔をみると、桜宮凌だった。
桜宮凌は子役の頃から引っ張りだこで、今もテレビで見ない日はないというぐらい幅広い番組に出ている。
そんな彼がなんでここに…。
「おお。桜宮君。来るの早かったね」
「あはは。近江さん、この子は?」
俺のことだろう。
近江テレビ局長とは知り合いなのか?
「その子は若手だよ。仕事を恵んでやってる」
「あーね。君、名前は?」
いきなり話を振られ、びくっと震えてしまった。
「真柴悠人…です」
「へー。俺は桜宮凌。近江さんのペット」
「!?」
「なんちゃって」
お偉方達と桜宮さんは盛大に笑っている。
笑っているということは嘘なんだろうけど、笑えない。
「…有難う御座いました」
静かに帰ろうとしたところ、
「今回は災難だったね。まぁ、また今度」
と桜宮さんが耳元で話した。
あまりにも妖艶なその声に耳がゾクッとする。
「あ、耳弱いんだ。じゃあね」
ニヤッと笑ったその顔も美しかった。
桜宮さんにまた会う機会なんて無いんだろうけど、どこか期待してしまってもいいような気がする。 
そう思いながら、いつもは憂鬱な気分で出ていく店の扉を今日は違う気持ちで出た。
しおりを挟む

処理中です...