不滅の魔女が見た世界

AiLe

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旅立ち編

2:愛だけは

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「その本、ちゃんと読んだのはローザが初めてだよ」

 ネーベルは食事の用意をしながら呟いた。

「この森は、まだ魔族が住んでいるって噂されているから、よく冒険者が迷い込んで来るんだよね。誰も真面目に魔法を知ろうとしない癖に、欲しがるから困るんだよ」

「もしかして、ここに住んでいるのは⋯⋯」

「冒険者を一晩泊めて、持っている魔法を譲り受けるため」

「魔族はまだ生きているんでしょうか?」

「確かめようがないね。人間と同等の知能を持っているから、生き残った個体がいたら、隠れてるんじゃない? 全員殺したつもりだけど」

 そう言ったネーベルの瞳は、その色に反して氷の様に冷たかった。

「まあ、湧いて来たらまた殺すだけだよ。でも、そんなに強い魔法を持っている個体がいるとは思えない」

「どうして魔族と住み分けが出来なかったんですか?」

「あっちの言葉を話せる人間が少なかったのも原因だけど、一番は向こうの人間に対する認識が”魔導書”レベルだったから。魔法を持っている人形だと思われていたんだよ。完全に私たちを見下していた。あんな奴らに魔法を渡していたら、ロクなことにならないって、全会一致だったな。⋯⋯本、読んだんじゃなかったの?」

「読んでも納得出来なくて。魔法が神様から与えられた物で、人間はそれを守る役割を与えられていたなら、魔族は何のために創られたのでしょうか?」

「神様は、人間を信用していなかったのかもね。だからスペアを創った。若しくは共通の敵がいれば、人間同士が争うことを防げると考えたか⋯⋯。その答えは、私が簡単に出せる物じゃない。言っておくけど、魔族を探そうなんて考えないでね。殺されるだけだから」

 ネーベルはパンを千切って食べ始めた。ローザは思い切って、自分の決断を口にした。

「ネーベル様なら、合法的に家を潰す事が出来ますよね? ロスチャイルド家を取り潰してください。そして、私に一つだけ魔法をください。旅をして、魔法を集めて、此処へ持ち帰ります」

「伯爵と戦うのは構わないけど、報酬後払いで魔法をあげるわけには行かないよ。一つの魔法から、大魔法使いにのし上がった人間もいる。頭を使って戦えば、効果が限定されている、安全性の高い魔法でも、十分戦えるからね」

「それなら、私を弟子にしてください!」

「良いよ」

「え?!」

 予想外の返答に、ローザはパンを詰まらせた。説得にもっと時間が掛かると思っていたのだ。

「良いんですか?!」

「星の魔法の持ち主が見つかったから、先生のお墓参りに行こうと思って。今の私にとってしょうもない魔法だったけれど、あれを見せようとしてくれた優しさを、昨日理解出来たから。⋯⋯見えない私に触れさせようとしてくれていたんだって」

 ネーベルの表情が悲しそうに揺らいだ。ローザは彼女が家族の話を全くしない事に気が付いていた。寝言も”先生”だった。

「あの⋯⋯」

 聞いても良いものか、迷った。さっきから質問攻めにしているし、何か事情を抱えていそうな事は察せた。

「何?」

 ネーベルは、ローザを真っ直ぐ見詰めていた。

「質問されたくらいでブチギレたりしないけど」

「⋯⋯ご両親はどんな方だったんですか?」

「私にとっては優しい人だった。でも先生にとっては、最悪の人間だった。当時は奴隷制度があって、先生は私の父の、言葉の魔法に制御されていた。厄介な魔法だよ。そもそも日常会話や命令の中で自然と使われるから、魔法を掛けられている認識を持ち難いし。”言葉で命じられた事に従わなければ、死ぬ魔法”。先生は屋敷の外に出る事も、私たちに危害を加える事も許されていなかった。私の一族に全ての魔法を渡す様、強制されていた。⋯⋯先生は、権力争いから遠い場所にいる、私に魔法を渡すしかなかった。そして⋯⋯⋯⋯罪を叶える魔法を唱えて死ぬ以外に、自由になる道が無かった。それでも、両親は私に優しかったから、私も罰を受けるべき人間だと思う」

 愛する人が、他者に対しては別の側面を持っている事は、珍しい事ではない。

 ローザの両親も、ローザを愛していた。いくら魔法が使えなくても、傍流の子を養子にする事は無かった。

 思い悩む様子に気が付いたのか、ネーベルは重い口を開いた。

「愛していても、手を離さないといけない時がある。愛に傷付けられている時だ。私は、私を傷付けない愛を知らないんだよ。先生も、燃える様な怒りを抱いて生きていた。優しさも、強さも、全て本物だったけれど、愛だけは分からない」

 ローザは、何も言い返せなかった。彼女も愛とは何か、答えを出せなかったのだ。

 淡々と、時が流れて行く。

 ネーベルは概ね規則正しい生活を送っていた。決まった時間に食事を作り、本を読み、外へ出て魔法を試し、食料を集める。

 食事の時間だけはローザに声を掛けたが、出て行けとも、何かしろとも言わなかった。ただ、同じ空間にいる事を許してくれた。

 空腹を満たす時だけ、言葉を交わした。

「ネーベル様。もう一週間経ちました。私を弟子にしてくださるのですよね?」

「⋯⋯ごめん。ローザにどんな魔法をあげたら良いのか考えてたんだよ」

 ネーベルはカップを置いて俯いた。

「強過ぎる魔法は駄目だ。私はローザに大魔法使いになって欲しく無いから。だけど伯爵家の事も考えると、ね。どうしようか悩んでいたんだ。確かに、大魔法使いは、独断で魔法を取り上げる事を許されているけれど、私はしばらくここに引きこもっていたから、忘れられているかも⋯⋯」

「どのくらい、ここに住んでいたんですか?」

「⋯⋯十年くらいかな。⋯⋯二十年かも知れない。忘れちゃった。ん⋯⋯でも、貴女の曾祖父さんには会った記憶がある」

「多分三十年ですね」

「そんなに経ったんだ」

「三十年もここにいて、有益な魔法を手に入れる事は出来たんですか?」

「年々質が下がっているとは感じているよ。でも役に立たない魔法なんて、一つもない」

「アイタッ!!」

 ローザは後頭部を押さえた。本が飛んで来て直撃したのだ。

「本を動かす魔法。これだって武器になる」

「でも、戦闘の殆どは屋外で起こります」

「そこは、経験が物を言うかな。要するに、ローザにも発想次第では剣にも盾にもなる魔法をあげたかった。だから悩んでいたんだよ。隣の部屋の灯りをつける魔法なんて貰っても、困るでしょう?」

「⋯⋯ネーベル様。この家って、部屋が一つしかありませんよね? その場合、隣の部屋は──」

「良いね!」

 ネーベルは、テーブルから身を乗り出して、ローザの頭を撫でた。

「そうそう。そういう発想が魔法使いの基礎なんだよ。どんなに強い魔法を持っていても、ローザの様な魔法使いには勝てない。⋯⋯伯爵家のエントランスの灯りを全部点けられる。逆に、隣の部屋の灯りを消す魔法もあるから、嫌がらせが出来るね。これで交渉出来る。あとは、どんな魔法をあげるかだけど⋯⋯何が欲しい?」

「光から矢を作り出す魔法⋯⋯とかありますか?」

「あるよ。正確には光の矢を作り出して、指定したものを貫く魔法だけど。確かに、使いこなせなければ致命傷を負わせるのは難しい、ちょうど良い魔法だね。よし、これで決まりだ」

 ネーベルは手を差し出した。ローザもおずおずと手を伸ばし、魔法を受け取った。

「よし。明日には伯爵の家に行くよ。ローザは何か話したい事はある?」

「えっと⋯⋯旅に出る事を許可して貰わないと。でも、無理ですよね。魔法の使い手が屋敷にいなければ、襲撃を受ける可能性が高くなります。魔法が使えても、使えなくても、私は自由にはなれない存在だったのですね」

 諦めにも似た笑みに、ネーベルは溜息を吐いた。

「そうじゃない。ローザは魔法が使えなくても、一人で屋敷から逃げて来た。その気になれば何時だって自由になれる。一つ提案なんだけど、私から魔法を受け取った事は隠していてくれるかな? それなら、今の当主がどんなに頑固でも私が交渉できるよ」

「ネーベル様に何か考えがあるのでしたら⋯⋯」

 ローザは不安を抱えながらも、提案を受け入れた。
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