オーロラ・オーバル

nsk/川霧莉帆

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 唇や舌で体に触れてもらうのが一番好きで、だからサイトスがそれをできないのを少し残念に思ってた。
 けど、その代わりなんていくらでもあるって思い知らされた。
 爪のない指先が表裏ひっくり返しながら線を描くように体の上を這い回ったり、機械の発熱で温かい手のひらが色んなところを撫でたり揉んだりするのが、まるで私のことを全部知ってるような動きで、すごく気持ちよくて、その間一度も一番敏感なところには触れられてないのに何度も体がびくびく跳ねた。
 欲しいものが全部お預けされてるせいで今までにないくらい興奮して、体が溶けてしまいそう。頭の中にはもう何もないし声も気づけば思いっきり出ていた。
 いつもの自分とかけ離れていて怖くもあったけど、どこまでいやらしくなっても、サイトスなら受け入れてくれる気がした。
「アイビー、すっげえ濡れてる」
 両脚の間を覗き込んでサイトスは嬉しそうに言った。もうなんでもいい。
「ほしい、です」
「んん、何を?」
 サイトスはわざとらしく首を傾げた。冷たい他人みたいだった。
「サ、サイトス、の……」
 硬質な頭が脚の間から乗り出して、いやらしい言葉を囁く。
 私の口が操られるように繰り返した。
「おち、んちん、ください」
 頭が麻痺して、全部の力が抜けてしまうようだった。おかしくなってしまったのかな。
 電子音声が低く笑って、「いいよ」と短く言った。
「ああ……!」
 体が押し開かれていく。圧迫も摩擦も全部が強烈な愉悦に変わる。こんなに良いものだったかな。一番奥を押し込まれて、否応無く一度目の頂上がきた。
 仰け反った胸がサイトスの胴体に触れて、それすら刺激になる。
「感じやすいね。何回イくかな」
 前後運動が始まって、咄嗟にサイトスに抱きついた。回した腕や太腿の裏に金属が当たって、その硬さと対照的に中心がぐちゃぐちゃに蕩けている。頭が混乱しそう。
「ひぁ、あ……ッ」
 サイボーグ体にしがみつく。立てた爪が皮膚と保護金属の境目に引っかかる。
 サイトスが私の中で色んな風に動く。無表情なフェイスシールドの向こう側が私の気持ちいいところを探ってる。動きに合わせて玉虫色が変化するのが幻想的で、ずっと見つめていた。
「あ、あっ」
 じわじわ湧き上がる感覚のままに背中が跳ねる。サイトスの腕がそれを掴まえて離してくれない。
「綺麗だよ、アイビー。もっと振り乱して見せてくれ」
 深くてがつがつした揺さぶりを受け止めて、底なしの体からほとんど唸り声みたいなのが迸った。
 サイトスの望みどおり私の体は悶えに悶える。でもすごく気持ちいい。
「ああ、最高だっ」
 一際激しく打ち込まれたのがとどめになって、声も途切れるほどの絶頂を精一杯味わった。
 こんなの知らない。元に戻れないかもしれない。

 魚も大変だなあ。一生、他人の情事をここで見せられ続けるなんて。
「明日休み?」
 サイトスは寝そべって私の髪をいじっている。あんまり手をかけてない自覚があるから、見ないで欲しかったけど。
「はい」
「もう丁寧語やめてくれよ。メシ行った仲だろ」
「……うん」
 一匹の紫色が小さい白いのを追いかけていじめていた。なんて悪いんだろう、あの子。
「寝ていいよ。ずっといるからさ」
 金属の腕がシーツを肩に掛けなおしてくれた。振り向くと、顔の無い顔が優しく見守っている、気がした。
「信用してない?」
「う、ううん」
 本心で首を振った。
 サイトスはヘッドボードの上のスイッチを切り替えて、水槽にカーテンを引いた。
 天井からの暗いオレンジ色の光だけが部屋に残る。
「また明日、アイビー」
 頭をそっと撫でられて、意識が眠りへ誘われていく。


 最初に付き合った人の影響が大きいんだろうけど、私はどうしても、サイボーグの男の人に悪い人はいないような気がしている。
 だから次の日、サイトスが「頼みがある」と切り出した時も、良からぬ事は考えなかった。
基盤意識オムニポテントにダイアルして欲しいんだ」
 実際、サイトスの頼みというのは大したことじゃないように思えた。
 だけどそれは自己証明符号アイデンティティコードがあれば誰でもできることだ。
「自分でやらないの?」
「引越したばっかで更新してないんだ……」
 彼の中のナンパの優先順位の高さには呆れたけど、頼みについては、やっぱりどう考えても簡単だ。
「いいよ。何をすればいいの?」
「そうだな、三日分の天気予告を知りたいんだ。喫茶店に行こう」
 それもテレビを見ればいいことなのだけど。サイトスに従ってホテルを出て、適当な店のコンピュータブースに入った。
 だけどわざわざ個室を選んだのは、どうもおかしかった。
「ねえ……本当に天気が知りたいだけなの?」
 デスクチェア越しに背後を振り返る。サイトスはコンピュータが起動するのを見つめていた。
「もし何かあったら、俺に脅されたって答えるんだ」
 理解するのに少し掛かった。
「え……?」
「だけど信じてくれ。俺は悪人じゃない。ただ……人を探してるだけなんだよ」
「人?」
 黒い指先が画面を指した。初期化が済んだらしい。私は通信プログラムを呼び出した。
「俺の兄貴だ」

 ドームの住人は皆、生まれる前から自己証明符号を持ち、生まれてからは、その符号を手首に彫られる。誰が親で、どんな健康状態で、どんな人生を歩んでいるか。その証明がないと社会で生きられないし、逆を言えば、死んだことにも気づかれない。
 住人のアイデンティティを基盤意識は把握している。ドームは昔の地上とは違って、完全監視社会だ。この狭い土地の中で平和に暮らすためには、必要な体制だった。基盤意識が一番恐れているのは争い……戦争だから。
 だけどたまに、この社会が嫌いで自己証明符号を捨ててしまう人がいる。そういう人には同じ種類の人が寄り集まって暮らす場所がある。
 そこが監視されているから結局、基盤意識の監視下にあることになるのだけど、それでもやっぱり彼らはドームの中ではふわふわした存在だ。
 私はサイトスがその類の人じゃないかと思った。でもその考えで一つ不思議なのは、どうやってこんなに精巧なサイボーグ体を手に入れたかということ。肉体を機械に変換するには、特に厳しい審査があるはずだ。
 それに、行方不明の兄だなんて。この統制された世界でどうしてサイトスはそんな大変な目に遭っているの?

 そうこう考えているうちに、基盤意識と繋がった。
 私はその時、いつもの味気ないフロントレスポンスを当たり前に待っていた。
 だから、それが無視された時、咄嗟に異常を感じた。
『:どうしましたか、アイビー。』
 ハンフレイだ。
 思わずサイトスを見上げた。
「どうした?」
「し、知ってるファミリアーなの。いつも仕事を手伝ってもらってる……」
 ほんのりと期待したのは、サイトスが何だか分からない計画を中断する判断を下すこと。
 でも。
「ファミリアーと知り合い? アイビー……!」
 抱きしめられた頭にこつんと硬いものがぶつかった。キスのつもりだったのかも。
「先に言ってくれりゃよかったのに!」
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