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第22話 エピローグの向こうへ
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三年後のある日の夕暮れ。開店前のハバのバーにて、三人の女性がテーブルを囲んでいた。
「――そこでシルヴェスは王に、『褒美はいりません。その代わりに、この国には良い魔法使いや猫がたくさんいることを国民に伝えてください』ってお願いしたわけだよ。まあ、何て言うか、ほんとあの子らしいね」
ロウザが椅子にもたれかかって言うと、それを聞いたルベルが笑い声を上げた。
「あの子は魔法学校にいた時からちょっと変わっていたからね。王様の驚く顔が目に浮かぶわ。……あ。ありがとう、ハバさん」
ルベルはハバが運んできたグラスを受け取り、隣に座るルーマの前に置いた。
「それじゃあ乾杯しましょうか。この三人で集まるのは実ははじめてね」
ルベルが音頭を取ると、三つのグラスが小気味よい音を立てる。
ロウザはグラスをテーブルの上に戻して息をつき、あらたまった表情でルーマに向き直った。
「ルーマさん。ずっとお礼を言うことができなくてすみません。あの子を預かって育ててくれて、本当にありがとうございました」
「そんな! 私こそあの時、貴女に助けられたんだから」
ルーマは慌てて皺だらけの手を振って答える。
「それに、ずっと一人だった私に、本当の息子ができたようで楽しかったわよ。魔法学校に送り出した日は寂しかったわね」
ルーマは懐かしそうに遠い目をして言った。ルベルはテーブルに肘をつき、眉根を寄せてロウザに顔を向ける。
「でも、あの時は本当にびっくりしたわ。いきなりあんたから連絡が来て、アザンバークの息子を魔法学校に入れてくれって言うんだから。素性を隠してあの子を裏口入学させるのは本当に苦労したわよ」
「まあ、そこは同窓生のよしみじゃないか」
ロウザは声を上げて笑う。
「勝手なことを言うわね」
やれやれとため息をつくルベルに、ロウザは探るような目を向けて言った。
「でもあんた、こうなることは分かっていたんじゃないのかい? 私はずっとあんたの用意したチェス盤の上で、駒になって踊らされている気がするよ」
「そんなことないわ。いくら私の『予見』でも、全てを視ることはできないのよ。昔から言っているでしょう?」
「そんなもんかねえ……。それにしては、あんたがシルヴェスの下宿先をうちに決めたのは偶然とは思えないね」
ロウザが指摘すると、ルベルはミステリアスな含み笑いを浮かべた。
「ふふっ。それは運命が導いてくれたのね」
「またそうやって、あんたははぐらかす」
ロウザは不満げにぐいっとグラスの中身を空けた。
グラスをテーブルの上に置き、ロウザは話題を変える。
「それにしても、ラークはいつになったらここに来るのかねえ……。二週間前にはこの国に戻ったって連絡が入ったんだろう?」
ルベルは頷いた。
「ええ。久しぶりに彼からの通信魔法を受信して、その時にこのバーに顔を出すよう伝えたんだけど……。でも、あの子が最初に向かうところは、絶対にここじゃないわね」
「まあ……そうだね。それじゃあ、あの子たちが二人で帰ってくるのをのんびり待つとしますか……」
三人は顔を見合わせ、意味ありげににやりと微笑んだのであった。
*
「ふう。今日も来客数は上々だったねー。みんなお疲れ」
シルヴェスはシルヴァンメイトの一階で、店内を見回し猫たちに声を掛けた。
あちこちから「にゃー」と返事がする。
――シルヴェスが王様に「お願い」をしてから、この街の空気は少しずつではあるが、確実に変わり始めていた。
大きな変化の一つは、カムフラージュのために一階で普通のカフェを開く必要がなくなり、建物全体を使って堂々と猫カフェを営むことができるようになったことである。
シルヴェスの猫カフェは街中で評判になり、老若男女、魔法使い、一般の人を問わずに、大勢の人が訪れるようになっていた。
忙しいけれど、充実した毎日。
シルヴェスはお客さんと猫たちと一緒に、楽しく仕事をしていたのであった。
「じゃあ、私はそろそろお家に帰るね。シャルロット、ルイ、ロイ、マリシア、チビ、ザーラ、ジャック、また明日ね」
シルヴェスは一匹一匹に挨拶し、出口へと向かう。
そして彼女がドアノブに手をかけようとしたその時。扉の向こうから誰かがノックする音が聞こえた。
「はーい」
こんな時間に、一体誰だろう?
シルヴェスは怪訝な表情で答えると、ドアノブを回し、扉を押し開く。
そこに立っていたのは夕陽を背にした懐かしい人影──。
……眩しい光が店内に差し込んだ。
――END――
「――そこでシルヴェスは王に、『褒美はいりません。その代わりに、この国には良い魔法使いや猫がたくさんいることを国民に伝えてください』ってお願いしたわけだよ。まあ、何て言うか、ほんとあの子らしいね」
ロウザが椅子にもたれかかって言うと、それを聞いたルベルが笑い声を上げた。
「あの子は魔法学校にいた時からちょっと変わっていたからね。王様の驚く顔が目に浮かぶわ。……あ。ありがとう、ハバさん」
ルベルはハバが運んできたグラスを受け取り、隣に座るルーマの前に置いた。
「それじゃあ乾杯しましょうか。この三人で集まるのは実ははじめてね」
ルベルが音頭を取ると、三つのグラスが小気味よい音を立てる。
ロウザはグラスをテーブルの上に戻して息をつき、あらたまった表情でルーマに向き直った。
「ルーマさん。ずっとお礼を言うことができなくてすみません。あの子を預かって育ててくれて、本当にありがとうございました」
「そんな! 私こそあの時、貴女に助けられたんだから」
ルーマは慌てて皺だらけの手を振って答える。
「それに、ずっと一人だった私に、本当の息子ができたようで楽しかったわよ。魔法学校に送り出した日は寂しかったわね」
ルーマは懐かしそうに遠い目をして言った。ルベルはテーブルに肘をつき、眉根を寄せてロウザに顔を向ける。
「でも、あの時は本当にびっくりしたわ。いきなりあんたから連絡が来て、アザンバークの息子を魔法学校に入れてくれって言うんだから。素性を隠してあの子を裏口入学させるのは本当に苦労したわよ」
「まあ、そこは同窓生のよしみじゃないか」
ロウザは声を上げて笑う。
「勝手なことを言うわね」
やれやれとため息をつくルベルに、ロウザは探るような目を向けて言った。
「でもあんた、こうなることは分かっていたんじゃないのかい? 私はずっとあんたの用意したチェス盤の上で、駒になって踊らされている気がするよ」
「そんなことないわ。いくら私の『予見』でも、全てを視ることはできないのよ。昔から言っているでしょう?」
「そんなもんかねえ……。それにしては、あんたがシルヴェスの下宿先をうちに決めたのは偶然とは思えないね」
ロウザが指摘すると、ルベルはミステリアスな含み笑いを浮かべた。
「ふふっ。それは運命が導いてくれたのね」
「またそうやって、あんたははぐらかす」
ロウザは不満げにぐいっとグラスの中身を空けた。
グラスをテーブルの上に置き、ロウザは話題を変える。
「それにしても、ラークはいつになったらここに来るのかねえ……。二週間前にはこの国に戻ったって連絡が入ったんだろう?」
ルベルは頷いた。
「ええ。久しぶりに彼からの通信魔法を受信して、その時にこのバーに顔を出すよう伝えたんだけど……。でも、あの子が最初に向かうところは、絶対にここじゃないわね」
「まあ……そうだね。それじゃあ、あの子たちが二人で帰ってくるのをのんびり待つとしますか……」
三人は顔を見合わせ、意味ありげににやりと微笑んだのであった。
*
「ふう。今日も来客数は上々だったねー。みんなお疲れ」
シルヴェスはシルヴァンメイトの一階で、店内を見回し猫たちに声を掛けた。
あちこちから「にゃー」と返事がする。
――シルヴェスが王様に「お願い」をしてから、この街の空気は少しずつではあるが、確実に変わり始めていた。
大きな変化の一つは、カムフラージュのために一階で普通のカフェを開く必要がなくなり、建物全体を使って堂々と猫カフェを営むことができるようになったことである。
シルヴェスの猫カフェは街中で評判になり、老若男女、魔法使い、一般の人を問わずに、大勢の人が訪れるようになっていた。
忙しいけれど、充実した毎日。
シルヴェスはお客さんと猫たちと一緒に、楽しく仕事をしていたのであった。
「じゃあ、私はそろそろお家に帰るね。シャルロット、ルイ、ロイ、マリシア、チビ、ザーラ、ジャック、また明日ね」
シルヴェスは一匹一匹に挨拶し、出口へと向かう。
そして彼女がドアノブに手をかけようとしたその時。扉の向こうから誰かがノックする音が聞こえた。
「はーい」
こんな時間に、一体誰だろう?
シルヴェスは怪訝な表情で答えると、ドアノブを回し、扉を押し開く。
そこに立っていたのは夕陽を背にした懐かしい人影──。
……眩しい光が店内に差し込んだ。
――END――
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