京都もふもふ、けもののけ 〜ひきこもり陰陽師は動物妖怪専門です〜

ススキ荻経

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エピローグ

新たな門出

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 秋の終わりのある日のことである。

「おーい。恭ー? 起きてるー?」

 ドアの外から聞こえるのは与一の声。

 やれやれ。またあいつか……。

 机に座って動画を見ていた恭は片耳からイヤホンを外し、一瞬考えたあと、再びイヤホンを耳に押し込んだ。

『こら! 無視するな! いるんだろ? 狐ちゃんの妖気が隠しきれていないんだよ!』

 今度は恭の携帯端末がメッセージを受信すると同時に、玄関チャイムが高らかに鳴り響いた。

 恭は膝の上で寝ていた三尾の狐に目を落とし、「しまった」と舌を出す。寝ぼけまなこで見上げてきた妖狐に、恭は人差し指を口に当てて無言で合図した。

 三尾の狐は声を出さずに口を開けて返事し、フッと姿を消す。

『おい! いまさら狐ちゃんを隠しても遅いぞ!』

『良い知らせを持ってきてやったんだから開けろ!』

 二回の着信音と共に、携帯端末にメッセージが表示される。それも無視していると、玄関チャイムの連打が始まった。これには流石の恭もたまらず、玄関に突進してドアを押し開ける。

「お前、いきなり訪ねてくるのはやめろって、何度も言ってるだろ!」

 恭が声を荒げて言うと、与一は気の抜けた笑顔で「ちーっす」と手を上げた。

「聞いてくれよ、恭。ニュースニュース」

 いつものように遠慮なく部屋に上がり込んでくる。

 全く。こいつは怒る気にもならない。

 与一は当たり前のように冷蔵庫の前にしゃがんで、中をのぞき込む。

「おっ! ちゃんと冷蔵庫に食べ物が入ってるじゃん。プリンもらっていい?」

「勝手に開けるなって」

 恭は与一の目の前で冷蔵庫を閉めた。

「ははっ。ちょっとはお金に余裕が出てきたみたいだな。犬神の一件から、俺たちに舞い込んでくる依頼の数が急増したからね」

 与一は満足げに笑いながら立ち上がった。恭はため息をつく。

「その代わり、お前が持ってくるハズレの依頼に付き合わされることも多くなった気がするけどな……。でも、生活費が助かってるのは事実だよ。――で、良い知らせって一体何なんだ?」

「おう。よくぞ聞いてくれました。いいか? 聞いて驚くなよ?」

 与一はわざとらしく片目を細め、もったいぶって人差し指を立てて見せた。いちいち鬱陶しい奴だ。

「何だ。早く言えよ」

「なんと、今年の晴明賞…………俺たちが受賞することになりました! いやったー! ばんざーい!」

 与一は両手を上げて叫んだ。

「そうか。良かったじゃねえか」

 恭は冷めた口調で答えて椅子に腰かける。

「なんだよ。嬉しくないのか?」

 与一が不服そうに眉根を寄せたので、恭は肩をすくめて言った。

「ちゃんと喜んでるぜ? でも、犬神を祓った時点で、だいたい受賞する予想はついていたからな。別にそんなに驚かないっていうか……」

「ちぇーっ。つまんねえ奴だなー」

 与一は唇を尖らせる。

「そんなんだから、いつまで経っても美鵺子ちゃんと付き合えないんだよ」

「ばっ! 美鵺子のことは今関係ねえだろ!」

「だってさあ、これだけしょっちゅうデートしてるのに付き合ってないって、普通おかしいでしょ」

「だから、あれはデートじゃないって……」

「やれやれ……。こりゃあ、まだまだ先は遠そうだ」

 与一は大きく息をつく。恭は渋面を浮かべて椅子から立ち上がり、げんこつで与一の背中をぐりぐりと玄関に向かって押した。

「ほらほら! 冷やかすんなら帰れ! 俺は忙しいんだ」

「えー? どうせ今日もだらだらしてたんでしょ?」

「うるせえ。未だに卒論が一ミリも進んでない奴と一緒にするな」

「分かった。ストップストップ。これから本題を話すから!」

「今までのは本題じゃなかったのかよ」

 恭が呆れたように言ってこぶしを下げると、与一はニヤッと笑って携帯端末を掲げた。

「へへ。実は、俺たちに新しい依頼が入っておりましてね……」

「あっ。しばらく仕事はいいや。帰れ」

「待てって! 話くらい聞いてくれよ」

 与一はもう一度恭のこぶしを押さえて食い下がる。

「だってお前、前回の依頼で俺にツチノコを捕まえさせようとしたけど、正体はただの太ったマムシだったじゃねえか」

 恭はなおも無表情で与一をぐいぐいと玄関に追いやった。

「こ、今度こそ大丈夫だよ! 聞いてくれ! 梅小路公園に猫又が一匹出たらしいんだ!」

「……猫又が?」 

 恭はピタリと動きを止める。与一の口元に勝ち誇った笑みが広がった。

「喰いついたな。よし。今夜一緒に現地視察に行くぞ」

 こうして、二人の若き陰陽師はまた新たな怪異に挑むことになったのである。

 現代を生きる転狐、恭の挑戦はまだまだ始まったばかりであった――。

(おわり)
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