白く染める

神楽堂

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染まる

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家に入って驚いた。
なんと、美紅ちゃんが家の中にいたのだ。

なぜ?
二人はもう付き合っているの?

「眞白、何しにきたにゃ?」

それはこっちのセリフ、って思ったけど、私は平静を装ってこう言った。

「順平くんのお父様にお見せしたいものがあって」

美紅ちゃんの表情が一変した。
その時、順平くんのお父さんがやってきた。

「眞白ちゃん、よぐ来てげたなっす。ほれ、これは美紅ちゃんの染めた反物だ。見てけれ」

美紅ちゃんも染め物を持って、お父様に見せに来ていたのだった。
美紅ちゃんの染め物は、大胆にも濃い黄色に染めたものだった。

「玉ねぎの皮で染めたにゃ」

「いつもはゴミにすてすまうしてしまう玉ねぎの皮も、染め物に使うと綺麗なもんだな」

順平くんのお父さんが、美紅ちゃんの染め物を褒めている。

私は焦った。

「わ、私も染め物、持ってきたんで、見ください」

私が差し出した麻の反物が、床の上に広げられた。


順平くんも、順平くんのお父さんも、そして美紅ちゃんも、みんな目を丸くした。

「こりゃたまげだ! なしてこげなきれいに染まるだ」

みんな、私の反物を手に取って染まり具合を見ていた。

「染まりもいいけんど、この麻布あさぬのの地色が白いのもいいな」

私は、姉からアドバイスをもらっていた。
染めを目立たせるために、染まっていないところを目立たせる。
つまり、染まっていないところを白く染めるのだ。

「この麻、なんだか白いけんど、眞白、どうしたにゃ?」

美紅ちゃんが聞いてくる。

「ん? 白く染めたの。そうした方が染めたところが目立つから」

「白く染める? そんなこと、なしてできるにゃ?」

私は何も答えず、持ってきたもう一つの反物を広げた。
これは、全く染めていない、真っ白の麻布あさぬのだ。

「ほう……こんな真っ白な麻布、初めて見だ。うちでも、こんな白さは出せん」

順平くんのお父さんは、感嘆の声を上げた。
私は言った。

「おそれいります。この布、これから何色にでも染まります」

「んだば、眞白ちゃんらしい、真っ白な布だ」

順平くんのお父さんは笑顔になり、それを見た順平くんも笑顔になった。
美紅ちゃんの顔をそっと見てみると、いつもの感じがなくなっていて、なんだかしおらしくなっていた。

数日後、私は順平くんのおうちに呼び出された。
順平くんのお父さんが出てきて、私にこう言った。

「眞白ちゃんの染め物、本当によがった。なしてあんな白さ、出せるんだ?」

「おそれいります。姉が新潟に嫁いでいて、雪を使うこと、教えてくれたんです」

「ほう、雪か」

「雪の上に反物を広げるんです。雪解けの日の光を浴びて、麻布は雪のような白に染まるんです。新潟に古くから伝わる、布を白くする方法です」

「そうなんか。眞白ちゃん、いいこと教えてもらったな」

しばらくの沈黙が流れた後、おもむろに順平くんは口を開いた。

「眞白、親父の前でこんなこと言うのも何だけど……」

そう言うと、順平くんの顔は、前のときと同じように真っ赤に染まった。

「その……眞白のことが好きだず。おらと結婚してけろ」

私の頭の中は、真っ白になった。
その後、私はなんと答えたか、はっきりと覚えていない。
けれど、たぶん……いや、きっと、こう言ったと思う。

「私も、順平くんのことが好きだず。よろしくお願いします」


こうして、私は順平くんと結婚した。

私は気が弱くて、人を私色に染めることなんてできない。
でも、私は大好きな人のために染まることはできると思う。
そんな気持ちを込めて、雪にさらして真っ白にした反物も持っていったのだった。
それが功を奏したのかどうかは分からないけど、私は順平くんと結婚することができた。

* * *

後日、美紅ちゃんにこんなこと言われた。

「色の白いは七難隠すって、ホントだったにゃ」

まだ言うのか……
でも、私は笑って聞き流すことができた。

* * *

春になった。

私は順平くんと散歩に出かけた。
辺りの雪はほとんど解けてしまっている。

「お花、きれい」

んだずそうだね

私たちは、さくらんぼの木が並ぶ小径を歩いていた。
花は満開だ。

順平くんは、私が染めた手ぬぐいを持ってきていた。

「これ、使うの、なんだかもったいなぐて……」

「だいじょうぶ。また作ってあげるから」

「そっか、んだら、遠慮なく使うか」

「そうしてけろ」

私たちは顔を見合わせて笑った。

私たちの周りには、たくさんのさくらんぼの花が咲いていた。
さくらんぼの花びらは白く、そしてほんのりピンク色に染まっていた。



《了》

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