4 / 4
04
しおりを挟む
ある日、母さんは言った。
「学校に行く練習、してみる?」
「練習?」
「車で学校の近くまで行ってみない?」
ちょうど夜だったし、誰にも見られないかなと思って、私は挑戦してみることにした。
車が学校に近づいてきた。
私は隠れたくなった。
けれども、幸い夜道は誰も歩いていなかった。
母さんは、車を校門の前に停めた。
「降りてみる?」
「いや」
心臓がドキドキしてきた。
息が苦しくなってきた。
母さんは、ちょっとさみしそうな顔をした。
けれど、体も心も無理だった。
車から降りられそうにもなかった。
「じゃあ、また今度にしようね」
私達は家に帰った。
「車から降りなくてもいいから、毎日、学校に行く練習しよう」
母さんは言ってくれた。
「うん」
* * *
それから、私は毎晩、車で学校の近くまで行ってみることにした。
だんだん、学校の風景も見慣れてきた。
学校はただのコンクリートの建物だ。
噛みついてきたりはしない。
前は学校を見るだけでドキドキしていたけど、今日はそれほどドキドキしていない。
私は車から降りて、学校の玄関の近くまで歩いてみた。
やっぱりドキドキしてきた。
でも、歩くことはできた。
「学校に行く力、あるね!」
母さんは言ってくれた。
うん。
前は自分で歩いて学校に行っていたんだ。
私には、学校に行く力がある……はず。
担任の先生からは、別室登校しないか、ということを前からずっと言ってもらっていた。
そうだ、学校へ行こう。
別室登校、してみようかな。
そんな気持ちになってきた。
* * *
放課後。
みんなが帰った学校に、母さんと一緒に行ってみた。
先生には連絡していたので、すぐ昇降口に迎えに来てくれた。
校舎に入ると、懐かしさが溢れてきた。
それと同時に、罪悪感にも襲われた。
先生に、
「教室、見てみる? 今、誰もいないから」
と言われた。
先生と私、そして母さんとで教室に行ってみた。
教室は懐かしくもあったし、怖くもあった。
掲示物が変わっていた。
みんなの学習プリントが掲示されていた。
私がいない間、みんなはいろんな勉強をしていた。
そう。
学校では、みんな頑張っている。
でも、私は頑張れない。
だから私はダメな子。
そういう感情が、また戻ってきてしまった。
先生は言った。
「自分の席、座ってみる?」
私の席は、ちゃんと教室にあった。
そのことが、なんだか申し訳なく思えた。
自分の席に座ってみた。
机の中は空だった。
プリントとかは先生が週末に、まとめて持ってきてくれていた。
私は顔を上げた。
黒板を見た。
私は前に、こうやって勉強をしていたんだ。
だんだん息が苦しくなってきた。
「無理です……」
私は立ち上がり、教室を出た。
* * *
教室は無理だと思ったので、まずは別室登校をしてみることにした。
放課後の静かな時間から始めた。
登校して、私は生徒相談室で一人でプリントに取り組んだ。
早く終わったら、読書したり絵を描いたりした。
たまに、手のあいている先生が顔を出してくれた。
1時間くらいしたら、母さんに迎えに来てもらって下校した。
* * *
だんだん慣れてきたので、今度は午前中の登校に挑戦してみることにした。
やっぱりドキドキしてきた。
具合も悪くなるし、体のあちこちが痛くなった。
それでも、私は生徒相談室でプリントに取り組んだ。
廊下からは元気のいい声が聞こえてくる。
ドアの向こうにはたくさんの生徒がいるんだ。
そして、楽しく学校生活を送っているんだ。
けれど、私はこの部屋にいるのが精一杯。
やっぱり、私は惨めだった。
スクールカウンセラーさんとの面談で私は言った。
「みんながいるって思うと具合が悪くなってしまうんです。そんな自分が嫌なんです」
「みんながいると緊張するよね。具合が悪くなるって、どんな感じになるの?」
「吐き気がしたり、心臓がドキドキしてきたり……」
「じゃあさ、具合が悪くなってきたら、自分の体の変化を観察してごらん?」
「どういうことですか?」
「例えばね、死ぬくらいに苦しいのを10だとして、10段階で点数をつけてみて。今の苦しさは何点くらいかな、って」
「……はい。やってみます」
それから私は、自分の苦しさを点数化してみた。
個室で自習をしている時、廊下が静かだったらそんなに苦しくない。
* * *
だんだん廊下がうるさくなってきた。休み時間になったのだろう。
みんなが大声でしゃべりながら廊下を歩いているのだと思う。
心臓がドキドキしてきた。なんだか息苦しくなってきた。
えっと……死ぬほどってわけじゃないから、この苦しさは6点くらいかな。
別の日も、苦しさを点数化してみた。
点数化してみて、気がついたことがあった。
学校に行って苦しくなるのはダメなことだとはじめは思っていたけど、自分の体の調子が変わるのは、いいとか悪いとかじゃなくて、私が生きているから体がそうなるんだと思えた。
そして、点数化すると、苦しさがどこか他人事みたいにも思えてきた。
あと、苦しいという気持ちは1つだけじゃなくて、いろいろあるということにも気づけた。
怖い、辛い、苦しいという気持ちは、なくさなくていいって言われた。
それも自分なんだから、って。
私はまだ、ダメな人間だと思う。
やっぱり、まだみんなと一緒に教室では勉強できない。
それでも私は、そんなダメな自分と一緒に生きていく。
だって、頑張る自分も頑張れない自分も、自分だから。
そして、そんなダメダメな私のことを、私が認めてあげないと。
今日も私は、私のままで生きていく。
私は鉛筆を持ち、目の前のプリントに取り組んだ。
< 了 >
「学校に行く練習、してみる?」
「練習?」
「車で学校の近くまで行ってみない?」
ちょうど夜だったし、誰にも見られないかなと思って、私は挑戦してみることにした。
車が学校に近づいてきた。
私は隠れたくなった。
けれども、幸い夜道は誰も歩いていなかった。
母さんは、車を校門の前に停めた。
「降りてみる?」
「いや」
心臓がドキドキしてきた。
息が苦しくなってきた。
母さんは、ちょっとさみしそうな顔をした。
けれど、体も心も無理だった。
車から降りられそうにもなかった。
「じゃあ、また今度にしようね」
私達は家に帰った。
「車から降りなくてもいいから、毎日、学校に行く練習しよう」
母さんは言ってくれた。
「うん」
* * *
それから、私は毎晩、車で学校の近くまで行ってみることにした。
だんだん、学校の風景も見慣れてきた。
学校はただのコンクリートの建物だ。
噛みついてきたりはしない。
前は学校を見るだけでドキドキしていたけど、今日はそれほどドキドキしていない。
私は車から降りて、学校の玄関の近くまで歩いてみた。
やっぱりドキドキしてきた。
でも、歩くことはできた。
「学校に行く力、あるね!」
母さんは言ってくれた。
うん。
前は自分で歩いて学校に行っていたんだ。
私には、学校に行く力がある……はず。
担任の先生からは、別室登校しないか、ということを前からずっと言ってもらっていた。
そうだ、学校へ行こう。
別室登校、してみようかな。
そんな気持ちになってきた。
* * *
放課後。
みんなが帰った学校に、母さんと一緒に行ってみた。
先生には連絡していたので、すぐ昇降口に迎えに来てくれた。
校舎に入ると、懐かしさが溢れてきた。
それと同時に、罪悪感にも襲われた。
先生に、
「教室、見てみる? 今、誰もいないから」
と言われた。
先生と私、そして母さんとで教室に行ってみた。
教室は懐かしくもあったし、怖くもあった。
掲示物が変わっていた。
みんなの学習プリントが掲示されていた。
私がいない間、みんなはいろんな勉強をしていた。
そう。
学校では、みんな頑張っている。
でも、私は頑張れない。
だから私はダメな子。
そういう感情が、また戻ってきてしまった。
先生は言った。
「自分の席、座ってみる?」
私の席は、ちゃんと教室にあった。
そのことが、なんだか申し訳なく思えた。
自分の席に座ってみた。
机の中は空だった。
プリントとかは先生が週末に、まとめて持ってきてくれていた。
私は顔を上げた。
黒板を見た。
私は前に、こうやって勉強をしていたんだ。
だんだん息が苦しくなってきた。
「無理です……」
私は立ち上がり、教室を出た。
* * *
教室は無理だと思ったので、まずは別室登校をしてみることにした。
放課後の静かな時間から始めた。
登校して、私は生徒相談室で一人でプリントに取り組んだ。
早く終わったら、読書したり絵を描いたりした。
たまに、手のあいている先生が顔を出してくれた。
1時間くらいしたら、母さんに迎えに来てもらって下校した。
* * *
だんだん慣れてきたので、今度は午前中の登校に挑戦してみることにした。
やっぱりドキドキしてきた。
具合も悪くなるし、体のあちこちが痛くなった。
それでも、私は生徒相談室でプリントに取り組んだ。
廊下からは元気のいい声が聞こえてくる。
ドアの向こうにはたくさんの生徒がいるんだ。
そして、楽しく学校生活を送っているんだ。
けれど、私はこの部屋にいるのが精一杯。
やっぱり、私は惨めだった。
スクールカウンセラーさんとの面談で私は言った。
「みんながいるって思うと具合が悪くなってしまうんです。そんな自分が嫌なんです」
「みんながいると緊張するよね。具合が悪くなるって、どんな感じになるの?」
「吐き気がしたり、心臓がドキドキしてきたり……」
「じゃあさ、具合が悪くなってきたら、自分の体の変化を観察してごらん?」
「どういうことですか?」
「例えばね、死ぬくらいに苦しいのを10だとして、10段階で点数をつけてみて。今の苦しさは何点くらいかな、って」
「……はい。やってみます」
それから私は、自分の苦しさを点数化してみた。
個室で自習をしている時、廊下が静かだったらそんなに苦しくない。
* * *
だんだん廊下がうるさくなってきた。休み時間になったのだろう。
みんなが大声でしゃべりながら廊下を歩いているのだと思う。
心臓がドキドキしてきた。なんだか息苦しくなってきた。
えっと……死ぬほどってわけじゃないから、この苦しさは6点くらいかな。
別の日も、苦しさを点数化してみた。
点数化してみて、気がついたことがあった。
学校に行って苦しくなるのはダメなことだとはじめは思っていたけど、自分の体の調子が変わるのは、いいとか悪いとかじゃなくて、私が生きているから体がそうなるんだと思えた。
そして、点数化すると、苦しさがどこか他人事みたいにも思えてきた。
あと、苦しいという気持ちは1つだけじゃなくて、いろいろあるということにも気づけた。
怖い、辛い、苦しいという気持ちは、なくさなくていいって言われた。
それも自分なんだから、って。
私はまだ、ダメな人間だと思う。
やっぱり、まだみんなと一緒に教室では勉強できない。
それでも私は、そんなダメな自分と一緒に生きていく。
だって、頑張る自分も頑張れない自分も、自分だから。
そして、そんなダメダメな私のことを、私が認めてあげないと。
今日も私は、私のままで生きていく。
私は鉛筆を持ち、目の前のプリントに取り組んだ。
< 了 >
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
2
この作品の感想を投稿する
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる