約束の沖縄

神楽堂

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最終話 桜の木の下で

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パン!

敵兵の銃弾の一つが、宮里の腹部を貫通した。
宮里は倒れた。
まずい、立ち上がらないと……
そのとき、目の前に何かが転がってきた。
手榴弾だ!

宮里拓真の人生は、そこで終わった。

沖縄に帰ってくる……
宮里は、確かに約束を果たしたのだった。
沖縄県の読谷飛行場にて、宮里の二十余年の人生は終わった。

宮里の死後も、飛行場では日本軍空挺隊員と米軍飛行場守備隊との間で、激しい戦闘が行われていた。
倒した日本兵の荷物を調べていた米兵は、ある物を見つけて青ざめていた。
米軍パイロットが寝泊まりしているテントの位置まで詳細に書かれた地図だった。
日本軍はここまで調べていたのか。

やがて、読谷飛行場に海兵隊が駆けつけ、一人、また一人と日本軍空挺隊員が掃討されていった。
夜明けまでに、降り立った日本兵は全滅していた。

一方、嘉手納かでな飛行場の方はどうなったのだろう。
残念ながら、全機、撃墜されたようだった。
強制着陸には失敗したが、墜落した日本軍爆撃機が滑走路上で激しく炎上し、大混乱になっていた。

日本軍は、米軍の通信を傍受していた。
普通、軍で使う無線は暗号を使うが、嘉手納飛行場ではパニックになっていたのであろう。
暗号を使わずに通信を行っていた。
「嘉手納飛行場、使用不可。現在飛行中の航空機は洋上の空母へ着艦せよ。空母の位置は……」
軍事機密である空母の位置まで暗号を使わずに通信している混乱ぶりだ。

こうして宮里たちは、一定の戦果を上げることはできた。
が、生き残ることは叶わなかった。

沖縄は朝を迎えた。
由紀子は、新鮮な空気を吸うために、野戦病院の地下壕から出て、首里山からふもとを見ていた。

読谷よみたんの辺りに黒煙が上がっているのが見えた。
由紀子は、ついさっきまで、この沖縄の地に宮里拓真がいたことを、知るよしもなかった。

その後も、沖縄戦は激しさを増した。
由紀子がいた首里の司令部が陥落した。

学徒隊には解散命令が出た。
解散?
私はどこに行けばいいの?
いつ米兵に襲われるか分からない。
こんな戦地に女学生だけ残され、由紀子たちは途方に暮れた。
学友は次々に自決していく。
私も、死ぬべきなのだろうか……

由紀子は拓真との約束を思い出していた。
ここで自決しては、拓真との約束を守れない。
何としても生きないと……

昭和20年6月23日。
日本軍の司令官が自決。
沖縄の日本軍の、組織的な抵抗は終わった。
しかし、ゲリラ戦はまだ、続いていた。


昭和20年8月15日。
日本は無条件降伏した。

由紀子は、生きて終戦を迎えることができた。
しかし、宮里の家族は残念ながら、生き残ることができなかった。
由紀子のことを知っていた宮里の親戚が、拓真の遺品を届けてくれた。

拓真の遺品を見て、由紀子はつぶやいた。
「沖縄に帰ってくる約束はどうなったの?」

手に持った遺品に、由紀子の涙が落ちた。

遺品の中には、遺書もあった。
遺書の内容は家族宛てであったが、追伸に由紀子へのメッセージが書かれていた。

「由紀子にもよろしくお伝えください。
 私はいつも空から見守っていると」

由紀子は空を見上げた。
空は青く、どこまでも澄み渡っていた。

あれから数年の歳月が流れた。

由紀子は、東京の九段下を訪れた。
千鳥ヶ淵の満開の桜を見ながら、由紀子は靖國神社に向かった。

大きな鳥居が目を引いた。
国のために命を捧げた宮里拓真は、ここに神として祀られているという。

参拝を済ませた由紀子の肩に、
1枚の桜の花びらが舞い降りた。
由紀子は、拓真が言っていた言葉を思い出した。

「戻らなかったら、俺は靖國神社の桜の花になっていると思ってくれ」

そういうことなのね……

由紀子は、肩に舞い降りた桜の花びらを、
そっと手に持ち、そして見つめた。



「拓真、おかえり……」



< 終 >
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