乗っ取り

神楽堂

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乗っ取り

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私はママ友が嫌いだ。

同年代の子を子育てしている母親同士、集まっていろいろと情報交換をする。
それ自体は役に立つことも多いし、悩みを聞いてくれたり、逆に自分が相談に乗ってあげたりと、ママ友との交流のすべてが嫌いというわけではない。

しかし!

どうしても反りが合わないママ友がいる。

そのママ友は、話題の中でやたらとマウンティングしてくる。
旦那の自慢や子供の自慢だ。
散々、自慢話をした後、

「オタクはどうなんですか?」

と聞いてくる。
私が答えると、なんだ、その程度か、といった勝者の笑みを浮かべて私を見下してくる。

あ~~~~!! 腹立つ!!

自慢話だけなら聞き流せばいいのかもしれない。
しかし、そのママ友は悪口もかなり言うのだ。
もちろん、その場にいないママ友の悪口だ。

ということは、私がいないときは私の悪口を言っているかもしれない。
それを想像すると、とても嫌な気持ちになる。

その悪口に乗っかって、自分も同調する発言をしてしまうと、

「○○さんがそう言っていましたよ」

なんて、私が主になって悪口を言ったことになって広められてしまう。
だから、下手に相槌も打てない。

とにかく、関わらないのが一番なのだが、狭い世間で暮らしている以上、どうしても生活の中で顔を合わせなければならない場面がある。そこはうまくやっていくしかない。

* * *

しかし、ついに我が子に被害が出てしまった。

そのママ友の子に、我が子が突かれて大怪我をさせられたのだ。
当然、私は抗議しに行った。

すると、そのママ友は、

「子供がしたことですし、それに、悪気はなかったんですよ。子供同士のことですから、お互い様ということで……」

などと言ってきたのだ!!

もう許さん!!
私自身がひどい目に遭ったのなら、私が我慢すればいいだけのこと。
しかし、何の関係もない我が子が被害にあったとなれば、話は別だ。
こればかりはどうしても許せなかった。

あんなやつ、いつかひどい目に遭えばいいのに……

私は、そのママ友を毎日、呪うようになった。

* * *

あ、ここまで話を聞いていただいてありがとうございます。
の世界にも、嫌なママ友って、いるでしょ?

え?

私は何者だって?

あははは……
申し遅れました。
私は「鳥」です。

そう、パタパタと空を飛ぶ、鳥。

人間の子供たちは、学校の「えいご」の時間に、

I wish I were a bird.

「私は鳥だったらよかったのに」

なんて例文を習うそうですね。
私たち、鳥に憧れてくれてありがとうございます。

けどね、先ほどもお話した通り、鳥の世界もいろいろとあるんですよ。
人間さんは、鳥は自由の象徴みたいにとらえているみたいですけど、私たちは巣を作って子育てしているので、意外と狭い社会で生きているんです。
そして、嫌なママ友と一緒に社会生活しないといけない。

あぁ、渡り鳥さんたちみたいに、どこか遠くに行ければいいのに……

なんて思ったこともあるのですが、渡り鳥さんたちも群れで行動しているので、それはそれで、いろいろとあるみたいです。
みんな、苦労しているんですね。

さて、私には嫌いなママ友がいる、というさっきの話の続きなんですが、この後、我が家にとんでもない事件が起きてしまいます。

よろしければ、私のひとり語りをこのままどうか聞いてください。

* * *

私の子供は、嫌いなママ友の子に、くちばしで突かれて大怪我をしてしまった。

抗議しても、うちの子に悪気はなかった、仲良くなろうとしてやった、うちの子は優しい子だ、などと言い訳ばかり言って、まったく謝罪の態度が見られなかった。

怪我をさせられた我が子は、ある日、よたよたと歩いていたところを……


キツネに食べられてしまった。


私には、子が一羽しかいなかった。
私は、そのかけがえのない我が子を失ってしまった。

あのママ友の子に怪我をさせられていたせいで、キツネに追われても飛んで逃げることができなかったのだ……
それで、私の子はキツネに食い殺されてしまった。
私の子は、ママ友の子に殺されたのも同然だ。

その憎きママ友は、私に向かってこんなことを言ってきた。

「お気の毒様でしたね。でもね、親がちゃんとしていないからこんなことになるのよ」


!!

なんだと!!


あんたの子がうちの子を怪我させたのは、あんたが見ていなかったからでしょ!
それを棚に上げて、私がちゃんとしていなかったから、ですって?!

怒りで我を忘れそうになった私は、思わず、そのママ友を殺してやろうかと思った。

が、ギリギリのところで思いとどまった。
しかし、許すつもりはない。

私が悲しみに沈む毎日を送っていたところ、その嫌いなママ友が卵をいくつか産んだとの噂が入ってきた。
他のママ友たちは、私の嫌いなそのママ友に、出産おめでとう! と声をかけていた。
私はおもしろくない。
私の子供は殺されてしまったというのに、そいつにはまた、新しい命がいくつも授かったのだ。

私はお祝いする気になんてなれなかった。
むしろ、そのママ友の子が不幸になればいいのに、なんて呪っていた。

毎日毎日、嫌なことばかり考えて、私は気がおかしくなりそうだった。
いや、もうおかしくなっていたのかもしれない。

復讐は悪いこと。
そう分かっていても、復讐しないと自分の気持ちが収まらない。


私は、闇に堕ちた。

あのママ友への復讐を決意したのだった。

* * *

私が復讐をすれば、私が悪者になってしまう。
できれば、私の手を汚すことなく、そのママ友に復讐ができればいいのだが……

そして、私はとんでもないものに手を出す。


復讐代行業


森の中に住むカッコウがやっている、闇のお仕事だ。
子供を殺された無念を晴らすために、私はカッコウに復讐を依頼することにした。


私は森に行き、カッコウを探した。

いた!

木には看板がかけてある。

「あなたの恨み、晴らします。カッコウ復讐代行センター」

私は、おそるおそる、カッコウに話しかけた。

「あの……復讐を依頼したいんですけど……」

すると、カッコウは愛想よく答えた。

「あ、いらっしゃいませ! 復讐代行のご依頼ですね。どうぞこちらへ」

私は奥に通された。
カッコウは、私に詳細を聞いてきた。

「復讐したい相手の種類と、巣の場所をおっしゃってください」

「種類はオオヨシキリです。巣の場所は……」

私は、憎きママ友の巣の場所をカッコウに教えた。

「はい、うけたまわりました。数カ月後に、そのオオヨシキリさんのところで不幸が起きますので、楽しみに待っていてください」

「は、はい……どうかよろしくお願いします……」


ついに、私は鳥の道を踏み外してしまった……
しかし、復讐が成功すれば、私の気は晴れるかもしれない。

そして、死んだ我が子も成仏できるかもしれない。

* * *

私は日常に戻った。
このまま何もしないで待っているだけで、いつかオオヨシキリさんのところで不幸が起きるはず。
そう考えると、何気ない日常も、なんだか楽しく感じられるようになった。

そんなある日……

オオヨシキリさんが産んだ卵の中から、一匹、雛が生まれてきたという。

さっそく、大勢のママ友たちが、お祝いをしに行っていた。
私は、体調不良を理由にお祝いに行くのは断った。
憎きママ友の雛なんて、見たくもない。


更に数日が過ぎた。

あのママ友のマウンティングは、出産後も相変わらずだった。
うちの子は成長が速い。
運んできた餌を、パクパク元気よく食べてくれる。
そして、どんどん大きくなっていく。
そんな自慢ばかりしているらしい。

親バカという言葉があるが、まさにその通りだ。
自分の子の些細なところも全部、周りのママ友に自慢して語りまくっているとのこと。

そういう話を聞くだけでも嫌な気持ちになってくるが、私はカッコウさんに復讐を依頼しているので、いつか何かが起こるはず、と自分に言い聞かせて毎日を過ごしていた。


そして、ある日、オオヨシキリさんのところで本当に不幸が起きた。
カッコウさんが代行してくれた復讐とは……

* * *

ママ友たちは大騒ぎである。
オオヨシキリさんのところの、まだ生まれていない卵がすべて、巣の外に落ちて割れてしまったとのこと。
先に生まれていた雛一匹だけが生き残ったそうだ。

私は青くなった。

復讐を依頼したのは私だ。
しかし、いざ、復讐が実行されてしまうと、私はなんだか怖くなってきてしまった。


私は、森の中のカッコウのところを再び訪れた。

「あ、あの……復讐をしてくださったんですか?」

「はいはい、そうですよ! 結果が出ましたか! それはよかったです」

「雛一匹だけを残して、ほかの卵は全滅したと聞きました」

「お~! 大成功です! 私の腕もなかなかのものでしょ?」

「あ、はい……」

「あとね、一匹だけは助かったとオオヨシキリさんは思っているようですけど、それも違いますから」

「それはどういうことですか?」

「ふふふ……まぁ、見ていればわかりますよ」

「あの……成功報酬って、払わないといけないですよね?」

「え? お代なんていりませんよ。私も、この復讐で得をしているので、ウィンウィンなんです。なので、お気遣いなく!」

復讐を代行してくれた上に、お礼はいらないとのこと。
その真相は、月日の流れと共に明らかになるのであった。


あのオオヨシキリさんは、唯一残った子供を溺愛し、毎日せっせと餌を運んでは育児をしていた。
その雛は、異常な速さで大きくなっていった。

我が子の成長は速い、なんて、自慢話を毎日していたが、ある日、他のママ友たちはオオヨシキリさんの陰口を言うようになった。

「オオヨシキリさんって、浮気したんじゃない?」

「絶対そうよ! あの子、親に全然似てないよね」

はじめは、たくさんの卵を失ったことでみんなから同情されていたオオヨシキリさんは、今や、浮気をした不貞な親として、ママ友たちから避けられるようになった。

こうして、オオヨシキリさんは孤立した。


しかし、オオヨシキリさんは、不貞などしていなかった。
周りからは不倫を疑われていたが、本人はまったくそんなことはしていなかったので、嫉妬している連中の誹謗中傷だと思って聞き流していた。
そして、似ていなくても、その雛は我が子だと思って毎日育ててきたのだった。

巣立ちの日、オオヨシキリは自分の子の鳴き声を聞いて驚愕した。

「カッコーーーーー」


それきり、オオヨシキリさんはママ友の集まりに顔を出さなくなった。

* * *

私は、森に住むカッコウのところを訪れた。

「これってどういうことなんですか?」

「あ~、私の子、元気に巣立っていきましたか。それはよかったです」

「よかったです、って……カッコウさんは何をしたんですか?」

「オオヨシキリさんが餌を集めに行っている間に、私がその巣に行って、んですよ。私の子とも知らずに、せっせと育ててくれてご苦労さん」

「カッコウさんは、自分で子育てをしないんですか?」

「あぁ、自分ではしないですね。我々カッコウの仲間はみんな、そうしているんです」

「じゃあ、他の卵が全部、落ちてしまったのもカッコウさんのしわざ?」

「あぁ、うちの子がやったんですよ。我々カッコウの卵はね、他の鳥より早く生まれてくるんです。そして、体も生まれつき大きい。で、生まれたらすぐに、巣の中の卵を全部、お尻で押して巣から落としてしまう。そういう習性が生まれつき備わっているんですよ」

「……」

私は言葉を失ってしまった……

「復讐代行のお礼はいらないってのは、こういうこと。つまり、あなたは復讐を果たすことができて、私は子孫を残すことができて、それでウィンウィンというわけ」

「カッコウさんって、そんなことをしてきたんですね……」

「こういうのを托卵っていうんですけどね、まぁ、我々カッコウは托卵たくらんたくらんでいるというわけです。わっはっは!」

「……」

「あれ、カッコウジョーク、おもしろくなかったですか?」


私は話題を切り替えることにした。


「え~っと……カッコウさんって、今まで、いろんなところに自分の卵を産んできたということですか?」

「そうですよ。一番大きな仕事は、人間のところに産んできたことですね」

「え? 人間は卵を産みませんよ」

「あぁ、それは分かっていますよ。私が産んできたのは、人間が作ったです」

「時計の中に卵を産んできたんですか?」

「そう。人間が『はと時計』なるからくり時計を作っていたからね。毎時00分になると、鳩が出てくる仕掛けの時計なんですけどね」

「で、成功したんですか?」

「あぁ、成功しましたよ。人間たちはみんな『鳩時計』って呼んでいますけど、あれはです。鳴き声を聞いてごらん。『カッコー』って鳴いていますから」



< 了 >

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