あのこと添い遂げる方法

鷺沼ソロル

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第1章

それは、あのこの笑顔から 10

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 エミリのことが修道院長の耳に入るのに時間がかからなかった。修道院は村と密接なつながりがあり、一緒に大きくなっていった歴史がある。物資や情報のやり取りを密にしていたし、村の冠婚葬祭にも関わっている。顔を合わせると、世間話の延長で村の若者の話題が耳に入ることもある。
 サロート家のじいさんが天寿を全うし、神の御許へ安らかに旅立てるようにミサをした後のことだった。村に呼ばれた司祭が、修道院長に声を掛けた。サロート家の曾孫が、ミサと埋葬が終わった時に恐る恐る話しかけてきたらしい。その内容が若者らしくて少し微笑ましかった、と。思いを寄せている女の子が、怪しい人と関係をもっているので目を覚まさせたいらしい。修道院長も、若者らしいですね、と笑いながら詳細を聞く。
「その女の子の名前がね、エミリというそうだ。」
「え?エミリですか?」
「おや、有名人なのかな。まあ、確かに、村で一番の働き者だそうで、いろんなひとに引っ張りだこだと言っていたかな。」
「エミリはうちの修道院で育った娘です。成人するにあたって、村で生きることを選んで、修道院を出たのです。そのエミリが、誰と関係をもったというのですか?」
 司祭は、軽く世間話のつもりだったのが、修道院長が真剣に詰め寄ってきて驚いている。「村はずれに森があって、そこに暮らしている男がいるだろう。名前は何と言ったかな。」
「アダムスですか。」
「そう、そんな名前だった。その男のもとに最近通い詰めているらしい。」
「彼は村人とも疎遠で、怪しい薬を使う男です。そんな男とエミリがなぜ…。」
 修道院長は、ハッとして思わず口元を押さえた。以前、アダムスのもとに用事を頼んだのは自分だった。もしかして、あれが切掛けなのではないか。
「そう、彼も疑問に思っていたよ。何度も彼女を説得しても聞かないものだから困っていると。彼も思い詰めていてね、もしかするとエミリは悪魔に憑りつかれているかもしれないから、祓ってほしいとも言っていた。こういう問題は、理屈じゃないからね。とりあえず今度私が会う機会があったら、彼女の様子を見てみると約束した。なんだか、アダムスの所に、数人で殴り込みに行きそうな勢いだったから、落ち着かせておいたよ。」
「そうですか…。宥めてくださってありがとうございます。」
 司祭は修道院長を心配そうに見つめた。二人は長い付き合いで、修道院長の実直な性格を司祭はよく知っている。司祭の耳に入るくらい村を賑わせている人物が、手塩に掛けて育てた娘だと知った時の彼女の衝撃と心労を、司祭は思いやった。
「この修道院出身とは知らずにこんな話をしてしまって、すまないね。若者の恋愛事情は移ろいやすいものだ。あまり重く受け止めないように。」
「はい、ありがとうございます。」
 司祭は手を振って、次の教会に去って行った。
 しばらくして、院長に修道女のマーサが話しかけてきた。彼女は村娘数人に捕まり、エミリのことをずっと聞かされたらしい。エミリは、その恵まれた容姿のせいで、良くも悪くも目立ってしまう。彼女はそれを全く鼻にかけずに過ごしているが、周りの年頃の娘たちは気が気ではない。現に、村の若い男たちはほとんどがエミリに夢中だ。一部の娘達にとってはそれが面白くない。しかし最近になって、当のエミリ本人は、人々が敢えて触れないようにしている人物に夢中になっている。これを好機と捉えて、意中の人に振り向いてもらおうと画策する娘達は少なくない。マーサを捕まえて日々の思いを吐露した娘たちの本音は、「このままエミリは森の魔物と一緒になってほしい。」というものだ。
「院長先生のお手を煩わせるのも恐縮なのですが、アダムスという男の良い噂も聞きませんし、今度会う時に、少し話して頂けないかな、と思って…。」
 マーサも心から心配しているようだった。修道院長はマーサに力強く頷いてみせる。
「そうするつもりよ、マーサ。私もさっきその話を聞きました。司祭様は、今度エミリに会ってくださると仰っています。マーサ、エミリを正しい道に戻しましょう。」
 村を騒がせている娘、エミリは、その頃やはりアダムス…魔族ルートンジュ・ラパグの家にいた。もともと今日は休日だった。お世話になったサロートじいさんのミサに出席した後、必死に引き留める人達をかわしながら、森に来ていた。少し疲れていたから、ルートンジュにくっつきながらゆったりと会話を楽しみたいと思っていた。それが段々、触れ合いが艶を帯びたものになり、二人は今や生まれたままの姿で絡まり合っていた。
 ルートンジュは自分の上に跨っているエミリの最奥を目掛けて勢いよく腰を振る。揺さぶられながら快楽に声を上げるエミリの体が痙攣し始め、ルートンジュの陽根がぎゅうぎゅうと絞り上げられる。ルートンジュは体を起こし、華奢なエミリを抱きしめると、猛然と腰を突き上げた。エミリが甲高い声で鳴きながら仰け反る。最後に思い切り強く腰を突き上げて、ルートンジュはびゅうびゅうと放埓した。止まらぬ精液の勢いに、時折びくんびくんと痙攣するエミリの唇から首筋に優しくキスをして、快感の波をゆったりと味わう。
ずるりとエミリからルートンジュが抜けて、後を追うように白濁の液体が溢れ出る。ルートンジュは手近な布でそれを優しく拭い、二人は寝台に横たわった。
「もう…今日はしないって決めてたのに…。」
 エミリは不服そうに頬を膨らませる。
「エミリと一緒にいて、触れないようにするんのは難しすぎる。本当はあと二回くらい抱きたい。」
 ルートンジュは、うとうとし始めたエミリの亜麻色の髪を撫でて囁く。エミリは口を尖らせた。
「ルートンジュさんのすけべ。キスもしたことありません、みたいに澄ました顔してたのに、こんなにがっつく人とは思いませんでした。」
 エミリは恨みがましくルートンジュの頬を両手で挟み込んだ。その顔をみて、彼女が吹き出す。疲れも、ルートンジュの顔を見ると吹き飛ぶ気がした。最近仕事を忙しくしていて、自分の噂も煩わしくて、あまり眠れていない。今日はこのまま、日が沈むまで、彼の腕の中で眠っていよう。そう思って、エミリは瞳を閉じた。その時、ルートンジュが思い出したように言う。
「そういえば、昨日お前の村のところの若い男たちが来た。」
「誰かの病気や怪我ですか?」
「いや、違う。お前のことを言っていた。お前を誘惑するのをやめろとか、怪しい薬を使って惑わしているのなら今すぐ彼女を解放しろ、とか。」
「ええ⁉」
 思わぬ内容に眠気が吹き飛んで、ルートンジュを見上げる。
「それで、ルートさんは何て返事したんですか?
「馬鹿馬鹿しいから追い返した。」
「それだけ?薬を使っていないとか、ちゃんと説明したんですか?」
「なぜ俺が人間の小僧ごときに釈明しなければならないんだ。」
「その小娘ごときにメロメロになっているのはどこの誰ですか?そこはちゃんと、自分が怪しい者ではないと、いろいろと説明するチャンスじゃないですか、もう!」
 エミリはぽかぽかとルートンジュの胸板を叩いた。
「誰が来たか…なんて、ルートさんはわかりませんよね。それにしても、ここにまで来るなんて…。」
 エミリは頭を抱える。どうして皆、自分たちを放っておいてくれないのだろう。村の皆が反対する気持ちも、心配する気持ちもわかる。でもその気持ちには答えられない。なぜなら、ルートンジュを好きになってしまったからだ。この人と別れて、村で誰かと一緒になることは考えられない。反対に、ルートンジュがこの村にエミリを置いてどこかに行ってしまったらと創造するだけで、エミリは胸が張り裂けそうになる。キリズ夫人が言うように、「どうしようもなかった時代が自分にもあった。」と回顧する日がいつかはくるかもしれない。でもそれは、今ではない。今はただ、彼にくっついて過ごしていたい。それをなぜ、みんなは引き離そうとするのだろう。エミリは自分が変な薬を飲んだ覚えなどないし、ルートンジュも否定している。だから村で、皆の誤解を解こうとすると、可哀そうなものを見るような目をされて、より一層説得の勢いに拍車がかかるのだ。
 エミリは知る由もなかった。ルートンジュはエミリが訪れる度に首筋から生気を吸い取っていた。意識ある人間が魔族に生気を吸い取られると、甘美な感覚に襲われて頭がぼーっとして、抵抗する力を失ってしまう。エミリはルートンジュに抱かれて気持ちが良くなっていると思っているが、気付かぬうちに生気を吸われていて、そのような感覚に襲われているのだった。そして、無意識に人間はその感覚を覚えていて、魔族のもとから離れることができないようになっている。エミリがルートンジュの人柄に惹かれているのはもちろんのことだが、魔族と人間の捕食関係がそこに全く関係ないとは、言い切れないところがある。
 ルートンジュは、その自覚があるから、昨日若者たちが「エミリを惑わすな。」と言いに来た時に、言い返さなかった。彼自身は、エミリを心から愛している。しかし、エミリはどうだろう。このように家に通ってきてくれているが、それは、あの感覚を覚えているからなのではないか。そう疑う気持ちと、罪悪感を捨て去ることができない。少なくとも、自分がエミリを手放すことはない。エミリのいない生活など考えられない。だから、エミリを好いているのであろう人間の男達が、表情や口調の険を隠しもせずにやって来た時は、不愉快だった。ろくに返事もせずに追い返したのは、嫉妬心のせいだ。こういう態度が人の反感を買うのだということは、どうでもよかった。
「ルートさん、聞いてますか?」
 エミリが顔を覗きこんでくる。
「今度、誰かがこの家を訪ねてきて、私とのことを言ってきたら、ちゃんと答えてくださいね。子供じゃないんですから、大人な対応をお願いします。ルートさんがもう少しまともに対応していたら、こういう反感もなくなると思うんです。」
 真剣に見つめてくるエミリがかわいくて、「わかった。」とおざなりに返事をしたルートンジュは、エミリの唇にちゅっと吸い付いた。
「もう!ルートさん、私はすごくまじめに…んっ…。」
 深く口づけて黙らせる。
「他の奴のことはいい。今は、俺たち二人だけの時間だ。」
 ルートンジュはエミリの体を下にして、彼女の両足を抱えると、まだしっとりと潤っている窪みにぬるぬると男根を擦り付けた。
「あ、ルートさん、今日はちょっと、疲れてて…あぁぅ…ん――ッ‼」
 みるみるうちに固くなったモノを挿入し、腰を小刻みに突き上げる。
「エミリ…ぁ…愛してる…ッ!」
 エミリは喘ぎながら下からキスをした。ルートンジュが舌を絡ませながら押しつぶすようにして突き続ける。古い寝台がギシギシと鳴った。
「ッ…中に、出すぞ…!」
「あッ、うんぅッ!出して、出してッ!」
 ルートンジュはぎゅっとエミリの首にかじりつくように抱き着いた。足で足を固めるように抑え込んで素早く突き、彼女の奥にどっぷりと射精する。エミリも同時に絶頂した。一度出しても射精感が収まらず、放心して動かなくなったエミリの肩を押さえつけて休まずピストンしてもう一度中に出した。
「ルートさ…も、むり…。」
ぐったりしているエミリの乳首をしゃぶりながら、ルートンジュは指で膣の中の精液を混ぜた。
 二人はこの関係に溺れていた。エミリは村とルートンジュとどちらとも良い関係を築こうしていたが、結局ルートンジュの方が大事になっていた。二つを秤にかけて、懸命にバランスをとろうとしても、ルートンジュの皿が大きく傾く。更に、エミリはまだ幼かった。自分の行動がどのようなことを引き起こすのか、考えが足りない部分があった。その一つ、重大なことをエミリは考えていなかった。
 エミリの生理が止まっている。季節は秋へと移り変わっていた。もともと、生理は来たり来なかったりする体だったから、あまり深く考えていなかった。でも、3か月ほど生理が来ていないことは今までなかった。エミリは、もしかして、と思った。村の産婆に相談に行こうかと思ったが、もし本当にルートンジュの子を孕んでいるとわかったらどうすればいいのだろう。キリズ一家にはなんと言えばいい?村の皆には?そして何より…ルートンジュには?エミリは、子がいるかもしれない腹をそっと抑えて、屋根裏部屋で一人、そのままずっと考え込んでいた。
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