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テントの人
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もうすぐお昼である。
石田さんが揚げたてのコロッケ、から揚げ、フライドポテトをホットケースに陳列しながら、
「オーナー遅いっスねえ。どこへ行ったんでしよう」
静子は店内の時計を見て、
「ッたく、お昼だって云うのに」
石田さんは面接の時から気になっていた龍太郎の経歴を、もう一度静子に聞いてみる。
「店長、オーナーって何やってた人なんスか?」
「プー太郎よ」
「プッ、プ~ウ? ウッソー」
驚く石田さん。
石田さんは静子の言葉を真(マ)に受け、
「でも、この辺のプーとはちょっと違いますね」
静子は天井を見上げながら今迄の事を思い出す。
「・・・オンナジ!」
そこに、髪を思いっ切り刈上げた「経営指導の伊藤さん」がダストボックスの上の『雉トラ(招き猫)』の頭を軽く撫でて、店に入って来る。
「店長、お疲れ様です」
「あ、伊藤サン! ご苦労様です」
「お昼の応援に来ました」
「わ~、助かります」
伊藤さんは静子を見て、
「何か遭りました?」
「いえ、今のところ・・・」
「イマノトコロ?」
「いや、こちらの話です」
「で、オーナーは?」
「それがさっき店の周りを観て来るって出て行ったきり戻って来ないんですよ。まったく、何処に行っちゃったんでしょう」
「そうですか。ま、ソレも勉強でしょう。その内戻って来ますよ」
石田さんは伊藤さんの刈り上がった髪型を見て、
「伊藤サン、床屋に行ったんスか」
「うん」
「・・・何か変」
「うるさい! 仕事しろ」
伊藤さんは静子を見て、
「で、どうです。良い店でしょう」
石田さんは思わず噴出す。
「プッ、伊藤サン。この店が良い店だったら、アミーゴに悪い店なんて無いんじゃないスか」
「オマエ、よくそんな事言えるな。客層じゃなくて売り上げだ」
静子がレジキーを操作して、この時間までの平均客単価を見てみる。
「・・・そうですねえ。確かに客単価は良いですね」
「でしょう、そこですよ。そこを見ないと。夕方はもっと上がりますよ。楽しみですねえ」
石田さんがまた一言。
「アタシは客層だと思うけどな」
伊藤さんは生意気な石田さんを見て、
「オマエは、黙ってろ!」
フクレ面(ツラ)の石田さん。
お昼前に好みの弁当を確保しょうと、客がチラホラ店に入って来る。
徐々に、レジに客が並び始める。
「いらっしゃいませ~」
伊藤さんが着替えてレジカウンターに立つ。
意外とユニホームが似合う伊藤さん。
「いらっしゃいませー。どうぞ、こちらえ」
石田さんが心配そうに、
「店長、オーナーどこへ行ったんでしょう」
静子が怒って、
「いいッ! あんな極楽トンボ。まったく頼りにならないんだから」
一回目の客の波が去って、石田さんが急いで売り場に出て散らばった商品を整え始める。
そこに自転車を停めて龍太郎が戻って来る。
ダストボックスの上で『雉トラ(招き猫)』が龍太郎を見ている。
「いやあ~、まいったまいった。石田サン、自転車ありがとう。でも危ないねえ。あの自転車、ブレーキを掛けたらツンノメリそうに成ったぞ」
石田さんは振り向きもせず、
「慣れれば平気っスよ」
「その通りッ! 慣れれば何でも大丈夫!」
カウンターから静子がキツイ目で龍太郎を睨んで、
「どこに行ってたの?」
「いや、そこの公園で話し込んじゃってさ。缶詰めゴッソウになっちゃった。そうしたら、その缶詰め、ウチで買ったんだって。お得意サンだね、きっと」
すると売り場の奥から伊藤さんが笑顔で出て来る。
「オーナー」
龍太郎は驚いて、
「おお?!ビックリした。何だ、伊藤サン来てたんですか。忙しいですか?」
「は~い。とっても。で、オーナーサンはどちらへ?」
「まいっちゃいましたよ。吉松サンが離してくれないんだもん」
「ヨシマツさん?」
「そうなんですよ。そこの公園に住んでる方なんですけれどね、何だかウチの店のお得意サンみたいなんです」
「ああ、『ブルーテント』の」
と、静子がカウンターから出て来て優しく龍太郎に近寄って来る。
「オーナー、ちょっとお話が有るの。事務所に行きましょう」
「え、何か?」
「いいから、ちょっと!」
石田さんは伊藤さんの傍に寄り、
「ヒヒヒ、面白く成りそうすね」
「ウルサイッ! オマエは仕事しろ」
暫くして、ユニホームに着替えた龍太郎が頬を赤らめて事務所から出て来る。
龍太郎はだいぶ気合が入ってる様子である。
「よ~し! 頑張るぞ」
伊藤さんは龍太郎の頬を見て心配そうに、
「オーナー、大丈夫ですか?」
「大丈夫です。これくらい」
「これくらい?」
その日は中々、二度目の客の波が来ない。
龍太郎の気合が空回りして、大あくび。
「あ~あ。伊藤サン、こんなもんスか?」
「いやいや、まだまだ。ねえ、石田」
「ええ? そうスねえ。客なんて気まぐれっスから。その内、来るでしょう」
すると一人、客が店に入って来る。
と、それに続いて突然、二度目の波が押し寄せてくる。
レジに並ぶ客達。
カップ麺のお湯の順番を待つ客。
一瞬の大波である。
「ポットのお湯が無いよ~」
「はーい、すいません。直ぐ入れま~す」
「ありがとう御座いま~す。またお越し下さいませ~」
つづく
石田さんが揚げたてのコロッケ、から揚げ、フライドポテトをホットケースに陳列しながら、
「オーナー遅いっスねえ。どこへ行ったんでしよう」
静子は店内の時計を見て、
「ッたく、お昼だって云うのに」
石田さんは面接の時から気になっていた龍太郎の経歴を、もう一度静子に聞いてみる。
「店長、オーナーって何やってた人なんスか?」
「プー太郎よ」
「プッ、プ~ウ? ウッソー」
驚く石田さん。
石田さんは静子の言葉を真(マ)に受け、
「でも、この辺のプーとはちょっと違いますね」
静子は天井を見上げながら今迄の事を思い出す。
「・・・オンナジ!」
そこに、髪を思いっ切り刈上げた「経営指導の伊藤さん」がダストボックスの上の『雉トラ(招き猫)』の頭を軽く撫でて、店に入って来る。
「店長、お疲れ様です」
「あ、伊藤サン! ご苦労様です」
「お昼の応援に来ました」
「わ~、助かります」
伊藤さんは静子を見て、
「何か遭りました?」
「いえ、今のところ・・・」
「イマノトコロ?」
「いや、こちらの話です」
「で、オーナーは?」
「それがさっき店の周りを観て来るって出て行ったきり戻って来ないんですよ。まったく、何処に行っちゃったんでしょう」
「そうですか。ま、ソレも勉強でしょう。その内戻って来ますよ」
石田さんは伊藤さんの刈り上がった髪型を見て、
「伊藤サン、床屋に行ったんスか」
「うん」
「・・・何か変」
「うるさい! 仕事しろ」
伊藤さんは静子を見て、
「で、どうです。良い店でしょう」
石田さんは思わず噴出す。
「プッ、伊藤サン。この店が良い店だったら、アミーゴに悪い店なんて無いんじゃないスか」
「オマエ、よくそんな事言えるな。客層じゃなくて売り上げだ」
静子がレジキーを操作して、この時間までの平均客単価を見てみる。
「・・・そうですねえ。確かに客単価は良いですね」
「でしょう、そこですよ。そこを見ないと。夕方はもっと上がりますよ。楽しみですねえ」
石田さんがまた一言。
「アタシは客層だと思うけどな」
伊藤さんは生意気な石田さんを見て、
「オマエは、黙ってろ!」
フクレ面(ツラ)の石田さん。
お昼前に好みの弁当を確保しょうと、客がチラホラ店に入って来る。
徐々に、レジに客が並び始める。
「いらっしゃいませ~」
伊藤さんが着替えてレジカウンターに立つ。
意外とユニホームが似合う伊藤さん。
「いらっしゃいませー。どうぞ、こちらえ」
石田さんが心配そうに、
「店長、オーナーどこへ行ったんでしょう」
静子が怒って、
「いいッ! あんな極楽トンボ。まったく頼りにならないんだから」
一回目の客の波が去って、石田さんが急いで売り場に出て散らばった商品を整え始める。
そこに自転車を停めて龍太郎が戻って来る。
ダストボックスの上で『雉トラ(招き猫)』が龍太郎を見ている。
「いやあ~、まいったまいった。石田サン、自転車ありがとう。でも危ないねえ。あの自転車、ブレーキを掛けたらツンノメリそうに成ったぞ」
石田さんは振り向きもせず、
「慣れれば平気っスよ」
「その通りッ! 慣れれば何でも大丈夫!」
カウンターから静子がキツイ目で龍太郎を睨んで、
「どこに行ってたの?」
「いや、そこの公園で話し込んじゃってさ。缶詰めゴッソウになっちゃった。そうしたら、その缶詰め、ウチで買ったんだって。お得意サンだね、きっと」
すると売り場の奥から伊藤さんが笑顔で出て来る。
「オーナー」
龍太郎は驚いて、
「おお?!ビックリした。何だ、伊藤サン来てたんですか。忙しいですか?」
「は~い。とっても。で、オーナーサンはどちらへ?」
「まいっちゃいましたよ。吉松サンが離してくれないんだもん」
「ヨシマツさん?」
「そうなんですよ。そこの公園に住んでる方なんですけれどね、何だかウチの店のお得意サンみたいなんです」
「ああ、『ブルーテント』の」
と、静子がカウンターから出て来て優しく龍太郎に近寄って来る。
「オーナー、ちょっとお話が有るの。事務所に行きましょう」
「え、何か?」
「いいから、ちょっと!」
石田さんは伊藤さんの傍に寄り、
「ヒヒヒ、面白く成りそうすね」
「ウルサイッ! オマエは仕事しろ」
暫くして、ユニホームに着替えた龍太郎が頬を赤らめて事務所から出て来る。
龍太郎はだいぶ気合が入ってる様子である。
「よ~し! 頑張るぞ」
伊藤さんは龍太郎の頬を見て心配そうに、
「オーナー、大丈夫ですか?」
「大丈夫です。これくらい」
「これくらい?」
その日は中々、二度目の客の波が来ない。
龍太郎の気合が空回りして、大あくび。
「あ~あ。伊藤サン、こんなもんスか?」
「いやいや、まだまだ。ねえ、石田」
「ええ? そうスねえ。客なんて気まぐれっスから。その内、来るでしょう」
すると一人、客が店に入って来る。
と、それに続いて突然、二度目の波が押し寄せてくる。
レジに並ぶ客達。
カップ麺のお湯の順番を待つ客。
一瞬の大波である。
「ポットのお湯が無いよ~」
「はーい、すいません。直ぐ入れま~す」
「ありがとう御座いま~す。またお越し下さいませ~」
つづく
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