人間観察記『ドヤの店』

具流次郎

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Adidas amigoの人

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 龍太郎と静子、石田の三人が店の前で記念撮影をしている。

林がデジカメを触りながら、

 林 「これって、ここを押すんスか?」
 龍太郎「そう!」
 林 「じゃ、イキますよ」
 石田「ちょっと待って! 三人スか? アタシ真ん中じゃないスか。まだ死にたくないっスよ」
 龍太郎「そんなの迷信だ」
 石田「普通、こんなのってオーナーが真ん中じゃないスか?」
 龍太郎「ええ?・・・分かった。いいから早く撮ってくれ」

静子は頭上の看板を見て、

 静子「ちょっと! あのアミーゴのサイン看板、割れてるじゃない。直さないと」
 林 「直すって、店長まだここで店やるんスか?」
 龍太郎「店長はこの店が気に入ってるんだってさ」
 林 「へ~。じゃ、撮りますよ! はい、チーズ! 撮りました」
 静子「ええ! もう撮ったの? アタシ、上手く撮れてる?」
 静子「大丈夫っス。それなりに」 

静子はきつい目で林を睨む。
石田は淋しそうに、

 石田「店長、またこの近くでやりましょうよ」
 静子「そうねえ。縁が合ったらね」
 石田「アタシ・・・店長が好きです。オーナーもこの店も大好きです。だから、店長~」

石田は今まで我慢してきた涙が堰(セキ)を切って流れ出す。

 静子「イッちゃん、どうしたの。困ったわねえ」
静子は小柄な石田の肩を抱きしめて、

 静子「有り難う、イッちゃん。楽しかったわ」
石田は俯(ウツム)いて涙を隠し、

 石田「店長、もう・・・会えないんスね」
 静子「会えるわよ。どこかで」
 石田「そんなのヤダ!」

石田も静子を力いっぱい抱きしめる。
そこに、伊藤と綿引が来る。
綿引が龍太郎を見て、

 綿引「オーナー! お疲れさまです」

龍太郎は二人を見て、

 龍太郎「あ、良い所に来た。こっち、こっち。一緒に入って下さい」
 綿引「おお、入りましょう。伊藤くん! アンタも、はよう」
 伊藤「あ、はい!」

伊藤は石田の隣に。

石田の腫(ハ)れた瞼を見て、

 伊藤「? オマエ泣いただろう」
 石田「うるせえ! タコ」
 林 「じゃ、撮りますよ」

すると、吉松が通りの向こうから歩いて来て、

 吉松「お~い、何やってるんだ」
 龍太郎「あ! ヨッさん、早く。記念撮影! ヨさんも入ってよ」
 吉松「写真? いいよ。カメラが壊れるよ」
 龍太郎「何言ってんだ。この店の一番の功労者じゃないか。早く来いよ」
 吉松「いいよ。この店と一緒に、アンタ達の思い出にしときな」
 龍太郎「そんなー、ヨッさん・・・」

吉松は背中を向けて手を振りながら公園に戻って行く。

 林 「じゃ、良いスね。イキますよ。二、三枚撮っときますから」
 綿引「よっしゃ、上手(ウマ)く撮ってや!」

 事務所で、静子と綿引が汚れたテーブルを囲んで思い出話をしている。
龍太郎が綿引の広げた閉店書類にサインをしている。

 龍太郎「これで良いですか?」
 綿引「あ、下に奥様のサインも」

龍太郎は静子に書類を廻す。
静子は龍太郎のサインの下に『静子』と名前を書く。
そこに伊藤が売り場内の最終チェックを終えて、事務所に戻って来る。

 伊藤「オーナー、外に悪ガキ達が集まってますよ」

綿引は渋い顔で、

 綿引「困りまんあー、ホンマに。どこの店もアレには手を焼いておりますわ」
 伊藤「気を付けて下さい。お礼参りかも知れませんよ。私も経験が有りますから」

龍太郎は静子の名前が書かれた書類を見ながら、

 龍太郎「・・・あの子達、働きたいんですよ」

伊藤は驚いて、

 伊藤「働きたい!」
 龍太郎「ええ。中学卒業して、私の面接に通ったらバイトさせてやるって約束したんです」
 伊藤「え~え!中卒って・・・どうなんでしょう」

龍太郎は淋しそうに、

 龍太郎「いや、もういいんです。この店も終りだし。どこか良い店が有ったら紹介してやって下さい」
 伊藤「あんなの雇う店なんか有りませんよ」

龍太郎はあの頃を懐かしむように、

 龍太郎「そうかなあ。ああ見えてみんな良いヤツ等ですよ」
 伊藤「でも・・・。で、本当に雇うつもりだったんですか?」
 龍太郎「ええ、早朝の三時間と夕方の三時間だけですけどね」
 伊藤「早朝の三時? 何をやらせるつもりだったんですか?」
 龍太郎「表の掃除と水撒き、自転車の片付け。で、レッドカードは先輩の言う事を聞かない、遅刻、無断欠勤。この対象者は即時退場。クビッ!」
 伊藤「へえ~。レッドカードですか。で、時給は?」
 龍太郎「時給? そりゃあ、新人と同じ七百五十円ですよ。それと、オマケは廃棄物。但し、必ず先輩に報告する事。それが出来ない者は即刻警察に連絡、泥棒として補導!」
 伊藤「オマケが廃棄物? それはちょっと。ねえ、マネージャー」
 綿引「ハハハハ、良いじゃない。百地サンらしくて。僕も店をやっていたらそのやり方で雇うかもしまへんな」
 伊藤「それはダメッしょう、マネージャー」
 綿引「藤井くん、そんなんじゃ一流のマネージャーには成れへんでえ。ハハハハ」

龍太郎は綿引のそのセリフに「秘書時代」の奇妙な懐(ナツ)かしさを感じる。

 『そんなんじゃ、一流の秘書には成れんぞ! 百地くん』

 龍太郎「一流ねえ・・・」
 綿引「百地はん! ご苦労様でした。これで総てが終わりました。よくご無事でやって来られました。また、ご縁が有りましたらお会いしましょう」
 龍太郎「そうですね。思い返すと楽しい店でした」
 静子「楽しい?」

 龍太郎と静子が古ぼけた「白い軽トラック」に最後の荷物を運んでいる。
すると金髪や丸坊主の少年、やけに化粧が上手い少女達が車を取り囲む。
少年Aが、

 少年A「ねえ、ねえ、店が終わっちゃったじゃない」
 龍太郎「終わっちゃったね」
 少年A「今度、どこでやるの?」
 龍太郎「何を?」
 少年A「店だよ」
 龍太郎「店? やらない」

吃音の少年Bが、

 少年B「ええ、な、な、何で?」
 龍太郎「田舎に行くんだ」
 少年A「田舎?」
 龍太郎「そう。だからアデヨスだ」
 少年B「ア、アデヨス?」
 龍太郎「さよならって事!」
 少年A「じゃあ、『アデヨス・アミーゴ?』」
 龍太郎「そうだ。オマエ、頭が良くなったな」

少年Aは、頭を掻いて笑う。

 少年A「へへ。ねえ、やろうよ。オレ達手伝うからさあ」
 龍太郎「子供は働けない!」
 少年B「だ、だってもう直ぐ、そ、卒業ジャン」
 龍太郎「卒業出来るのか?」
 少年B「だ、大丈夫だよ。中学ぐらい」

少年Aが残念そうに、

 少年A「オレ、オヤジに言ってあるんだぜ~。卒業したらこの店で働くってさあ。オヤジ、喜んでたんだ」

龍太郎は驚いて、

 龍太郎「ええッ! そりゃ困ったなあ。よし! じゃ、卒業したら働いてもらおう」
 少年達「え、本当! ワオー、ラッキー! ねえ、髪の毛これじゃダメなんでしょう」

龍太郎は少年の頭を見て、

 龍太郎「うん?・・・良いよ」
 少年A「ええ! 良いの。茶髪だよ?」
 龍太郎「茶でも銀でも良いよ」
 少年C「ピアスは?」
 龍太郎「ピアス? ピアスも良いよ」
 少年C「本当に良いの」
 龍太郎「おお。友達たくさん連れてきな」
 少年A「やっぱモモチ! 話せるジャン。で、何やるの?」
 龍太郎「農業だ! なあ、シーさん」

静子は呆れた顔で龍太郎を見て、

 静子「アンタ、本気なの?」
 龍太郎「勿論さ」
 静子「へ~・・・、アンタに出来ますかねー」

金髪の少女が、

 少女「ノウギョウって何?」
 龍太郎「うん? 米や野菜、芋なんかを作る仕事! 面白いぞ。一緒にやるか?」
 少女「モモちゃん、八百屋さんやるの?」

龍太郎は少女の顔を見て、

 龍太郎「オマエは農業を知らないのか」

少女は恥ずかしそうに、

 少女「先生に聞いてみる」
 龍太郎「おお、聞いてみな。きっとよ~く教えてくれるぞ。君達にはピッタリだ。じゃ、これでお別れだ」

龍太郎は、少女に右手の小指を差し出す。
少女は驚いて、

 少女「何それ」
 龍太郎「指切りだ」
 少女「ユビキリ? 指切りって約束でしょう?」
 龍太郎「うん。また会おうって約束だ」

少女は恥ずかしそうに龍太郎の小指に、小指を絡ます。
すると少年達が全員が『小指を高く掲げる』。
龍太郎は一人一人と指切りをして行く。、

 龍太郎「頑張れよ・・・。よし! もう、どきな。ちゃんと学校に行くんだぞ」

少年達は龍太郎との「別れ」を信じられない顔で見ている。
少年達が、

 少年達「ええ~? マジでお別れなの?」

龍太郎と静子が軽トラに乗り込む。
静子が優しく少年達に、

 静子「マジでお別れよ。さようなら」

そして、静子は龍太郎の尻を叩くように、

 静子「さあ、アンタ!行くわよ」
 龍太郎「ヨッシャ、頼りにしてまっせ!」

龍太郎が軽トラのエンジンを掛ける。
トラックがゆっくり走り出す。

 少年A「ねえ、本当にもう会えないの。ウソでしょう。ノウギョウ、やらせてよ」
 少年B「モ、モチ。オ、オレ、ガ、ガンバルから」
 龍太郎「そうか。じゃ、付いて来い!」
 少年達「ええ! 本当? 行く、行くよ。付いて行くよ! 待って・・・」

少年達と少女が一斉にママチャリに飛び乗り、龍太郎の軽トラを追いかける。

 少年達「ねえ、待ってよ~。待ってー! モモチー! 連れて行ってよ~」

龍太郎が軽トラックの窓を開けて振り返らずに手を振る。

 ダストボックスの上の『雉トラ(猫)』が百地栄龍太郎の軽トラックを見送る。

夕日が下町を暖かく包みながら落ちて行く。
生まれて始めての夢のようだった百地龍太郎と静子の商売と云う仕事が、今日で終わる。

 赤いゴム長靴の『傘の男』が、閉店したアミーゴのガラスドアーの貼り紙を見ている。

どこからか秋刀魚(サンマ)の焼く臭いが漂って来る。

 ダストボックスの上から『雉トラ猫』が飛び降り、秋刀魚の焼く匂いの方に走って行く

 『アディオス・アミーゴ・バイアコンディヤス!』
                     おわり

 長らくお読み頂きありがとうございました。

この作品は著作権を放棄したものではありません。出版もされていません。(具流二郎)
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