幽 閉(大川周明)

具流次郎

文字の大きさ
上 下
21 / 50

山田と岡田

しおりを挟む
 夕方、病棟の廊下が騒がしい。
また岡田と山田が喧嘩をしている。

 「何を~? 貴様(キサン)!」
 「貴様? アンタ、ふざけちゃいけないわよ。手を持って来いとか突撃だとか。戦争は終わってんのよ。煩(ウルサ)くて眠れやしないじゃない。アンタだけの病院じゃないのよ。いい加減にして頂戴ッ!」

岡田は怒りに手が震え、頬が紅潮している。
岡田は山田を睨んで、

 「貴様(キサン)・・・オマエは連日の激戦で頭がおかしくなったんだ。少し休め。お~いッ、軍医を呼べーッ!」

岡田の大声が廊下に響く。
渡り廊下を隔てた西病棟(女子病棟)から笑い声が起こる。
堀田が部屋のドアーをそっと開けて廊下を覗く。
山田が岡田を見て怒鳴る。

 「激戦? アンタ、本当に戦ったの? 本当に戦った人はこんな所には居ないのッ! 皆、靖国神社ッ! バカッ!」
 「バカ? くッ、くそ~・・・。貴様(キサン)、上官を侮辱したな! 軍法会議だ。貴様のような兵は皇軍に非ず。俺がこの場で処するッ!」
 「おお、やって貰おうじゃないの」

山田は廊下に座って諸肌(モロハダ)を見せる。
肩から背中にかけて見事な『鯉の滝登り』の刺青がさしてある。
そこに不似合いな、乳バンド(ブラジャー)のストラップラインがくっきりと残る。

 「さあ! スッパリとやって頂戴!さあ・・・」

赤い乳バンド(ブラジャー)が廊下に落ちる。
岡田はたじろぎ、

 「貴様(キサン)~、ヤクザ者(モン)かッ! 弾を使うのはもったねえ。刀の錆にしてくれる」

岡田は廊下の隅に立て掛けられた箒(ホウキ)を取り、自分に気合を掛ける。

 「キエ~ッ!」

廊下に座った山田は岡田を見て、

 「バカ、田舎芝居やってるんじゃないわよ。そんな物(モン)でアタシの鯉太郎が切れるもんなら、あッ、切ってみろ~!」

岡田は苛立(イラダ)ち、目を見開いて、

 「何~ッ!」 

西病棟から黄色い声が。

 「よッ、日本一! 影か柳か~勘太郎さんか~」

堀田がドアー陰で覗きながら笑って居る
西丸医師が廊下を走って来る。
箒(ホウキ)を振り上げている岡田を見て怒鳴る。

 「あッ、岡田さん。ダメッ! 何をしているッ!」

西丸医師が岡田と山田の所に走り寄る。

 「岡田准尉! 落ち着きなさい。ホウキ、いや、刀を下ろしなさい」
 「おお、軍医か。この男は気が触れてしまった。早く処置してくれ!」

諸肌を見せて腕を組んでいる山田が、吐き捨てる様に、

 「ケッ、よく言うよ。こんな気違いが隣に居たんじゃ、アタシの化粧ものらないよ」

 「? そんな事はないんじゃないか。今日の山田さんはとても綺麗だよ」 

山田は振り返って西丸医師に熱い視線を送る。
西丸医師がたじろぎ、

 「あッ、いやッ、山田さん、とにかく部屋に戻ろう」
 「いいわよ。さッ、行きましょう」
 「いや、私は岡田さんと少し話があるんだ」

山田は妖艶な眼差しで西丸医師を見る。

 「え~?・・・そう。じゃッ、あ・と・で・・・」
 「うッ・・・うん? そッ、そうだね」

西丸医師の背筋に悪寒が走る。
山田が上着の裾をズボンに押し込み部屋に戻って行く。
岡田は握った箒(ホウキ)をジッと見詰めて、 

 「・・・俺の部隊もあんな奴(ヤツ)ばかりに成ってしまった。満州から転進してきた時は戦意も高かったのに・・・。今じゃ、元ヤクザまで女々しく成ってしまった」
 「気にするな。身体(カラダ)に障るぞ」

すると岡田が、

 「俺がもし国に帰る事が出来たら、皇居に乗り込んでやる。天皇に一言、御箴言(ゴシンゲン)したい事が有る」
 「おお、それはオオゴトだな。で、どう云う事だ」
 「軍医、お前も来るか」
 「勿論、ご一緒しましょう。アンタには私が必要だ」
 「そうか。それじゃあ、頑張って生き延びよう。切腹覚悟の一世一代の大仕事だ。しかし、こんな所では話せない」
 「そうか。その方が良い。飯でも食べて今日はゆっくり寝なさい」
 「うん?・・・そうだな。お前も大変だが、国に帰るその時まで頑張ろうじゃないか。ハハハ」

岡田は握った箒(ホウキ)を放り投げて部屋に戻って行く。

 山田の部屋のドアーがそっと開く。
妖艶な目つきの山田が西丸医師を見詰めて、

 「・・・どお、終わった? シホさん・・・来て・・・」

山田欽五郎は、実に恐ろしい「性同一性疾患(オカマ)」である。
                つづく
しおりを挟む

処理中です...