幽 閉(大川周明)

具流次郎

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肥田の治療法

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 杉浦が101号室の畳みの上にうつ伏せに寝ている。
隣に朝倉看護婦が両膝(ヒザ)を折り、座っている。
暫くして肥田が柔道着姿で不気味な笑いを浮かべ部屋に入って来る。

 「先生、よろしくお願いします」
 「よしッ。杉浦さん、我慢する事も大切な治療だ」

杉浦は恐る恐る、

 「痛いのですか?」
 「痛くはしない。しかし、耐えられなかったら右手を上げ下げなさい」

肥田は杉浦の傍(カタワラ)らに方膝を突き左脹脛を揉み始める。

 「感じるかな?」
 「何も感じません」
 「・・・ダメかもしれないな」
 「ダメって、何とかしてくれないのですか」
 「? 治りたくなかったんじゃないのか」
 「そりゃあ、治るものなら治りたいです」
 「そんな事じゃ治らないぞ。精神と根性が無ければダメだ」
 「先生、精神と根性で病気が治ったら、医者は要らないんじゃないですか?」
 「医者は病人の話を聞いて治療する。すなわち病人から見たら他力本願である。気合で治すと云う事は自分の精神で、人に頼らずに治すと云う事である」
 「?・・・、ここは精神病院だぞ。随分理屈ぽい治療だね・・・」

肥田は杉浦を一瞥、

 「よしッ、もう一度脚(アシ)を動かせ」
 「・・・動かない」

杉浦の脚は確かに動かない。
が、

 「? 動いたぞ! なあ、朝倉さん」

朝倉看護婦は怪訝な顔で肥田を見る。
肥田がキツイ目で朝倉看護婦を睨み、もう一度、強要する。

 「朝倉さん、今、動いたねッ!」
 「えッ!? あッ、はい。動きました」
 「嘘だッ! 動いてない」
 「ちゃんと動いた。心配するな。私と看護婦が証人だ」
 「そんなバカな」
 「? そう言うのなら、もう一度やってみなさい」

杉浦が利かない脚を必死に動かす。
朝倉看護婦がわざとらしく、

 「動いたッ! 杉浦さん、動きましたよ」
 「? 僕は動いていると思わないがなあ・・・」
 「猜疑心の強い男だ。仕方が無いか。長い間、臥(フ)せっていたんだからな。後は自分が脚が動いたと信じる事だ。その訓練をすれば歩行は可能である。今日はこれまでッ!」
 「こッ、これまで?」

肥田はまた朝倉看護婦を睨む。

 「あッ、そうですか。杉浦さん、良かったですね。治療は可能ですよ」
 「部屋に戻って自分が歩いている姿を日夜想像すること。一ヶ月で歩けるように成る」
 「・・・そう云えば、何となく良くなったような気がする」
 「そうだろう? 病気とはそう云うものだ。これから明るい未来が待っているぞ。もう一働(ヒトハタラキ)き出来る」

肥田は杉浦の尻を力強く叩き、気合を入れる。

 「バンッ!」
 「イテ~ッ!」
 「な~んだ、感じるじゃないか。だいじょぶ、だいじょぶ。ハハハハ」

何とも豪快な肥田の治療法である。
                つづく
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