幽 閉(大川周明)

具流次郎

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山田にピッタリな役割

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 廊下で山田が鮫島看護婦にピンクのリボンが付いた新聞包みを渡しいる。

 「何ですか? これは」
 「ナニって、お忘れ? 今日はアナタの誕生日じゃない」
 「誕生日? あッ! そう言えばそうだったわ。えッ?・・・プレゼントですか?」
 「何よ、もう少し喜びなさいよ。失礼よ」
 「あッ、すいません」

鮫島看護婦はわざとらしくはしゃぐ。

 「わー、とっても嬉しいわ。何でしょうこれ?」

山田は鮫島看護婦を見詰め、

 「? まあ良いわ。・・・はい。アナタの好きな赤いズロースと赤の乳バンド。ただコレ、外人用なの。あなたの寸法が分からないから・・・。もし大きかったら縫い直して穿いて。乳バンドもきっと大きいわよ」

鮫島看護婦はため息を吐き、

 「どうしたのコレ?」
 「川崎のヤミ屋で手に入れたの。ここに入れられる前にソッと背嚢(リュックサック)に入れといたのッ。ウフッ」

鮫島看護婦は割り切れない奇妙な顔で山田を見る。

 「ありがとうございます。こんな形でプレゼントを頂くなんて生まれて始めてなんで・・・」
 「気にしないで。使って、使って」

山田は鮫島看護婦に包みを押しつける。

 「あッ、はい。有難うございます」

102号室のドアーが開き周明氏が顔を出す。
周明氏は廊下の二人と、鮫島看護婦の持つピンクのリボン付き包みを見て、

 「おお? 山田さん、鮫島さんに贈り物ですか」

山田は周明氏を見て、

 「あッ! 内緒よ。西丸先生に知られたらまずい事に成るから」
 周明「西丸先生?」

鮫島看護婦は山田を見て、

 「西丸先生がどうかしたのですか?」
 「うん? 分かってるわよ。好きなんでしょう」

鮫島看護婦は怒り、

 「何を言うんですかッ! 冗談じゃありませんよ。これ、お返しします」
 「いいの。受け取って」

山田は熱い目線で鮫島看護婦を見る。

 「だいじょぶ。私は女性には興味ないから。アナタが誰とお付き合いしおうと関係ありません!」

鮫島看護婦は強い口調で、 

 「私と西丸先生なんて、まったく関係ありませんから。冗談じゃないわよ。あんな変人」

周明氏が鮫島看護婦の抱く紙包みを見て、

 「・・・何をプレゼントされたのですか?」
 「えッ!」
 「あッ、そうだ。山田さんにちょっと聞きたい事が有るんです」
 「何々、何でも教えてあげるわよ。みんな喋っちゃうから」

鮫島看護婦が怒って、

 「いい加減にしなさい。院長言うわよ」
 「院長? ああ、あの人なら良いわ」

鮫島看護婦が山田を見て、

 「あの~、アタシ前から言おうと思っていたんですけれど」
 「あら、何かしら?」
 「看護婦の私からとても言いづらいんですが・・・」
 「何、ナニ? 言って」
 「山田さんて、とっても・・・、気持悪いんですけれど」

そう言い放って鮫島看護婦が走り去る。
山田は唖然とした表情で鮫島看護婦の後ろ姿を見詰めている。
周明氏は山田を見て、

 「山田さん、気にしない方が」
 「生まれて初めてよ。気持悪いなんて言われたの・・・アタシ、凄く傷ついたわ・・・」
 「そうだねえ。軍艦には女は居ないからなねえ。気にしない方が良いですよ。あッ、悪いけど私の部屋で待ってて下さい。ちょっと小用を足してきますから」

周明氏は足早に便所に向かう。
山田が周明氏の病室に入る。
部屋の中を見回す山田。

 「・・・わ~、凄い。本の山。あの人が噂の先生ね・・・」
暫くして周明氏が部屋に戻って来る。

 「いや~、突然で失礼」
 「先生、聞きたい事って何かしら?」

周明氏は山田と対座する。

 「山田さんは喫茶店で働いた事はありますか?」
 「喫茶店?! あるわけ無いじゃない、そんな所で。アタシは男よ」
 「男だから良いのだ」
 「何それ」
 「実はGHQの本部に殴り込みに行こうと思ってね」

山田は驚き、

 「GHQ本部に殴り込みッ!?」
 「ハハハ。殴り込みは言い過ぎかな? 本当は直訴状を渡そうと思いましてね」
 「アンタ、正気なの? そんな事、出来る訳が無いじゃない。皆、殺(ヤラ)れちゃうわよ」
 「いや、最初のゲートを通過出来れば殺(ヤラ)れる事はないでしょう」

山田は周明氏を見詰める。

 「・・・、本当にヤル気なの」
 「今、各患者達の役割を決めてるんです」
 「カンジャ? この病院の!?・・・そんな事、外に洩れたら大変な事になるわよ」
 「洩れても、この病院は精神病院だ。誰もまともには取らないでしょう」
 「・・・で、アタシを喫茶店の女給でもやらせようっていうの?」
 「そう。GHQの長官室にコーヒーと新聞を持って行って欲しい・・・」
 「長官って、まさか・・・」

山田は周明氏を見詰める。

 「そうです。あのダグラス・マッカーサーです」
 「冗談じゃないわよ。そんな事、アタシには出来る訳がないじゃない」

周明氏は静かな口調で確信を持って山田に突っ込む。

 「いや、出来る。・・・山田さんならデキるッ!」
 「そんな・・・。アタシだけ突入するわけ?」
 「いや、全員だ」
 「全員? て、誰?」
 「私、肥田くん、堀田くん、杉浦さん、首藤さん、岡田さん、それと『山田さん』の七人です」

山田は怪訝(ケゲン)な表情で、

 「・・・七人もここの患者達が、あのGHQの長官室までたどり着ける訳がないじゃない」
 「それは、だいじょぶ。ちゃんと段取りは出来ています」
 「・・・で、皆さんの役割は決まってるわけ?」
 「決まってます。堀田くんはプレスの記者。首藤さんは東大の法律学者。二人共、正面ゲートから入る。杉浦さんも肖像画家と云う事で、やはり正面ゲートから。遅れて、岡田さんがテーラー(仕立て屋)。これも正面。私と肥田くんは家具の搬入と云う事で、裏の搬入口から」
 「アタシは?」
 「勿論、正面ッ!」
 「正面って、そんなの事無理よ。ムリ、ムリッ!」
 「だいじょぶ。マッカーサーがいつも注文する喫茶店の出前だから、まず怪しまれる事は無い」
 「え~ッ!?・・・で、直訴の内容って?」
 「これからの日本の大義」
 「大義? そんな難しい言葉、アタシには解らないわ。簡単に言って」
 「国に対してなすべき道。元日本兵達の、将来の『この国』に対する憂(ウレ)い事です」
 「そんな事ならアタシだってイッパイあるわよ。生還した川崎で、オカマの連合会をもう一度正式に認めてもらわなくちゃ。銭湯にだって行けやしない。アメリカにだってオカマ(ジェンダー)は居るはずよ。アタシ達の人権を取り戻さなくっちゃね」

周明氏は山田を見詰め、『訴えの内容』を聞いている。

 「何見てるのよ。アタシ、こんな病院に入れられるなんてとっても心外なんだから」
 「まあ・・・、その通りかも知れないですね。それも、大義に入るだろうな。マッカーサーに突き付けてみるのも一興(イッキョウ)でしょう。男の? いや、『ジェンダーの人権』の取得と云う事かな。しかしそれはまず『女性達の人権』の取得が先になるかも知れませんな・・・」
 「後先(アトサキ)の問題じゃないの。アタシ達の存在を認めてもらいたいの」
 「成るほど。良いんじゃないかな。で、ヤッてくれますか?」
 「・・・そう云う事ならオカマは度胸ッ! ところで新聞に載るわよね」 
 「勿論です。それが一番の目的です」

山田は意を決して、

 「ヨシッ! で、ヤル日はいつ?」
 「そう焦らないで。まず、患者達の体調を整えてからです」
 「内村が聞いたら腰を抜かすわよ。アイツにオカマの真髄を見せてやるわ。アタシだって大和の護衛艦に乗ってたのよ。ナメタラあかんぜよ! だわ」

周明氏は山田の言動をジッと見詰めて言葉が出ない。

 「参 考」
日本之進躍(東洋文化協会より定期的に出版配布された戦争斡旋本である)
宮本三郎(戦争に負けるやいなや、かつて彼が名を上げた戦争画の数々は、戦犯の片棒を担いだ動かぬ証拠として進駐軍から裁かれる火種に変わった。画家なら誰もが戦争画を描いた時代ではあった。しかし宮本は藤田嗣治と並んで誰よりも優れた戦争画を描いた。敗戦という現実は、優れた戦争画の描き手ほど罪が重くなるかもしれないという理不尽さを宮本に突きつけた。(抜粋)」
この論理から云うと、敗戦国の場合、「戦争勝利の為に活躍した名馬、名犬、及び、勝利を目指して子を産んだ婦女子までも戦犯に成る」と云う事に成りかねない。まことに理不尽であり、戦争を行う場合は、敗戦した場合の事も心しておかなければならない。これは、まさにホロコースト(ナチ)の考え方に通じるものである。「ユダヤ人を全滅せよッ!」「シリア人を全滅しろッ!」「イスラム者を絶やしてしまえ」
これこそ最後には「差別の結論」に行き着くのである。
                つづく
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