幽 閉(大川周明)

具流次郎

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GHQ本部受付

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 眼の前に厳めしい元第一生命ビル正門(GHQ本部)が見える。
衛視が二人、両脇に立っている。
右にMP、左に日本の警察官。
山田が『喫茶店の女給』の衣裳に、出前箱を右手に持って左手で『通行証を高くかざす』。
MPの衛視は山田を一瞥(イチベツ)して軽く挙止の敬礼をする。
山田は軽く笑顔を見せてMPに、

 「ハロ~、ナイスガイ」

MPは山田に向かって軽くウインク。

 「ワ~オ」

日本の警察官が「違和感の眼」で山田を睨(ニラ)む。
山田がビルの中に消えて行く。

 GHQ本部内『受付』である。
山田が受付嬢にウインクをして軽く手を上げる。

 「ハ~イ、ヘレン!」
 「ハ~イ。? イツモノ、ヨシコハ」
 「ヨシコ? オウ、キョウハ カレシト デート。ワタシガ、ママヨ」
 「ママ?」

ヘレンは山田の姿をまじまじと見る。
山田が受付名簿に名前と職業欄に『喫茶マロニエ・ママ』と書く。
ヘレンは山田の化粧をジッと見詰めて、

 「アナタ、ルージュカラー カエタラ?」
 「シャラップ! ヘレン」

ヘレンは呆れた顔の上目使いで山田を見る。

 「オウ、ノウ・・・」

山田は出前箱を回転させ、後ろ姿で手を振るように「通行証」を見せてエレベーターに向かう。
ヘレンはそれを見て、おでこを掻きながら俯く。

 周明氏と堀田が受付の前まで来る。
ヘレンに通行証を提示して、周明氏が受付名簿に会社名と名前をサインする。
ヘレンは周明氏の身なりと顔を見て、

 「Translator?」
 「Yes, He's a newspaper article. Is a marshal at home ?」
 「Yes」

周明氏は堀田を見て奇妙な日本語で、

 「レンラク シテオイテ ヨカッタデスネー」
 「ミスター小川、有難う。良い取材が取れそうです」

周明氏はヘレンに、

 「They seem able to get good coverage today.」
 「That was good.」

周明氏はヘレンに軽くウインクする。
ヘレンは両手を軽く開いて。

 「Wa~o!」

周明氏と堀田がエレベーターに乗り込む。
堀田が振り向いてヘレンにウインクする。

 杉浦が受付の前まで来て名簿に名前を書く。
ヘレンは杉浦の書いた職業と名前を見て、

 「ぺインター?」
 「ああ、イエス。ぺインターだ。司令官のポートレート画を書きに来た」
 「パスヲ、ミセテ、クダサイ」

杉浦は痩せた手で「通行証」をテーブルに置く。
ヘレンは通行証を見て、

 「OK! ドウゾ」

杉浦は通行証を手に取りヘレンにウインク。
ヘレンは顔を崩して、

 「オウ」

杉浦はエレベーターを待つ。

 首藤が堂々とした態度で、「通行証」をヘレンに見せる。

 「コチラニ、ショクギョウト、ナマエヲ、ココニ」

首藤が達筆な字で職業と名前を書く。

 「・・・プロフェサー?」

首藤はぎこちなくウインクをする。

 「・・・OKプリーズ」

首藤と杉浦がエレベーターを待つ。
エレベーターが到着する。
ドアーが開く。
二人が乗り込みドアーが閉まる。

 岡田が正門を入って来る。
緊張した表情で周囲を見回す岡田。
ヘレンは急(セ)かす様に、

 「? ヘイ ユー! カモン」

岡田は頭を掻きながら受付に行き、「通行証」を提示する。

 「OK,ココニ、サイント、ショクギョウヲ、カイテクダサイ」

岡田は緊張のあまり声が上ずってしまう。

 「ハイ!」

岡田のサインする手が震えている。

 「・・・岡田紳士服店。岡田 滋・・・」

ヘレンがそれを見て、

 「オウ、テーラー?」

岡田は直立不動で、

 「はいッ! 服屋です。元帥閣下の身体の寸法を測りに参(マイ)りましたッ!」

岡田は思わず『敬礼』。の手を止め、ヘレンにウインク。
ヘレンはにっこりして、

 「モウ、センソウハ、オワリマシタヨ。アナタヲ、セメルヒトハ、イマセン。マーシャルガ、オマチシテイマス。ドウゾ」
 「はッ! 失礼します」

岡田は軍隊調に踵を返し、エレベーターの前に行き、直立不動の姿勢を保つ。
岡田をジッと見詰め、ため息をつくヘレン。

 『GHQ本部裏門搬入口』に軍用トラックが停まる。
トラックのドアーを開けて村瀬と肥田が出て来る。
村瀬は受付に行き、MPと何か話して居る。
村瀬が硬直して立っている肥田を見て、手招きをする。
肥田が急いで村瀬の傍に来る。
村瀬はMPに江戸弁英語で、

 「He's shop assistant furniture store.」
 「Have a pass?」

村瀬は肥田を睨み、きつい言葉で、

 「通行証ッ!」
 「あッ! こッ、これ?」

MPは肥田の差し出す「通行証」を見て、

 「・・・OK」

村瀬と肥田が搬入口から貨物用のエレベーターに乗る。
貨物用エレベーター内の村瀬と肥田。

 「・・・英語が喋れるんですか」
 「アタボーよ。知ってる単語を並べりゃ、何とか成るもんでさー」
 「へ~」
 「あッ、八階だ。肥田さん! 後は頼んまっせッ。新聞で会いましょう」 

エレベーターのドアーが開く。
肥田が降りて、突然振り向き、

 「村瀬さんッ!」
 「アイヨッ!」
 「いろいろと有り難う御座いました。これ、俺の時計です。形見だと思い取っといて下さい」
 「何だよ。今生の別れでもあるまいし。まあ、時計は預かっときます。後でまた病院に返しに行きますから」

村瀬はエレベーターから廊下の奥を覗く。
六人が集まって居る。

 「おお、居る居る。集まってるぞッ! 面白く成りそうだ。じゃッ、肥田さん! 頑張って行ってらっしゃい」

村瀬は力一杯、肥田の肩を叩き、挙手の敬礼をする。

 「参 考」
ヘレン・アンドリュー(豪・キャンベラ出身・元オーストラリア軍通訳・日本兵担当)
                つづく
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