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途切れる声
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龍太郎が二階の廊下を歩いている。
「信子。舞子の声が聞こえるぞ。舞子は戻っているのか? 信子? ノブコ! どこに居るんだ」
「ママ、パパが呼んでるわよ」
「パパは居ないわ。アナタが着いた日に家を出て行ったわ」
「ウソ・・・。二階を歩いてるじゃないの」
「二階? 二階なんて無いわ。家は潰れてしまったの」
「え? ママ、私は家に居るのよね」
「勿論よ。舞ちゃんは、ちゃんと家に居るわ。ママはいつもアナタを見てるわ」
「ねえ、ママ、私をこの家から出して。舞子、外が見たいの」
「だめよ。アナタはまだこの部屋が見えてるでしょう。部屋が見えなくなったら外に出られるわ」
「え? ママ、どういう事?」
舞子は杏奈の『あの手紙』を思い出した。
『なぜ? だって道が無くなってしまったんだもん。みんな途中で切れちゃうの。こんな家に居てもしょうがないジャン。もう二度と戻らないし戻れない。だからこの手紙はさよならの手紙』
信子が階段から、
「そうよ、家を出たら二度と戻れないのよ」
「え!? ママ、私の心が読めるの?」
「何言ってるの。アナタ、今喋ったじゃない」
「喋った?」
信子は笑って頷く。
「そんな・・・。私、今、二階に上がったの。あの時ママ、私の後ろに居たわよね」
「二階には誰も居ないわ。アナタはそこに寝てるじゃい」
「ウソ! 私は起きてるじゃない。ママと話してるじゃない。ここに寝ているのは私よ! 私は夢を見ているの? ママの姿も夢? もう、この家は無いの? このソファーも無いの? 私はこの家には居ないって云う事? ねえ、ママ。ママは本当に居るの? 私を一人置いてママ。私はどこに帰れば良いの」
信子は優しく笑いながら、寝ている舞子を見ている。
信子が何か喋っている。
「ち・・・な・・・み・・・たの。 ・・な? ・・・ら・・でしょ」
信子の言葉が消えている。
室内の灯りが点滅する。
龍太郎の声が二階から聞こえる。
「おい! い・・・加減にし・・れ。・・じゃ絵・・・描け・・・ないか」
舞子は不思議な部屋の中をもう一度見回した。
部屋は万華鏡の様にクルクルと回っている。
突然、雨音が屋根を叩く。
雨音が何か喋っている。
とぎれとぎれの雨音と杏奈の声。
「舞子。遊び・・・来たの。ここ・・・開けて。一緒・・浜へ行こう。素晴ら・・・景色よ」
舞子は階段を見た。
部屋の中の灯りが点滅しながら信子を消して行く。
信子を呼ぶ龍太郎の声も消えて行く。
雨音の中に杏奈の声がはっきりと聞こえて来る。
「舞子! 遊びに来たの。ここを開けて。杏奈と一緒に浜へ行こう。素晴らしい景色よ」
舞子は急いで玄関に向かう。
玄関をノックする音。
「コ~ン・・・コン・・・。 コ~ン、コ~ン・・・」
風の悪戯(イタズラ)か、ドアーに何かが当たる様な音が。
背後に誰かが見てい様な気がする。
振り返る舞子。
居間の鏡に私が映っている。
奇妙な舞子の姿。
舞子が振り返って居るのに、鏡の中の私は後ろ向き。
見ているのは舞子。
何処からかまた杏奈の声が聞こえて来る。
「舞子、海は綺麗よ。ほら、こんなに可愛い貝。早く、早く。あ! 舞子、先に行かないで。杏奈を置いて行かないで」
ドアーをノックする音が続く。
杏奈の声も続く。
「舞子、開けて。会いに来たの。杏奈よ。開けて」
舞子は急いでトイレに向かう。
トイレの窓を開けて外を見た。
コバルトブルーの海原にカモメとカラスが喧嘩している。
浜辺に打ち上げられた「壊れたヨット」。
あの時と全く同じ景色。
太陽も動いていない。
『時間が止まっている』
舞子は叫んだ。
「杏奈! 私はここよ。アンナ~!」
トイレを出て急いで玄関に向かう。
ドアーを開ける。
「え! そんな・・・」
ドアーを開けると、そこにまた部屋が在る。
急いでその先の部屋のドアーを開ける。
私が居た。
信子の声がする。
「舞ちゃん、仮の退院よ」
龍太郎が二階で叫んでいる。
「灯りを何とかしてくれ。絵が描けないじゃないか。舞子の声がするぞ。戻って来たのか。信子! おい、ノブコ!」
つづく
「信子。舞子の声が聞こえるぞ。舞子は戻っているのか? 信子? ノブコ! どこに居るんだ」
「ママ、パパが呼んでるわよ」
「パパは居ないわ。アナタが着いた日に家を出て行ったわ」
「ウソ・・・。二階を歩いてるじゃないの」
「二階? 二階なんて無いわ。家は潰れてしまったの」
「え? ママ、私は家に居るのよね」
「勿論よ。舞ちゃんは、ちゃんと家に居るわ。ママはいつもアナタを見てるわ」
「ねえ、ママ、私をこの家から出して。舞子、外が見たいの」
「だめよ。アナタはまだこの部屋が見えてるでしょう。部屋が見えなくなったら外に出られるわ」
「え? ママ、どういう事?」
舞子は杏奈の『あの手紙』を思い出した。
『なぜ? だって道が無くなってしまったんだもん。みんな途中で切れちゃうの。こんな家に居てもしょうがないジャン。もう二度と戻らないし戻れない。だからこの手紙はさよならの手紙』
信子が階段から、
「そうよ、家を出たら二度と戻れないのよ」
「え!? ママ、私の心が読めるの?」
「何言ってるの。アナタ、今喋ったじゃない」
「喋った?」
信子は笑って頷く。
「そんな・・・。私、今、二階に上がったの。あの時ママ、私の後ろに居たわよね」
「二階には誰も居ないわ。アナタはそこに寝てるじゃい」
「ウソ! 私は起きてるじゃない。ママと話してるじゃない。ここに寝ているのは私よ! 私は夢を見ているの? ママの姿も夢? もう、この家は無いの? このソファーも無いの? 私はこの家には居ないって云う事? ねえ、ママ。ママは本当に居るの? 私を一人置いてママ。私はどこに帰れば良いの」
信子は優しく笑いながら、寝ている舞子を見ている。
信子が何か喋っている。
「ち・・・な・・・み・・・たの。 ・・な? ・・・ら・・でしょ」
信子の言葉が消えている。
室内の灯りが点滅する。
龍太郎の声が二階から聞こえる。
「おい! い・・・加減にし・・れ。・・じゃ絵・・・描け・・・ないか」
舞子は不思議な部屋の中をもう一度見回した。
部屋は万華鏡の様にクルクルと回っている。
突然、雨音が屋根を叩く。
雨音が何か喋っている。
とぎれとぎれの雨音と杏奈の声。
「舞子。遊び・・・来たの。ここ・・・開けて。一緒・・浜へ行こう。素晴ら・・・景色よ」
舞子は階段を見た。
部屋の中の灯りが点滅しながら信子を消して行く。
信子を呼ぶ龍太郎の声も消えて行く。
雨音の中に杏奈の声がはっきりと聞こえて来る。
「舞子! 遊びに来たの。ここを開けて。杏奈と一緒に浜へ行こう。素晴らしい景色よ」
舞子は急いで玄関に向かう。
玄関をノックする音。
「コ~ン・・・コン・・・。 コ~ン、コ~ン・・・」
風の悪戯(イタズラ)か、ドアーに何かが当たる様な音が。
背後に誰かが見てい様な気がする。
振り返る舞子。
居間の鏡に私が映っている。
奇妙な舞子の姿。
舞子が振り返って居るのに、鏡の中の私は後ろ向き。
見ているのは舞子。
何処からかまた杏奈の声が聞こえて来る。
「舞子、海は綺麗よ。ほら、こんなに可愛い貝。早く、早く。あ! 舞子、先に行かないで。杏奈を置いて行かないで」
ドアーをノックする音が続く。
杏奈の声も続く。
「舞子、開けて。会いに来たの。杏奈よ。開けて」
舞子は急いでトイレに向かう。
トイレの窓を開けて外を見た。
コバルトブルーの海原にカモメとカラスが喧嘩している。
浜辺に打ち上げられた「壊れたヨット」。
あの時と全く同じ景色。
太陽も動いていない。
『時間が止まっている』
舞子は叫んだ。
「杏奈! 私はここよ。アンナ~!」
トイレを出て急いで玄関に向かう。
ドアーを開ける。
「え! そんな・・・」
ドアーを開けると、そこにまた部屋が在る。
急いでその先の部屋のドアーを開ける。
私が居た。
信子の声がする。
「舞ちゃん、仮の退院よ」
龍太郎が二階で叫んでいる。
「灯りを何とかしてくれ。絵が描けないじゃないか。舞子の声がするぞ。戻って来たのか。信子! おい、ノブコ!」
つづく
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