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第二章 レイヴン・レイヴ
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重力の感覚が戻ってくる。レイヴンにつなぐときにいつも文字情報としてそのことを認識していたが、実際に体験してみると自分の想像力がいかに貧相なものだったかを知ることになった。内臓や胃の中身まで浮かんでいる感覚は、なんというか言葉には表しがたい。
はやる気持ちが、次に目にするべき光景を脳裏に浮かべる。
緑豊かな風光明媚の都市の街路に、和やかな日差しに誘われた薫風が季節ごとの彩りを運ぶ。翅脈のように巡る水路は街を映していて、旅人の心を癒す景勝なだけではなく、文字通り街の生命線だ。活気溢れる雑踏。外敵の存在が想定され、街を囲うのは城壁のような壁。街の中央、小高い丘に鎮座する領主の城。
それは一面に広がるファンタジーの世界。
始まりの街。
ゲームを初めてプレイする者が訪れることになるその街は、古参のユーザーたちが一から育んできた、別名『初心者のための試練』。オフィシャルに詳細なマニュアルが存在しなかった意図を汲んで、一から十まで教えてくれる教師はこのゲーム上にいない。それに代わって、様々なルールやガイドを学びとるための先達がここにあるのだ。
玄人から素人まで、武具から装飾品、アイテムまで一通りが揃い、来る者すべてを好意的に歓迎してくれる街。今ではすっかり玄人になった者も含め、誰もがかつてはこの街から旅立っていった。そのほかにもギルド、文化、物流、善や悪の規範ですら、この街を出発しなかったものはこの世界に存在しないとまで言われている。
だからこの街を訪れることは、レイヴンという世界に長くいる者ほど新たな発見がある味わい深い街になるのだ。
そして俺にとって二度目となる出発は、特別なものとなるのだろう。
――そう言うのを期待していた俺の期待は、目を開けると完全に裏切られた。
声が沈む。
「えっ戦場?」
よりによって戦場、よりによって敵はアンデッドの群れ。おぞましい呻き声を撒き散らす数十体もの大型アンデッドは、ご丁寧にも腐臭がした。
「のっけから帰りたいんだけど」
ここは下り坂になっていて、眼下にはぞっとするほどたくさんの敵が一面に拡がっているのである意味で壮観だった。情熱的なタンゴを披露したあとみたいな構図でチカを支えたままでは、鼻をつまむこともできない。
「オマエッ、いきなり帰りたいはないだろ!」
だがもっとも幻滅させられたのは、部屋着のままの自分の姿だった。しかも裸足なんだけど。てっきりチカみたいにゲーム内のキャラクターに入りこめるものだと思っていたのに。
「俺の鼻つまんでてくんない?」
「ふざけろ」
「オーケイ、言ってみただけだ」
チカをゆっくりと地面に座らせてやる。身を離そうとすると、彼女は目に大粒の涙をためたままこちらに両手を差し伸べ、ふるふると首を振った。抱えていろと言わんばかりに見えたが、単に動かすと痛いからだろう。
「……泣いてるのは痛みのせいだよな」
自分に確認するように呟く。答えはなかった。
顔を上げて目を凝らすとアンデッドの群れは誰かが結界で食い止めていた。
時間稼ぎ? だとするなら何かを待っているのかも知れないな。
「はぁ」
ここがすぐに戦場になることはなさそうだが、いずれにしろチカをこのままにはしておけない。移動するとしたらやはり俺が運ぶしかないのか。自分のおかれた状況を把握しているだけの余裕もないなんて、水に流されているだけの葉っぱみたいだ。
「んっだよそのタメ息」
「サーセッ」
気の抜けた相槌がお気に召さないのか、伸ばされた両手は首を絞めてきた。力が入ってないので苦しくはなかったが、首を離してくれないので横抱きにするしかない。膝の裏と背中に腕を回してやると、チカは想像以上にすんなりと持ち上がった。
首を掴んでいた手が、弾みで俺の首に絡みつく。
「ぁ」
「ん?」
やけにしおらしい声に目をやると、思いもよらないほど近くにチカの顔があった。
「……なんでもねぇよ」
ぼそぼそと喋り、彼女はばつが悪そうに目を伏せるが、俺が前方に顔を戻すと再び視線がちくちくと突き刺さった。
(――まるで作り物みたいに完璧なかわいさだな)
莫大なポリゴン数と緻密なテクスチャに裏打ちされた『美少女キャラクター』が現実化しているのだから、それはまさに言い得て妙だった。世界最高とも言われる技術が集積された芸術的なまでの造形美が、今までキャラのグラフィックに無関心だった俺をこんな形でちくちくと攻め立ててくる。絵に描いた美少女は、ふてくされたような表情でこちらにちらちら視線をやりながら、言葉を探しあぐねて変な声を上げていた。
「あー、バンセー。オマエもしどさくさに紛れてオレのココたんに何かしてみろ。コロスからな」
いや、待て。そうか、タダチカだぞこいつは。
完璧なまでの創造物に盛り上がっていた俺の中のココ・フィーバーが、急激にボルテージを下げた。
「あー、そうだったな。チカさんのココに不埒は働かねぇよ」
彼女を適当なところで早く降ろしたい。戦場の真ん中に投げこんだらどうなるかな、などと好奇心だけで非道なことを想像した。実質まだ戦闘は始まっておらず睨み合いの状態のようだが、人間が投げ込まれればきっと開戦の契機になることだろう。
広くない林道を、向こう側が見えないほどのアンデッドが埋め尽くしている。一体や二体でもてこずる嫌な敵がうんざりするほど盛りだくさん。対してそれを迎え撃つパーティは三人しかおらず、敵の一群と比べてあまりにも心許ない。
どうしたものかと思案しているとチカが指を差す。
「後ろ見てみろ」
「うん? あぁパンゲアに近いことは近いのな」
振りかえると期待していた街並みが遠くに見えた。どうやらここはパンゲアの南方に位置するようだ。アンデッドの侵攻を阻むため、ここが決戦の地になっているらしい。
超展開の連続からショックで呆然自失としていたが、改めて見回すと、すぐ横で仁王立ちしていた女性に目が釘づけになった。こちらを半眼で睨んでいたからだ。
「うぉ……ビッた」
「お姫様抱っことはいいご身分じゃないかしら」
喉の奥でしゃべるようなねっとりしたしゃべり方に、俺は内心で面食らったのは、ビジュアルに似つかわしくないと思ったからだ。
「なんだあんた。いつから?」
「たった今よ」
はやる気持ちが、次に目にするべき光景を脳裏に浮かべる。
緑豊かな風光明媚の都市の街路に、和やかな日差しに誘われた薫風が季節ごとの彩りを運ぶ。翅脈のように巡る水路は街を映していて、旅人の心を癒す景勝なだけではなく、文字通り街の生命線だ。活気溢れる雑踏。外敵の存在が想定され、街を囲うのは城壁のような壁。街の中央、小高い丘に鎮座する領主の城。
それは一面に広がるファンタジーの世界。
始まりの街。
ゲームを初めてプレイする者が訪れることになるその街は、古参のユーザーたちが一から育んできた、別名『初心者のための試練』。オフィシャルに詳細なマニュアルが存在しなかった意図を汲んで、一から十まで教えてくれる教師はこのゲーム上にいない。それに代わって、様々なルールやガイドを学びとるための先達がここにあるのだ。
玄人から素人まで、武具から装飾品、アイテムまで一通りが揃い、来る者すべてを好意的に歓迎してくれる街。今ではすっかり玄人になった者も含め、誰もがかつてはこの街から旅立っていった。そのほかにもギルド、文化、物流、善や悪の規範ですら、この街を出発しなかったものはこの世界に存在しないとまで言われている。
だからこの街を訪れることは、レイヴンという世界に長くいる者ほど新たな発見がある味わい深い街になるのだ。
そして俺にとって二度目となる出発は、特別なものとなるのだろう。
――そう言うのを期待していた俺の期待は、目を開けると完全に裏切られた。
声が沈む。
「えっ戦場?」
よりによって戦場、よりによって敵はアンデッドの群れ。おぞましい呻き声を撒き散らす数十体もの大型アンデッドは、ご丁寧にも腐臭がした。
「のっけから帰りたいんだけど」
ここは下り坂になっていて、眼下にはぞっとするほどたくさんの敵が一面に拡がっているのである意味で壮観だった。情熱的なタンゴを披露したあとみたいな構図でチカを支えたままでは、鼻をつまむこともできない。
「オマエッ、いきなり帰りたいはないだろ!」
だがもっとも幻滅させられたのは、部屋着のままの自分の姿だった。しかも裸足なんだけど。てっきりチカみたいにゲーム内のキャラクターに入りこめるものだと思っていたのに。
「俺の鼻つまんでてくんない?」
「ふざけろ」
「オーケイ、言ってみただけだ」
チカをゆっくりと地面に座らせてやる。身を離そうとすると、彼女は目に大粒の涙をためたままこちらに両手を差し伸べ、ふるふると首を振った。抱えていろと言わんばかりに見えたが、単に動かすと痛いからだろう。
「……泣いてるのは痛みのせいだよな」
自分に確認するように呟く。答えはなかった。
顔を上げて目を凝らすとアンデッドの群れは誰かが結界で食い止めていた。
時間稼ぎ? だとするなら何かを待っているのかも知れないな。
「はぁ」
ここがすぐに戦場になることはなさそうだが、いずれにしろチカをこのままにはしておけない。移動するとしたらやはり俺が運ぶしかないのか。自分のおかれた状況を把握しているだけの余裕もないなんて、水に流されているだけの葉っぱみたいだ。
「んっだよそのタメ息」
「サーセッ」
気の抜けた相槌がお気に召さないのか、伸ばされた両手は首を絞めてきた。力が入ってないので苦しくはなかったが、首を離してくれないので横抱きにするしかない。膝の裏と背中に腕を回してやると、チカは想像以上にすんなりと持ち上がった。
首を掴んでいた手が、弾みで俺の首に絡みつく。
「ぁ」
「ん?」
やけにしおらしい声に目をやると、思いもよらないほど近くにチカの顔があった。
「……なんでもねぇよ」
ぼそぼそと喋り、彼女はばつが悪そうに目を伏せるが、俺が前方に顔を戻すと再び視線がちくちくと突き刺さった。
(――まるで作り物みたいに完璧なかわいさだな)
莫大なポリゴン数と緻密なテクスチャに裏打ちされた『美少女キャラクター』が現実化しているのだから、それはまさに言い得て妙だった。世界最高とも言われる技術が集積された芸術的なまでの造形美が、今までキャラのグラフィックに無関心だった俺をこんな形でちくちくと攻め立ててくる。絵に描いた美少女は、ふてくされたような表情でこちらにちらちら視線をやりながら、言葉を探しあぐねて変な声を上げていた。
「あー、バンセー。オマエもしどさくさに紛れてオレのココたんに何かしてみろ。コロスからな」
いや、待て。そうか、タダチカだぞこいつは。
完璧なまでの創造物に盛り上がっていた俺の中のココ・フィーバーが、急激にボルテージを下げた。
「あー、そうだったな。チカさんのココに不埒は働かねぇよ」
彼女を適当なところで早く降ろしたい。戦場の真ん中に投げこんだらどうなるかな、などと好奇心だけで非道なことを想像した。実質まだ戦闘は始まっておらず睨み合いの状態のようだが、人間が投げ込まれればきっと開戦の契機になることだろう。
広くない林道を、向こう側が見えないほどのアンデッドが埋め尽くしている。一体や二体でもてこずる嫌な敵がうんざりするほど盛りだくさん。対してそれを迎え撃つパーティは三人しかおらず、敵の一群と比べてあまりにも心許ない。
どうしたものかと思案しているとチカが指を差す。
「後ろ見てみろ」
「うん? あぁパンゲアに近いことは近いのな」
振りかえると期待していた街並みが遠くに見えた。どうやらここはパンゲアの南方に位置するようだ。アンデッドの侵攻を阻むため、ここが決戦の地になっているらしい。
超展開の連続からショックで呆然自失としていたが、改めて見回すと、すぐ横で仁王立ちしていた女性に目が釘づけになった。こちらを半眼で睨んでいたからだ。
「うぉ……ビッた」
「お姫様抱っことはいいご身分じゃないかしら」
喉の奥でしゃべるようなねっとりしたしゃべり方に、俺は内心で面食らったのは、ビジュアルに似つかわしくないと思ったからだ。
「なんだあんた。いつから?」
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