ラスボスがやってきた! ~賢帝の来襲~

文字の大きさ
8 / 19
第二章 レイヴン・レイヴ

しおりを挟む
 重力の感覚が戻ってくる。レイヴンにつなぐときにいつも文字情報としてそのことを認識していたが、実際に体験してみると自分の想像力がいかに貧相なものだったかを知ることになった。内臓や胃の中身まで浮かんでいる感覚は、なんというか言葉には表しがたい。
 はやる気持ちが、次に目にするべき光景を脳裏に浮かべる。
 緑豊かな風光明媚の都市の街路に、和やかな日差しに誘われた薫風が季節ごとの彩りを運ぶ。翅脈しみゃくのように巡る水路は街を映していて、旅人の心を癒す景勝なだけではなく、文字通り街の生命線だ。活気溢れる雑踏。外敵の存在が想定され、街を囲うのは城壁のような壁。街の中央、小高い丘に鎮座する領主の城。
 それは一面に広がるファンタジーの世界。
 始まりの街パンゲア
 ゲームを初めてプレイする者が訪れることになるその街は、古参のユーザーたちが一から育んできた、別名『初心者のための試練チュートリアル・ゲート』。オフィシャルに詳細なマニュアルが存在しなかった意図を汲んで、一から十まで教えてくれる教師せんせいはこのゲーム上にいない。それに代わって、様々なルールやガイドを学びとるための先達せんだつがここにあるのだ。
 玄人から素人まで、武具から装飾品、アイテムまで一通りが揃い、来る者すべてを好意的に歓迎してくれる街。今ではすっかり玄人になった者も含め、誰もがかつてはこの街から旅立っていった。そのほかにもギルド、文化、物流、善や悪の規範ですら、この街を出発しなかったものはこの世界に存在しないとまで言われている。
 だからこの街を訪れることは、レイヴンという世界に長くいる者ほど新たな発見がある味わい深い街になるのだ。
 そして俺にとって二度目となる出発は、特別なものとなるのだろう。
 ――そう言うのを期待していた俺の期待は、目を開けると完全に裏切られた。
 声が沈む。
「えっ戦場?」
 よりによって戦場、よりによって敵はアンデッドの群れ。おぞましい呻き声を撒き散らす数十体もの大型アンデッドは、ご丁寧にも腐臭がした。
「のっけから帰りたいんだけど」
 ここは下り坂になっていて、眼下にはぞっとするほどたくさんの敵が一面に拡がっているのである意味で壮観だった。情熱的なタンゴを披露したあとみたいな構図でチカを支えたままでは、鼻をつまむこともできない。
「オマエッ、いきなり帰りたいはないだろ!」
 だがもっとも幻滅させられたのは、部屋着のままの自分の姿だった。しかも裸足なんだけど。てっきりチカみたいにゲーム内のキャラクターに入りこめるものだと思っていたのに。
「俺の鼻つまんでてくんない?」
「ふざけろ」
「オーケイ、言ってみただけだ」
 チカをゆっくりと地面に座らせてやる。身を離そうとすると、彼女は目に大粒の涙をためたままこちらに両手を差し伸べ、ふるふると首を振った。抱えていろと言わんばかりに見えたが、単に動かすと痛いからだろう。
「……泣いてるのは痛みのせいだよな」
 自分に確認するように呟く。答えはなかった。
 顔を上げて目を凝らすとアンデッドの群れは誰かが結界で食い止めていた。
 時間稼ぎ? だとするなら何かを待っているのかも知れないな。
「はぁ」
 ここがすぐに戦場になることはなさそうだが、いずれにしろチカをこのままにはしておけない。移動するとしたらやはり俺が運ぶしかないのか。自分のおかれた状況を把握しているだけの余裕もないなんて、水に流されているだけの葉っぱみたいだ。
「んっだよそのタメ息」
「サーセッ」
 気の抜けた相槌がお気に召さないのか、伸ばされた両手は首を絞めてきた。力が入ってないので苦しくはなかったが、首を離してくれないので横抱きにするしかない。膝の裏と背中に腕を回してやると、チカは想像以上にすんなりと持ち上がった。
 首を掴んでいた手が、弾みで俺の首に絡みつく。
「ぁ」
「ん?」
 やけにしおらしい声に目をやると、思いもよらないほど近くにチカの顔があった。
「……なんでもねぇよ」
 ぼそぼそと喋り、彼女はばつが悪そうに目を伏せるが、俺が前方に顔を戻すと再び視線がちくちくと突き刺さった。
(――まるで作り物みたいに完璧なかわいさだな)
 莫大なポリゴン数と緻密なテクスチャに裏打ちされた『美少女キャラクター』が現実化しているのだから、それはまさに言い得て妙だった。世界最高とも言われる技術が集積された芸術的なまでの造形美が、今までキャラのグラフィックに無関心だった俺をこんな形でちくちくと攻め立ててくる。絵に描いた美少女は、ふてくされたような表情でこちらにちらちら視線をやりながら、言葉を探しあぐねて変な声を上げていた。
「あー、バンセー。オマエもしどさくさに紛れてオレのココたんに何かしてみろ。コロスからな」
 いや、待て。そうか、タダチカだぞこいつは。
 完璧なまでの創造物に盛り上がっていた俺の中のココ・フィーバーが、急激にボルテージを下げた。
「あー、そうだったな。チカさんのココに不埒は働かねぇよ」
 彼女を適当なところで早く降ろしたい。戦場の真ん中に投げこんだらどうなるかな、などと好奇心だけで非道なことを想像した。実質まだ戦闘は始まっておらず睨み合いの状態のようだが、人間が投げ込まれればきっと開戦の契機になることだろう。
 広くない林道を、向こう側が見えないほどのアンデッドが埋め尽くしている。一体や二体でもてこずる嫌な敵がうんざりするほど盛りだくさん。対してそれを迎え撃つパーティは三人しかおらず、敵の一群と比べてあまりにも心許こころもとない。
 どうしたものかと思案しているとチカが指を差す。
「後ろ見てみろ」
「うん? あぁパンゲアに近いことは近いのな」
 振りかえると期待していた街並みが遠くに見えた。どうやらここはパンゲアの南方に位置するようだ。アンデッドの侵攻を阻むため、ここが決戦の地になっているらしい。
 超展開の連続からショックで呆然自失としていたが、改めて見回すと、すぐ横で仁王立ちしていた女性に目が釘づけになった。こちらを半眼で睨んでいたからだ。
「うぉ……ビッた」
「お姫様抱っことはいいご身分じゃないかしら」
 喉の奥でしゃべるようなねっとりしたしゃべり方に、俺は内心で面食らったのは、ビジュアルに似つかわしくないと思ったからだ。
「なんだあんた。いつから?」
「たった今よ」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!

クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。 ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。 しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。 ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。 そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。 国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。 樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【完結】「異世界に召喚されたら聖女を名乗る女に冤罪をかけられ森に捨てられました。特殊スキルで育てたリンゴを食べて生き抜きます」

まほりろ
恋愛
※小説家になろう「異世界転生ジャンル」日間ランキング9位!2022/09/05 仕事からの帰り道、近所に住むセレブ女子大生と一緒に異世界に召喚された。 私たちを呼び出したのは中世ヨーロッパ風の世界に住むイケメン王子。 王子は美人女子大生に夢中になり彼女を本物の聖女と認定した。 冴えない見た目の私は、故郷で女子大生を脅迫していた冤罪をかけられ追放されてしまう。 本物の聖女は私だったのに……。この国が困ったことになっても助けてあげないんだから。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※小説家になろう先行投稿。カクヨム、エブリスタにも投稿予定。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

処理中です...