ラスボスがやってきた! ~賢帝の来襲~

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第二章 レイヴン・レイヴ

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 このとき俺にもう少し心の余裕があったら、きっと歩いても十分逃げられることは容易に想像できたのだろう。だがいつも小心者のはずの俺は、なぜかチカを守らなければと思ってしまっていた。
 殺戮王を最大展開。ガラにもなく敵意を剥き出しにして、雄叫びを上げながら巨大な敵に立ちはだかる。どうするべきか、今の俺に何ができるか、頭脳をフル回転させつつ彼我の戦力差をどうくつがえせるかを脳内でシミュレーションする。
「オマエ何やって――!」
「なっ、そんなはずっ!」
 チカとマリエールが驚いたように上げた声を背中に聞きながら、腹の下で腕を交差させて殺戮王を展開した。
「『リバース・ジェイル』ッ!」
 自惚うぬぼれもあったんだと思う。そうでなければ、ゴーレムのあの醜悪で重厚な巨腕をまともに防御しようなんて思わなかったはずだ。
 自分の周囲で展開した龍髯を重ねて格子状にたばね、地面に突き立てて防御壁にする。巨木のような一撃は、ギリギリのところでガードが間に合った。
 すぐさま反撃に転じるべく顔を上げたところで、俺はすぐ目の前にいるはずの敵を見失っていた。
 え?
 そう言おうとして開いた口は、無様な苦悶の声を漏らしていた。
 ぼぎん、と。
「ぎっ――」
 嫌な音が体を伝って脳へ到達する。何が起こったのか知るよりも先に、『自分の体の壊れる音』が、想像を絶する痛みとともに体中から伝わってきた。
 風にあおられる落葉みたいに、俺の体は宙を舞う。龍髯の格子で防御したはずのゴーレムの一撃は、軽々とぶち破って俺を打ち上げていた。放物線の頂上に達する前に、強烈な一撃が今度は上から振り下ろされた。
「 ぐ  ぉっ」
 悲鳴にもなり損ねた声が、食いしばった歯のすきまから、臓腑ぞうふの奥底から押し出されるように漏れる。地面に激突すると、せきを切って声があふれ出てきた。
「ぐ ぅうあああああああっ!?」
「バンセー! バンセー! クソッ、邪魔だぁッ!」
「あがっ、ぐぅっ! くあ、ああああああああっ!」
 痛みのあまり言葉にならない。腕が変な方向に曲がっているのが見えた。足が、本来なら曲がるはずのないところとかで曲がりくねっている。
 視界が暗転するが想像を絶する痛みに気絶することなどできず、暗がりの中で最後に見えた自分の惨状さんじょうがくっきりと脳裏によみがえる。
 突然にやってきた信じられないほどの痛みに、理性を保っていられなかった。
 なんだよこれ! なんなんだよ、この状況は!
「彼のこんな行動、予測できなかったわ!」
「今はいい! バンセーにはオレが! オマエラは敵を!」
「わかっ――! ――ッ!」
 目まぐるしい怒号どごうが急激に意識から遠ざかっていく。
 死んでしまうのではないかと、このままぷっつりと意識が途絶えてしまうのではないかと、耐えがたい恐怖を感じて、体の動く部分が勝手に暴れた。
「バンセー、オレが分かるか!? 口をあけろ! 口をッ、暴れんじゃ――!」
 ほとんど自由にならない体でめちゃくちゃに動こうとする。
 意志力で制御する殺戮王へと、無我夢中で攻撃を命じる。
「聞こえねぇのか、バンセー! クッ……あ~っもう! 迷ってるヒマはッ!」
 ――〔【巨神タイタン】〕――
「っ」
 急に身動きが全くできなくなるのを感じた。
 それと同時に、口の中に冷たい液体が流れこんでくる。とろみのあるその液体は、わずかな酸味と、クセになりそうなほどの脳天までとろけるような甘さがあった。押さえつけられたことよりも、内側から火がおこるような感覚に、抵抗することを忘れてしまう。
 口をふさがれているらしく、小分こわけに流れこんでくるそれを否応もなく飲み下すと、激痛が急激に晴れていくのが分かった。
 ――回復薬……?
 朦朧もうろうとする意識が時間をかけて元に戻ると、視界いっぱいに目を閉じたチカの顔があった。
「?」
 声を上げようとして、それが叶わぬことを知る。
 チカの口によって、俺の口は塞がれていた。
 なんで?
 俺がしゃべろうと口を動かしたことで、チカと目が合ってしまった。その複雑な表情を間近での当たりにしながら、何ひとつ抵抗できずに、えんえん流れこんでくる液体を飲み下すしかできなかった。
 はじめ冷たかった液体は、やがてチカの体温によって温まってきているのが生々しかった。れったいほど少しずつしか流れこんでこなくて、痛みからのがれたい一心で心待ちにしながら、コクリ、コクリと、喉を鳴らして流しこんでいく。
 やることがなくて、再び目を閉じたチカをしみじみと観察する。
 あの表情カオは怒ってるのか? いやきっと怒ってる。怒ってるに違いない。なにがなんでこうなったのか分からないが、きっと俺が怒られることはまず間違いないだろう。
 とりあえずごめんなさい。
 …… …… …
 嵐の前の静かなこの時間は、いつまで続くのだろうか。
「んっ」
 チカが鼻から抜ける声を漏らしてゆっくりと身を離すまで、十秒は経っていただろうか。彼女は馬乗りになったまま、耳まで真っ赤になった顔を背けて口元を手の甲で隠している。あろうことか回復薬が糸を引いてビクッとなるチカと目が合い、気まずさに拍車をかけた。
「チカ、無事なのか……」
 あたり前に何事もない彼女の姿を見て、素直に安堵あんどできる自分がいた。
「無事なもんかよ。……バンセーにけがされた」
 とりあえずどいてくれ、とは口が裂けても言えなかった。
 少女は目の端にたまのような涙を浮かべ、ぺろっと舌先で自分の唇を舐めとる。俯き加減になって表情を隠しているつもりなのだろうが、こちらは地面に寝ているので、どんな仕草も丸見えだった。
 不覚にも萌えたぜ。
 そう言ったらトドメを刺される気がして、ただ自嘲の笑みを浮かべた。
 迎撃に向かったみんなが駆け足で引き返してくる。ゴーレムの進攻が再開した。
「ちょっと。予想も付かないことをしないで頂戴」
「えっあぁ、すまん」
 マリエールがきつい口調で言葉を投げ下ろしてくる。彼女は悔しそうに続けた。
「史上最高のシャッターチャンスだったのに」
「そこかよ」
 本当に悔しそうに、今さらチカへとデジカメを向けている。
 チカはそれを恨めしそうに見返した。
「くっ、オレはこんなとこにも敵がいるのか。絶対に隙を見せねぇからな」
「なぁ、あいつらってザコキャラ、だよな」
 話をすり替えようとしてぽつりとこぼすと、その低く抑えた声音にみんなが予想以上に注意を向ける。チカがどいたので、思い通りにならない体でなんとか上体を起こし、全身に残る鈍痛に顔をしかめた。
「俺、ナハトに勝てる見込みあるのかな」
「百パーセント無理よ」
 マリエールの冗談じみた言葉が容赦なく胸を刺す。風詠みの特性を持つ彼女が言うと、笑い飛ばす気分にはなれなかった。勝てなければ、死ぬだけだ。
 全員の顔を見回すが誰とも目が合わない。
 みんな俺の心情を察してか、にわかに暗雲がたちこめていた。
 少し前から薄々勘付かんづいてはいたんだ。だけどあんまり楽しくて目をそらしていた。この場にいる誰よりも、いや俺の知る誰よりも、自分が平凡だって事実から。
「それじゃなんで俺はナハトに狙われたんだ?」
 特別な存在だから、狙われたのだと思っていた。いや、そう思いたかったんだ。
 マリエールは無言のままチカを見る。それはきっとチカが口にしたほうが良いって判断したのだろう。
 だからなおさら、これから投げかけられる言葉が辛辣しんらつなものに思えた。
 ついさっきまでのお気楽なムードはもうどこにもない。俺以外の誰もが、きっとすでに知っていることなのだろう。みんな興味なさそうで、今にも解散しそうだ。
 どん、と言う音に内心でビクつきながら顔を上げる。
 チカは牙王をかたわらに突き立て、腕を組んで息をついた。
「オレたちは捨て石なんだ」
 たった一言で、俺は突風のような衝撃とともに全てを理解する。
 それこそが、もっとも恐れていた事実だった。
(――俺は本当に、あんなに求めていた世界ですら脇役だったんだ)
 ちょうどそのとき、俺たちの両脇を男と女がひとりずつ通りすぎて行った。
「『三代目マッハ=マッシヴ』、レパード」
 チカが視線を向けてそう言うと、グレーのロングコートをまとったその長身の優男は、戦場に似つかわしくないさわやかな笑顔を向けた。二十代後半くらいか。高すぎる身長のせいかややせぎすに見えるが、何げない立ち居振る舞いにすら覇気を感じた。一緒に付き従う少年にここで待つように告げ、ゆるやかな足取りで向かう先は、十メートルまで迫ったゴーレムの軍団。
 チカの視線が反対側に転じた。
「『天元無王拳』、リゥ・フェイフォン」
 烈火のごとき鮮やかな真紅の武闘服をひるがえす、秀麗な風貌の女性。年のころはレパードと同じくらいだ。二人が並ぶと小柄さが際立つが、泰然たいぜん自若じじゃくとした佇まいは見る者をわけもなく圧倒する。名前を呼ばれるとちらりと一瞥し、さして意に介さず悠然と戦線へ向かう。
 どちらも武器を持たず、戦場に立った。
「ぅぉ……」
 ――予感があった。あの二人が放つ圧倒的な闘気にあてられて混濁こんだくする脳裏に、ゴッコ遊びとはまるで次元の違う本物の『戦闘』が始まるのだという、確たる予感が。
 チカは役目が終わったとばかりに、牙王を風の中に霧散させる。
「あの二人を確実に賢帝ナハトにぶつけることだけが、オレたちの存在理由すべてだ」
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