5 / 59
3-1 スコット侯爵領
しおりを挟む
久々の立派な食事に舌鼓を打ち、オリヴァーは満足な気持ちになって食堂を出た。家で出る食事がこんなにも美味いものだと知れたのは牢での悲惨な扱いのおかげだ。硬くなったパンに具もろくに入っていないスープ風味の水が一日に一度出ればいいほうだった。
温かくて野菜がたっぷり入ったスープにまだ温かさが残るふわふわのパン、肉汁がたっぷりとつまったジューシーなウインナーに新鮮な卵を使用した目玉焼き。付け合わせの野菜もシャキシャキとして歯ごたえがよかった。シェフお手製のドレッシングはほのかに酸っぱくて野菜の味を引き立てた。フルーツを絞ったジュースも格別だった。
小食であったけれど、今朝は家族が目を見張るほど食事にがっついてしまった。みっともなかっただろうか。まあ、まだ十歳の子供だから許されるだろう、と勝手に判断してオリヴァーは自室に向かって歩き出す。
「……一体、どういうつもりだ」
後ろから低い声が聞こえて、オリヴァーは足を止める。以前までなら兄に声を掛けられようとも無視していたけれど、むやみに人を敵に回すのはよくない。まあ、兄との関係はすでに最悪だから、今更かもしれないが。オリヴァーは笑みを顔に貼り付ける。
「どういうことですか?」
振り返りながら尋ねると神経質そうな鋭い目がオリヴァーを捉えた。細身のメガネが余計にそれを際立たせる。
「ルドルフ殿下の従者を降りる件だ。あれほど躍起になっていたではないか。……何を企んでいる」
その問いかけにため息が出かけて、ぐっと飲みこんだ。むしろ従者になったほうが兄にとっては不都合だろうに、何に突っかかっているのか。
「ルドルフ殿下の苛烈さは兄上もご存じでしょう?」
自分だってルドルフの従者になどなりたくないはずだ。口には出さないもの、ルドルフの噂話を耳にするたび顔を顰めていた。今の一言で意思は伝わったかと思うが、兄は何も言わずにオリヴァーを見つめている。仕方なく話を続けた。
「他意などないですよ。……それに俺がルドルフ殿下の傍にいるほうが、兄上にとって迷惑ではないですか?」
前回での人生で兄は早々に敵に回った。
「それはお前の行動如何によるだろう」
「まあ、それはそうなんですけど。ルドルフ殿下が何を考えているのか、兄上が知らないはずはないですよね」
兄の眉がピクリと動く。
「俺が従者になれば急進派が勢いづくのは間違いないでしょう。いくらスコット家が中立だと言っても、二人の息子が両派閥にいればお家騒動に発展する可能性だって出てくる……、かもしれないでしょう?」
あくまでも仮定の話です、とオリヴァーは付け加える。
「俺としてもそんなことに利用されるのはまっぴらごめんですし、どうせあと三年後には進学で王都に戻ってくる予定です。それまで領地でゆっくりしたいだけですよ」
「そうか……。あれほど嫌がっていたお祖父様のいる領地へ行くなんて、何を考えているのかと思ったが」
「……お祖父様」
すっかり忘れていた。オリヴァーは頭を抱えそうになるのをぐっと堪えて床の絨毯を見つめる。これまでスコット家では文官が多かったが、祖父は根っからの武官で先の戦争では功も立てている。爵位を父に譲ってからは領地に引っ込んで騎士を育てているのだが、あまりに厳しい訓練に死者すら出ているとかいないとか。祖父に鍛えられたスコット家の騎士団は強くて有名だ。
息子だろうが孫だろうが男と見れば鍛えることしかしない祖父にオリヴァーは苦手意識を持っていた。
「まあ、いい。折角の機会だから、お祖父様に鍛えてもらうといい」
「……お兄様もご一緒しませんか?」
「全く気持ち悪い。するわけがないだろう」
兄はぴしゃりと断るとそのまま歩き始めてしまった。ルドルフの従者を我がままで断ってもらう以上、舌の根が乾かぬうちに前言を撤回し、領地に行くことを白紙に戻すのは土台無理な話だ。
温かくて野菜がたっぷり入ったスープにまだ温かさが残るふわふわのパン、肉汁がたっぷりとつまったジューシーなウインナーに新鮮な卵を使用した目玉焼き。付け合わせの野菜もシャキシャキとして歯ごたえがよかった。シェフお手製のドレッシングはほのかに酸っぱくて野菜の味を引き立てた。フルーツを絞ったジュースも格別だった。
小食であったけれど、今朝は家族が目を見張るほど食事にがっついてしまった。みっともなかっただろうか。まあ、まだ十歳の子供だから許されるだろう、と勝手に判断してオリヴァーは自室に向かって歩き出す。
「……一体、どういうつもりだ」
後ろから低い声が聞こえて、オリヴァーは足を止める。以前までなら兄に声を掛けられようとも無視していたけれど、むやみに人を敵に回すのはよくない。まあ、兄との関係はすでに最悪だから、今更かもしれないが。オリヴァーは笑みを顔に貼り付ける。
「どういうことですか?」
振り返りながら尋ねると神経質そうな鋭い目がオリヴァーを捉えた。細身のメガネが余計にそれを際立たせる。
「ルドルフ殿下の従者を降りる件だ。あれほど躍起になっていたではないか。……何を企んでいる」
その問いかけにため息が出かけて、ぐっと飲みこんだ。むしろ従者になったほうが兄にとっては不都合だろうに、何に突っかかっているのか。
「ルドルフ殿下の苛烈さは兄上もご存じでしょう?」
自分だってルドルフの従者になどなりたくないはずだ。口には出さないもの、ルドルフの噂話を耳にするたび顔を顰めていた。今の一言で意思は伝わったかと思うが、兄は何も言わずにオリヴァーを見つめている。仕方なく話を続けた。
「他意などないですよ。……それに俺がルドルフ殿下の傍にいるほうが、兄上にとって迷惑ではないですか?」
前回での人生で兄は早々に敵に回った。
「それはお前の行動如何によるだろう」
「まあ、それはそうなんですけど。ルドルフ殿下が何を考えているのか、兄上が知らないはずはないですよね」
兄の眉がピクリと動く。
「俺が従者になれば急進派が勢いづくのは間違いないでしょう。いくらスコット家が中立だと言っても、二人の息子が両派閥にいればお家騒動に発展する可能性だって出てくる……、かもしれないでしょう?」
あくまでも仮定の話です、とオリヴァーは付け加える。
「俺としてもそんなことに利用されるのはまっぴらごめんですし、どうせあと三年後には進学で王都に戻ってくる予定です。それまで領地でゆっくりしたいだけですよ」
「そうか……。あれほど嫌がっていたお祖父様のいる領地へ行くなんて、何を考えているのかと思ったが」
「……お祖父様」
すっかり忘れていた。オリヴァーは頭を抱えそうになるのをぐっと堪えて床の絨毯を見つめる。これまでスコット家では文官が多かったが、祖父は根っからの武官で先の戦争では功も立てている。爵位を父に譲ってからは領地に引っ込んで騎士を育てているのだが、あまりに厳しい訓練に死者すら出ているとかいないとか。祖父に鍛えられたスコット家の騎士団は強くて有名だ。
息子だろうが孫だろうが男と見れば鍛えることしかしない祖父にオリヴァーは苦手意識を持っていた。
「まあ、いい。折角の機会だから、お祖父様に鍛えてもらうといい」
「……お兄様もご一緒しませんか?」
「全く気持ち悪い。するわけがないだろう」
兄はぴしゃりと断るとそのまま歩き始めてしまった。ルドルフの従者を我がままで断ってもらう以上、舌の根が乾かぬうちに前言を撤回し、領地に行くことを白紙に戻すのは土台無理な話だ。
159
あなたにおすすめの小説
【BL】正統派イケメンな幼馴染が僕だけに見せる顔が可愛いすぎる!
ひつじのめい
BL
αとΩの同性の両親を持つ相模 楓(さがみ かえで)は母似の容姿の為にΩと思われる事が多々あるが、説明するのが面倒くさいと放置した事でクラスメイトにはΩと認識されていたが楓のバース性はαである。
そんな楓が初恋を拗らせている相手はαの両親を持つ2つ年上の小野寺 翠(おのでら すい)だった。
翠に恋人が出来た時に気持ちも告げずに、接触を一切絶ちながらも、好みのタイプを観察しながら自分磨きに勤しんでいたが、実際は好みのタイプとは正反対の風貌へと自ら進んでいた。
実は翠も幼い頃の女の子の様な可愛い楓に心を惹かれていたのだった。
楓がΩだと信じていた翠は、自分の本当のバース性がβだと気づかれるのを恐れ、楓とは正反対の相手と付き合っていたのだった。
楓がその事を知った時に、翠に対して粘着系の溺愛が始まるとは、この頃の翠は微塵も考えてはいなかった。
※作者の個人的な解釈が含まれています。
※Rシーンがある回はタイトルに☆が付きます。
黒とオメガの騎士の子育て〜この子確かに俺とお前にそっくりだけど、産んだ覚えないんですけど!?〜
せるせ
BL
王都の騎士団に所属するオメガのセルジュは、ある日なぜか北の若き辺境伯クロードの城で目が覚めた。
しかも隣で泣いているのは、クロードと同じ目を持つ自分にそっくりな赤ん坊で……?
「お前が産んだ、俺の子供だ」
いや、そんなこと言われても、産んだ記憶もあんなことやこんなことをした記憶も無いんですけど!?
クロードとは元々険悪な仲だったはずなのに、一体どうしてこんなことに?
一途な黒髪アルファの年下辺境伯×金髪オメガの年上騎士
※一応オメガバース設定をお借りしています
令嬢に転生したと思ったけどちょっと違った
しそみょうが
BL
前世男子大学生だったが今世では公爵令嬢に転生したアシュリー8歳は、王城の廊下で4歳年下の第2王子イーライに一目惚れされて婚約者になる。なんやかんやで両想いだった2人だが、イーライの留学中にアシュリーに成長期が訪れ立派な青年に成長してしまう。アシュリーが転生したのは女性ではなくカントボーイだったのだ。泣く泣く婚約者を辞するアシュリーは名前を変えて王城の近衛騎士となる。婚約者にフラれて隣国でグレたと噂の殿下が5年ぶりに帰国してーー?
という、婚約者大好き年下王子☓元令嬢のカントボーイ騎士のお話です。前半3話目までは子ども時代で、成長した後半にR18がちょこっとあります♡
短編コメディです
イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした
天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです!
元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。
持ち主は、顔面国宝の一年生。
なんで俺の写真? なんでロック画?
問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。
頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ!
☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。
【完結】おじさんはΩである
藤吉とわ
BL
隠れ執着嫉妬激強年下α×αと誤診を受けていたおじさんΩ
門村雄大(かどむらゆうだい)34歳。とある朝母親から「小学生の頃バース検査をした病院があんたと連絡を取りたがっている」という電話を貰う。
何の用件か分からぬまま、折り返しの連絡をしてみると「至急お知らせしたいことがある。自宅に伺いたい」と言われ、招いたところ三人の男がやってきて部屋の中で突然土下座をされた。よくよく話を聞けば23年前のバース検査で告知ミスをしていたと告げられる。
今更Ωと言われても――と戸惑うものの、αだと思い込んでいた期間も自分のバース性にしっくり来ていなかった雄大は悩みながらも正しいバース性を受け入れていく。
治療のため、まずはΩ性の発情期であるヒートを起こさなければならず、謝罪に来た三人の男の内の一人・研修医でαの戸賀井 圭(とがいけい)と同居を開始することにーー。
待て、妊活より婚活が先だ!
檸なっつ
BL
俺の自慢のバディのシオンは実は伯爵家嫡男だったらしい。
両親を亡くしている孤独なシオンに日頃から婚活を勧めていた俺だが、いよいよシオンは伯爵家を継ぐために結婚しないといけなくなった。よし、お前のためなら俺はなんだって協力するよ!
……って、え?? どこでどうなったのかシオンは婚活をすっ飛ばして妊活をし始める。……なんで相手が俺なんだよ!
**ムーンライトノベルにも掲載しております**
平穏なβ人生の終わりの始まりについて(完結)
ビスケット
BL
アルファ、ベータ、オメガの三つの性が存在するこの世界では、αこそがヒエラルキーの頂点に立つ。オメガは生まれついて庇護欲を誘う儚げな美しさの容姿と、αと番うという性質を持つ特権的な存在であった。そんな世界で、その他大勢といった雑なくくりの存在、ベータ。
希少な彼らと違って、取り立ててドラマチックなことも起きず、普通に出会い恋をして平々凡々な人生を送る。希少な者と、そうでない者、彼らの間には目に見えない壁が存在し、交わらないまま世界は回っていく。
そんな世界に生を受け、平凡上等を胸に普通に生きてきたβの男、山岸守28歳。淡々と努力を重ね、それなりに高スペックになりながらも、地味に埋もれるのはβの宿命と割り切っている。
しかしそんな男の日常が脆くも崩れようとしていた・・・
何も知らない人間兄は、竜弟の執愛に気付かない
てんつぶ
BL
連峰の最も高い山の上、竜人ばかりの住む村。
その村の長である家で長男として育てられたノアだったが、肌の色や顔立ちも、体つきまで周囲とはまるで違い、華奢で儚げだ。自分はひょっとして拾われた子なのではないかと悩んでいたが、それを口に出すことすら躊躇っていた。
弟のコネハはノアを村の長にするべく奮闘しているが、ノアは竜体にもなれないし、人を癒す力しかもっていない。ひ弱な自分はその器ではないというのに、日々プレッシャーだけが重くのしかかる。
むしろ身体も大きく力も強く、雄々しく美しい弟ならば何の問題もなく長になれる。長男である自分さえいなければ……そんな感情が膨らみながらも、村から出たことのないノアは今日も一人山の麓を眺めていた。
だがある日、両親の会話を聞き、ノアは竜人ですらなく人間だった事を知ってしまう。人間の自分が長になれる訳もなく、またなって良いはずもない。周囲の竜人に人間だとバレてしまっては、家族の立場が悪くなる――そう自分に言い訳をして、ノアは村をこっそり飛び出して、人間の国へと旅立った。探さないでください、そう書置きをした、はずなのに。
人間嫌いの弟が、まさか自分を追って人間の国へ来てしまい――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる