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3-11 スコット侯爵領
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ルドルフに前回の記憶があるのではないかと懸念していたけれど、バルナバスに対する態度、使用人への暴言などを聞いていたらそんなことはない、と思い始めた。失敗した記憶があるなら、オリヴァーのように自分の行動を顧みる……、はずだが、自分が正しいと思っているルドルフに果たして反省などと言う言葉はあるのだろうか。
間違っていないと思っているならば、前回と同じように進むのではないか。それならば自分に対する執着も頷ける。ただオリヴァーと計画して失敗したのだから、ルドルフの性格を考えたら切り捨てそうなものだ。やはりやり直した記憶など、自分にしかないのか、とオリヴァーはわずかながら寂しい気持ちになった。
訓練場での一件でルドルフが機嫌を損ねてくれたのならば上々、と気分が晴れやかになっていたが、時間が経つと忘れてしまう短絡的なところもあってか、晩にはいつも通りに戻っていた。
ルドルフが思い立ったように王都へ戻ると言い出したのは、ここにきてから一週間が経過してからだった。
「そろそろ戻ってこいと母上からのお達しもあってね」
ルドルフが不在になってから王城内の均衡もわずかに崩れだしたのだろう。優柔不断でおっとりとしたところを除けば、フリードリヒは王としての才覚はある。彼が王となれば、このヴォルアレス王国は安泰だ。
ルドルフなどに任せるより断然いいが、それでも傀儡として操るにはルドルフが最適だ。オリヴァーもそれを狙っていたし、味方に付いた新興貴族なども同じだ。国をよくするというよりも自分たちが住みやすい国にしようというエゴだ。
自分が死んだ後のことは分からないし、もしかすると自分の死が起点となって時間が巻き戻ってしまったのかは分からないが、あの後も続いたとするならばオリヴァーとルドルフの行動でこの国の膿をだし切ることに成功したと言っても過言ではない。
「なあ、オリー。本当にまだ王都に戻らないつもりか?」
いつになく真剣な眼差しにオリヴァーはため息を付きそうになって唇を噛む。
「学校に通うまではこちらに滞在する予定です」
帰るつもりはないとはっきり意思表示をする。以前までのように曖昧な言葉で誤魔化そうとすれば、ルドルフは自分の都合のいいように解釈して後で困る。
「……どうしても俺の従者にはならないと?」
声音が低くなり、機嫌の悪さが露呈してきた。どうやら本当に従者にするためわざわざスコット領まで来たようだ。断られたのが許せないのか。そもそもルドルフがオリヴァーを従者に指定したのではない。ルドルフがオリヴァーを従者に、と言えばスコット家は断らなかっただろうし、断るとしたら王家に背く覚悟をしなければならなかっただろう。
やはり行動は不可解だ。断られるはずがないという自信を砕いてしまったのか。
オリヴァーがゆっくり頷くと、ルドルフはガタンと派手な音を立てて立ち上がる。大股で近づいてくるとオリヴァーを壁に押し付け、ぐいとあごを掴まれ無理矢理に上を向かされる。
炎のような赤い目がオリヴァーを捉える。
「誰に物を言っているのか、よく考えろ」
「……あなたの従者になるとしたら、それは王命が下された時です」
グッと顎を掴む手の力が強くなった。
丁度、視界に窓が入っていたオリヴァーはモスグリーンの髪が外で揺れたのに気付いた。その瞬間、バリンと激しい音を立てて窓が割れた。窓を背にしていたルドルフは反応に一瞬遅れる。
「っ、曲者か!?」
オリヴァーはルドルフの手の力が緩んだのを感じて、手を振り払って足払いをするとそのまま組み敷く。扉の向こうに待機していた騎士たちは窓ガラスが割れた音を耳にしてすぐに室内へ入ってきた。足の下でルドルフが苦しそうな声を出しているが、これは非常事態だ。決してこれまでの憂さ晴らしをしているわけではない。彼の身を守るための仕方ない行動なのだ。だからやめるわけにはいかない。
「オリヴァー様、ご無事ですか」
声をかけてきた騎士にオリヴァーは頷く。そこはまず王子の心配をしてほしいものだが、ルドルフの横暴さに城内の騎士、使用人は辟易している。ちょっとは痛い目に遭ってくれた方が清々するだろう。
「ああ、俺も殿下も無事だ。誰かが窓に向かって石を投げた」
犯人を目撃していたが、オリヴァーは自分の胸の内に秘めておく。きっとこの状況を外で見たアランが助け舟を出してくれたのだろう。やり口はあまりに過激だったので当面の間警備が厳しくなるだろうが、折を見てオリヴァーが祖父に話をすれば解決する。どうせルドルフもそろそろ帰ると言っているわけだし、何より助けられた恩がある。
「第二隊に追わせます。殿下とオリヴァー様は一旦避難を」
「分かった」
まだ組み敷いたまま苦しめてやりたかったが、オリヴァーは「失礼しました」と謝罪してからルドルフに手を差し出す。とっさの判断だったとは言え、自分よりも背が高かったルドルフを組み敷ける程度には力が付いているのに驚いた。祖父の訓練は無駄ではなかった。
悔しそうにこちらを見上げ手を取ったルドルフに、オリヴァーは僅かな優越感を覚えた。
間違っていないと思っているならば、前回と同じように進むのではないか。それならば自分に対する執着も頷ける。ただオリヴァーと計画して失敗したのだから、ルドルフの性格を考えたら切り捨てそうなものだ。やはりやり直した記憶など、自分にしかないのか、とオリヴァーはわずかながら寂しい気持ちになった。
訓練場での一件でルドルフが機嫌を損ねてくれたのならば上々、と気分が晴れやかになっていたが、時間が経つと忘れてしまう短絡的なところもあってか、晩にはいつも通りに戻っていた。
ルドルフが思い立ったように王都へ戻ると言い出したのは、ここにきてから一週間が経過してからだった。
「そろそろ戻ってこいと母上からのお達しもあってね」
ルドルフが不在になってから王城内の均衡もわずかに崩れだしたのだろう。優柔不断でおっとりとしたところを除けば、フリードリヒは王としての才覚はある。彼が王となれば、このヴォルアレス王国は安泰だ。
ルドルフなどに任せるより断然いいが、それでも傀儡として操るにはルドルフが最適だ。オリヴァーもそれを狙っていたし、味方に付いた新興貴族なども同じだ。国をよくするというよりも自分たちが住みやすい国にしようというエゴだ。
自分が死んだ後のことは分からないし、もしかすると自分の死が起点となって時間が巻き戻ってしまったのかは分からないが、あの後も続いたとするならばオリヴァーとルドルフの行動でこの国の膿をだし切ることに成功したと言っても過言ではない。
「なあ、オリー。本当にまだ王都に戻らないつもりか?」
いつになく真剣な眼差しにオリヴァーはため息を付きそうになって唇を噛む。
「学校に通うまではこちらに滞在する予定です」
帰るつもりはないとはっきり意思表示をする。以前までのように曖昧な言葉で誤魔化そうとすれば、ルドルフは自分の都合のいいように解釈して後で困る。
「……どうしても俺の従者にはならないと?」
声音が低くなり、機嫌の悪さが露呈してきた。どうやら本当に従者にするためわざわざスコット領まで来たようだ。断られたのが許せないのか。そもそもルドルフがオリヴァーを従者に指定したのではない。ルドルフがオリヴァーを従者に、と言えばスコット家は断らなかっただろうし、断るとしたら王家に背く覚悟をしなければならなかっただろう。
やはり行動は不可解だ。断られるはずがないという自信を砕いてしまったのか。
オリヴァーがゆっくり頷くと、ルドルフはガタンと派手な音を立てて立ち上がる。大股で近づいてくるとオリヴァーを壁に押し付け、ぐいとあごを掴まれ無理矢理に上を向かされる。
炎のような赤い目がオリヴァーを捉える。
「誰に物を言っているのか、よく考えろ」
「……あなたの従者になるとしたら、それは王命が下された時です」
グッと顎を掴む手の力が強くなった。
丁度、視界に窓が入っていたオリヴァーはモスグリーンの髪が外で揺れたのに気付いた。その瞬間、バリンと激しい音を立てて窓が割れた。窓を背にしていたルドルフは反応に一瞬遅れる。
「っ、曲者か!?」
オリヴァーはルドルフの手の力が緩んだのを感じて、手を振り払って足払いをするとそのまま組み敷く。扉の向こうに待機していた騎士たちは窓ガラスが割れた音を耳にしてすぐに室内へ入ってきた。足の下でルドルフが苦しそうな声を出しているが、これは非常事態だ。決してこれまでの憂さ晴らしをしているわけではない。彼の身を守るための仕方ない行動なのだ。だからやめるわけにはいかない。
「オリヴァー様、ご無事ですか」
声をかけてきた騎士にオリヴァーは頷く。そこはまず王子の心配をしてほしいものだが、ルドルフの横暴さに城内の騎士、使用人は辟易している。ちょっとは痛い目に遭ってくれた方が清々するだろう。
「ああ、俺も殿下も無事だ。誰かが窓に向かって石を投げた」
犯人を目撃していたが、オリヴァーは自分の胸の内に秘めておく。きっとこの状況を外で見たアランが助け舟を出してくれたのだろう。やり口はあまりに過激だったので当面の間警備が厳しくなるだろうが、折を見てオリヴァーが祖父に話をすれば解決する。どうせルドルフもそろそろ帰ると言っているわけだし、何より助けられた恩がある。
「第二隊に追わせます。殿下とオリヴァー様は一旦避難を」
「分かった」
まだ組み敷いたまま苦しめてやりたかったが、オリヴァーは「失礼しました」と謝罪してからルドルフに手を差し出す。とっさの判断だったとは言え、自分よりも背が高かったルドルフを組み敷ける程度には力が付いているのに驚いた。祖父の訓練は無駄ではなかった。
悔しそうにこちらを見上げ手を取ったルドルフに、オリヴァーは僅かな優越感を覚えた。
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