異世界転生したと思ったら、悪役令嬢(男)だった

カイリ

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#15 シェラード公爵令息

 行きたくもない国立学校に転入してから本当に散々だった。実際の所、散々なのは入学前からだったわけだが、入学してからは更に酷くなった。

 皇女は暇なのか、それともすでにアルフレッドを手中に収めたと思っているのか、四六時中彼の側に居た。特に席が決められていないせいで、彼女はそこが指定席だと言わんばかりにアルフレッドの隣に座って、何をするにも一緒だった。

 授業が終わって門限になるとようやく解放されるが、他の貴族令息からは皇女を横取りしたと思われているので、誰も話そうとしない。しかも貴族たちの反感を買いたくないと、平民たちもアルフレッドからは距離を置く始末だ。この世界で一人きりになった気分で、こんな学校さっさと辞めてしまいたかった。

 まあ、こんなことになると言うのは、入学前からアルフレッドも分かっていた。権力者に気に入られて上手く立ち回れる自信はなかった。ましてや相手は婚約者がいる皇女だ。当然、彼女と婚約している令息から激しくなじられると思っていたのだが、皇女の婚約者、ヴィンセント・ド・シェラードはアルフレッドの予想に反して何もしてこなかった。

 入学前に偶然出会った時も明らかにアルフレッドを偵察しに来たようだったが、あんな悲惨な目にあっても文句ひとつ零さなかった。貸した服も新品かと見まごうぐらい丁寧に洗濯されていて、見たこともない綺麗な花束と一緒に礼を述べる手紙まで付いていた。貸した服は捨ててよかったのに、倍にして返されてしまってアルフレッドはどうしたものか、と頭を悩ませた。

 けれどそれが貸しを作らないためだと言うのは、アルフレッドも重々承知していた。決して自分が特別なのではなく、彼は誰に対しても同じことをする。そう思うと僅かながらに寂しくなったけれど、皇女のことがなければ彼とも接点はないのだ。元々、交われる人ではない。

 そうしてヴィンセントはアルフレッドの中で少しずつ特別になっていった。

 転入してからヴィンセントとは相変わらず距離を置いていた。彼もいちいちアルフレッドに関わってくるわけでもないし、アルフレッドは一日のほとんどを皇女と過ごしていたから接することがなかった。なのに皇女はヴィンセントを意識しているのか、「シェラード公爵令息には気を付けるのよ」と当を得ないことを言っていた。

 どうしてそんなことを言うのかと聞いてみると、彼女は整った顔を忌々しげに歪めて「あなたに嫌がらせしていると聞いたわ」と言った。確かに私物が無くなったり服を汚されたりなんてことはあったが、そんな幼稚なことをヴィンセントがするだろうか。そんなことをする前に直接文句を言ってきそうではあるが、彼は自分と皇女が一緒に居ても涼しげな顔で何事もないように過ごしている。

「それは本当ですか?」

「ええ、みんなが噂していたわ。だからシェラード公爵令息には気を付けるのよ。何かあったら、すぐわたくしに言いなさい」

 にこりと微笑む皇女を見て、アルフレッドは心底彼女を軽蔑した。噂話を信じていることもそうだが、もしも本当に嫌がらせの主犯がヴィンセントだとすれば、その原因は今、目の前にいる皇女なのだから。



 アルフレッドはエスコートを承諾したことは一度もなかったのに、勝手に衣装を作られ、もう行くしかない状況を作られた。最後の最後まで抵抗を続けたが、収穫祭当日は皇女の命令で使用人がアルフレッドの部屋にやってきて半ば無理やり衣装を着せた。

 最近はその強引さに反吐が出る。ヴィンセントのことを傲慢だの色々文句を言っているが、アルフレッドからすれば皇女のほうが傲慢だ。好きだとはっきりと告げられたわけではないが、好意を持たれているのは誰が見ても明らかだ。なのに彼女は好きな男の意見など一つも聞きはしない。

 結局のところ、この顔が好きなのだろう。鏡を見ていると吐き気がしてくる。

 使用人に促されて女子寮まで皇女を迎えに行くと、お揃いの衣装を身に纏った彼女はアルフレッドを見るなりに嬉しそうに微笑んだ。胸焼けしそうになるのを堪えながら、彼女の手を引いて講堂へと向かう。母や学校長には悪いけれど、これが終わったらこんなところ辞めてしまおうと思っていた。

 最初のダンスが終わるとようやく皇女から解放された。色んな意味で厄介者であるアルフレッドにダンスを誘う女性もいなければ、アルフレッドも自分が誘ってその女性が皇女の標的になっても嫌なので誰も誘わなかった。次のダンスの曲が流れ始めて、アルフレッドは給仕からドリンクを受け取ってぼんやりとダンスを踊っている生徒たちを見た。

 みんな楽しそうに踊っている。収穫祭の舞踏会は学校で行われる行事の中でも卒業パーティに次いで大きいと聞いた。楽しみにしていた生徒だって多い。この舞踏会では意中の人と踊って仲を深めたりするらしい。先程、女生徒に囲まれているヴィンセントの姿を見た。皇女の婚約者としての立場が危うい今、彼を狙う女生徒も多い。自分が現れたことで彼が皇女から解放されたのだとしたら、この苦労も少しぐらいは報われる気がした。

 今日は舞踏会があるから、寮の食堂は開いていない。食事をしたりドリンクを飲んだりしていると一時間ほど経過していて、アルフレッドは講堂を出た。

 冷たい風が頬を撫でる。日中はまだ暖かい日が続いているけれど、夜になると冬が近づいているのを実感する。会場の熱気で汗ばんでいた体が急激に冷やされ鳥肌が立った。――さっさと寮に戻ろう。歩調を早めたところで、「お、皇女様のお気に入りじゃないか」と三人組がアルフレッドの前に立った。

「通してもらえませんか」

 同じクラスの生徒ではなさそうだが、身なりから彼らが貴族だと言うのは分かる。出来るだけ穏便に事を済ませようと、アルフレッドは丁重に話をするが彼らからはいい標的だと思われたのか、ニヤニヤと笑うだけで動こうとしない。

「平民がいい服着てるな」

「皇女殿下が足りない分を国庫から出してくれたんだもんな?」

 ぐいぐいと服を引っ張られて、「やめてください」と言うも彼らの耳には届かない。

「ほんと、この服を着るのはお前じゃなくて、婚約者であるシェラード公爵令息なのにな」

 彼の名前を出されると、アルフレッドは何も言えずに黙り込むしかない。

「けど、あの人も皇女殿下の機嫌を損ねるようなことをするから、こんな平民に取られたんだろ?」

 自業自得だと言って笑う三人に怒りが沸くが、アルフレッドは拳を握りしめて堪える。

「公爵家だからっていつも偉そうだったもんな。皇女殿下を取られてようやくしおらしくなったようだけど」

 ぎゃはは、と下品に笑う三人組をじっと見つめる。いっそのこと、ここでこの三人に手を出して退学処分にでもあってしまおうか。そう思った時、一人がふとアルフレッドを見た。目が合うと、自分がどれほど呆れた顔をしていたのか、彼の顔は見る見るうちに赤くなりアルフレッドの胸倉を掴んだ。

「お前さぁ、皇女殿下に気に入られてるからって調子に乗ってるだろ!?」

「そんなつもりはありません」

 否定するともう一人が近づいてきて服を掴んだ。どうやらこの態度が彼らの機嫌を損ねてしまったようだ。

「シェラード公爵令息だってお前がそうやって出しゃばるから困ってるだろ? 身の程をわきまえろよ!」

「おい、聞いているのか!?」

 引っ張られた勢いで服が破けた。彼らが着ている服より何十倍もするのに、そんなこと気にする様子もなくこの場には全く関係ないヴィンセントの名前を出してアルフレッドを詰った。彼の名前を出さなければ、こんなこともできないのか。再び呆れそうになったところで、がさ、と木々が擦れる音が聞こえた。

「だ、誰だ!?」

 一人が振り返って後ろを見る。木陰からやってきたのはまさに今、名前を出されたヴィンセントだった。アルフレッドは目を見開いて彼を見る。怒っているのか彼は無表情でアルフレッドを取り囲んでいる三人を見た。

 鼻の奥がツンとする。

「しぇ、シェラード公爵令息……」

「俺のことを話しているようだったから気になって来てみれば……、俺の名前で随分なことをしているじゃないか」

 ヴィンセントがぎろりと睨みつけると、途端に委縮した男たちはしどろもどろに言い訳を重ねる。

「そ、それは、コイツが……!」

「そうです! 俺は令息が迷惑しているのではないかと思って」

 苦しい言い分にヴィンセントはため息交じりに「俺がどう迷惑しているって?」と尋ねる。

「そ、それは、コイツが皇女を誘惑して令息との婚約を破棄させようとしているからですよ!」

「それは俺と皇女の問題であって、君にどう関係がある?」

「……え?」

「だから俺と皇女の問題に、君がわざわざ差し出がましく彼に文句を付けるのは、どういう意味なのか? と聞いているんだ」

 確かに彼の言う通り、この問題はアルフレッドとヴィンセント、皇女のものであって、第三者が口出しするのは野暮と言うものだ。ようやく自分がどれほど恥ずかしいことをしたのか気付いた男たちは「すみませんでした!」と情けなく謝って駆け出した。

 ヴィンセントは彼らが居なくなるまで見送ると、「大丈夫か?」と尋ねながらアルフレッドに向き直った。ヴィンセントは自分の立場を良く分かっていて、決して人前ではアルフレッドに接しなかった。なのにこんなところで文句を付けられていたからか、自分の名前を出されて仕方なくなのか、またもや助けられてしまった。今回のことは確実に広まってしまう。

 彼に迷惑を掛けたくないのに、どうしても迷惑が掛かってしまう現状がもどかしくて悔しかった。

「お、おい、どうしたんだよ」

 潤んだ視界で動揺しているヴィンセントが映る。

 情けなくて苦しくて息をするのも辛い。それなのに彼はこの世で一番美しいぐらい輝いている。

「おい――……」

 しがみ付くように彼の体を抱きしめると、心臓が潰れそうなほど締め付けられる。

 この感情を何というのか、アルフレッドは知っている。
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