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ノラの生活
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俺は野良猫として暮らしている。
小さい頃は裕福な家の中で可愛がられて暮らしていたが、大きくなるにつれ疎まれるようになった。
そのうち俺の事を手に負えなくなった主がノイローゼになった。三兄弟の中で一番手が掛かり、見た目も劣っている俺は捨てられたのだった。
数日の間、途方に暮れて町を彷徨っていたら、ダンボールにまとめて入れられた奴らを見つけた。お前達も捨てられたのか。こいつらは子猫のようだ。まだこの世のことをなんにも知らない。訳もわからずミィミィ鳴いている。こいつらが大きくなるまで少し面倒見てやろうと決めた。
この町で暮らすということは、野良猫にとっては悪くはなかった。まず町にいれば餓死することは無い。家に住んでいた頃は決まった時間に食事を与えられ食べていたが、野良はそうはいかない。食べ物を手に入れるために残飯を漁るなんて日常茶飯事。体は汚れ、臭いもつく。昔と比べちゃ悲しいもんだが、生きていくためにしていることだ。別に気にしちゃいないけど、その時の人間の冷たい視線といったら。たまに憐れんでいるのか、食べ物を手に近づいてくる奴もいた。
次にこの町は、住処もなかなか良いところが多い。ここんところはガード下とか、公園の遊具の下で雨風を凌いだ。空き家に忍び込んで眠ったこともあった。とても快適だったのに、近所の人間にバレて叱られ追い出されて以来行かなくなった。
家で暮らしていた頃は気付かなかったが、この町は都会過ぎず、田舎過ぎない。丁度良く道幅の狭い路地裏だとか、家屋の密集しているところなんかはまさに野良猫の町と言ってもいいくらいだ。
俺は今日も仲間たちに食べ物を分けてやるためにコンビニの廃棄を漁っていた。人間に見つかると面倒なことになるから慎重に。今日は大漁だった。これで仲間全員腹を満たせる。
「待たせたな」
ガード下の空き地のフェンスの先、草が生い茂った隅っこにダンボールのかたまりがある。近くのスーパーから頂戴してきた俺達の家だ。仲間達がひょっこり顔を出し俺を出迎えてくれた。小さな仲間に囲まれながら、家なんか恋しくない、負け惜しみなんかじゃない、今の暮らしは悪くないんだ、と何度も何度も頭の中で繰り返しながら眠りについた。その晩、皮肉にも家で暮らしていた頃の夢を見た。
「タマオ!ご飯よ!」
その声を聞くとどの部屋にいてもリビングまで我先にと食事にありついていた頃の夢だった。いつだって俺の好きな味だった。そのせいで兄弟の中で一番太ってしまったのだが。
目が覚めて、ダンボールで包まっている現実を突きつけられた。でも俺は独りぼっちじゃない。仲間と一緒だ。
ある日、コンビニ近くで廃棄を盗もうと機会を伺っていると、薄汚れた服を身にまとい、髪の毛、鼻毛、髭、毛という毛が伸び放題の汚らしい人間が俺の目の前をゆっくり横切った。小さな道路を挟んだ向かいの歩道にいる三人組がチラチラこちら側を見ながら眉をひそめて話し始めた。
「アレって、渡辺さんちの息子さんよね」
「えっ、あの渡辺さんちの?あんな息子さんいたの?」
「引きこもりだったみたいよ。家がお金持ちだからって、やりたい放題で。あんな風になって、可哀想に」
汚らしい男は何も聞こえていない様子でコンビニに入っていった。フン、と俺は鼻を鳴らす。人間は噂が好きだな。
人が居なくなったのを見計らって食べ物を盗った。まだまだいけそうだったが今日はもう仲間の待つ寝床に戻る事にした。きっと腹を空かせて待っている。ガード下の空き地のフェンスを乗り越えようとした時、
「タマオ!!」
聞き覚えのある声で呼ばれて振り返った。そこには俺を追い出した主が立っていた。
「もう、家に戻ってきてくれないか。いくらお前が出来損ないだからって、酷いことを言って悪かったよ」
申し訳なさそうな口調ではあるが、汚いものを見るような目つきだった。
俺は腹が立ってきた。怒りで体がぶるぶる震えた。荒くなる息を精一杯堪えて、声を出した。
「何を今さら。パパが「野良猫だって自給自足してる」と説教したんだろ。だから言われた通り自給自足の生活をしてるだけだ」
人間と会話をしたのは、何日ぶり、いや、何週間振りだっただろうか?
「玉男、お前は人間なんだよ。猫にはなれないだろ。もう働けなんて言わないから帰って来い。汚い格好でうろついて、ご近所にもお前の恥ずかしい噂が立って困っているんだ。さあ、帰るぞ」
俺は引きずられるようにして車に乗せられた。連れ戻された。
俺は裕福な渡辺家に生まれ、甘やかされて育ってきた。
弟たちは運動も勉強も出来て、誰もが羨むような容姿の男だ。パパの跡を継ぐと立派な夢を持ち、大学に入学した。長男の俺は何をやってもケツから数えたほうが早い。大学受験も失敗。浪人生というのを良いことに引きこもって、家族に当たり散らす毎日。飯だけは一丁前にしっかり食べた。そんな生活を何年も続けた。醜く肥えた姿は弟たちと本当に兄弟なのか疑われるほどだ。
俺は人間にも猫にもなれない。出来損ないで、社会にも出られない。この渡辺家で囲われるだけの人生だ。
小さい頃は裕福な家の中で可愛がられて暮らしていたが、大きくなるにつれ疎まれるようになった。
そのうち俺の事を手に負えなくなった主がノイローゼになった。三兄弟の中で一番手が掛かり、見た目も劣っている俺は捨てられたのだった。
数日の間、途方に暮れて町を彷徨っていたら、ダンボールにまとめて入れられた奴らを見つけた。お前達も捨てられたのか。こいつらは子猫のようだ。まだこの世のことをなんにも知らない。訳もわからずミィミィ鳴いている。こいつらが大きくなるまで少し面倒見てやろうと決めた。
この町で暮らすということは、野良猫にとっては悪くはなかった。まず町にいれば餓死することは無い。家に住んでいた頃は決まった時間に食事を与えられ食べていたが、野良はそうはいかない。食べ物を手に入れるために残飯を漁るなんて日常茶飯事。体は汚れ、臭いもつく。昔と比べちゃ悲しいもんだが、生きていくためにしていることだ。別に気にしちゃいないけど、その時の人間の冷たい視線といったら。たまに憐れんでいるのか、食べ物を手に近づいてくる奴もいた。
次にこの町は、住処もなかなか良いところが多い。ここんところはガード下とか、公園の遊具の下で雨風を凌いだ。空き家に忍び込んで眠ったこともあった。とても快適だったのに、近所の人間にバレて叱られ追い出されて以来行かなくなった。
家で暮らしていた頃は気付かなかったが、この町は都会過ぎず、田舎過ぎない。丁度良く道幅の狭い路地裏だとか、家屋の密集しているところなんかはまさに野良猫の町と言ってもいいくらいだ。
俺は今日も仲間たちに食べ物を分けてやるためにコンビニの廃棄を漁っていた。人間に見つかると面倒なことになるから慎重に。今日は大漁だった。これで仲間全員腹を満たせる。
「待たせたな」
ガード下の空き地のフェンスの先、草が生い茂った隅っこにダンボールのかたまりがある。近くのスーパーから頂戴してきた俺達の家だ。仲間達がひょっこり顔を出し俺を出迎えてくれた。小さな仲間に囲まれながら、家なんか恋しくない、負け惜しみなんかじゃない、今の暮らしは悪くないんだ、と何度も何度も頭の中で繰り返しながら眠りについた。その晩、皮肉にも家で暮らしていた頃の夢を見た。
「タマオ!ご飯よ!」
その声を聞くとどの部屋にいてもリビングまで我先にと食事にありついていた頃の夢だった。いつだって俺の好きな味だった。そのせいで兄弟の中で一番太ってしまったのだが。
目が覚めて、ダンボールで包まっている現実を突きつけられた。でも俺は独りぼっちじゃない。仲間と一緒だ。
ある日、コンビニ近くで廃棄を盗もうと機会を伺っていると、薄汚れた服を身にまとい、髪の毛、鼻毛、髭、毛という毛が伸び放題の汚らしい人間が俺の目の前をゆっくり横切った。小さな道路を挟んだ向かいの歩道にいる三人組がチラチラこちら側を見ながら眉をひそめて話し始めた。
「アレって、渡辺さんちの息子さんよね」
「えっ、あの渡辺さんちの?あんな息子さんいたの?」
「引きこもりだったみたいよ。家がお金持ちだからって、やりたい放題で。あんな風になって、可哀想に」
汚らしい男は何も聞こえていない様子でコンビニに入っていった。フン、と俺は鼻を鳴らす。人間は噂が好きだな。
人が居なくなったのを見計らって食べ物を盗った。まだまだいけそうだったが今日はもう仲間の待つ寝床に戻る事にした。きっと腹を空かせて待っている。ガード下の空き地のフェンスを乗り越えようとした時、
「タマオ!!」
聞き覚えのある声で呼ばれて振り返った。そこには俺を追い出した主が立っていた。
「もう、家に戻ってきてくれないか。いくらお前が出来損ないだからって、酷いことを言って悪かったよ」
申し訳なさそうな口調ではあるが、汚いものを見るような目つきだった。
俺は腹が立ってきた。怒りで体がぶるぶる震えた。荒くなる息を精一杯堪えて、声を出した。
「何を今さら。パパが「野良猫だって自給自足してる」と説教したんだろ。だから言われた通り自給自足の生活をしてるだけだ」
人間と会話をしたのは、何日ぶり、いや、何週間振りだっただろうか?
「玉男、お前は人間なんだよ。猫にはなれないだろ。もう働けなんて言わないから帰って来い。汚い格好でうろついて、ご近所にもお前の恥ずかしい噂が立って困っているんだ。さあ、帰るぞ」
俺は引きずられるようにして車に乗せられた。連れ戻された。
俺は裕福な渡辺家に生まれ、甘やかされて育ってきた。
弟たちは運動も勉強も出来て、誰もが羨むような容姿の男だ。パパの跡を継ぐと立派な夢を持ち、大学に入学した。長男の俺は何をやってもケツから数えたほうが早い。大学受験も失敗。浪人生というのを良いことに引きこもって、家族に当たり散らす毎日。飯だけは一丁前にしっかり食べた。そんな生活を何年も続けた。醜く肥えた姿は弟たちと本当に兄弟なのか疑われるほどだ。
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