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聖女の新たな日常

油断する聖女

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 翌日の朝。クララは、気持ちよく目を覚ますことが出来た。ただ、一つだけ気になる事があった。

「……私、いつ寝たんだっけ? てか、昨日って何をしていたんだっけ?」

 そう。クララは昨日の夜の記憶が一切なかったのだ。

「ええっと……そうだ! 魔力酒を飲んだんだ! ……あれ? それで……その後は……」

 クララが頭を悩ませていると、リリンとサーファが部屋に入ってきた。二人は、既に起きているクララに気が付き、すぐに傍に近づく。

「おはようございます、クララさん」
「おはよう、クララちゃん」
「あっ、おはようございます」

 二人に気が付いたクララも挨拶を返した。

「体調はいかがでしょうか?」
「全然大丈夫です。寧ろ、気分最高潮です!」

 クララが元気よくそう返すと、リリンとサーファは、少し安心した様に力を抜いた。

「魔力酒の効果が出ている証拠ですね。魔力許容限界も少し上がっていると思いますよ」
「やった! じゃあ、また飲みたいです!」
「それは駄目です」

 クララの要求を、即座に切り捨てるリリン。クララは、目をぱちくりとさせていた。

「クララちゃん、昨日の事覚えてる?」

 サーファの確認に、クララは目線を逸らした。

「クララちゃんは酔っぱらうと、ちょっと大変だったから、飲酒は当面禁止って事になったの。記憶がないっていうのも理由になるかな」
「お酒を飲み続けたら、慣れてくるという事はないんですか?」
「基本的にはないと言って良いと思います。稀にそういう事もありますが、正直なところ、クララさんがそういうタイプだとは思えません」
「…………」

 クララは、無言のまま上目遣いでリリンを見る。

「そんな甘えた目をしても駄目です。あまり我が儘を言うようですと、今後、食事の量を制限しますよ?」
「もうお酒は大丈夫です!!」

 クララは急いで姿勢を正した。魔力暴走を起こさない魔力酒よりも、普段の食事の量を優先するのは、クララとしては当然の帰結だった。
 これには、リリンとサーファも声に出して笑ってしまう。ひとしきり笑った後、リリンは、クララに今日の予定を尋ねる。演習の手伝いや特別な用事がない場合は、クララがしたいことをする事になっているのだ。

「今日は、街に出たいです! この前は服屋ばかりでしたので、雑貨屋とか覗いてみたいです!」

 クララは、前回街に出た時から、街散策にハマっていた。魔族領に来て初めて、自由を感じられたというのが大きいのだろう。自由と言っても、制限の付いた自由だったが。

「分かりました。サーファ、クララさんの朝食を頼みます」
「了解です」

 クララが朝食を食べている間に、リリンはカタリナにクララが外出するという事を伝える。外出許可が必要な訳では無いのだが、クララの安全のために、外出時は伝える事になったのだ。

「外出ね。分かったわ。前回は特に何も起こらなかったから、多分、今回も大丈夫だろうけど、気を付けて行ってきて」
「かしこまりました」

 カタリナへの連絡を済ませたリリンが部屋に戻ってくると、ちょうどクララが食事を終えるところだった。

「ご馳走様でした」
「よく食べました。じゃあ、私は食器を返してきますね」

 サーファは、クララが食べた後の食器をカートに載せて、食堂へと向かった。その間に、クララはリリンが見立ててくれた服装に着替える。今日の服装は、クララお気に入りの白いワンピースに、水色の薄手のカーディガンを羽織り、麦わら帽子を被っている。

「よくお似合いです」

 リリンがそう言うと、クララは嬉しそうに笑う。準備が整ったところで、クララ達は城下町に降りていった。そして、目的地である雑貨屋がある通りに移動する。その課程で、クララは薬草園とは違う大きな建物の前を通る事になった。その建物は、独特なデザインをしていた。

「この建物大きいですね。ここが例の劇場ですか?」
「いえ、こちらは美術館の方ですね。劇場は、向こうの方に見えている豪華な建物です」

 リリンが指を指す方向を見ると、美術館とは違ったデザインで、かなり豪華な建物が建っていた。その前には、多くの看板のようなものも立っている。

「あの看板は何ですか?」
「あれは、今日公演する劇のポスターを貼ったものだよ。ああやって劇場の前に出して、宣伝しているの。あそこが一番目立つからね」
「へぇ~」

 クララは色々と考えられているのだなと思いつつ、美術館の方に視線を戻した。

「こうして建物を見てみると、中身が気になっちゃいますね」
「中を巡るとなると、一日がかりになりますので、また今度ですね」
「一日がかり……見た目通りで、広いんですね」
「ええ。大きさ的に言えば、薬草園よりも大きいですからね。まぁ、そんな事をはさておき、この一つ先の通りが、雑貨屋がある通りです。いくつかありますので、巡っていきましょう」
「はい!」


 クララ達は、リリンに案内されて、雑貨屋がある通りまで来た。

「服屋がある通りとは違うんですね」

 服屋のある通りでは、高い店が最初に並んでいたため、豪華な通りのように見えていたが、この雑貨屋の通りでは、どちらかと言うと、質素な感じが漂っていた。

「こちらの雑貨屋は、向こうと違って値段に大きな差がないですからね。クララさんは、どのような雑貨をお求めですか?」
「可愛いぬいぐるみみたいなのが欲しいです!」
「可愛いぬいぐるみ……ですか?」

 リリンは、少しだけ困ったような顔をする。あまりそういったものを買わないので、どこに売っているかが分からないのだ。そこに助け船を出したのは、サーファだった。

「それなら少し先の雑貨屋がおすすめですよ。動物のぬいぐるみとかがいっぱい売っていますから」
「サーファがいて良かったです。こういったものには疎いものですから」

 サーファが案内すると、ピンクと白を基調とした店の前に着いた。それをリリンは、何ともいえない表情で見ていた。

「派手な店構えですね……初めて見ました……」
「結構最近出来たお店ですからね」
「なるほど。あまりこちらには来ないので知りませんでした。中にお目当てのものがあるといいですね」
「はい」

 店の中は、外観と同じようにピンクと白を基調としていた。だが、商品の方は、そんな事もなく様々な色のものが売っている。その一画に、大量のぬいぐるみが陳列されていた。クララは、すぐにそこに飛びついた。
 そして、並んでいるぬいぐるみを真剣な顔で見始めた。

「人形も売っているのですね」
「そうですね。子供達の人形遊びのために着せ替え人形を売っているみたいなんです。それぞれの種族のものを用意しているみたいなので、こっちもかなりの種類があるんですよ」

 サーファが意気揚々と説明したところで、リリンはある事が気になった。

「サーファは、色々と詳しいですね? 人形が好きなのですか?」

 リリンがそう訊くと、サーファは少しだけ顔を赤くさせていた。

「うぅ……この歳になって少し恥ずかしいですけど……」
「そんなに恥ずかしがる事もないでしょう。好きなものなど人それぞれです。私は、人の……取り分け女性の精気が好きですからね」

 リリンの好きなものと比べられてしまうと、サーファも何も言えなくなってしまう。

「自分の好きなものには、誇りを持ちなさい。自分で自分の好きなものを下げてしまうのは、その好きなものにも失礼ですよ」
「そうですよね……はい! 分かりました!」
「?」

 突然サーファの声が大きくなったので、クララが何だろうという風に振り返るが、特に何も変化はなかったので、首を傾げつつぬいぐるみ選びを続けた。
 十分程の長考の結果、クララは自分の身長の半分程もある熊の人形を手に取った。デフォルメされたデザインで、可愛らしさが前面に出ている。

「そちらでよろしいのですか?」
「はい!」
「分かりました。他に欲しいものはありますか?」
「えっと……」

 クララは、周囲にある雑貨を眺める。

「う~ん、特にないです。このぬいぐるみだけで大丈夫です」
「それでは会計をしましょう。サーファは、大丈夫ですか?」
「え? い、いえ! 大丈夫です! 買うときは、自分で買いますし」
「分かりました」

 クララからぬいぐるみを受け取ったリリンが会計を済ませ、三人で雑貨屋を出て行く。だが、リリンの手元のぬいぐるみはなかった。

「あれ? ぬいぐるみは……?」
「あれは、魔王城に送って貰える事になりました。まだ、色々と見て回りたいかと思いまして。持ち歩くには、少し大きいですから」
「なるほど……」

 リリンの考え通り、クララはまだ雑貨屋を巡りたいと考えていた。そのため、リリンの気遣いは素直に嬉しかった。

「他に欲しいものがないでしたら、後は適当に巡りますか?」
「はい。それでお願いします」
「では、参りましょう」

 クララ達は、昼時まで雑貨屋巡りを続けた。基本的にはウィンドウショッピングとなっていたが、クララがジッと見ていたメモ帳とペンだけは購入した。クララは、さすがに買わなくても良いと言ったが、そのメモ帳とペンを見るクララの目が、完全に一目惚れした目になっていたので、購入したのだった。

「さて、お昼は、この前の散策で目を付けていたところから選びましょうか」
「じゃあ、あのお肉の店が良いです」
「分かりました」

 クララ達は、前回の散策で目を付けていた肉料理専門の店に向かった。昼時という事もあり、店には少しだけ列が出来ていた。こればかりは仕方のないことなので、列に並んで待つ事にした。
 その間、相変わらずクララは注目の的となっていた。文字だけで特徴を見るのと、実際にクララを見るのとでは受ける印象が違うため、仕方のないことなのだが、やはりクララは少し居心地が悪かった。
 二十分程すると、ようやくクララ達の番がやってきた。席に案内されたクララは、いち早くメニューを手に取り、何を食べようかとウキウキしていた。

「う~ん……迷います……」
「クララさんは、お肉が好きですからね。時間はありますので、ゆっくり決めて下さい」

 リリンとサーファがメニューを決めてから、五分程経つと、クララはメニューのあるページを開いて指を指した。

「このドデカステーキにします!」
「……五百ですか……また大きいものを選びましたね」
「クララちゃんなら、このくらいでもペロリと食べちゃうだろうから、安心ですけどね」
「そうですね。他に頼む物はありますか?」
「いえ、これだけで大丈夫です」

 クララは、本音を言えば、もう少し欲しいところだったが、さすがにこのステーキだけでも高く付くので、遠慮をした。
 リリンもその事に気が付いていたが、クララの気持ちを汲んで黙っておくことにした。そうして注文の末に出て来たのは、分厚いステーキとハンバーグ、ローストビーフサンドだった。ステーキはクララ、ハンバーグはサーファ、ローストビーフサンドはリリンの注文の品だ。

「「「いただきます」」」

 クララ達は周囲の客の迷惑にならない程度に和気藹々と食事を楽しんでいった。運んできた店員は、本当に食べきれるのかと懐疑的な視線を向けていたが、クララは本当に食べきった。クララは、満足げな顔で背もたれに寄りかかっていた。

「美味しかったですか?」
「はい! 大満足です!」

 クララは満面の笑みでそう言った。直後に席から立ち上がる。

「ちょっとお手洗いに行ってきますね」

 クララがそう言ったので、リリンも立ち上がろうとする。トイレまで付いていこうとしているのだ。

「すぐそこなので、大丈夫ですよ!」
「ですが……」
「大丈夫です!」

 クララはそう言うと、一人でトイレに向かった。この店のトイレは、壁を隔てた先にある。そして、そのトイレの前の通路には、少し大きめの窓が付いていた。

(こんなところに窓があるけど、意味あるのかな?)

 窓は曇りガラスとなっていて、その向こうは見えないが、路地裏だという事は分かる。特に光が差してくるという事もないので、恐らく欠陥だろうと考え、クララはトイレの中に入っていった。
 五分後、トイレから出て来たクララは、扉の前で足を止める事になった。それは、トイレへと続く通路に男が一人立っていたからだ。さらに変わった事があるとしたら、さっきまで閉まっていた窓が開いている事だった。

(……男子トイレと女子トイレが分かれているし、トイレの中にいくつか個室があったから待っていたわけじゃないよね……えっ、もしかして……変態!?)

 ベルフェゴールとは違った変態の登場かと警戒した瞬間、男が動きクララの口を素早く布で塞ぐと、さらに両手も縛った。
 唐突口を塞がれて混乱した直後に両手も塞がれたので、抵抗する事が出来なかった。だが、我に返ったクララは別だ。縛られた状態で、リリン達に助けを求めるべく走ろうとするが、すぐに捕まり、近くにあった窓から外に連れ出された。

「ん~~~!!!」

 クララは必死に藻掻くが、男は一切気にした様子がない。クララごときの力では、抵抗など無意味という事だろう。

(私、また攫われるの~~!? リリンさん! サーファさん! 助けて~!!)

 こうして、クララは人生三度目の誘拐に遭うのだった。
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