攫われた聖女~魔族って、本当に悪なの?~

月輪林檎

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魔族の聖女

魔族の聖女

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 後方の野営地に着いたクララは、すぐにその場所を確認し始めた。どこにベッドが置かれて、何人収容出来るか。主な治療場所はどこになるか。

「軽傷者は、どこで治療しますか?」

 一緒に働く事になる熊族の男性に確認する。彼は、ここの責任者となっているベアラーという者だ。

「基本的には野営地の外で回復させ、戦線復帰させる事になります。魔聖女様には、基本的に重傷者の治療をお頼みしたいのですが」
「分かりました。もし、勇者の加護で治療が阻害される可能性がありますので、もしそうなったら、これを使ってください」

 クララは薬を入れた箱の一つをベアラーに渡す。

「これは?」
「私が聖別した消毒液です。聖女の魔力が込められているので、勇者の加護も打ち消す事が出来るかもしれません。魔力注入器でやっているので、この場で量産は出来ませんから、使う際は少量ずつ使ってください」
「それはありがとうございます!!」

 ベアラーは、クララに頭を下げる。勇者の加護のせいで、上手く治療出来ない可能性もあったので、クララの力が込められた薬というのは、かなり有り難い事だった。ベアラーは、木箱を持って他の衛生兵達がいる場所に向かう。クララから貰った薬の説明をするためだ。
 それを見送って、クララは、隣にいるリリンを見る。

「まだ、戦闘は始まりませんよね?」
「分かりません。もしかすると、既に戦闘が始まっている可能性もあります。ここは、戦場から離れていますが、大規模な魔法などが発動すれば、音などが聞こえると思います」
「それまでは、始まったかどうかも分からないんですね」
「はい」

 クララは、無意識に杖を握りしめる。そんなクララをサーファが抱き上げる。

「よいしょっと。取り敢えず、祭服を着に行こう。準備はしっかりとしておかないとね」
「はい。そうですね」

 サーファのおかげで、力の入っていたクララの手が、少し緩んだ。それを見て、リリンは微笑む。

「祭服に着替えましたら、瞑想をしましょう」
「前に変態紳士さんの講義でやったやつですか?」
「はい。魔力を巡らせていた方が良いでしょうから」
「分かりました」

 馬車の中で、祭服へと着替えた。前までぶかぶかだった祭服は、少し大きいくらいになっていた。着替えを終えたクララは、椅子に座って目を閉じる。クララの身体を覆うように金色の魔力が出て来る。こうして魔力を巡らせていき、必要になった時に瞬時に使える様にするのだ。ある程度魔力を扱えるようになったため、ベルフェゴールから習ったのだ。
 この時は、まだ何も始まっていない。だが、この数時間後、戦闘が始まる。クララ達が忙しくなるのは、さらに数時間後の事だ。

────────────────────────

 「急げ! 魔聖女様の消毒液を使え! こちらの回復魔法も通りやすくなる!」

 ベアラーの大声が響き渡る。軽傷者の治療を指揮しているベアラーのおかげで、戦線復帰する魔族達は多い。だが、すぐに戦線復帰は叶わない重傷者も多い。そちらは、クララが指示を出して治療を進めていた。

「こちら三人の勇者の力は無力化しました! 治療をお願いします!」
「魔聖女様! 治療が間に合いません!」
「私がやります! あなたは、他の負傷者を! サーファさん! 治療が終わった患者を別のテントに運んでください!」
「うん!」

 クララは、傷の深い重傷者に駆け寄って、魔法を掛ける。腕が取れ掛かっていたが、クララの能力で、無事繋がっていった。ラビオニアやマリンウッドから、ベルフェゴールの指導を受け続けているので、クララの回復速度は、さらに増している。そのおかげか、死者の数は、かなり抑えられている。

「輸血お願いします!」

 クララは、患者を他の看護師に任せて、次の負傷者の元に向かおうとする。

「魔聖女様! 新たな患者三名! 勇者の加護です!」
「分かりました!」

 治療速度が上がっているクララだったが、この現場では、その成果をあまり発揮出来ていなかった。その理由が、勇者の加護だ。これは、クララの薬でも打ち消す事が出来るが、クララ自身が能力を使った方が早く消せるうえ、加護が残って悪さをする事もない。

「『聖浄なる光をもって・彼の者達の身の闇を取り払え』【浄化】」

 詠唱で魔法を改変し、複数人同時に勇者の加護を打ち消していく。これは、ユーリーの魔法は自由という言葉とベルフェゴールの講義から考え出したものだ。

「無力化終わりました! このまま治療を進めます! 他の患者をお願いします!」
「「はい!!」」

 クララは、そのまま複数人同時治癒を始める。常に働き続けているので、クララの額を汗が流れる。それを、直ぐさまリリンが拭く。

「飲んでください」

 リリンが瓶を持って、クララの口に付ける。流れ込んでくる液体を飲んだクララは、眉を寄せていた。

「美味しくない……」
「我が儘言わないで下さい。倒れないためには必要な事です」

 クララが倒れれば、一気に瓦解する可能性がある。勇者の力が、それほどまでに悪さをしていた。その事をクララも自覚しているので、美味しくない事に文句は言いつつも、きちんと飲み干していた。

「運ばれた方々はどうなりましたか?」
「目を覚まして、身体を動かせる者から、戦線復帰しました。それほどまでに、戦力が足りていないという事でしょう」
「それじゃあ、ここも危なくなるという事ですか?」

 戦闘が始まってから、十時間程。日の入りが始まっている。一日で、そこまで押されているのかとクララは心配になる。

「いえ、兵から情報を得ましたが、ギリギリで最初の戦場で前線は維持しているようです。ですが、その維持の戦力が足りなくなり始めているようです」
「勇者は……?」
「ベルフェゴール殿が抑えてくれているようです。ですが、それ手一杯になっているみたいですね」

 つまり戦況は悪いという事だ。その事を察した。その会話の間に、クララの治療が終わる。同時に新たな重傷者が運ばれてくる。クララは、すぐに患者の元に駆け寄る。既に夕暮れ。そろそろ戦闘も一時中断だろうと思いつつ、クララは必死に治療を進めていった。

────────────────────────

 一方戦場は、後方よりも酷い惨状だった。敵味方の区別が付かない死体が多く存在する。そんな戦場の中で、一際激しい音が響く場所があった。
 そこでは、勇者パーティーとベルフェゴールが戦っていた。先行したカルロスが、ベルフェゴールに斬り掛かろうとするが、踏み込んだ足元が大きく陥没して、バランスを崩す。顔の着地地点の地面が隆起して、鋭い杭のようになっていた。カルロスの顔が串刺しになる寸前で、バネッサが首根っこを掴んで、身体を起こさせる。

「助かった!」
「油断しないで!」

 メラーラの声にハッとしたカルロスは、バネッサの前に立って、聖剣を構える。そこにベルフェゴールが放った炎が飛んできて、バネッサと一緒に後ろに押される。
 メラーラが牽制として、魔法を放つが、ベルフェゴールは、それを一瞥しただけで打ち消した。

「なっ、何で魔法が効かないのよ!?」

 メラーラは、文句を言いつつ、また魔法を構築していく。

(魔法の才能はあるようですが、浅い経験ばかりをしてきたようですな。単調な魔法ばかり構築していらっしゃる。これは、聖女殿の講義に使えますな。また死ねぬ理由が出来てしまった)

 ベルフェゴールは、心の中で笑いつつ、メラーラの足元にあった死体を爆発させる。

「きゃっ!?」

 血と一緒に骨なども撒き散らされるので、メラーラは両手で顔に当たらないように防いだ。女性だから顔を守ったという訳では無く、目などを怪我してしまえば、不利に働いてしまうので、反射的に守ったという形だ。

「メラーラさん!」

 それでも怪我を避ける事は出来ないので、ネリが回復させる。戦場のど真ん中で治療をするという事は、それだけ無防備になるという事だ。そこ狙われてしまえば、ひとたまりもない。それを見越して、治療を受けながらメラーラは自分達の目の前にいくつもの壁を作り出す。

(ふむ。状況判断は的確ですな。魔法は単調ですが、頭はキレるようだ)

 これには、ベルフェゴールも感心していた。視線を切れば、魔法をどこに撃てば良いのか分からなくなる。結果、相手への牽制にもなり得るのだ。相手がベルフェゴールでなければだが。
 メラーラ達の近くに氷の槍が突き刺さっていく。魔力量に余裕がある相手なら、こうしてしらみつぶしが出来る。危うく二人が死ぬかもしれないというところで、カルロスとバネッサが、ベルフェゴールに突っ込んで行く。
 ベルフェゴールは、メラーラ達に飛ばしていた氷の槍を、カルロス達に向かわせる。

「走れ!」

 カルロスがそう言うため、バネッサは速度を緩めずに走り続ける。カルロスは、聖剣を振り回して、氷の槍を破壊していった。そうして、ベルフェゴールに接近したバネッサが、ベルフェゴールを斬る。だが、それは空振りに終わった。バネッサが斬ったベルフェゴールは、幻影だったのだ。

「なっ!?」

 驚くバネッサの足元が爆発する。

「うわああああああああああああ!!」

 大きく吹っ飛んでいったバネッサは、メラーラとネリの後ろに落ちた。血だらけになっているが、辛うじて息をしている。ネリは、すぐにバネッサの治療を始めた。

「貴様ああああアアアアアア!!」

 カルロスは、姿を現したベルフェゴールに向かって、聖剣を空振りさせる。すると、その斬撃が飛んで、ベルフェゴールに迫ってきた。ベルフェゴールは、大きく横に跳ぶ事で避ける。
 そして、カルロスの周囲にある土を隆起させて、ドーム状に囲う。カルロスは、すぐに土壁を斬り裂き飛び出す。すると、さっきまでいた場所にベルフェゴールはいなかった。

「どこに行った!?」

 喚くカルロスの真上から大きな炎の球が降りてきた。それに対して、メラーラが大きな水の膜を複数用意する。最初の水の膜は、すぐに蒸発するが、段々と温度が下がっていくので、段々と炎の球は小さくなる。
 水の膜が張られた時点で、カルロスは上から視線を外して、ベルフェゴールを探す。だが、周囲にベルフェゴールの姿はない。ベルフェゴールは、カルロス達から離れた丘に立っていた。

(これは……あまり油断は出来ませんな)

 今のところ、ベルフェゴールの圧勝のように見えるが、ベルフェゴールは基本的にカルロスから距離を取っている。本来であれば、近接攻撃で殺しているところなのだが、ベルフェゴールの本能が、徹底的に離れて攻撃するように行動させていた。

(もう日も沈みますな。今回は、これで退くでしょう。問題は、明日。恐らく、今日よりも強くなっているはず。ここで殺せないのは、痛手となるでしょうな)

 ベルフェゴールは、周辺の戦闘を援護しつつ、勇者達が撤退するまで見張っていた。

────────────────────────

 夜中になってもクララは、動き続けていた。戦闘は一時的に終わったが、その分怪我人がどんどんと送り込まれてきているからだ。

「軽傷者はテントの外へ! 重傷者は、こちらで診ます!」

 看護師の一人の呼び掛けで、怪我人が仕分けられていく。その中で重傷者の治療を行っていたクララは、不意にふらついてしまった。

「クララさん。もう限界です。後は、他の者達にお任せ下さい」
「で、でも、まだ怪我をしている人達が……」
「これ以上は明日に響きます。後の治療をお任せしても構いませんね?」
「はい。勇者の加護は大体無力化してくれましたので、後は私達で頑張ります」
「よろしくお願いします」

 リリンは、クララを抱えて別のテントに入る。

「サーファ。クララさんと寝て下さい。私は、情報収集をしてきます。下手をすれば、ここより後方に移動した方が良いかもしれませんので」
「分かりました。クララちゃん、寝るよ」

 サーファは、クララが起きないように抱きしめて横になる。クララは、サーファの腕枕でうとうとし始め、すぐに寝息を立てた。サーファも同じように眠る。戦場では、寝られる時に寝ておいた方が良い。
 二人が寝たのを確認したリリンは、運ばれてきた怪我人達から情報を集めていく。

(なるほど……ベルフェゴール殿が警戒しつつ対処しないといけない相手ですか……勇者の力。侮れないみたいですね。前線の維持は出来ているようですので、私達はここに居続ける方が良いでしょう。それに、勇者の加護は、確実にクララさんの加護を突き抜けています。ベルフェゴール殿に軽くあしらわれた後となると、明日はもっと強くなっている可能性がありますね。ベルフェゴール殿がトドメを刺せれば良いですが、このままでは、いずれこちらも食われる事になりそうです)

 実際に戦っていないリリンもベルフェゴールとほぼ同じ事を考えていた。諜報部隊として常に思考を続けながら動いていたリリンは、僅かな情報から分析する事が出来ていた。

(私も早めに休みましょう)

 明日から、さらに過酷になる事を予想して、リリンはクララ達の眠るテントに入る。そして、クララの横で眠りについた。
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