猫魔女と弟子と魔法の世界

月輪林檎

文字の大きさ
15 / 82
知らなかった世界

初めての実戦

しおりを挟む
 自然と目を覚ますと、隣で師匠が座っていた。私が起きるまで待っていてくれたみたいだ。まぁ、本当にギリギリの時間になっていたら、いつも通り顔に乗っかってきていただろうけど。

「ふぁ~……おはよ~……」
「おはよう。少しはすっきりしたかしら?」
「う~ん……まぁ、すっきりしたかも……?」
「良かったわ。それじゃあ、帰りましょうか」
「うん」

 戦闘訓練が出来ていないけど、こればかりは遭遇しないと難しいから仕方ないって感じなのかな。そう思っていると、師匠が立ち止まった。耳を動かして、周囲を見回している。

「水琴。探知魔法を使いなさい」
「う、うん。【探知】」

 杖を取りだして、探知の魔法を発動する。これは、薄い魔力の波動を飛ばして、それに触れた魔力を持つ生物を探る魔法だ。ソナーと似たようなものだけど、あれが帰ってきた音で調べるのに対して、『探知』は触れた生物に反応するので、障害物があっても調べる事が出来る。その分、周辺の地形が頭に入っていないと意味を成さない時があるらしい。ここは森の中だから大丈夫だとは思う。

(一番近いのは師匠……それと少し離れたところに何かいる。大きい)

「ちゃんと見つけられたかしら?」
「うん。大きいやつ」
「上出来よ。こっちに向かってきているから、戦闘の準備をしなさい」
「う、うん」

 無意識に杖を握る手に力が入る。隠れてやり過ごしても良いのではと思ったけど、それだと訓練にならない。重要なのは、私がちゃんと戦えるかどうか。それによって、今後の予定に大きな変更が必要になるかもだし。

「魔法の使い方は覚えているわね?」
「うん」
「水琴なら大丈夫。落ち着いて対処すれば倒せるわ」
「うん」

 師匠が背中を押してくれている。それだけで勇気が湧いてくるから不思議だ。何度か『探知』を使って、相手の位置を把握していく。そして、三十メートル先くらいまで近づいてきたところで、姿を確認する。
 木々の隙間から現れた巨体は、初日に遭遇したカワードボアだった。

「カワードボア……」
「まともに突進を受けないように」
「うん」

 師匠から離れた位置にある木の裏まで走る。カワードボアは、まだ気付いていない。この距離なら、先制攻撃はこっちが出来る。
 杖の先端をカワードボアに向けて準備する。

「【鎌鼬かまいたち】」

 カワードボアの近くで強い風が吹き荒れて、カワードボアの足を切り裂く。唐突な痛みに、カワードボアが呻く。傷は、そこそこ深いみたいで、血が流れ出ている。その事に心臓がきゅっと締められた。自分でやった事なのに、涙が出そうになる。

(駄目! そんな無責任でどうする!)

 心の中で自分を叱咤し、まっすぐカワードボアを見る。まだカワードボアは私を探している。近くにいると思っているみたいで、すぐ傍の木に突進していた。その突進で木が倒れる。それ程の威力があるという事だ。

(やっぱり、あの突進は受けちゃ駄目。だから、遠距離で……仕留める!)

 一度深呼吸をしてから、再び杖を向ける。狙うべきは、脳か心臓。でも、そんな正確な場所を知っている訳も無い。だから、太い血管が通っていそうな足の付け根付近を狙う。

「【石弾せきだん】」

 両端が鋭く尖った石を生み出して、カワードボアの足に向かって勢いよく飛ばす。魔力弾で狙いの付け方は練習した。それこそ八割方命中するまで練習した。その成果が、ここで現れた。狙い通りの場所である前脚の付け根に突き刺さった石は、カワードボアの身体を貫いた。『鎌鼬』以上の出血でカワードボアの息が上がっていた。

「【石弾せきだん】」

 もう一度『石弾』を使って、後ろ脚の付け根も貫く。カワードボアは苦しそうに呻きながら倒れる。それから少しの間は、カワードボアのお腹が動いていたけど、すぐに一切動かなくなった。大量出血で意識を失ったか。それとも……

「倒したわね」
「!?」

 いつの間にか私の隣まで移動してきた師匠がそう言った。つまり、私は今、カワードボアを殺したという事だ。殺した実感が湧かないという事はなかった。胸の奥にずんっと重い物がのしかかるような感覚がしたからだ。恐らく、これが死の責任だと思う。

「水琴。深呼吸をしなさい」
「え?」
「呼吸が浅くなっているわ。だから、深呼吸よ。吸って、吐いて」

 師匠の言うとおり、いつの間にか呼吸が浅くなっていた。戦闘の興奮とかじゃない。これは、多分死の責任を感じた事でなったものだ。
 言われた通りに深呼吸をして、呼吸を整えていく。私の呼吸が正常に戻ったところで、師匠がちょっと口を開く。

「よく頑張ったわね。でも、まだ作業は残っているわよ」
「カワードボアの解体だよね……うん。頑張る」

 ここで逃げ出す事は許されない。ただ殺して愉悦を感じようと思って殺したわけじゃない。一種の試練のために殺した。その責任は取らないといけない。カワードボアは、食べる事が出来る動物のようなので、そのお肉を頂く。食べられない相手もしっかり解体して、何かに使用する。それが、私が考えた精一杯の責任の取り方だ。
 師匠に教えてもらいながら、カワードボアの解体をしていく。哺乳類の内臓とかを初めて見たり、その体内温度や臭いを感じて、吐き戻してしまったけど、最後までやり切った。
 解体したお肉などは、師匠が収納魔法で仕舞っておいてくれる。内臓に関しては使えないので、その場に埋めた。
 全てを終えた私は、その場で座り込んでしまう。

「お疲れ様。よく頑張ったわね」
「うん……」

 ようやく落ち着ける状況になったところで、自分の事を見てみると、制服が血だらけという事と涙を流していた事に気付いた。気付かない内に泣いていたみたい。それだけ精神的にショックを受けていたのかな。私は、私が思っていたよりも、ずっと弱いらしい。

「【洗浄せんじょう】」

 取り敢えず、服の血は落としておく。血の匂いで他の生物が寄ってくるかもしれないから。涙の方は乱暴に拭う。そして、しっかりと自分の足で立ち上がった。足が震えるとかはない。身体がふらつくという事もない。それを確認してから、師匠の方を向く。
 師匠は、私が動き始めるまで待っていてくれた。師匠は、いつも私が心の整理などを付けていると待ってくれる。その事は凄く嬉しい。

「大丈夫?」
「うん」
「それじゃあ、行くわよ。ここで解体したから、他の獣が寄ってくるかもしれないわ」
「うん」

 師匠と一緒に家まで戻る。幸い、今回の戦闘はカワードボア一体との戦いだけで終わった。結構精神的に辛いものだったけど、これを受け入れて前に進まないといけない。

(世の中には、こういう事を生業にしている人もいるんだよね……その人達も最初は、私と同じような感じだったのかな? それとも最初から受け入れる事が出来たのかな? どちらにせよ、私も成長していかないと)

 もう涙は出ていない。完全に受け入れられたとは思わない。一度や二度で全部受け入れられる程、精神的に強いという自負はない。だから、強い精神を手に入れるために、もっと努力しないといけない。
 それは、相手の死に対して無責任を貫けるようにではなく、その死の責任を背負えるように。この事を誰かに話したら、そんな重荷を背負う必要はないとか言ってくれる人はいると思う。でも、誰が何と言おうと、この責任を放棄する気はない。
 それだけはしないというのが、私が決めた覚悟だ。これだけは、誰に何を言われようと変えるつもりはない。
 その日の夕飯は、カワードボアのお肉を使った焼き肉だった。塩とかしか調味料がなかったけれど、そのお肉は美味しかった。ほんの少し罪悪感を抱きつつも、作った焼き肉は完食した。

「ご馳走様でした」

 この言葉に、本気の感謝を込めたのは、多分生まれて初めての事だったと思う。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界と地球がダンジョンで繋がった ー異世界転移者の私ー

白木夏
ファンタジー
2040年の初春、突如として地球上の主要都市に謎のダンジョンが出現した。 その特異性は明らかで、人口密集地を中心に出現し、未開の地には一切現れないという法則性を帯びていた。 人々は恐怖に震えつつも、未知なる存在に対する好奇心を抑えきれなかった。 異世界転移した最強の主人公のほのぼのライフ 主人公はあまり戦ったりはしません。

転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~

ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。 コイツは何かがおかしい。 本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。 目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

99歳で亡くなり異世界に転生した老人は7歳の子供に生まれ変わり、召喚魔法でドラゴンや前世の世界の物を召喚して世界を変える

ハーフのクロエ
ファンタジー
 夫が病気で長期入院したので夫が途中まで書いていた小説を私なりに書き直して完結まで投稿しますので応援よろしくお願いいたします。  主人公は建築会社を55歳で取り締まり役常務をしていたが惜しげもなく早期退職し田舎で大好きな農業をしていた。99歳で亡くなった老人は前世の記憶を持ったまま7歳の少年マリュウスとして異世界の僻地の男爵家に生まれ変わる。10歳の鑑定の儀で、火、水、風、土、木の5大魔法ではなく、この世界で初めての召喚魔法を授かる。最初に召喚出来たのは弱いスライム、モグラ魔獣でマリウスはガッカリしたが優しい家族に見守られ次第に色んな魔獣や地球の、物などを召喚出来るようになり、僻地の男爵家を発展させ気が付けば大陸一豊かで最強の小さい王国を起こしていた。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

巻き込まれ異世界召喚、なぜか俺だけ竜皇女の推しになった

ノラクラ
ファンタジー
俺、霧島悠斗は筋金入りの陰キャ高校生。 学校が終わったら即帰宅して、ゲームライフを満喫するのが至福の時間――のはずだった。 だがある日の帰り道、玄関前で学園トップスターたちの修羅場に遭遇してしまう。 暴君・赤城獅童、王子様系イケメン・天条院義孝、清楚系美少女・柊奏、その親友・羽里友莉。 よりによって学園の顔ぶれが勢ぞろいして大口論!? ……陰キャ代表の俺に混ざる理由なんて一ミリもない。見なかったことにしてゲームしに帰りたい! そう願った矢先――空気が変わり、街に巨大な魔法陣が出現。 赤城たちは光に呑まれ、異世界へと召喚されてしまった。 「お~、異世界召喚ね。ラノベあるあるだな」 そう、他人事のように見送った俺だったが……。 直後、俺の足元にも魔法陣が浮かび上がる。 「ちょ、待て待て待て! 俺は陰キャだぞ!? 勇者じゃないんだぞ!?」 ――かくして、ゲームライフを愛する陰キャ高校生の異世界行きが始まる。

元勇者は魔力無限の闇属性使い ~世界の中心に理想郷を作り上げて無双します~

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
ファンタジー
  魔王を倒した(和解)した元勇者・ユメは、平和になった異世界を満喫していた。しかしある日、風の帝王に呼び出されるといきなり『追放』を言い渡された。絶望したユメは、魔法使い、聖女、超初心者の仲間と共に、理想郷を作ることを決意。  帝国に負けない【防衛値】を極めることにした。  信頼できる仲間と共に守備を固めていれば、どんなモンスターに襲われてもビクともしないほどに国は盤石となった。  そうしてある日、今度は魔神が復活。各地で暴れまわり、その魔の手は帝国にも襲い掛かった。すると、帝王から帝国防衛に戻れと言われた。だが、もう遅い。  すでに理想郷を築き上げたユメは、自分の国を守ることだけに全力を尽くしていく。

処理中です...