上 下
69 / 127
第二章 ダンジョン調査

領主の出した条件

しおりを挟む
 翌日、他の絵を描いておこうと思っていると、ガルシアさんに呼び出された。そのため、私は今、ギルドマスターの部屋にいる。呼び出された理由は、明白だ。

「えっと……学校での事ですよね?」
「分かっているなら話が早い。やり過ぎだ。教師のラグナルは、全治二週間だそうだぞ。先に問題を起こしたのは、向こう側ということで、学校側から訴えはない。寧ろ、辞めさせる口実が揃ったと言っていって、感謝してすらいた」

 学校内でも辞めさせたいという意見が多かったみたい。まぁ、あんな自分勝手な先生なら当たり前かな。

「そうですか。ラグナル先生辞めることになったんですね」
「さすがにな。絶えない揉め事、益のない授業、そして、今回の校舎破壊が決め手となったそうだ」

 ラグナル先生が辞めたら、戦闘系の授業は誰が担当するんだろうか。戦闘系の授業は全てあの先生が担当していた。まぁ、あの人が強引にそうさせたらしいけどね。

「ただな……」

 ガルシアさんが、少し難しい顔をする。この感じは、何かしらの問題がある感じだ。

「何かあるんですか?」

 少し言いにくそうだったので、私から訊いてみた。

「あのラグナルという奴は、どうやら領主の推薦で入ってきたようでな。解雇したことで、領主が怒っているらしい。その矛先が、当然ながらアイリスに向いてな。お前と向こうの領軍とで模擬戦をさせろと言ってきやがった。それも真剣同士でな」
「真剣による決闘は、基本的にやらないはずでは?」
「お前が言うか? まぁ、その通り、基本的にはやらない。だが、自分達の力を誇示したい奴は、真剣による決闘を好むんだ。相手を気後れされるのが目的だろうがな」

 もしその通りだとしても、自分で戦おうとしていないのはどうなんだろうか。まぁ、領主自ら戦うなんて事、ほとんど無いと思うけど。

「断るのは……」
「無理だな」
「ですよね……」

 はっきり言って、やりたくない。面倒くさいし、やる意味もないからだ。でも、領主の命なら、やらないわけにもいかない。無視したらしたで、また面倒なことになるしね。

「はぁ……分かりました。いつですか?」
「明日だ。それと、学校の校長が、しばらく教師をやって欲しいと言っていたぞ」
「それは、断りましょう。職員としての仕事もあるわけですし」
「ああ、そう言っておいたから、大丈夫だとは思うが、アイリスに直接交渉しに来る可能性もあるから、一応把握しておいてくれ」
「はい」

 態々学校に行ったせいで、色々な面倒ごとが増えてしまった。校長先生には悪いけど、しっかりと断らせて貰おう。

「あっ、そうだ。ガルシアさんは、ラノマール遺跡にある壁画について知っていますか? 魔王との戦争を描いたものらしいんですが」
「ああ、知っているぞ。ギルドマスターになるための研修で行った時に見たからな。それがどうかしたか?」
「実は、悪夢の発作で見た景色が、その壁画の景色だった可能性が高いんです。なので、その壁画についての情報を集めているんです」

 私がそう言うと、ガルシアさんは一瞬表情を暗くした。でも、次の瞬間には、いつもの表情に変わっていた。

「そういうことか。すまないが、俺も詳しい話は知らないんだ。確か、あの時の戦争は酷いものだったはずだ。最終的に、勇者を召喚してどうにかなったと聞いたぞ」
「ああ、なるほど」

 人類側が負けていたと聞き、あの光景になった意味が分かった。そうなれば、普通に見たあの夢は、平和だった頃の景色ということになるのかな。あのまま平和が続けば良かったのに、結局壊されてしまったんだね。

「取りあえず、さっきの話は覚えておいてくれ。明日は、学校に向かう事になる。学校で行う理由は、恐らく生徒達に見せるつもりだろうな。正直、それ以上の意図があるのかどうかは分からない。何があっても対応できるように、油断はしないようにしておけ」
「はい。分かりました」
「後、防具の修理が終わっているようだったら、受け取っておけ。真剣同士の戦いなら、必要になるだろう」
「分かりました」

 ギルドマスターの部屋を出た私は、ガルシアさんに言われた通り、家に帰る前にカラメルへと向かう。

「マイラさん、防具直っていますか?」
「アイリスちゃん? 一応出来てはいるけど、明日の予定にしてなかったっけ?」
「そうなんですけど、明日急遽必要になってしまって」
「そうなの? じゃあ、はい、これ」

 マイラさんが、私の防具を持ってきてくれた。受け取った防具は、綺麗に直っていた。

「本当にすみません」
「ううん。優先してやっておいて良かったよ。防具無しでの戦闘は危ないもんね」
「そ、そうですね」

 昨日、防具無しで集団戦をやっていたとは、絶対に言えないね。

「ありがとうございました。じゃあ、失礼します」
「うん。気を付けてね」

 防具を受け取った私は、まっすぐ家に帰る。そして、ガルシアさんから受けた話をリリアさんとキティさんにした。

「それって受けないといけないの?」

 リリアさんが、眉を寄せながらそう言った。リリアさんもやらなくても良いんじゃないかと考えているみたいだ。リリアさんの場合、面倒くさいとかじゃなくて、単純に危険だからという理由だと思う。

「受けないと受けないで、面倒くさいことになると思うんですよ。なので、受けることにしたんです。領軍の何人かと戦えば満足してくれると思うので」
「それって、勝ってもいいの?」

 キティさんが、首を傾げてそう言った。その疑問に、私も固まってしまう。

「どうなんでしょうか。でも、わざと負けても八百長を疑われますし。そうなれば、領主の面子が潰れてしまいますし。勝っていいはずですよね?」
「さぁ? 領主には会ったことないから分からない」
「いや、私も会ったことはないですよ」
「私もないよ。普通、会ったことがある人の方が少ないんじゃない? だから、悪口の噂とかも広まっているとか聞くけど」

 領主の悪口に関しては、その政治にも問題があると思うけど。

「まぁ、考えても仕方ないですね。取りあえず、明日は全力で戦ってみます」
「そうだね。怪我しないようにしなよ」
「はい」

 そうして翌日、私は学校に向かった。そこには、ガルシアさんの姿もあった。

「仕事は大丈夫なんですか?」
「大丈夫だ。そっちこそ大丈夫か? 身体の調子は万全か?」
「大丈夫です。きちんと、雪白も持ってきていますし、光鱗も持っていますから」
「そうか。気を付けろよ」

 ガルシアさんと一緒に運動場に向かうと、周囲に沢山の人が集まっていた。そして、運動場の中には、多くの領軍の人達がいた。

「うわぁ……」

 予想以上の人の多さに、運動場の中央に馬車が止まった。その中から、豪華な衣装に身を包んだ太った人が降りてきた。どう考えても、この人が領主だ。

「貴様がアイリスか!?」

 大声でそう叫んだ。

「そうです」
「ふん! まだ乳臭いガキじゃないか。後、十年は欲しいな」

 何か凄く気持ち悪いことを言っている気がする。ニヤニヤと私を見てから、表情を正した。

「早速、始めるか。貴様には、ここにいる領軍を全て相手にして貰う」
「え? 全員ですか?」
「耳が聞こえないのか? 言っただろう。ここにいる全員と一遍に戦って貰う。それで勝てるのなら、貴様を許してやろう。負けたのなら、そうだな……うちで働いて貰おうか」

 いつの間にか、許す許さないの話になっていた。本当に巫山戯ている。

「断れば?」
「そんな事を許すと思うか?」

 ニヤニヤしながらそう言う。いちいちニヤニヤしないと生きていけないのかな。

「分かりました。ただし、領軍の中に死人が出ても知りませんよ? この人数を相手にちゃんと手加減が出来るか分かりませんから」
「はっ! そんな事が出来るのなら、やってみればいい!」

 領主はそう言って、馬車に乗り込んだ。そして、運動場が見回せる場所に移動する。自分の脚で動く事すらも出来ないのか。そこにガルシアが歩いていき、何か訴えているけど、領主は聞く耳を持っていない。多分、向こうが出した条件に文句を言っているんだと思う。だけど、無駄みたいだ。

 私と領軍の人達総勢百数名が向き合う。それを、領主、ガルシアさん、学校の人達が見守っていた。
しおりを挟む

処理中です...