フェイバーブラッド ~吸血姫と純血のプリンセス~

ヤマタ

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第10話 変妖術

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 追い込まれた柳は逃げつつも秘策を考えていた。こんな所で殺されるなど冗談ではないし、吸血姫相手ならまだしも巫女相手に後れを取ったことが我慢ならない。
 上階に秘匿していた最後の傀儡吸血姫部隊を愛佳に差し向け、自分は捕獲した人間から血を吸うべく寝床へと隠れる。

「ったく、しつこいなもう!」

 愛佳は逃げた柳にトドメを刺したいのだが、何体もの傀儡吸血姫が斬りかかってくるので応戦せざるを得ない。苛立ちを募らせながらも、自分の体内に貯蓄されたエネルギー残量が少ないことも自覚しながら刀を振るった。

「しまっ・・・!」

 戦いにおいて物量差というものは絶対的な指標になる。愛佳の戦闘力は傀儡吸血姫を上回っているようだが数の差を覆すほど圧倒的ではなかった。だから徐々に押し込まれてしまう。

「大丈夫か?」

 蹴り飛ばされた愛佳に敵の刃が迫るが、直撃する寸前で朱音の強烈な右ストレートが傀儡吸血姫を粉砕する。

「べ、別にこのくらい問題ないわっ!」

「そうかい? 頑丈なんだな巫女は」

「てか何助けてるのよ!? あたしはアンタ達の敵なのよ!?」

「アタシにとっては敵じゃない。巫女だからって見殺しにはしないよ」

 どうにも愛佳の調子が狂ってしまう。これまで戦ってきた吸血姫は悪党ばかりで、それは過激派との戦闘に駆り出されていたからだ。なので千秋や朱音のようなタイプの吸血姫と関わって戸惑うのは仕方ないと言える。

「待たせたわね」

「本当に遅いわよ。どこで道草食ってたの?」

「草は食ってないわ。ちょっと血を飲んでいただけ」

「いやどっちでもいいよ!」

 愛佳のツッコミを無視し千秋は残りの傀儡吸血姫を薙ぎ払う。

「柳とやらはどこへ行ったのかしら?」

「奥の部屋に入っていくのが見えた。急いで追ったほうがいいと思う」

 傀儡吸血姫を蹴散らした千秋達一行は柳の逃げ込んだ部屋へと突入する。と、丁度血の補給を終えた柳が睨みつけながら両手を上に掲げた。

「これで終わりだと思うなよガキどもめ! 今、目にモノを見せてやるわ!」

 吸収した血をエネルギーに変換して一気に開放する。鮮血のような真紅のオーラが柳を包み込み、衝撃波が千秋達をよろけさせた。

「一体何を・・・!」

 オーラが収束すると先ほどまで柳が立っていた場所に人間サイズの大きな狼が現れた。しかも二本足で立ち上がる姿は人狼のようだ。

「変妖術(へんようじゅつ)を!?」

 柳が使った術に千秋は驚きを隠せない。

「こ、これは一体!?」

「アレは大昔の過激派吸血姫が使っていた術よ。もはや廃れたはずではなかったの・・・!?」

 人狼、あるいは狼女へと変化した柳は咆哮を上げ、鋭く尖った牙を剥き出しにしながら愛佳へと襲い掛かる。その動きは獣と呼ぶに相応しく縦横無尽に駆けて愛佳に組みついた。

「コイツっ! 離れて!」

 二人はもつれあうように転がり、薄いパーテーションを突き破って広い部屋へと戦場を移す。

「獣臭いのよアンタ! 匂いが付いちゃうでしょうが!!」

 命の危機よりそちらに憤慨する愛佳。女子にとって体臭は命よりも重要らしい。

「まったくなんなのよ! 吸血姫ってのは!」

 これまでに変妖術を使う吸血姫など相手にしたことがなく、ましてや野獣となど戦ったことはない。二足歩行で人型に近いとはいえ、時に四足による瞬発的な行動も行うのでトリッキーさに舌を巻く。

「下がっていなさい」

「あたしはまだ戦えるわよ!」

「無理ね。もう体力も少ないのでしょう? ここは私に任せて小春の護衛を頼むわ」

 千秋の言う通り愛佳はパワーダウンし、これ以上の戦闘は困難だった。
 吸血姫に助けられるという屈辱を味わいながらも小春を守るために後退する。人間を守るという行為そのものが本来の巫女の役目で、脅威の吸血姫を狩るのは手段でしかない。時に手段と目的を逆転してしまう者もいるが、その点愛佳は心配ないようだ。

「ちーち、アタシは援護にまわる」

「頼むわ」

 催眠術を使っていたこともあり朱音の体力もかなら減っていた。継戦自体は可能だが前衛を務めるには厳しい。

「獣相手なら不得手ではないわ・・・!」

 共存派吸血姫は基本的に人間の血ではなく動物の血を飲んでいる。山の中や森の中で動物を狩り、その対象には猪や熊の他、害獣のような獰猛な相手も含まれるのだ。その経験を応用すれば過度に恐れずとも対処のしようがある。

「速いけれど・・・冷静に見れば!」

 千秋の喉元を鉤爪で掻き切ろうと柳がジャンプしてきた。迫力のある攻撃で思わず怯んでしまいそうになるが、あえて立ち止まって柳の動きを視界に捉える。

「甘いわね!」

 目の前に迫った鉤爪を身を翻して回避。そして刀を振りあげて柳の腰を裂いた。
 しかしその一撃は浅く僅かに表皮にダメージを与えただけで有効打とはならなかった。

「相田さん!」

「あいよ!」

 柳の着地ポイントを予測していた朱音が飛び出し全力のパンチを繰り出す。

「喰らえよっ!」
 
 攻撃に気が付いた柳は防御姿勢を取るが一歩遅い。グローブ状の朱音の魔具が柳の胴にめり込む。
 痛みを感じているのか柳は叫び、長い尻尾で朱音を弾く。

「ちーち!」

「任せなさい」

 朱音の一撃は確かなダメージとなって柳の動きを鈍らせていた。先ほどまでの機動力は失われ、これなら勝てる見込みは充分だ。

「消えなさい」

 柳の決死の反撃は千秋を掠めて終わり、逆に千秋の刀が一閃。ビルの窓から差す月明かりを反射した刃が美しい残像を描き、柳の首を斬って落とした。
 狼の姿から戻ることなく柳の遺体が倒れ、流れ出た血が周りを赤く染めていく。

「よかったわ・・・無事に倒せて」

「まさか変妖術なんてなあ」

 千秋の記憶にある限りでは変妖術の使い手などこれまでにはいない。恐らくは独自に身に着けた能力なのだろうが、もし過激派の中で変妖術を使える者が増えてしまったら厄介なことになるだろう。

「千秋ちゃん、一体何が・・・?」

 戦闘が終わったのを確認した小春は物陰からヒョコッと顔を覗かせる。

「変妖術という特殊な能力を使ったみたいね。話に聞いたことはあるのだけれど・・・・・・これは一時的に肉体を変容させる術で、人型の汎用性と獣の瞬発力を駆使した戦闘が可能となる。しかし理性は完全に失われて破壊衝動のままに暴れまわるようになるの。つまり殺戮のための術で、かつての過激派吸血姫が用いたらしいわ」

「そんな恐ろしい術が・・・・・・」

「まさかこの時代に目にすることになるとはね・・・・・・」

 小春は千秋達の勝利に安堵しつつも、吸血姫という存在の底知れなさに恐怖を覚えずにはいられない。

「さて、神木さんこれで分かったでしょう? 本当に倒すべき吸血姫がどんなヤツか」

「まあコイツのような吸血姫を見過ごすことはできないわ。とはいえアンタ達を放っておくなんてことはない。監視は続けていくから」

「そう。まあいいわ」

 仲間とならなくても戦うような間柄にさえならなければそれでいい。千秋は戦闘狂ではないし疲れるので無用な戦闘は避けたいのだ。

「吸血姫が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)する危険な街という評価は正しいようね」

「そんな風に言われているの?」

「この街では最近吸血姫による事件や抗争が頻発しているって巫女界隈ではウワサになってんのよ。それであたしが調査も兼ねて派遣されたってワケ」

「それでウチの高校に?」

「稲崎高校の制服を着て戦う吸血姫がいるって情報があってね。多分なんだけど、それアンタのことよね?」

 学校指定の制服を着て戦う吸血姫は千秋以外にはいないだろう。しかも学生の立ち入るのに相応しくない場所であっても頑固にもスタイルは変えない。
 ちなみに朱音はタンクトップ、愛佳はラフなTシャツを着用して動きやすさを重視している。

「ちーち、やっぱり学校バレしてるじゃん!」

 小春にも指摘されたことだが、実際に制服のせいで目を付けられてしまったではないかと朱音が呆れる。

「そういうこともあるわよ。てか、神木さんは巫女なら巫女服とか着て戦いなさいよ!」

「はあ? 巫女服って戦闘用じゃないのよ」

「せっかくの特権を放棄するなんて勿体ない・・・・・・」

「コスプレ気分のアンタと一緒にしないで・・・・・・」

 千秋のこだわりは愛佳には分からない。こんな意味不明な主張をする吸血姫などそれこそ見たことがなかったが、しかし平和的な相手であるのかもという安心感を感じている。

「今日はもう帰るわ。用も済んだし」

「なら私達も帰るとしましょう」

 千秋は警察にいる早坂に連絡して事の顛末を伝え事後処理を任せた。これで一件落着だが・・・・・・



 柳が討たれた後、外には激闘の舞台となったビルを睨む不審者がいた。傀儡吸血姫のようなフードを被ったその人物は、千秋達がビルから出てくるのを見て舌打ちしながら背を向けて立ち去る。
 
「千祟千秋、か・・・・・・」

 見覚えのある吸血姫の名を呟き人混みの中へと消えていった。


   -続く-
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