フェイバーブラッド ~吸血姫と純血のプリンセス~

ヤマタ

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第40話 姉妹のカタチ

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 小春が主に調理を担当し、二葉がそれをサポートすることで順調に夕飯づくりは進んでいた。小春は元々家庭的なスキルが高かったのだが二葉もそれに追従できている。

「二葉ちゃんの包丁さばき綺麗だね? いつも料理とかしているの?」

「はい。普段、家にはわたし一人でいることが多いので家事全般は昔からやってます。毎回手料理というわけではないですが、大抵は自分で作ってますよ」

「そっかぁ。偉いんだね」

「いえ・・・・・・」

 照れるように二葉は頬を赤くする。自分が家事をするのは当然であり、誰にも褒められたことがなかったので、こうして初めて他人に褒められたのが嬉しかったのだ。

「お姉さんは・・・世薙会長は二葉ちゃんを手伝ってくれないの?」

「世薙お姉様は・・・あの方を支えるのがわたしの使命ですので・・・・・・」

「使命?」

「特別なお方なんです、世薙お姉様は・・・わたしのような低級の吸血姫とは違って・・・・・・」

 何故だろうか、二葉の目に浮かぶのは尊敬というよりも畏怖という感情ではないかと小春には思えた。実の姉に対して恐怖の感情を二葉が抱いているとすれば、両者の関係は純粋な家族とは違うのかもしれない。

「そうは思わないけどなぁ。二葉ちゃんは傀儡吸血姫と戦おうとする意思を持ったんでしょう? それならば少なくとも臆病ではないし、今は強くなくたっていつかは優秀な吸血姫になれるかもだよ?」

「赤時先輩・・・・・・」

「強くなろうとする思いを捨てなければその思いが未来を手繰り寄せてくれるよ。きっと千秋ちゃんのような吸血姫に近づくこともできる」

「千祟先輩のように、ですか・・・?」

「うん。まあ千秋ちゃんは最強だから、あのレベルになるには大変だろうけどね!」

 千秋自慢を織り交ぜつつも二葉を励ます小春。
 自分に自信が持てないのは共感できるし、それは自分に何も特別なものがないと思っているからだ。少し前までの小春もそうだったが、千秋との出会いでフェイバーブラッド持ちだと知ってちょっとは自信を持てるようになった。二葉にもそうしたキッカケがあるかもしれないし、努力を続けるならそのキッカケを掴むチャンスも増えるだろう。

「ありがとうございます、赤時先輩。なんだか元気になってきました」

「えへへ、良かった!」

 隣で柔らかく笑う小春が二葉には姉のように思えた。他の誰とも違う親しみやすさが眩しく、このような温かい心を持った存在がいることに驚いてもいる。現代においては思いやりの心を持った者など絶滅希少種も同じだからだ。

「さあさあもうすぐ完成だよ! きっと千秋ちゃんが待ちぼうけているだろうから、早く運んであげないとね」



 夕食をリビングへと運んでいくと、魂の抜けたような無の表情を浮かべた千秋が正座して待っていた。小春の役に立てなかったことで多大な精神ダメージを負っているらしく、こればかりはフェイバーブラッドでも活性化するものではない。

「お待たせ千秋ちゃん」

「待ってたわよ・・・待っていたわ・・・・・・」

 首だけギギッと動かす千秋はまるでホラー映画の悪霊のようだが見慣れている小春は気にもせず千秋の前に皿を並べる。

「二葉ちゃんのおかげで早く終わって大助かりだったよ」

「二葉さんのね・・・おかげでね・・・・・・」

 ジト目で嫉妬心を露わにする千秋は可愛く、小春は後でフォローしてあげようと脳内メモに書きこんでおく。

「美広さんも一緒だったら良かったんだけどな~」

「千祟美広さん・・・あの千祟真広さんの妹さんですよね?」

「千秋ちゃんの今の保護者でもあるんだよ。私も美広さんのご厚意でここに居候させてもらっていて、温かく迎え入れてくれたんだ」

「わたしも会ってみたかったです」

「今日は帰れなさそうなんだ・・・美広さんは恐ろしく過酷な職場で働いているから、帰宅できない日も多いの」

 今日も今日とて会社泊りなのだろう。一応連絡は取りあっているのだが、やはり直接会いたいと思うのは千秋だけでなく小春も同じだ。美広の包容力は小春をも包んでくれて、もう親そのものと言って差し支えない。

「それじゃあ頂きます」

 勉強で疲れた身には食事も癒しになる。二葉の身の上話を聞きながら小春は穏やかな時間を過ごすのであった。





 夕食会が終わった後、二葉を自宅まで送ることとなり千秋達は夜の街へと繰り出す。

「わざわざすみません。送ってもらって・・・・・・」

「夜は危ないもの、二葉ちゃんを一人で帰らせるわけにはいかないよ。私もね、前に友達の家で勉強会をした帰りに傀儡吸血姫に襲われてさ。それを千秋ちゃんに助けてもらったんだ」

「それがお二人の出会いだったんですね」

「あの時の千秋ちゃんは、まさに私を救いに来た白馬の姫騎士様のようだったよ。傀儡吸血姫を一瞬で倒してカッコよかったなぁ」

 惚気のように小春は昔話をして、それを聞く千秋は顔を赤らめて照れつつも若干のドヤ顔気味である。

「赤時先輩はそれから千祟先輩に協力するようになったんですね?」

「吸血姫の戦いを知って、自分にもできることがあるなら手伝いたいと思ったんだ。それに・・・千秋ちゃんの吸血は気持ちよかったし・・・・・・」

「相性が良かったんですね。ますます運命的ですね」

「運命・・・きっとその通りだね、千秋ちゃん」

 小春は千秋の腕に抱き着きバカップルのように密着する。近くにいる二葉が気まずくなって視線を逸らし、もしかしなくても自分はお邪魔なのではと縮こまっていた。

「わ、わたしも・・・千祟先輩のようになって、赤時先輩のような方に出会えるでしょうか・・・?」

「あら、羨ましいの?」

「えっと・・・少しだけ・・・・・・」

「フッ・・・小春のような天使に出会うのは困難でしょうね。でも、戦いの中で新たな出会いがあるかもしれない。自分が正しいと思う行いを続ければ誰かと繋がることはできるはずよ」

 かくいう千秋も以前までは単独行動が多かった。しかし今では小春と過ごすようになり、出会い一つで日常は変わるものだと実感している。

「正しいと思う行い、ですか・・・・・・」

 何が正しいかは人それぞれだ。二葉は夜空を見上げ、姉の世薙や吸血姫全体の事について思案している。これから吸血姫としてどう生きるか、それは難しい自問自答ではあるがいずれは明確な答えを見出さなければならないことなのだ。





 暫く歩き、先日二葉と出会った市民体育館を通り過ぎて界同家へと辿り着いた。豪勢な一軒家で裕福さが窺えるがどこか寂しい空虚な感覚を漂わせている。それは玄関前に立った二葉が浮かない顔をしているから感じたことなのかもしれない。

「遅かったですわね?」

 帰りを待っていたのか、世薙が清楚な部屋着姿で玄関の扉を開けて出迎えた。腹黒い世薙の性格とは真逆な格好にギャップがあるがそこに萌えポイントは無く、千秋はむしろ怪訝そうに眉を下げる。

「こんばんは、千祟さんに赤時さん。妹をお送りいただいたのですね?」

「ええ。私を師として仰ぎたい後輩を、危険な夜の街に放り出すなんてできないもの」

「あらあら・・・随分と仲良くなったのですね」

「気になる?」

「いいえ。わたくしに迷惑がかからないのであれば、勝手にしていただいて構いませんわ」

 世薙はどこまでも自分ファーストのようだ。二葉のことを別に気にかけているわけではなく自分に何か不都合なことを起こさないか不安に思っているだけらしい。

「それにしても師匠ですか・・・まあせいぜい妹の面倒を見てやってくださいな」

「任せておきなさい。素直で向上心のある二葉さんには見込みがあるもの」

「わたくしと違って、ですか?」

「そういうことよ」

「はっきり仰る・・・・・・」

 相変わらずの不気味な笑みで世薙は千秋を見下し、玄関へと消えていった。

「あの、今日はありがとうございました。それでは、また・・・・・・」

 ペコリとお辞儀をして二葉は世薙の後を追う。二人は姉妹にしては対照的で同じ環境で育ってあんなにも性格に違いが出るものだなと千秋は妙に関心していた。しかしよく考えてみれば千秋と秋穂も似つかないので、同一の遺伝子を受け継いでいても個々の素質まで同じくはならないのかと理解する。

「さあ帰りましょう。夜もお勉強会が待っているもの。私と小春の二人っきりのね」

「アレ、本気だったんだ・・・・・・」

「本気も本気よ。今日は小春との時間が少なかったし、あの時言った通りに手取り足取り腰取りみっちり教えてあげるから覚悟して」

 千秋は小春の腰に手を回し艶めかしい目で見つめる。

「もう千秋ちゃんったら・・・・・・」

「ふふ、私の手にかかれば・・・っ!?」

「ど、どうしたの?」

「敵意が・・・近い・・・!」

 誰かに見られているという感覚が千秋の脳を刺激した。最初は世薙か二葉かと思ったが、それとは違う感覚だと直感する。

「小春、私から離れないで」

「いつでも離れる気はないよ」

「なら結婚・・・じゃなくて結構」

 しかし敵意はすぐに去ってしまい場所や相手を特定することはできなかった。一応は危機を脱したらしいが正体不明の敵に見られていたというのは不愉快だ。

「レジーナなのかしら・・・・・・」

 なんにしてもこの街には様々な脅威が蔓延っている。その一つであるレジーナを倒すことが今の目標であるが、まだその尻尾を掴めずにいた。


   -続く-
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