《mix:you》

LYSA

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はじまり 片瀬駿

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「やってられるか!」

 いったい、何度この言葉を叫んだだろう。駿しゅんはもう覚えていない。
 怒鳴った勢いで、アンプからケーブルが抜けた。耳に痛いノイズが走る。
 駿は愛用のエレキギターをケースに押し込んでから、派手な音を立ててスタジオを横切った。
 はずみでアンプやミキサーにスニーカーの足先が当たる。機材によくないことなのに、今の駿にはそんなことすら頭から飛んでいた。
  ああ、やってられねえ! クソみたいな音だ!
  苛立ちまじりに、駿は防音ドアを開ける。

「おい、片瀬!」

「駿!」

 名前を呼ばれたが、無視した。怒りと虚しさで、駿の視界は赤くなり、ノイズのようにちらついた。
 駿は嫌いだ。何も考えていない空虚な音を聞くと虫酸が走る。
 スタジオのドアを閉め、足早に地上へと出た。駿の目に、じっとりとした横浜の夜空が映る。六月後半ともなると、日が落ちても暑さは厳しい。
 明かりのたくさん灯った繁華街からは、星などほとんど見えなかった。何もない夜空を、雑居ビルの窓や街灯が照らしている。
 何もないところをぎらぎらと灯す光。
 駿は今の自分を連想して、大きくため息をついた。

「せっかく横浜まで来たのによー……」

 自分の中でマグマのように滾る思いを、ただ音にしたい。誰かの音と混ざりたい。それだけだ。
 音楽が好きという駿の熱意は、今まで誰とも噛み合ったことがなかった。
 バンド活動はひとりでできるものではない。生演奏が基本のジャンルでは、誰かとともに音を奏でることが必要になる。
 これまでもいろんなメンバーとバンドを組んだが、最終的にはいつも、耐えられなくなる。

 ――片瀬、おまえガチすぎるよ。ついていけない。

 ――駿、もっと気楽にやろうぜ。ところで来週、俺の女友達と……。

「そーじゃねえよ、クソッ!」

 いきなり大声を出した駿を、通行人が一瞥して去っていく。
 彼女がほしいわけじゃない。
 SNSで人気者になりたいわけじゃない。
 ただ、誰かと真剣に音を重ねたいだけだった。ただ、駿はこの気持ちを言葉にできなかった。
 今までのメンバーからは、理解できない、説明してほしい、と要求されたこともある。
 だが、駿は答えられなかった。

(みんなにはないのか? この、体の奥から溢れ出てくるみたいな――)

 ただ、歌いたい。音を奏でたい。
 そこに言葉はない。
 駿はいつも、父親の部屋で見つけたCDを初めて聞いた、あのときの心を持ち続けている。
 だが、それをこんなところでぼやいていても始まらなかった。駿はいつもとは正反対の、うつむき加減で夜道を歩いた。
 この辺りとなると、飲み屋へと繰り出す大人たちで人通りは多い。酔っ払いとぶつからないように、駿は駅への道を歩く。
 終電までに湘南へ帰らなければ。
 活動を応援してくれている両親も、さすがに終電を逃せば怒るだろう。

「つまんねえな……」

 駿のぼやきは、誰にも聞こえることはなかった。
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