カサブランカの伝言

アキヅキナツキ

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カサブランカの伝言

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朝、自宅からインクルージョンに歩いて向かう途中の花屋で
みごとなカサブランカが売っていた。
何となく、一抱え買って、着いてみれば・・・
本日、マネージャーは大遅刻のようだった。

花瓶のある所が解らないから、給湯室に花を置いて
ソファに腰掛けていたら、息せき切って部屋に入って来た。

「おはよう、どうしたの?珍しい」

暫く話が出来ない程、走って来たようだった。

「お、おはよう、ございます・・・すみません・・・
 ちょっと寝坊しまして・・・」

ホントに珍しい。思わず笑ってしまった。

「給湯室に、カサブランカが有るから、生けて下さいな」

「はい」

少々、お酒臭い・・・そう言えば、同窓会が有ると言っていた。
そう言う事ね。

花瓶に入った大きなユリの登場・・・花の香りが
室内に広がった。良い匂い。

「花粉に気をつけて、服に着くと取れないわよ」

今年一番の花に、うっとり見惚れた。
白く凛とした佇まい、蕾ですら高貴だ。

「はい」

「何かある時は、事前に解るから注意できるけど
 たまに、どうにもならない事もあるから
 困ったら、まず電話してね」

「はい・・・すみません」

「急ぐ仕事じゃないけど、次から気をつけて」

「はい」

・・・反省してる様だけど、何か言いたい事でもあるのかな・・・
少々、マネージャーが挙動不審だ。

「楽しかった?同窓会」

「・・・はは・・・」

的を得たからなのか、何か困ったように笑った。
しかし、そのまま話を逸らした。

「そう言えば、先日のバスツアーで仲良くなった子から
 お手紙来てましたけど、何かありましたか?」

マネージャーが、お母さんに名刺を渡していたので
女の子が手紙をくれたのだった。
手紙をもらうまで、名前を聞きそびれた事も、忘れていた。

お姉ちゃんは、遙ちゃんで、妹は、悠ちゃん・・・だそうだ。

「遙ちゃんの所、お父さんが帰って来たそうよ。
 本人はあんまり乗り気じゃ無さそうだけど、
 他の二人が幸せそうだから、ガマンするって書いてあった」

「良かったですね」

「そうねぇ・・・まぁ、これからの事は、良くも悪くも
 彼女たちの行動次第だから・・・悪いと言っても
 前みたいには、悪くならないけどね」

「困ったら、連絡してくれたらいいんですけど」

「そこまでにはならないから、大丈夫・・・まぁ、もしもの時は
 少しお灸をすえるけど・・・」

「父親にですか?顔も名前も知らないのに、出来るんですか?」

「遙ちゃんを守ってる人に、少し協力してあげるだけ
 但し、どれくらいきついお灸になるか、解らないわね」

「そう言う連携方法も有るんですねぇ・・・」

「一番きついのは、私が心底嫌いになった時・・・」

「命が危なそう・・・」

「その程度で済めば良いわね」

慈母のように微笑んでみた。

「何にしても、父親が心を入れ替えてくれると良いんですけど」

「そうね」

これからも多少は、何かしらの問題がありそうだけど、
その頃には、遙ちゃんも大人になってるから、
彼女の心のままに進めばいいと思う。

子供のうちは、大人の事情に付き合わなくてはならないから
起こる事を理解できると、迷惑この上ないだろう。
でも、いろいろ周りを眺めて行くうちに、
何をどうしたら一番良くなるかが解るだろうから
より良い行動がとれると思う。

何事も、自分の肥やしにして行けばいい。
私は、そう思う。

「あなたも、何か話したい事が有るんでしょう?」

「お見通しですね」

少し笑って、そして、ゆっくりと話し始めた。

「・・・実は、それ程親しい訳じゃ無いんですが・・・
 高校の時の同級生が、昔、バイクの二人乗りをしてて
 事故に遭いまして、友人は、後に乗っていて、
 骨折と打撲程度でしたが、運転していた彼氏が、亡くなりました。
 当時、入院中だった友人には、その事を伏せていたんですが
 退院してからも、教えてなかったらしいんです・・・
 ずっと事実を教えられないまま、5年経ってたんですけど
 昨日の同窓会で、誰かが言ってしまったらしくて・・・」

「・・・なるほど」

余計な事を言う人って、何処にでもいる。

「気まずくなって、同窓会自体は、一次会で終了したんです。
 噂の当人が帰ってしまいましたし・・・
 自主的な二次会をやったのは、帰りそびれた私を含む数人でした」

「それで、終電逃したのね」

「う・・・はい・・・」

「その彼女は、亡くなった事実は、知っていたけど、
 原因を知らなかった・・・という事?」

「そうなんです・・・すごく、気落ちしていて
 心配になって、送ろうかって言ったんですけど、断られました」

「変な気は起こしてないみたい・・・大丈夫」

「あ・・・これ、昨日写メ皆で撮ったんです・・・この端に居る人です」

そう言って、マネージャーが画像を大きくして見せた。

・・・なるほど。

事故当時の映像を、指さされた女の人の後ろに居た男の人が
いろいろと見せてくれた。

「連絡が取れたら、連れて来て・・・少し伝えたい事があります」

「何か良くない物が憑いてるとか?」

「そう言うのではないから、大丈夫。
 でも、今のままではダメだって、元カレが言ってる
 ・・・この事は、まだ話さないでね。
 変な期待されると困るから」

「・・・期待も何も、あれから隠者みたいだったようですよ
 結構派手な人だったのに・・・」

派手・・・どちらかと言うと、寂しい人の様だけど・・・

「周りが勝手にそう思っていただけなんじゃない?」

「そうかも・・・事故以来、誰ともお付き合いしてないって
 彼女と親しい人が言ってました」

「それが問題だそうよ」

「幽霊ですか!」

「そうじゃない」

「・・・私、連絡先知らないので、別の友人に頼んでみます」

「今すぐね」

今すぐの言葉に、少し焦ったのか、慌てて電話しに戻った。
数分後に、スマホを手にして戻ってきた。

「連絡が付かないので、メールしました」

「そう・・・」

平日午前中では、仕方ない。
何とか、今日中に呼ぶ事が出来たら良いんだけど。

「彼女の怪我も、ただの骨折では無い・・・少し後遺症があって
 昔の様に動けていないんじゃないかしら」

「そう言えば、足を引きずっていたような・・・」

マネージャーの何かを思い出すような目の動きの先に
店を出る女の人の後ろ姿が見えた。

もしもあの時、こうしていればとか、多少考えるのは仕方ない
だけど、ずっとそのままなのは、精神的にも身体的にも
良いワケが無い・・・

「・・・あ、そうか・・・明日は、占いの取りまとめ役の方が
 いらっしゃる日でしたね」

「明日も明後日もでしょう?」

取りまとめと言うのは、ここに来る事が出来ない
会社の偉い人とか、国の偉い人とかの代理人の事だ。
ここに来れない段階で、お話にならないんだけど
取りまとめ役の人には、今も昔も、お世話になってるし
まぁ、お付き合い。
だから、適当な事は言えない。

ここの運営費用の大半が、この人のお陰で賄えているのだから。

場のお清めを、明日早朝から初めないといけないので、
今日来て話を聞いて欲しい。

「あ、返信が有りました、話を通してくれたみたいです
 ・・・今日の18時だそうです」

「会社へ迎えに行ってあげれば?車を出して良いわよ」

「解りました」

そう言って、またメールを送信していた。

「彼女の電話番号と、メアドもらえました、メールしますね」

「お昼休みに電話して、終業後迎えに行くって言ってあげて」

「はい」

送信後に、お茶を入れて戻ってきた。

「あとは連絡待ちですね・・・」

「ここに来る気になってくれたなら、もう話は早いわ
 私の仕事は、伝達だけだもの」

「彼女・・・占いとかに興味ない人ですけど・・・」

「信じるも信じないも、どうでもいいの
 私は、頼まれた事を知らせるだけだから」

マネージャーは、少し浮かない顔をした。

袖振り合うも他生の縁とは、よく言ったもので
関わったからには、私の役割をこなさなくてはならない。

そう、もはや義務なのだ。

「その元カレって、同学年じゃないわね」

「一年上です」

「彼女もそうでしょ?」

「!・・・はい、そうです・・・ワケがあって、ダブってます」

「じゃあ、間違いなさそう・・・」

その彼は私の目の前に来て、必死で語りかけていた。

「解りました、伝えるから・・・貴方は準備を始めて」

「準備?元カレが、来てるんですか?」

「そう、人間時間とは違うけど、少し時間がかかるの
 だからタイミングは、こちらが合わせてあげないとね」

ますます、マネージャーが変な顔になっていた。

「あなたの仕事は、彼女をここに案内する事。
 そうすれば、あなたにも良い事が起きるわ・・・
 協力したお礼って事で」

「案内すればいいんですね、とにかく頑張ってみます」

「じゃあ、時間まで明日の下準備として、掃除しましょうか」

「動いてた方が気が楽です」

ニッコリ笑って、いそいそと掃除を始めた。

「ついでに、カーテンも変えましょうか」

「良いわね・・・何色にしようかしら・・・
 そう、薄い紫がいいわ」

「前に使ったのが、クリーニングから戻ってます」

「それにしましょう。手伝うわ」

きれいになった、薄手の薄い紫のカーテンは、お気に入り。
光の反射で、少しキラキラ光る所もいい。

今まであった、深い緑のカーテンをクリーニングに出しに
マネージャーは、近くの店まで走って行った。

18時まではまだ間があるが、帰宅ラッシュ時間に引っかかると
厄介だから、マネージャーには早めに出てもらいましょう。
と、考えてると、戻って来た。

「少し早いけど、迎えに行ってみたら?」

「はい、最寄り駅で待ち合わせという事になっています
 ○○駅の東口ロータリーです」

「あの駅の近くに、美味しいケーキ屋さんあったわね」

「ああ、ありました」

「私はいつもので、あなたとお友達の分もお茶請けに買ってきて」

「わかりました」

「あと、適当に焼き菓子もお願い」

「はい・・・ついでに、紅茶も買っておきます」

「美味しいお茶屋さん、有ったかしら」

「任せて下さい」

「じゃあ、気をつけて行って来てね」

「はい」

車の鍵とカバンを持って、扉を出て行った。

窓の外を見ると、曇天の隙間から太陽が弱弱しくのぞいていた。


一時間と少し経って、マネージャーが女性を連れて戻って来た。

さっき見えた後ろ姿の人だった。
線が細い印象の顔、針の様な黒髪・・・事故当時とは大分違っていた。
切れ長の目の美人。顔色が少し良くない。

「あなたが、八重さん?」

「は?」

女性は驚きを隠せないでいた。

「私、名前言いましたっけ???」

「言ってないけど、あなたの名前を呼んでる人が居るの」

「・・・」

「その人から、伝えて欲しいと、お願いされています。
 まず、自分の事も事故も、忘れて、今求婚されている人と
 結婚するようにと、言っています」

「確かに、そう言う事実はありますが、それは私の勝手です」

「まぁ、聞いてください。私は頼まれているだけです。
 その後の判断は、あなたがなさってください。
 そしてもう一つ、俺はいつも傍に居る・・・との事です」

「そんな事を言われても・・・」

「そうでしょうね。それでは、最後の伝言です。
 あなたの元カレは、これからあなたの子供として生まれてきます」

この言葉に、目に光が宿った。

「できるだけ急いで帰って来ると、言っています。
 信じられないかも知れませんが、生まれ変わりというのは
 あるんです。そして、今が一番あなたにとって良い時期なのです。
 別の人と結婚しても、元カレはあなたの所に戻るでしょう。
 でも、時期が悪いと、最高の幸せとは言えなくなるかも知れません。
 現世で結ばれる事はなくとも、親子の絆としての縁は残ります」

「もしも・・・結婚する気が無いままでも、彼は戻りますか?」

「そうすると、さらに時間がかかります。
 新たに縁のある人の所に生まれる為の準備をしなくてはなりません。
 最悪、今生では会えないかも知れません。
 決めるのは、あなたです・・・どうしますか?」

「正直、今求婚されている人との事は迷っていました。
 でも・・・こう言う事を聞いて、はいそうですか、と
 OKするのも、どうかと思うんです」

「それはそうでしょうね、でも、それを含めて、元カレは
 全てが上手く行くように、今準備してるんです。
 その努力を、あなたは無にするのですか?それで良いんですか?」

「・・・」

彼女は、唇をかみしめて何かを考えている様だった。

「普通、生まれ変わるにしても、縁が無い所には生まれる事は
 できません、あなたと元カレには、元々深い縁がある。
 兄妹だったり、恋人同士だったり、親子だった時もある。
 親友だった時もね・・・だから、あなたの元に戻りたいと
 願っているようですよ」

うつむいた頬に、涙がとめどなく流れた。

「私に無理強いはできません。
 この話を聞いてどうするかは、あなたの自由です。
 私は、私のすべき事をしました。
 私は、私を頼る存在とのご縁は、大切にするつもりです。
 ですから、こうしてお呼びして、お話ししました。
 もう、お帰りになって結構ですよ。
 せっかくだから、こんな時間ですが、お茶して行かれませんか?」

マネージャーが慌てて、熱い紅茶と、ケーキを持ってきた。

「どうぞ、召し上がってください」

涙を拭いて、紅茶のカップを手に取った。

その瞬間、八重・・・と、言う声が聞こえた。
彼女にとっては、懐かしい声だったろう。

お茶を飲もうとした手が止まった。

「聞こえましたか?」

驚いたようで、声も出せないまま何度も頷く。

「一生懸命呼んでいるでしょう・・・こんな風に呼ばれると
 絆(ほだ)されてしまうんですよね」

私は、椅子から立ち上がり、とある場所に向かって歩いた。
そうか、だからこれが欲しかったのだと、思った。

花瓶の前に立ち、蕾のカサブランカを手に取った。

「これは、私からのプレゼントです」

そう言って、凛とした百合の蕾を、彼女に渡した。
まるで「受胎告知」のガブリエルみたい。

彼女は、花を受け取って、少し考えてから

「解りました」

そう言って、立ち上がる。

「今日は、ありがとうございました。
 私は、こういう話あまり得意では無いんですが
 前向きに検討します」

「そう言って下さると、お呼びした甲斐があります。
 ケーキと、焼き菓子お持ちになってください、美味しいんですよ」

「ありがとうございます」

マネージャーが、自分用に持っていた、小さいタッパーに
ケーキを入れた。
焼き菓子と、ケーキを渡しながら

「タッパーは返してね、その時、良い話聞きたいな」

「うん、ありがとう・・・ここに来れて良かった。
 良い話、出来るようにがんばる」

「メールでも電話でも、相談に乗るから、私じゃ解らなくても
 なんとかしてもらうから」

「乗り掛かった舟ですからね、協力は惜しみません。
 それに、何も頑張る必要はありません、あなたが決めたならば
 川の水のように、流れるべき所を通って、必ず海に着きます」

「はい」

「ああ、ついでだから、車で彼女の家まで送ってあげて
 あなたも、そのまま帰っても良いけど・・・どうする?」

「明日ラッシュに巻き込まれたくないので、一旦戻ります」

「そう、じゃあ、後は宜しくね」

「はい」

そう言って、マネージャーは、友人を連れて出て行った。

これでよかった?
そう、窓の外のキレイな夕日に語りかけた。
答えは無かったが、何とも言い難い満足感に包まれた。

さぁ、明日からまた忙しい・・・
私は大好きなケーキを頬張った。
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みんなの感想(1件)

etumama
2022.12.21 etumama

はじめまして。
アキヅキ先生は書かされている感じがする作品ですね。
すっと入ってきます。
いいなと思います。うらやましいというよりはすごいなぁと。
これからも書き続けてくださいね。

アキヅキナツキ
2022.12.21 アキヅキナツキ

はじめまして。
感想頂けて嬉しいです。ありがとうございます。

前にも作品紹介の所でも書いたんですが
誰かの心の大きな湖に、一滴水を落として、波紋が広がって
何かしら心の動きが有ると嬉しいなと思って書いてます。
それが、どういう動きかは、受け取り手次第です。
楽しんで頂いて、いつか思い出した時、参考になればと思います。

私も多分、誰かに操作されながら書いてるカンジですが(笑)
また、楽しんで頂けるものが書けたらいいなって思います。

感想有っても無くても書くつもりではいますが
有ると励みになりますね~がんばります。
本当にありがとうございました。

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