インクルージョン

アキヅキナツキ

文字の大きさ
上 下
1 / 1

インクルージョン

しおりを挟む
ようこそ、ここは占いの館「インクルージョン」。

私は当館の占い師、夢摩と申します。
タロット、水晶の他にも、何でも占いますが
それは、ただの飾り。

本当は、何も必要無いけど、何か有った方が良いと
マネージャーが言うので、建前で使っている。

「占いの館」と言うのも、私的には違う気がしてるけど・・・
これも、マネージャーから占いと言う体が良いのだと
押し切られて、その通りにしている。

私は、生まれる前から、占い師であり魔女であり巫女だった。
オカルトと呼ばれるジャンルなら、なんでもござれ。
何回生まれ変わっても、こう言う事を生業にしている。

でも現在は、物騒な事は基本休業中。

私の所に来る人は、いつの世も変わらない。
人と言う生き物は、こういうものなのかも知れない。

でも、ダークサイド方面の依頼は、疲れるので
出来るだけ、関わらないようにしている。

だって、結果には原因や因果が必ずあるから
それを被害者顔で、相談に来る人には
協力するつもりはない。

人を呪わば穴二つ。

自分の墓穴を掘る覚悟があるなら・・・
ちょっとは、考えても良いかもしれない。
私には関係ない事だし。

まぁ、ここを見つける人は稀だから
心配はしてないけど・・・だけど・・・

「今日は、面倒な人が来そう・・・」

場を清める香を焚きながら、独り言ちた。

「準備しておきます」と、マネージャーが言った。

そっと置いて行った、紅茶を飲んでいたら
来客の合図が来た。

「いらっしゃいませ・・・」

マネージャーが、ご挨拶と説明をしている。
少し経って、薄幕の影から女性が一人、入って来た。

「あのう・・・」

座りながら、話しかけてくる。
そして、焚いた香の香りにむせていた。

「香の香りが辛いですか?」

「大丈夫です、吸い込んでしまって・・・」

「少し、香りを抑えましょう」

そう言って、換気用の窓を開けた。
新鮮な空気が流れ込む。

「寒くなってしまいましたね」

「大丈夫です」

「今日はどういった御用でしょうか?」

「これからの事について、占って頂けますでしょうか?」

「これから・・・どういった方面でしょう」

「うーん・・・ベタですけど、恋愛とか結婚とか」

何か言おうとした時、目の端にあったテーブルの上の水晶が
真っ赤に染まっていた。

赤か・・・

「本当に?」

そう言ったら、少し顔が強張っていた。

「これから、貴女に起こる重大な事をお知らせしましょう。
 本当に知りたい事を述べるならば、ですが」

そう言うと、ふっとため息をついて、彼女は話し始めた。

「すみません、私はこういう者です」

そう言って、名刺を渡してきた。

「ジャーナリストの方ですか・・・」

「フリーですけど」

名刺に、会社名は無い。

「砂川 さくら・・・さん」

本名では無い。

「良く当たる占い師だという噂を、お聞きまして、
 是非インタビューを、お願いしたいのです、
 そして、お話し頂いた内容を、記事にする事を
 了承頂けますでしょうか?」

「どういう噂でしょう?」

「大まかに、良く当たると聞きました、詳しい事は言えないそうです」

これは、本当かな。

「相談内容によって、ご自分で、はっきり言えない方もいらっしゃいます
 深く詮索なさらない様、お願いします」

「そうですか・・・」

「貴女は、何をしたいのですか?」

「えっ?」

こう切り出されたら、驚くでしょうね。

「貴女がここに来た段階で、大きな分岐路に来た証拠です。
 正しい判断を一つしたからと言って、正しい未来に向かうとは
 限らない、常に最善の方策を選択して行かないといけないのです」

不意に、彼女の顔から表情消えた。

「貴女がこれから口にする事、それはひとつの宣誓です。
 ここで口にした事は、必ず実現します。
 心して、話すように」

脅しではない。
ここに来た人には、必ず説明している事。
起きた事は、仕方のない事だし、起きるべくして与えられた試練。
だけど、その後の対応は、全て本人の責任になる。
それゆえに、最悪の未来を選んでしまう人も居るのだ。

この話をして、言葉を心に刻んで、何も言わずに帰るならばそれも良い。
自己保身の為の嘘を言ったり、行動するならそれまで。
さぁ・・・彼女は、どうする?

私は、じっと彼女のする事を見ていた。

大体の事は見当がつくが、これから何を選択するかは誰にも解らない。
全ては本人次第。そして、その内容次第では、最悪のシナリオが
恐ろしい速度で迫って来る。

当人にとって、起きてほしくない事が、立て続けに起きてしまう。

何故か、私の嫌いな事をする人は、最速で最悪のシナリオに
行きついてしまうのだ。

出来る事ならば、そうならない事を祈るばかりだが
それも、私がどうこうできる物でもない。
選ぶのは、本人。

「実は、婚約者が居るんですが、それを何処かで聞いた元カレから
 復縁しようって付きまとわれているんです。
 一度は結婚まで考えた人なので、迷っています」

「迷う?・・・貴女のしてる事は、人を天秤にかけている行為です
 言いましたよね、大きな分岐路だと。貴女は何が正しいか
 きちんと考えて、最善と思う方向に進まねばなりません」

「ですから、どちらが正しいのかをお聞きしたいんです」

「今の状況で私が、どちらが正しいとお知らせしても、
 きっと貴女は 後で悔やむ事となります。
 まず、ご自分の気持ちを整理してください。
 決まったら、お話を進めます」

きっぱりと言った。

彼女は、視線を落として、考え込んだ。
頭の中は、打算でいっぱいだ。

言ってしまえば、現時点でどちらを選んでも、火の車。
彼女の打算への答えだった。

今堕ちるか、少し先で堕ちるかと言う程度の話。
自分の打算に気が付いて、全てを白紙に戻すならば
数年後に、最高のエンディングに一歩進める分岐点が来る。

さぁ、どうする?

なんて、解っていてこんな話をする私は、意地悪だ。
でも、失敗するなら、きちんと失敗した方が良いとも思う。
軽い失敗ならば、それは学びだからだ。

「決められない・・・です」

「どうしてそう思うのですか?」

「どっちもどっち・・・と、言うんでしょうか・・・」

「そうですね、どちらを選んでも、同じ過ちを繰り返します」

ビックリして、彼女は私を見た。

「じゃあ・・・」

さぁ、何を選ぶ?
申し訳ないが、少々面白くなってきた。
本当はいけない事なのだが、
あまりにも必死なので、少しだけ水を向けた。

「婚約と仰ってましたが、ご破算に出来るレベルですか?」

「まだ口約束です」

「それは賢明でしたね」

「・・・二人とも、ご縁が無いって事ですか?」

「ご縁ならありますよ、そうでなければ会ってすらいません。
 全ては学びなのです。 良きにつけ、悪しきにつけ」

「正しい選択・・・」

私の言った事を思い出している様だった。
良い調子。

「これまでの事を鑑みて、何がいけなかったか、解りますか?」

「はい」

「同じ事を繰り返してると、思いますか?」

「はい」

「解っているのならば、あえては言いません。
 今の段階で、どちらを選んでも同じ事の繰り返しと言うならば
 今後に起こる事も、解りますよね」

「はい」

「どうしますか?」

「二人とは別れます」

「そうですか・・・それでは、その先のお話をしましょう。
 今後の貴女の行動次第ですが、数年後に良きパートナーが
 現れます。
 ただし、貴女の思い描くものとは、かけ離れています
 最初は、全然分からないかも知れません」

彼女は、すがるような目で私を見ていた。

「そして、その段階で、また迷わせる事も起こります。
 何か・・・貴女を良い方向に向かう事を邪魔したい人が
 居るようです・・・心当たりはありますか?」

彼女は少し考えてから、おずおずと話し始めた。

「・・・何となく・・・」

「貴女は、その人に何をしたか、解っていますか?」

「・・・はい」

「その人に何をしたらいいか、解っていますね」

「はい、謝罪です」

「謝っても、許してはもらえないかも知れませんよ」

「それは・・・」

「しかも、かなり時間が経ってしまっていますね」

「・・・はい」

「とりあえず、貴女には、謝りたい人へ
 今後の幸せを心から祈る事をお勧めします」

「祈る?」

「毎朝、窓を開けて、空に向かってでも構いません
 その人の名前を言って、謝罪と今後の幸せを言葉にして下さい。
 心からそうする事が出来た時、何かしらの加護の元で
 偶然その人に会えた時が、謝罪のチャンスです」

「それで良いんですか?」

「上手く行けばですが・・・その人の最大のチャンスを
 貴女は奪ったのですから、楽では無いと思って下さい」

「はい、解りました・・・ありがとうございます
 何だか、スッキリしました」

「このお話を記事にしますか?」

「できませんね」

彼女は苦笑いをしていた。

「言ってしまった事、やってしまった行いは、元に戻りません
 今後は感情に流されず、自分の行いの行く先をきちんと
 考えて行動して下さい」

「はい」

「一度きりの人生です、後悔しない様進んでください」

「ありがとうございます」

そう言って、薄幕の向こうへ去って行った。


「お疲れ様でした・・・お帰りになりました、
 あの方・・・大丈夫でしょうか・・・」

マネージャーが、熱い紅茶を持って奥から出て来た。

「何を言っても、理解してても、ダメになる人は居ます」

「難しいですね」

「本来、シンプルなんですよ。難しくしてるのは、本人です」

「人によっては、簡単な事が難しいんです」

「それは大問題!」

2人で少しだけ笑った。

彼女の問題点は、謝罪したら許されるという打算の元
私の勧めた事をしているうちは、チャンスは訪れないという事。

本人の後悔や罪悪感に苛まれてしまう。

ここをクリアできれば、良い事がどんどんやって来る。

それ以降、正しく行動するならば、相応の人生を送る事が出来る。


再びテーブルの上の水晶を見たら、赤だった色が少し淡くなり
それから、桃色へと変化した。
この色は、本来彼女の持つ色なのだろう。

「彼女は・・・もう、ここに来る事はないでしょう」

「良い選択をされたという事ですか?」

「概ね良好」

「それは良かったです」

「いつも、こうだと良いんだけど・・・」

ニコニコ笑って、マネージャーは頷いた。

「概ね」と言っては見たが、半分くらいは希望。
彼女の悪い癖が出なければいい・・・そう願う。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...