よくある事

アキヅキナツキ

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よくある事

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今日は大雪・・・
大きなふわふわの雪だけど
いつもの雪よりヤバイ感じがする。
家に帰れるだろうか・・・

最悪は、ここにお泊りかも・・・となれば
体を休めるスペース作らないと・・・

”しーん”と言う音がしそうなくらい静かな室内で
夢魔さんは、タロットをテーブルに広げて、絵柄を眺めていた。

私は、恩地 香波(おち かなみ)。
ご縁があって、インクルージョンでマネージャーをやってます。

相談事は100発100中の占いの館。
それなのに、あんまり若いお客さんは来ない。
まぁまぁ街中なのに・・・

そして、ネットにも時々噂の様なものが出てるのに
ここに来るのは、今にも壊れてしまいそうな人ばかり。

まぁ、忙しい時はそれなりに忙しいし
私がどうこう言うモノでもないので、指示に従ったり
何かあった時は、察しつつアレコレお仕事しています。

「今日は暇そう・・・」

降りしきる雪を、暖かい部屋の窓から見ながら
夢魔さんはポツリと言った。

こういう時は、本当に暇だ。

「でも、この雪はもうすぐ止むから大丈夫よ
 ・・・そういえば、去年の年末も、こんな雪だったわね」

誰に言うともなく話す夢魔さんを横目に、暇だったので、
大雪対策と、お泊り対策しながら大掃除を始めた私も、
窓から見える空を眺めながら色々と思い出してきた。

「去年の年末・・・確か、お客さん居ましたよ」

降る雪を眺め、窓ガラスを拭く。

「あの時は私、大雪で移動不可能になって、
 初めてここに来た日でした・・・懐かしいです。
 さらに、夜停電になって、もう眠るしか無い日でした」

一つ思い出すと、次々思い出されてくるから不思議。
あぁ・・・私、あの時初めてここに来たんだ・・・
気のせいか、もっと前から居る気がする・・・

「そうそう・・・1年って早いわね」

「なんか、年々早くなってる気がします」

苦笑しながらそう言うと

「まだまだ、若いから・・・これからもっと早くなるわ」

夢魔さんは笑いながら、そう私に向かって話しかけた。

「お茶入れますね」

給湯室に向かいつつも、また去年の事を思い出していた。

ぼちぼち3時・・・あの時もそのくらいの時間だった。


1年前・・・確かに、あの日も雪が降っていて
踏み込んだ暗い室内の妙な空気・・・
そして、変なカンジの人が店に居た。

当時の私は、普通の会社で営業として勤めていた。

営業先へ年末のあいさつ回りのをしていて
その日の最後の訪問先の会社で、話をしていたら雪が降って来た。

「天気予報はずれたねぇ・・・雪降って来たよ。
 帰り道、大丈夫かい?車手配するなら、今だよ」

先方の担当者が、帰り道の心配をしてくれて、
タクシーを呼んでくれると言うのを、やんわり断った。
大した事無いと、その時は思った・・・

会社を後にしてから、ひどくなる雪に後悔したのは言うまでもない。

歩道のタイルに、積もる雪。
温度もどんどん下がって来た。

通る道に空車のタクシーは無かった。
タクシー会社に電話しても、空車は無い。

駅に向かいながら、何とか空車のタクシーがないか
探したが、こういう日に限って無い。

降った雪が、少しづつ凍って行く。
歩くと、靴底の雪が圧宿されて固まって行くので
踵の雪の塊を、落としながら歩いていたが、やたら滑る。

大雪に降り込められて移動手段を探しつつ、
履いて来たヒールを見つめ、後悔して居た時
小さな看板を見つけた。

その看板には、良く解らない字がたくさん書いてあった。
でも、雪の中に暖かい火が灯って見えるような
不思議な看板だった。

もう足が冷たくなりすぎて、感覚が無い。
雪で滑った時に、少し捻ったらしく、
足首に痛みもあって、これ以上歩けない、
そう思った時だったのでとにかく、
事情話して休ませてもらおうと扉を開けた。

お店ならば、閉店間際でもきっと入れてくれるだろう・・・

きしむ扉の音。
うす暗い室内は、外よりは暖かった・・・が
その時の空気が、異質?・・・だった。

開いた扉に気が付いて、二人の女性が私の方を見た。、

二人とも、浮世離れした感じ・・・

何も言わずに、扉の前で立ち尽くしていても
仕方ないので、扉を閉めてからお願いしてみた。

「雪がすごくて、移動が出来ないので少し休ませてください」

それを聞いて、20代後半と思われるストレートの長い髪の女性が
立ち上がって話しかけて来た。
柔らかそうな布、深い緑色の裾の長いワンピース・・・
上品そうな印象。

「大変でしたね、どうぞゆっくりして行って下さい
 そちらに給湯室が在ります、お好きな暖かい物を
 飲んで下さい、自由に使って構いません」

ソファの前にある、ストーブをつけてくれた。

「こちらで休んでくださいね」

「ありがとうございます」

「タオルどうぞ・・・エアコンの工事が間に合わなくて
 ストーブしかないけど、乾かしてね」

良い匂いのするタオルを渡してくれて
ちょっと、緊張が和らいだ。

髪の毛や、衣服にしみ込んだ溶けた雪を拭いてから
給湯室に向かった。

給湯室には、コーヒー豆・紅茶が色々な種類あった。
緑茶もあったし、何か解らない葉っぱのお茶もあった。
さっきの人の趣味なのか、飲み物は、だいたい揃っている。

寒かったので、お湯を沸かして
あっつーいお湯で、紅茶を入れてしまおう。

少しレトロなポットでお湯を沸かしつつ、手をかざし
かじかんだ指を火で温めながら、私は、会社に電話をした。

挨拶回りは終わった事、雪の為交通手段が無い事を
告げると、直帰して良いと、上司から許可をもらった。

何とか今日の仕事が終わった。

通話を終了してから、給湯室から見える小さな窓から
雪の状態を眺めて、少しぼんやりした時
ポットから勢い良く湯気が出ていた事に気が付いた。

湧いた湯を、茶葉にゆっくりと回し注ぎ
上に下に踊る茶葉を眺め、少し待ってから
網状の蓋を、きゅーっと下に押してから
温めていた小花柄のカップに、赤い液体を注いだ。

炒れたお茶の美味しさと暖かさに、まったりしながら
・・・改めて、お礼に来ないとな~なんて、考えていた・・・

胃が温まると、客先からもらったおやつの事を思い出した。
お裾分けするついでに、お茶入れようかな・・・

温まった給湯室から顔を少し出してみた。

静かだと思っていたら、低い声で先程の人とは
違う人が話していた。

お湯を温め直しながら、聞き耳を立てた。


「せっかく、お誘いしてるのに、嫌な顔ですね」

そう語る、上品そうな女性は、口元だけ微笑んだ。
顔の上の方が影になっているのか、何だか見ずらい。
さっきの人よりも、少し年上そう・・・
黒っぽい服を着ていた。

沸かすお湯の火が暖かいのに、少し寒気がした。

「一応人として今、生きていますので、ご是非遠慮します」

ここの主と思われる人が、にっこり笑いつつ答えた。

聞いたものの、話の意味は全く解らない。

「・・・人はさも、中立の様に言われていますが、
 天地に善なる神、悪なる神が在るように、
 人の中にも、善なる神に繋がる者、
 悪なる神に繋がる者が存在します・・・
 この地上は、そのパワーバランスによって、安定している
 そのバランスを、私達は狂わせたいのですよ」

すっと差し出した手のひらの甲をひろげて、
整えた爪の先を、面白そうに眺めている。

うーん・・・現実に、マレフィセントがいたら、こんなカンジかも。
しかし、話の内容が・・・物語の本とか、舞台の台本でも読んでる?
そんな、何とも不思議な話をしている気がした。

「確かに、天地には人が言う所の、神と悪神が在りますが、
 あなた方の思う所とは、かなり違っていますよ。
 ご存じでしょうけど。

 人の進化を画する為の、天地のそれは、ワンセット・・・
 存在としては同じもの。
 整ったバランスを狂わすなんて無駄な事。
 横車を押すのは、お止めになっては如何ですか?
 この世界では、何をしても自由ですが、
 限度はあります、お目こぼしして頂いてるのですから
 早々に、薄暗いお家に戻られた方がよろしいですよ」 

「自分が活動しやすい所を増やしたいと思うのは
 悪い事かしら?」

ちらりと光る瞳、その横目で薄っぺらく笑ってみせた。

「あなた方の地は、言ってしまえば無限じゃないですか
 これ以上、何が欲しいのですか?」

「最終目的は、天地を食らって、地上をもっと自由に
 闊歩する事・・・かしら」

「ご苦労な事」

一気に話終えて、二人とも意地悪な微笑みを浮かべた。
私から見たら、天使と悪魔の会合だわ。
しかし、どういう話なんだろうな?コレ。

「貴女の様な、少し毛色の違う人を懐柔するのも計画の内」

「この世界は全て、善悪を混ぜて作られたもので
 どちらが多すぎても少なすぎても、この地上では生きにくい
 あなた方の介入、それは世界の崩壊を意味します。
 そうなってしまうのは、あなた方の本意と違うのでは?」

「そうかしら?
 少しだけ手を入れて、白黒はっきりしない部分を
 ちょっとづつ増やしたらどうなるかしら?・・・
 思っていた未来と違うかもよ?
 試してみたくならない?とても面白いと思わない?」

ああ言えばこう言う・・・ってこう言う事なのねぇ
・・・新手の詐欺なのかな?警察呼んだ方が良いのかな?
どうしよう・・・

「この世界は無限ではないので、あなた方の感覚で
 いじられると、あなた方の欲しいものは永久に失われます。
 この世の摂理を守りつつ進化を進める方々の邪魔をし、
 この実験場たる場所を壊す為、暗躍する混沌からの刺客・・・
 私は、あなた方が何をしたいのかも解りませんし
 理解したくもありませんので、お誘いには乗れません
 お客様もいらしたので、お帰り下さいますか?」

おぉっ?私の事かな?
さらに、耳がダンボになる。

「かわいらしい方・・・人質にしてしまおうかしら・・・
 それとも、連れて行ってしまおうかしら?」

はぁ?何言ってんだろう、この人・・・

「出来もしない事を口にしない方がよろしいですよ
 協定違反でしょう?身を滅ぼす事になりますよ」

「ふふふ・・・それは面倒・・・
 仕方ない、今日の所はお暇しましょう」

そう言いながら、ドレスの様なものを着た人が裾を翻して
ニッコリ笑いながら、私の横を通りすがる。

「ごきげんよう」

底冷えのするような笑顔だった。
笑顔なのは解るけど、はっきりと顔は見えない。

そして薄着のまま、扉の外の雪をものともせずに出て行った。

「まだ雪が・・・」

と、声をかけて扉を開けたら
もう人影は何処にもなかった。

キツネにつままれた・・・ってこういう時に使うんだなって思った。

真っ白な雪の空間の寒さなのか、先程の人の空気感なのか
寒気が止まらないので、慌てて扉を閉めて
ストーブに近づいて手をかざした。

今のは、何だったのか・・・

少しして、お菓子の存在を思い出し
ソファの上のカバンから、頂き物のお菓子を取り出した。
給湯室では、ポットの口から湯気が勢いよく出ていた。
時間が止まったような気がしたけど
気のせいだったんだな・・・

「お菓子頂いたんですけど、お茶飲まれますか?」

「あら、嬉しい」

さっきの冷たい笑顔が噓の様。
今のは何だったのか、聞きたいような、聞きたくないような・・・

慌てて給湯室に戻って、紅茶のポットとカップを温めてから
新たに紅茶を入れた。

ふんわりと香る湯気のカップを、お菓子と共に置いた

「なんか、勝手に給湯室使ってしまって・・・すみません」

「使って良いと言ったのは私です、かまいません・・・
 お茶の入れ方が、お上手ですね・・・とても美味しい」

「紅茶が好きなんです。
 ・・・こちらは、ご自宅ですか?」

「仮店舗・・・の、様なものですね、開店休業状態ですけど」

「じゃあ、これから帰宅されるんですか?」

「この雪なら、もう止みます。大丈夫ですよ」

「さっきの人、雪の女王みたいですね」

少し声を出して笑いながら、ここの主は言った

「当たらずしも遠からず・・・と言う所です。
 でも、何もできないから大丈夫ですよ」

それでも十分怖いと思うけど・・・

「今日の事は、忘れた方が良いですね」

忘れるのか・・・・忘れる・・・・


・・・そうだった、すっかり忘れていた、という事を思い出した。

あれ以降、夢魔さんは、あの時の話をしない。

これまで、ここで見聞きした変った事は多いけど
あれは、そう言う範疇の話じゃないと思う。

だから、逆に聞きづらい。
そして、聞いてはいけない気がする。
なんか「雪女」の昔話を思い出した。

その後、私が知る範囲で、あの人は来ていないと思う。

熱い紅茶とクッキーを出した。

そういえば、私は別に相談事は無かったけど、ここに来れた・・・
何回も何回も、大した用事もないのに遊びに来れた

何処かへ遊びに行った時のお土産を渡しに・・・とか
美味しい物を頂いたので、お裾分け・・・とか
珍しいお茶を見つけたので・・・とか
何かに付けて訪問した。

夢魔さんは嫌な顔一つせず迎えてくれたし
何の邪魔も無く、店に入る事が出来た。

前に「ここは来る意味を持つ人のみが来る」と言っていた・・・

「1年前遭難しそうだった時、ホワイトアウト寸前だったんですけど
 ポッと灯が灯ったみたいに、ここの扉と看板が見えたんです。 
 ・・・あの日、ヒール履いて滑るわ、しもやけになるわ・・・
 ここに来れたのは、本当に奇跡だったんですねぇ」

「あなたは、来るべくして来た人だったから・・・」

倒れ込むように、店の中に入って来た、私の姿を
思い出したのか、夢魔さんは少し笑った。

「遊びに来た時、私にしてくれた話で、
 印象に残ってる言葉が有ったんです」

「そうなの?」

「ええ、それを聞いて、私は会社辞めましたから」

「そんな責任重大な事を言ったかしら?」

お茶を飲みながら、悪戯っぽく笑った。

「責任重大と言う程では無いんですけど、
 ああ、そうかって、 すんなり思えましたし、
 ここでお手伝いをしていれば、
 また、何か面白い話が聞けるかなって思ったんです。
 誰かの役に立つという事は、会社に居なくても出来るんだなって
 目から鱗が落ちました」

「で、話の何が良かったの?」

「えーっと・・・嬉しい時に素直に喜ばないと
 せっかくやって来た、ラッキーな事や、嬉しい事
 運が良いなって思える事が、へそを曲げて
 どこか別な所に行ってしまうって、言ってましたよ
 なんでそう言う話になったのか、忘れましたけど」

話は覚えてるのに、経緯は覚えてないんだなぁ・・・

「そんな話をしたかしら・・・覚えてないわね・・・
 でも、それは事実・・・嬉しいと思ったら、
 心から喜ぶことは、至極大切よ」

紅茶を口に運びながら、遠い目をして手繰る様に、
少しづつ思い出してきたのか、ゆっくり話を聞かせてくれた。

「英語で過去は (past)パスト・未来は(future)フューチャー
 で、現在の事を(present)プレゼントって言うの
 今が、全て・・・今を大切にしなければ
 過去も未来も、何もかも台無しなる。
 小さなお菓子をもらって嬉しいとか
 入れてもらった紅茶が美味しいとか思えたら、
 その次も何かしら、良い事が有ると思っていればいい
 あれこれ難しく考える必要はないの
 今、目の前にある小さな幸せを、ただ積み重ねて行けば良い」

「例えて言うなら、あの時、大雪ですごく困ったけど、
 ここに来れたから、ラッキーって事ですか?」

「そうそう、単純に喜ぶのがいいの」

「単純と言う所に、何かある気もしますが・・・
 単純に喜んでおきます」

クッキーを頬張り、少し笑った。

「あの人は、理解できたかしらねぇ・・・まぁ
 誰かを変えようなんて、思ってないから別に良いんだけど」

あの人・・・1年前のあの人の事だよね・・・

「もう、来ないと良いですね」

「いつかまた、来るでしょうけど・・・」

苦い何かを嚙み潰したような顔で、夢魔さんは笑った。

私には何もできないだろうけど
もう二度とここで会う事が無いように祈って置こう
そう思いつつ、カップの紅茶を飲み干した。

ああ、この茶葉は旅行先で買ったんだっけ・・・
残り少なくなってきたから、また出かけないと

今度は、夢魔さんを誘って出かけてみようかな・・・
きっとまた、面白い事がありそうで
少しワクワクしてきた・・・

ニヤニヤしながら外を見たら、雪は止んでいた。

「雪、止みましたー
 これなら普通に帰れそうです」

「良かった、ちゃんと家に戻って休みましょう」

後片づけしつつ、帰り支度を始めた。

「明日大掃除の続きします」

「明日はたぶん、忙しくなるから大掃除は忘れて良いわ」

「えっ、そうなんですか?」

「いつもキレイだから大丈夫よ」

「はぁ・・・なら、良いんですが・・・」

よくある事だから、まぁいいか~
そう思っておこう。
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