いばらの姫

アキヅキナツキ

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いばらの姫

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私には、友人と呼べる人がほぼ居ない。

地味な容姿、地味な性格、地味な成績と、
三拍子そろってしまっている事もあったろうが
たった一人友人と思っていた人が、原因だった。
手ひどい裏切りがあったから。

しかし、当時の私はその人を、大切な友人であると、思い込んでいたし
彼女の居ない学生生活は、有り得ない、むしろ恐怖さえ感じていた。

地味に終わるであろう、高校最後の年、遅い初恋がやって来た。

告白しようか、やめようかと、悩んでいた時に
その友人「聖子」に、思い切って相談してしまった。

親切に、話を聞いてくれていた聖子を信じていたのに
その後すぐ、初恋だった彼を、取られてしまった。

確かに、告白したからと言って、自分と付き合う事に
なるとは限らない。

自分に告白されて迷惑かも知れない、と。
だから逡巡していたのだ。

聖子も、好きだったのかも知れない。

だがしかし、話を聞いてすぐにと言う所に、悪意があった。

すっかり人を信じられなくなり、大学受験も止めて
高校卒業後に、すぐ就職してしまった。

楽しい、浮かれた学生生活は、とても出来そうになかったから。

小さな会社の事務員として、採用され
来る日も来る日も真面目に、黙々と勤めてた。

幸い、その会社の従業員も、上司も良い方で
真面目に働く私は、可愛がってもらい、仕事も順調で
私の人生は、コレで良かったのだと、思い始めて居た頃に
思わぬ再会。

と、言っても、向こうは私を知らない。

高校の時の初恋の相手に、会社の応接室で会ったのだった。

顔を見て、一目でわかった。
でも、自分の事は知らないはずなので、話しかけようもなかった。

会社の取引先の営業の人。

前任者からの引継ぎで、挨拶に来てから、頻繁に会社に来る。

お土産やら、お菓子を持って来るので
お茶を出したり、仕事の話をしているうちに
次第に親しく話をするようになった。

もちろん、二人で・・・ではない。

事務所のおばちゃんや、営業の人、上司も居たりする。
その中で、ニコニコ笑いながら、他愛無い話を聞くだけだけど
昔に戻ったかの様な、穏やかな気持ちになれた。

そう言えば、聖子とはあの後、どうなったのか・・・
聞きたい気持ちはあるが、なぜ知っているのかと
気持ち悪がられても困るので、楽しく話してる姿だけを見ていた。

「さとみちゃん、××社の田中さんさぁ」

と、古株の事務のおばちゃんが話しかけて来た。
この、××社の田中さん、と言うのが、初恋の人。

「はい」

このおばちゃんは、話好きなのが玉にキズだけど、
とても優しい人なので、よく話す。
と言うか、ほぼ聞き役・・・だけど、今日の話は、関心がある。
少し、ドキドキしながら、おばちゃんの方を向いて、話を聞いた。
自然に、ごくごく自然に。

「学生の頃に知り合った、奥さんが病気なんだって」

聖子の事かな・・・?少し心配になった。
いろいろあったけど、友達だったし、気にはなる。

「その病気がねぇ、手術が難しい病気らしくて、大変なんだって」

「そう言えば、この間、田中さん顔色悪かったですね、
 奥さん、大変だったのかしら・・・」

「そうかもねぇ、入院してるらしいし・・・
 でね!明日営業で来る日でしょう?
 皆でお弁当作って、持ち寄ってさ、
 花見も兼ねて食事会しようって、誘ったんだけど
 さとみちゃんも手伝ってくれない?」

花見・・・会社の前庭に立派な桜の木がある。
そうか、そんな季節なんだなと、窓の外の桜を見て

「喜んで」ニッコリ笑って答えた。

その日の会社帰り、スーパーに、お弁当用の材料を探しに行った。

まさかこんな事があるなんて。

別に、復讐する気なんてない。
そんな事しても、良い事は無い。

ただ、お弁当を作って食べてもらうだけ。

でも、天にも昇る気持ちだった。

少しだけ、昔の淡い気持ちの自分に戻った気がした。


家に帰ってから、お弁当の仕込みをする。
料理は嫌いではない、威張れる程上手くも無い。
いつも自炊してる程度だけ。

栄養の有るものを作って、残ったら持って帰って食べられる
そう言うものを考えた。

春とは言っても、もしも明日が陽気の良い日だったら、
食あたりしてもいけない、簡単な物は明日早起きして作って、
火を入れ直せば良いものだけ、今作ってしまう。

この為に買った、大きなタッパーと、持ち帰り用のタッパーを
洗って乾かした。

おばちゃんが何を作るか聞いて来なかったけど
作りそうな物は、見当がついたので、被らないようにしないと・・・

サンドイッチも良いかもしれない。

パンが無い事に気が付いて、また近くのスーパーに走る。
でも、その足取りも軽かった。


翌日のお昼に、田中さんは約束通り、やって来た。

花見と言っても、就業時間内なので、お酒は無い。
花の下に、会議用のテーブルを3個組み立てて、
その真ん中に、持ち寄ったお弁当を広げ、パイプ椅子を
持ってきて、皆で花を見ながら、楽しく食べた。

ちょっとしたバイキングだった。
思った通り、お弁当は、余ったので、
持って行ったタッパーに詰めて、帰ってもらった。

田中さんは、今日残業と言いう事だったので
持ち帰って、会社の冷蔵庫に入れて夜食にすると、喜んで帰った。

作った物を喜んでもらえたと言う事が、嬉しかった。

病気の奥さんが、聖子なのかが心配になった。
いつか詳しい事を、聞けることがあるだろうか・・・

聖子は、いつも一人で居た私に話しかけてくれた。
それは、聖子の自己満足だったんだろうけど
私は嫌いになれなかった。

それから、おばちゃんの提案で、これから会社に来る日は
お昼のお弁当を用意するから、ご飯を食べて行けと、
うるさく言われたので、田中さんは、それを了承した。

田中さんは、週に2~3回、お昼に現れて、お弁当を食べ、
営業の打ち合わせをして帰るのが、当たり前になった。
多少、顔色は良くなったように思う。

その時の話を、わざわざ聞く事はできないが、
病気の奥さん情報は、ちょっとづつ集まって来た。
病気の詳しい事は解らない。

だけど。たぶん、聖子の事だという事は解った。

解ったとしても、何もできない。

むしろ、良くない事になるだろうから、
お見舞いとか、そう言う事はしない方が良いと思った。
親しくもならない方が良い。

私はただの、取引先の会社の人。
そう言う事にしておけば、何も起きないだろう。


気が付けば秋になっていた。

会社帰りに、冬物のコートを見ようと、バスに乗って
少しお洒落なテナントが並ぶ、建物に入った。

今年の流行りの色とか形を見て、迷っていた時に
バッタリ、田中さんに会った。

「こんばんは」

声をかけられて、驚いた。

「田中さん」そう言いながら、笑った。

「買い物ですか?」

「冬服を見に来ました・・・今年は寒くなるの早そうで・・・」

「そうですね」

そう言う田中さんの手にぶら下がる、幼稚園位の子供がいた。

「お嬢さんですか?可愛い」

「僕も、この子の冬服を見に来たんです」

何となく、聖子の面影がある。大きくなったら美人になりそう。

「良いのありました?」

「いや~男親はダメですね、何を薦めてもイヤイヤで」

「子供服売り場に行きましょう、私も迷ってるので、ついでです」

目的の店まで歩きながら、考えた。

赤が似合いそう。とか
予算はどれくらいだろう。とか
こんなに小さくても、好みの服があるんだなぁ。とか

ふと「何歳かな?」と聞くと

女の子は、笑って目の前に手のひらを広げて見せた。

大学卒業してすぐに結婚したのかな?
子供を見れば、幸せかどうかなんて解る。
何となく、良かった・・・そう思った。

「5歳か~どんな服が好き?」

「わかんない」

「そうね、見ないと、わかんないよね」

笑っていたら、その子は私の手を握って来た。

「聖美(さとみ)ぶら下がったらダメだろ」

私はびっくりした。

「聖美ちゃんて言うの?わたしも、同じ名前。ひらがなだけど」

「お姉ちゃんも、さとみちゃん?」

そう言って、嬉しそうに笑った。
しまったな、言わなければ良かった。
しかし、言ってしまったものは仕方ない。

「お父さんと、お仕事で一緒なの」

「ふーん・・・パパ!アイス食べたい」

「アイスかぁ・・・お腹壊すから、ちょっとだけだよ」

なんか、面白い。
初めて好きになった人と再会したら、お父さんになってて
可愛いお嬢さんにも会えたりして。
そして、お母さんは、昔の友達。
誰もその事を知らない。

こう言う事ってあるんだな・・・

「ママはプリンが食べたいって言ってたー」

「ホントか~?聖美が食べたいんじゃないのか?」

「えへー」

そうか・・・プリンか・・・

「じゃあ、早くお洋服買って、フードコートに行かないとね」

「うん」

俄然乗り気になって、握った手を引っ張って行く。

傍から見たら私達は親子に見えてしまうだろうか・・・
こういうのも悪くない。

もちろん、私は聖子の邪魔はしないけど。

・・・なんて、少しだけ意地悪な気持ちになった。

店について、アレコレ探しつつ、予算も聞いたので
全ての条件をクリアするもの数点を、並べて見ていた。

「子供はすぐ大きくなるから、少し大きめで、汚しても、
 破いても、何処かに忘れても良い位の物が良いですよ」

なんて話していたら、鏡にこちらを見てる人が映っていた。
店には人がたくさん居たから、気のせいだと思って
その時は、そのままでいた。

思ったより安くて良い物が有ったので、赤くて可愛いコートと
可愛い靴を買っていたのを見て、それに似合いそうなブラウスを
プレゼントした。

「すいません、ありがとうございます」

田中さんに解らないように、こっそり聖美ちゃんに渡したのに
バレちゃった。

「同じ名前のよしみで」

笑って、そう言った。

「お誕生日に着る~」

嬉しそうに笑った、聖美ちゃんが可愛かった。

「お誕生日なんですか?」

「まだ先です、クリスマスイブなんです」

「そっかー、もうすぐ6歳なんだね」

恥ずかしそうに、父親の後ろに回った。

「アイス、食べに行こう」

「うん」

嬉しそうに走って行くので、田中さんが追いかけて行った。
それを見ながら、私も小走りになった。

ご飯とアイスを食べてご満悦の、聖美ちゃんに

「このプリン、ママにあげてね」

と、渡した。確かに、プリンは聖子の好物だった。

「わーい」

「すいません」

「皆さんでどうぞ、お見舞いみたいなものです」

「ありがとうございます」

「これから病院ですか?」

「妻の顔をちょっと見てきます」

「私も、迷ってたコートもう1回見てきます」

「それじゃ、また」

「次のお弁当の日、聖美ちゃん用にハンバーグ作りますね」

「あ、ありがとうございます」

さっき、お子様ランチのプレートにあった
ハンバーグを、嬉しそうに食べてた。
子供は、だいたい好物だろうから・・・
好きそうなものを、作って詰めておこう。
食べられなかったら、お父さんが食べればいい。

手をつないで帰る、父子の後ろ姿を見送りながら思った。

姿が見えなくなってから、決めかねていたコートを見に戻った。

私は、いつも迷うと決められない。
何時間も迷って、何も買わないまま帰った事もある。

暫く、ブラブラしていたら、また視線を感じた。

ぼちぼち閉店時間なので、周りに人はそんなに居ない。

もう決めないと、寒くなった時困るんだけど・・・
どうしよう、どっちにしよう・・・ちょっと焦る。

とりあえず、普段用を1着買おうと、服を当てて、
鏡を見たら、すぐ後で私を覗き込む女性が映った。

後には誰も居ない。

ああ・・・やつれて少し、しぼんだ感じだけど、聖子だ。
間違いない。

私は、こういったモノをよく見る。

「聖子、久しぶりだね、これ、似合うかな?」

鏡に映った古い友人に、小さい声で聞いてみた。
返事はない。睨みつけて来る。

「聖子、田中さんとは、お仕事で会っただけ、それ以外何もない
 昔は・・・好きだったけど、アナタが心配するような事は
 何もないから、何も心配しないで、
 体に良くないから、早く戻った方が良いよ」

ただただ、睨みつけて来る。

「聖美ちゃん、可愛いね、聖子そっくり。美人になるよ
 聖美ちゃんの為にも、元気にならないとダメだよ」

子供の名前を聞いて、少し表情が変わった。

「私と同じ名前だね、ビックリしたけど、嬉しかったよ
 聖美ちゃんに、プリン渡したからね、
 これから病院に行くって言っていたから
 一緒に食べてよ、美味しいって噂のプリンだからさ、
 アナタ、大好きだったでしょ?」

そう言ったら、悲しそうな顔になった。

「私はね、昔の事なんか何も気にしてない、大丈夫。
 アナタの事が心配なだけ、田中さんにも言わないよ」

そう言ったとたん、スッと消えた。

生霊が来た。

体が弱ってるから、来やすくなってるんだろうな。
怖くはない。むしろ怖がってはいけない。
何もできはしない、可哀想なだけ。

ああいうものに来られて、怖がるのは、
やましい事がある時だと私は思っている。
だから、何も怖くない。

これからも、何も怖くない。

蛍の光が流れる店内で、私は
少しくすんだ、柔らかいバラ色のコートを
手に取ってレジに向かった。

少し派手かな?とは思うけど
たまにはこういうのも良いだろう。


それから少し経って、また4月になった。

田中さんは、異動になって別の営業さんが来るようになった。

だから、それからの聖子の事は解らない。

元気になって、親子3人で楽しく過ごしてくれればいいと思っている。
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