拾いもの、時々恋

波間柏

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7.早い展開についていけない

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「はぁ」
「どうした?」
「いえ!なんでもないです」

 仕事中なのに大きなため息をしていたらしく三浦さんに話しかけられた。

「そう? あ、これの納期どうなってるかな?」
「今日、午後に返事をもらう予定になっています」
「俺、今日は一日中外だから連絡もらえる? 結構騒いでるからさ」
「はい」

 忘れないように小さなメモに書き足していく。

今日は金曜日。

まだ11月に入ったばかりなのに年末に向けて忙しくなってきた。なによりも来年の希望納期もちらほら出てきていて恐ろしい。

いや、先ず明日が問題である。

 そう、私の平穏を乱す彼、清水さんは、約束通りいつもの挨拶のみの接触でとりあえずほっとしている。

 あれからメールも来ていないし、悪い夢だったんじゃないのかなと。

 三浦さんには、清水さんに何を話したか聞きたかったけれど、どう切り出していいか分からず、結局何も話せていなかった。

「水野さん、慣れてきましたね」

 お昼休みに派遣のベテラン辻口さんが話しかけてくれた。

「まだペースも遅いし色々やらかしてます」

 問い合わせや確認しないといけない特注品などが重なると焦ってしまい、結果ミスをしてしまう。

「まだ日が浅いし当たり前だよ。私にも分から事があるけど、よかったら聞いてね」
「はい。ありがとうございます」

辻口さんは、28歳。美人で仕事もでき、なおかつサバサバしていてカッコいい女の人だ。入社した時から何かと気にかけてもらっていた。

 私は、4月からの入社ではなく少し遅い5月から入った。

 前のアシスタントの人が急に辞める事になった為、急募だったらしい所に運よく入れたけれど、引き継ぎ期間が短かかった。

 それでもマニュアルを作ってくれたので、それを頼りに、あとは他の先輩に聞いてなんとかこなしている現在。

 社長は怖いし、周りの人達は個性的だけど、アシスタントの女の子達は、皆優しくて人間関係には恵まれていると思う。

 やっと少し仕事も覚えて落ち着いてきたのにな。

「ーよね」
「水野さん?」
「えっ?」
「だから、清水さんて来る営業の中じゃダントツカッコいいわよね~」

 明るくお喋り好きな上の階にいる経理の木村さんに話しかけられていたらしい。

「そうですね」

とりあえず、聞いてなかったけど返事をしておく。

「清水さんは三浦さんと打ち合わせをする機会が多いから水野さんも話す機会多そうでいいわよね」

木村さんが羨ましそうに言う。

「いえ、ご挨拶くらいです」

 代わってほしいくらいですと言いたくなった。

言えるはずもないけれど。




✻~✻~✻

「かなしみ」

 土曜の朝。カーテンを開ければ外は雨だった。

 お天気が悪いと波も高く、曇っているから貝や石も見つけづらい。でも、諦めきれない私は、カフェに行く前に海へ行くことにした。

シャラン

「おはよう。海に行ったの?」

 お店に入ったとたん声をかけられた。

 右の食事スペースの私がいつも座っている庭が見える席に彼が座っていた。

 あぁ、お気に入りの席もとられてしまった。

「おはようございます」

 渋々挨拶をしながら、なんとなく彼の全体を見れば、雨にもかかわらず清水さんの髪は相変わらずのサラサラぶり。

次元が違う。

 悲しいかな私の髪は、雨の日はぺったんこになり、くせが強いから毛先は変に跳ねるので、もう1つに結ぶしかない。

 自分に関係なければ、彼、清水さんは確かに整っている顔でイケメンだし睫毛長くていいなぁで済むけれど、清水さんを盗み見ながら私は、それで終わらないような気がした。

「いらっしゃい。とりあえず温かい飲み物かしらね」

 咲さんがカウンターから出てきた。

「はい。カフェモカお願いします」

寒いし糖分を体に入れたい。清水さんがおいでをしているので、しかたなく同じテーブルの席に座った。

「なんか元気ないね」
「いえ、普通です」
「アハハ、そんなに俺のこと嫌?」

 バッサリの言葉とは裏腹に眼鏡の奥の大きな茶色い瞳は優しそうに見えた。

「…苦手です」

 嘘は簡単にバレそうだし、上手くかわせる話術もない私は正直に答えた。

「そっか。じゃあ、苦手が変わるように努力しますか」

清水さんが努力?
何の為に?


「まずは餌付け作戦」


 苦手だって言ったのにどこ吹く風の彼は、私の前に小さいリースを置いた。

「どうかな?」

 そのリースはフェイクのリーフと小さなベリーに白い貝、ベルベットの赤いリボンがアクセントになっていた。

貝の配置もいいな。

「可愛い」

つい、また言葉が出てしまった。

「あとこれ」
「これ…瑠璃貝ですか?」

 次に置かれたそれは、不思議な青紫色をした貝だ。この瑠璃貝は、泡を作り出し海面で浮遊して生きている。生きている時の写真はけっこう気持ち悪い。でも貝は素敵だなぁ。

「そうだよ。持ってた?」
「いえ写真でしか見たことないので実物は初めてです」
「それは持ってきて正解だったな」

 清水さんは、ニコニコしていると意外と子供っぽく見えた。

 その後はたいした話もなかった。ちなみに清水さんは、26歳だった

私には関係ないけれど。

「雨だから送るよ」

 そう言われ家の近くまでだったはずが、私が猫を飼っている話をしたら見たいと騒ぎはじめた。結局リースと瑠璃貝を貰った弱みもあり家に入れてしまった。

「いないね」
「警戒してるから、もう少ししないと駄目だと思います」

 清水さんは、リビングのアンティークソファーに座りキョロキョロ周りを観察している。ちなみに住んでる私より、そのソファーが似合う。

 カフェでは、珈琲だったから紅茶にしようかな。

 珈琲も好きだけど、紅茶を淹れる時に茶葉がポットの中で踊るのを眺めるのも楽しい。

「どうぞ」
「ありがとう。今日、家族は仕事?」

 清水さんが、紅茶を飲みながら聞いてくる。

「いえ、海外です」
「え?」

そんな驚く事かな。

「父は仕事で転勤になり、今は母もついていって姉はいますけど、ここからだと通勤が不便なので別に暮らしています」

山 の上って交通の不便さが辛いよね。雪の日は危険なのでバスはすぐ運休だし。

「やっぱり1人じゃないか」
「でも猫もいるので」
「いやいや、駄目じゃん瑠璃ちゃん」

駄目出しくらうトコですかね。

「何がですか?」
「俺、というより、簡単に男を家に入れたら駄目だよ?」

 座っている清水さんに急に手首を掴まれ引き寄せられたので前によろめき、気づけば清水さんの腕の中にいた。微かに香水の匂いがする。

「友達からって言ってませんでした?」

 冷静な声が出た自分を誉めてやりたい。

心臓はドキドキだ。

「う~ん。予定変更しようかなと」

 ほんの少しだけ顔を上げたら、ふわりと微笑む清水さんと目が合った。

この状況。
私、どうしたらいいの?

    
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