マリアージュ〜お探しの物あります〜

波間柏

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15.泥だらけのお客様

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花祭の夕方。

「熱っ、うん!美味しくできたわ」

 仕上がったそれの味見をしてほっとした。

 少し冷めたら形を作り、そこで何個いるかしらとはたと考えた。えっとマリアージュに来店されるかもしれないお客様と私の分と…ライル様も食べるかしら?

「まあ、あくまでライル様のはついでよ」

 そう、特に意味はないの。

「いけない!開店時間だわ」

 私は、残りを手早く握って洗い物を終わらせてから鍵を掴みドアへと急いだ。



✢~✢~✢



リッンー

 程なくしてドアベルが鳴る。


「こ、此処はは何だ?」
「いらっしゃいませ」

 勢いよくドアを開け⋯おそらく力任せに体で押したせいで転がり込んできたお客様は、床から身体を起こしながら戸惑いのご様子。ちなみに、私も少し戸惑っていた。

 何故ならお客様は、泥だらけだったから。

 男性なのは間違いないだろうけど。瞳は薄い水色で髪は…金色かしら?

ギュルル

「うっ…」
「ふふっ」

 その男性から盛大なお腹の音が鳴り、つい笑ってしまった。だってお互いが瞳を見て探りあいの途中だったのよ。

「ご説明は後にしますね。とりあえず身体を洗われますか?その間に軽食ですがご用意しますので、お待ち下さい」

 男性が言いかける前に私は湯の準備をしに隅のドアを開けた。


「色々すまん」
「いいえ」

 とてもスッキリとした様子のお客様をソファーに誘導した。やっぱり、髪の色は金色だったのね。

 私は、説明は召し上がりながらでとお客様に食事を出した。

「何だこれは?」
「ミワイ、タケノコの混ぜご飯の握り飯です」
「ニギリメシ?」

 聞いたことないなと呟き、少し嫌そうに眉間にシワを寄せている、ガウリー様という名のお客様は、疑いの目でソレをジッと観察している。

 彼は、暫く心の中で格闘していたが、空腹に負けたのか手を伸ばして握り飯を掴み鼻に近づけ匂いを嗅ぎはじめた。

 ハッキリ行ってしまうと得体のしれない食餌は酷く不安なようで。
 
 それを差し引いても悩みすぎよ。

「見た目は良いとは言えませんが、とても美味しいですよ。当たり前ですが、毒なんて入っていませんので」

 ガヴリー様は、私の早く食べちゃいなさいよ!というオーラに押され握り飯を恐る恐る口に入れた。

さて、どうかしら?

「うまい」

 大丈夫だったみたい。それも、かなり気に入ってもらえたらしい。

 少し大きく握った3つの握り飯はあっという間に消えていった。まだ足りなさそうな顔をしていたので私はお椀を彼の前に置いた。

「明日用なんですけど」

 次に私が出した物はとん汁。

 明日に食べたほうが美味しいと思うけれど、試食してもらう事にした。このとん汁を作るのは初めてだ。数日前にいきなり便利屋さんがドアから顔だけ出し「近々寄るから練習しておいて~」と投げてきた品物が味噌だった。

 料理のノートに書かれていたので以前から興味はあったけど、味噌は手に入らないので諦めていた。醤油も小さい時から普通にあって気づかなかったけれど、便利屋さんから手に入れていたらしい。

「無理しないで残していただいて…」
「うまかった」

 気づけば無言になってしまっていたので、お客様に声をかけたら、既に食べ終わっていた。香りも味も独特なのでどうかと思ったけれど、これならお客様に出してもよさそうね。

 汁が一滴も残ってない器を見て私は、お客様に出してみる事に決めた。

 そして、一息ついた様子のガヴリー様に店の説明をすれば、不思議そうな表情をされた。

「確かに食べ物屋という雰囲気ではないな」
「無理にとは言いません」

 私は当初、絶対に探している品物があるからと手を必ず出してもらっていたけれど、最近は固執する事ではないのかもしれないと考えを変えた。

 必要だからこの部屋にこれると言われているけれど、その次の選択は、お客様次第だわ。

「服まで借りて飯までもらい嫌とは言えねーな。ほら」

 少し悩んだ様子の後、ガヴリー様は、大きなゴツゴツした太い指をした左手を差し出してきた。私は両手で軽く挟み包み込むように握り目を閉じ集中した。

 微かだけれど音がした。

「お待ち下さい」

 私は、ガヴリー様の手をゆっくり離して音のした場所、カウンターのガラスケースへ向かった。

 手袋をはめそっと取り出し小さなトレーに移し、ガヴリー様の座っている前にあるローテーブルへ置く。

「これが俺に必要な物なのか?」

 ガヴリー様がじっと見ているそれは、長めの鎖に通された2つの指輪。

 それらは、それぞれ少し楕円の丸みのおびた石が一つに植物が彫られたデザインは2つの指輪を合わせると紋章になっている。

「失礼ですが、どなたか想う方がいらっしゃるのでは?」

 私は、指輪の石がガヴリー様に見えるように向きを変えて指輪のサイズが大きい方を見せた。

「そして、その想い人の瞳は赤。真っ赤ではなく、どちらかといえば紫に近い薄い色」
「──アンタはいったい」

 友好的だった雰囲気が急にピリピリとしてきてしまった。怖いけれど、それを顔には出さずに逆に微笑んだ。

「この指輪は約90年ほど前の品で男性が女性に想いを告げようとしたけれど間に合わず、女性は亡くなってしまいました。その国では夫婦の証に相手の瞳の色の石を身につけるそうです」

 私は、女性が身につけるはずだった薄い水色の石がついた指輪に触れた。

「女性はこの指輪をとても心待ちにしていました」

 ガヴリー様が何を言いたいのかが分かる。

「私、は物に宿る想いを感じます。いえ、正確にはまるで自分がその場にいるかのように見えるのです」
「…悪いがあまり信じられん」

 嫌悪感より困惑の表情のガヴリー様は、言葉遣いはあまりよくないけれど優しい方なんだろう。

「信じられなくて、信じなくて構いません。ただ、これを持つ方々には幸せになって欲しいと思います」

 男性、騎士だった彼はその後、戦で亡くなった。すぐに死は訪れなかったらしく、とても苦しみ手にはこの指輪を握りしめながら。

だから次は。

 自分勝手なのかもしれないけれど、そう思うのよね。

「これは俺の家の紋章だ」

 ガヴリー様はさっきまで触ろうとしなかったそれを手にとりじっくり見始めていた。どれくらい経過したのだろう。

「いくらだ? いや、物と交換するのか」
「お客様が決める事になっております」

 ガヴリー様は首にかけていた紐の先の小さな袋から何かを取り出しトレーに置いた。

それは私の親指の第一関節くらいの大きさの石。私は、失礼しますとガヴリー様に言い手袋をはめ、その石に触れ光にかざした。一見汚い石にしか見えないけれど光を当てると透け、中が綺麗な赤…指輪の石と同じだ。

 ガヴリー様と目が合った。

「アスファの原石だ。戦に出る時にお守りだと言われ貰ったやつさ」
「でも、とても大切な品では?」
「それは戦から無事帰るようにと無理やり持たされてな。戦は終わったから俺にはもう必要ないさ」

 ニヤリと笑ったガウリー様はとても良い顔をしていた。

「お腹のたしにはなりませんが焼菓子です」
「おう、助かる。これも悪いな」

 少し、いえかなり袖の丈とズボンの裾の長さが足りない服を着ているガヴリー様は、失礼ながら、なんだか可愛い。

「いいえ」

 きっとお父様も着てもらったほうが嬉しいはずだわ。

「ありがとうございました」

 今度の主の場所で長く使ってもらえるとよいわね。ガヴリー様の胸元におさまった指輪に心の中で話しかけた。


✢~✢~✢



「やっぱり無理よね」

 どこかでホッとしながらテーブルを拭き閉店の準備をしはじめた時。

リンッー

「まだ大丈夫か?」

ライル様だった。





売れた品

指輪二つ


受け取った品

宝石の原石(石の名前 アスファ)

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