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12.望まない来訪者
しおりを挟む「いけない。片付けないと」
食器を置きっぱなしにしていたわ。無意識にカウンターへ行きかけていた足をローテーブルの方へと向きを変え食器を持った時。
リンッー
老婦人、サキコさんが来店した余韻も冷めぬ間にドアベルが再び鳴った。
「いらっしゃいませ」
お客様は、ライル様だった。
「客か?」
「いえ、先程帰られました」
私はみませんと一言伝えて空の器を手に一旦カウンターの中へ行き、今度はタオルを手に持ちライル様に渡した。
「よろしかったらどうぞ」
外はいつの間にか雨が降り始めたのか彼の髪や肩はかなり濡れていた。ライル様は自分の身体、水が染みこんでいく足元の床を見て私に視線を戻し謝った。
「すまない。思っていたより降られたようだ。床を汚したな」
本当に変わっている方よね。
貴族は気位が高く平民を見下す者も多い中、この人の瞳には蔑む様子がまったくないもの。しかも、この方の家は上位の貴族だ。
「ありがとう」
お礼まで言われた。彼に拭き終わったタオルを差し出され、それを受け取ろうと手を伸ばしたら何故かライル様の空いた片方の手が伸びてきた。
「何があった?」
その左手の親指が私の目元をなぞった。
「あのっ」
予期せぬ彼の動きにビクリと体も動いてしまった。でも、そんな私の様子に気がつかないのかライル様は、更に覗きこむように顔を近づけてくる。
「もう大丈夫ですので!」
顔が近いし、手をどけて下さい!
目で必死に訴える。
「ああ。すまなかった」
鈍そうな彼にやっと伝わったらしく、少し慌てたような表情をした後すぐに頬に触れていた手が離れていった。
「温かい飲み物をご用意しますのでお待ち下さい」
なんだか私もライル様につられて気分が落ち着かなくなり、とりあえず彼に飲み物を出すことにした。
「お待たせ致し…」
ハーブティを入れたカップをトレーにのせ戻れば、ライル様は、私がテーブルに置いたままの懐中時計を眺めていた。
「店主の物か?」
水色の瞳は、その懐中時計を見つめたまま。私は、ほんの一瞬返事が遅れたけれど答えた。
「はい」
「古い品のようだがずっと?」
「…何故聞くのですか?」
ライル様は、そこでやっと顔を上げ此方を向いた。
「この模様に見覚えがある。だが、どこで見たのか思い出せない」
「気のせいではないでしょうか」
鋭い視線にまたビクリと体が動きそうになったけれど、なんとか堪こらえた。
「よろしかったらどうぞ」
私は、彼の気を懐中時計からそらせたくてソファーではなく端の小さなテーブルにカップを置き、もう一つ。
「物足りないかもしれませんがよかったら召し上がってみて下さい」
チャワンムシもカップの隣に置いた。
器を見て興味がでたのか、彼は、こちらに来て椅子に座ると大きな手で器の蓋を慎重につまみ中を見て不思議そうな顔をした。
「卵とスープを混ぜ、かためたものですが、もしかしたら口に合わないかもしれません」
魚や肉、野菜を入れたスープなどはあるけれど、そもそもこの国には、だし汁と呼ぶものはない。それに、この独特な舌触りの食べ物は苦手な人もいるわよね。もちろん、私はとても好きなのだけど。卵はもちろん栄養があるし温かく軟らかいので、お腹にも優しい。
「おかわりお持ちしますね」
どうやらライル様は気に入ったようで小さな器はすぐに空になった。
「いつもすまない」
ライル様は結局チャワンムシを三つ食べた。一つは夜食にと思っていたけれど、全て彼のお腹の中に入ってしまった。
まあ、いいわ。どうせ食欲もなかったし、お客様も今日はもう来ないような気がする。
「何か?」
お茶のおかわりを出しますねと器を片付ける私の腕をライル様に掴つかまれた。
強く掴まれているわけではないので痛くはないけれど。立ち上がっている私は、彼を見下ろしている状態だ。なのに何故かしら?
逆に見下ろされている気分になる。
「先程の話だが」
「たいした事ではないので」
「客に何かされたか?」
「まさか!」
的外れな彼の言葉に、つい大きな声になってしまった。
あぁ、まだ腕は離してもらえない。
私は、普段は視線を人と合わせない。いいえ、人は苦手ではないのだけど、少し視線を外す癖がある。昔から強い視線は苦手なのよ。
そんな私だけど、諦めてライル様をちゃんと見た。
綺麗な空色の瞳。
彼が、口先だけでなく私を心配してくれているのが分かる真面目な表情。
サキコさんに聞かれた言葉を思い出した。
帰る直前にサキコさんに、何か聞きたい事はあるかしらと聞かれたので、私は何回もこの店に入る事ができる人がいると話した。
『可愛い店主さん、貴方は、その人が貴族ではなかったらどうなのかしら? あぁ、尋ね方が違うわね』
サキコさんは、そう呟き首をふり言い直した。
『貴族で騎士としてだからこそ、今の彼が存在しているのだから』
──彼の存在。
『1人の人間として彼が嫌い?』
私は…。
「本当に大丈夫です。あと、すみませんでした」
「何がだ?」
ライル様は、急に謝る私を戸惑うように見つめる。
「私は、貴族が苦手というか嫌いです。でも、貴族というくくりで判断し決めつけている私の考えは違うのかもしれないと」
平民に平気で触れ、心配し、対等に話す貴方は今まで関わった事のある貴族の人達とは違うのかも。
「相手が貴族だからと最初から嫌悪するのは間違っていたのかもしれないと思ったので」
そうだ。これでは私も見下した視線を向けてくる貴族達と同じだわ。
私も見た目で判断していた。
「この話はこれで。何かご用があったのではないのですか?」
私が何を言っても泣いた理由を話さないと思ったのか、ライル様は、ため息をつきながら私の腕を掴んでいた手をやっと離した。
「此処に寄ったのは今日、町を巡回中に肉屋の店主に貴方の事で言われたのだ」
「な、何を言われたのですか?!」
あのガーネさんの事だから、喧嘩腰に怒鳴りつけたんじゃあ。不安でしかたがない私はついカイル様に、にじり寄った。
「い、いや、こそこそしてないで本人に聞けと」
私の形相がそんなに酷いのか彼は、顎あごを引き気味に話す。
だってガーネさん、怖いもの知らずなところがあるから心配なのよ!
「貴方の事を聞き回る騎士がいると噂になっていると言われて謝りにきた。不快な思いをさせ、すまなかった」
「ふふっ」
「何が可笑しい?」
急に笑った私を見てムッとした様子のカイル様。
だって。
「すみません。なんかお互い謝って可笑しくて。じゃあ、おあいこという事で」
ああ、まだ笑えるわ。
今日、カイル様が来店してくれてよかったかも。
少し気分が上向きになった私は、カイル様に手をだした。不思議そうな彼に言った。
「もしかしたら必要な品があるかもしれませんので」
少し悩むような表情のあと大きな手が私の手に触れた。
私は目を瞑つぶり集中した。
カタン
微かに小さな音がした。
「お待ち下さい」
引き寄せらルように戸棚を開けると一番手前のとても小さな丸い硝子瓶が倒れていた。手にとりよく見た。
──これは。
私はカイル様の所へ戻り聞いた。
「…身体の具合が悪いのですか?」
「いや、何故だ?」
私は、硝子瓶を見せた。
「これは、人魚の涙と呼ばれている薬です。一日目に一つ噛まずに口の中で溶かすようにして、その後は三日後に一つ、五日後に一つ。つまり三回同じ事をするそうです」
ライル様の困惑の様子に同感だわ。
「こんな怪しい薬、信じないと思いますけど」
私だって、正直怪しむわ。
「貰おう」
「えっ?」
ライル様は、硝子瓶を掴み中光にかざし軽く揺らしながら中を見た。瓶の中には、透明な空色の丸い玉が三つ。灯りのせいか、不思議な光りを放っていた。
彼は、ふいに私を見て聞いてきた。
「何か品と交換だったか。これでどうだ?」
そう言うとライル様は、腕に着けていた細い鎖に小さな一粒の黄色の石がついたブレスレットを外し、なぜか私の腕に着けた。
「あの」
「貴方には長いな。二重になる」
いや、そこじゃないわよ。勝手に着けないで。
「そうではなくて」
「それには強い術を込めてある。売れる迄つけておくといい」
「…はい」
抵抗するのも疲れそうなので、諦めて頷いた。そんな私を見て満足そうに彼も頷く。
「こんな時間か」
ライル様につられて壁に掛かっている時計を見れば、もうすぐ9時になろうとしていた。
「夜分失礼した。また来る」
リンッー
挨拶する間もなく彼は去っていった。なんか今日は1日がとても長かったわ。
「なんか疲れちゃったわ」
私はソファーによいしょっと座り、ローテーブルにずっと置きっぱなしの懐中時計にそっと触れた。時計の文字盤の中央にはライル様が見覚えがあると言った小さな竜の模様がある。
彼は、この懐中時計に手を触れなかったので後ろに彫られている文字を知らない。
彼の家は、今はないかつての王族に厚い忠誠を誓ったと言われている家柄だ。これを見られたら何を言われるか分からないし、黙っている自信もない。
知識はいくらあっても邪魔にならないと色々な事を教えてくれたお父様。何か先を考えていたのかしら?あっこれ。
「外れない」
ライル様に強引につけられたブレスレットは、留め具を強くひっぱっても外れなかった。これ、術がかかっている。集中して視れば、うっすらと魔力を感じた。
「嫌がらせかしら?」
魔力を感じる事はできても外す術すべを知らなければ全く役に立たない。嫌いから少し良い人とかもと思ったのに。
「やっぱり貴族、いえ、ライル様は苦手だわ!」
つい彼を罵ののしった。だけど、このブレスレットが後に活躍するのをこの時の私はまだ知らないのだった。
売れた品
人魚の涙
受け取った品
外れないブレスレット
4
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