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閑話 アンディとメルセデスの出会い

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皇太子アンディが王城に戻ったのは、母が病で亡くなって2ヶ月経った後の事である。
皇后エリーザは第二子アンディを腹に宿した後に王城から生家に移動し、出産した。
出産後はしばらくの間はアンディと共に王宮に戻り育児をしていたのだが、アンディが生育のためにエリーザの生家に戻るときに彼女も同行し、その地で重い病にかかった。
そしてそのままアンディの誕生日の2週間前に息を引き取る事になる、享年33歳と言う若さであった。
エリーザの亡くなった冬は彼女を王宮へ戻る道を閉ざすように雪が振り続き、彼女の死体をこのまま腐らせるには忍びないと、エリーザは此方で埋められることになった。
その間、アンディは突然の母の死にショックを受けて亡き暮らしていたのだが、祖父であるカストロ公から、今後はここではなく王城で暮らすことになることを告げられ、彼は泣く泣く、母の形見と共に王城に戻ることになった。

「お前がアンディか?」

王城の謁見室で、玉座から声をかける男に、アンディは一礼をして、挨拶をした。

「はい、陛下。私が皇后エリーザの子、ベルク公 アンディです」
「ほぅ、エリーザ譲りの金髪と美貌だな。なるほどカストロ公が惜しむわけだ」

1人で笑う男に対して、アンディはただ震えていた。
後ろに従者達も着いてきてくれているが、王以外にも、周辺に大人達がアンディを見ている。
誰も知らない場所でこれから暮らすことになるのだと言う不安と、この父という人が、どんな人であるのかわからない。
今にも泣き出しそうな不安を抱え、アンディは王の言葉を待っていた。

「して、アンディ。お前は馬に乗るのが上手だそうだな」
「は、はい!陛下。おじいさま…、いえカストロ公に教わりましたので、馬に乗ることは好きです」
「では、お前の姉であるメルセデスに教えてやってはくれまいか、メルセデスは優秀なのだが、馬に乗ることは苦戦していてな」

王が言うと、アンディの傍に少女が近寄ってきて、挨拶をしてくれた。
若草の色のドレスに、同じ色のリボンを着けた少し年上の少女である。

「メルセデスです。初めましてアンディ」

銀髪の長い髪に、アイスブルーの瞳、顔立ちも整っているのに、ニコリとも笑っていないのだから、まるで飾られたお人形のようだとアンディは思った。

「メルセデス。これはお前の弟だ。だから、お前が宮殿内を案内なさい」
「はい、かしこまりました。陛下」

彼女はそう答えると、アンディに行きましょうと声をかけて歩き出す。
謁見室を出るまで、じろじろとアンディを見る視線は後ろから感じられていた。
謁見室から出てしまうと、ようやく窮屈な思いから解放されると、アンディはぐっとその場で伸びをした。 

「……はぁー、きんちょうした!」
「……大丈夫でしたか?」

メルセデスは、少し離れた場所でアンディを待っている。
アンディは辺りを見渡して、他に誰もいないことを確認すると、メルセデスに声をかけた。

「ねぇ、おとうさまに会うときって、いつもあんななの? なんだかよくわからない人たちがいっぱいいて、すごく怖かったよ」
「今日は特別です。貴方をお父様のみならず、我が国の主要貴族に御披露目するためにああした場を設けたのです」
「うーんと、つまりあれはあれ一回きりってことだよね?」
「挨拶はそうです。でも季節ごとの式典や諸外国からの訪問者への謁見や外交の勉強であの場に立たねばならないこともあります」
「えーーー!? 僕あんなの、あんまりしたくないんだけど!!」

唇を尖らせてそう言うアンディに、メルセデスは困ったようにたしなめる。

「したくないといっても、避けられませんよ。私たちはお父様の後に国を継がねばなりません。国民を守るためにはああいう外交も必要なのですよ」
「えー、何で? 僕はあんなかたっくるしい場でごちゃごちゃいうよりも、みんなで集まってワイワイお話しした方が楽しくない?」
「……堅苦しいとか、楽しいとかは関係ないですよ。形式上として必要なものです。それにあなたの言うような会食とは、また別の役割を持つのです」
「うーんと、……よくわからないんだけど」

アンディが困ったように笑うと、メルセデスはここで初めて怒ったように眉を寄せて、彼の顔を覗き込んだ。

「アンディは今までどんな生活を送ってきたのかしら? このままだとお父様を怒らせてしまいますよ」
「え、えーと、僕そんなに失礼なことをいったのかな?」
「えぇ、お父様が聞いたらお尻で鞭を打たれるくらいのことです」

アンディは顔を真っ青にして、メルセデスに飛び付いた。

「ごめんなさい!僕、そんなに失礼なことを言ってるとは知らなくて……。許してください」
「そんな風に私に謝られてもね…。それに、女の子にそうやって抱きつくのもどうかと思いますよ」
「ごめんなさい。怒られたあとは、いつもおかあさまにこうした慰めて貰っていたから……」

メルセデスはため息をつくと、アンディの背におそるおそる手を伸ばして撫でてやった。
スンスンと鼻を鳴らすアンディの声を聞きながら、一つ気になったことを尋ねてみる。

「アンディは今年でいくつになりましたか?」
「僕は12です」
「12歳、ですか……」

メルセデスの知る12歳ぐらいの知り合いにはこんなに子供っぽい人はいない。
大きな赤ちゃんだなと思いながらも、生前の母の言葉をメルセデスは思い出す。
まだ赤ちゃんのアンディを抱きながら、エリーザはメルセデスに言ったのだ。

「この子はこれから、貴方と離れて暮らすことになるけれど、いつかあった時には弟として可愛がってあげてね」

メルセデスは母の言葉を思い出しながら、こうして抱きついて甘えるアンディに、クスリと笑う。

「……あの頃と何もかわらないわね」
「……あの頃っていつのこと?」

そっと顔を見上げてくるアンディに、メルセデスは優しい気持ちを覚える。

「私はあなたが赤ちゃんの頃にあったことがあるんですよ。あなたはお母様に抱かれてスヤスヤ寝ていたんです」
「えっ、本当に?僕はおねえさまのことを全然覚えてないけど……」
「それはそうでしょう。あなたは赤ちゃんだったんですから、では、あなたの住むおうちに着くまでにお話しましょうか」
「やったー!ありがとうおねえさま!」

嬉しそうに抱きつくアンディと連れ添ってメルセデスは歩き出す。
その側を通りすぎた女官達は、中の良さそうな姉弟に笑みをこぼして通りすぎていった。
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