神の人形師

みや いちう

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神の人形師

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「ソフィーお姉様!! 早く早く!!」
  それはある穏やかな昼下がり、日のあたる自室でちくちくと裁縫に励んでいる私を、妹が無理やり外へ連れ出した事から始まった。妹のエリザはぐいぐい私の腕を引っ張って、前庭を越えいずこへか連れ出そうとする。ああ、なんてこと! もうすぐ人形好きの彼女に贈るクロス・ドールを縫いあげようとしていたのに。――それは不器用な私らしく、目玉は飛び出し、綿が腹からにょきにょきはみでた哀れな人形だったが。やがて私は馬車に押し込まれ、エリザも続いた。馬丁が馬を叩き車輪が回る。
 「お姉様ったらどうしてもっとはしゃがないの? ついにこの街にも来たのよ! ビスクドールの<神の人形師>ロント兄弟が!」
  エリザがそう言って一枚の紙を私の顔面に押し当てた。息が出来ない。ぱっと外されてちらしを読んでみると、ふむふむなるほど。  
 何でもこのロント兄弟は十年前よりビスクドール作りを始め、今ではこのヨークブリタン大陸中の令嬢にファンがいるとか。その人形の精巧さはまさに<神の与えたもうたギフト>。あんまり本物のようなので怖いくらいだと批評家も舌を巻くと書いてある。ちらしにはそのビスクドールのイラストが載っていた。金の縦髪ロールに新雪の肌、朱の唇。今貴族の間で流行っている、薄い羽根のような軽やかなドレスを纏いにこやかに笑んでいる。 
 確かにそれは、目を疑う程美しかった。――しかし私はどうもいい気はしなかった。この人形が、ぎょろりとした眼でこちらを射ぬき、夜な夜な動き回ったらどうしよう。そんな不安をよそに、エリザはうきうきした顔で、市街地にある金塗りのホールの姿を今か今かと待ち望んでいた。
  ホールまでは十五分とかからなかった。馬車を降りるとすぐに同じようにレースをあしらった色鮮やかなドレスが入り口に詰め込まれていて、
 (乙女の考える事は皆同じなんだな)
と思わざるをえなかった。
  その乙女の大群の一人、華やかな顔立ちをした知人のシャルロットが、私達を認め声をかけてきた。
 「あーらごきげんよう。あなた方もいらしてたの?」
 「当然よ!」
  エリザが鼻息も荒くまくしたてる。
 「全ヨークブリタンの乙女が憧れるというロント兄弟のビスクドール即売会よ! それもロント兄弟はかなりの美形って話じゃない!一目見なくちゃ夜も眠れないわ! はあはあ」
  ここでシャルロットがくすりと憫笑をもらした。
 「でも、あなた方にあれが買えて? 一体五百マルケスはするって話よ」
 「うっ」
  エリザは途端に苦い顔になる。
 「そ、それはそうだけど……」
 「その点、実業家出で爵位を下賜された私の家みたいなのは便利ね。ま、二十体程買って、飽きたら一体さしあげるわ。では、ごきげんようおーほほほほほ」
 「ぐっぐぬおおおおおお」
  悔しさを滲ませる妹のその肩へ、私はぽんと手を乗せる。
 「エリザ、腐っても貴族の令嬢が、盗賊の頭みたいな声をあげちゃいけないよ」
  そうなだめてから、私は内心乗り気ではなかったが、可愛いエリザの為にちょっと媚態を繕ってみた。
 「さ、中に行こうエリザ。私も本当は見てみたかったんだ」
 「でしょう!? お姉様もやっぱりご覧になりたかったでしょう!?」
  エリザは途端に花の咲くように笑顔になり、私の腕をぐいぐい引っ張って中へ連れ出した。
 (全く、私の妹は世界一可愛いかもしれんな)
などと姉馬鹿な事を考える私の前に、ケースに入れられた美しいビスクドールが数百と現れた。
 「わあ……!」
  エリザも私も思わず息を呑んだ。その人形には触れる事は出来ないが、それでも伝わってくるはっとするような肌の色つや、きめ細やかさ、朱の口唇、金の柔らかな髪。
 「なんて美しいんでしょう!」
  エリザなどは涙を浮かべていた。
このビスクドールの即売会では、どうやら美形と名高いロント兄弟も来ているらしい。乙女達が円を描くように飾られたビスクドールの中心に熱い視線を送っている。そこには白いシャツに焦げ茶のズボンを纏った、背の高い二人の男が、貴族の当主らしい人物とそのおそらくは令嬢と歓談していた。
 「お姉様! ご覧遊ばせ! あれがロント兄弟よ! なんて美しいんでしょう」
 「ほお」
  私はフクロウのような声を漏らして、若き青年達の姿を注視した。一人は長い銀髪に白い面、その上に笑みを浮かべ、黒髪の方は整った顔だが無愛想なのが面に出ている。
 (まあ、確かに美形には違いないが……)
  私がしげしげと眺めていると、銀髪の方が急にこちらへ顔を向けぺこりと頭を下げた。
 「むう……」
  それに冷たい一瞥を送り、再び人形を見ていると、いつの間にやらシャルロットが背後にやってきていた。
 「ぬふ、ぬふふふ」
  どうやら何かいい事があったらしい。形のいい鼻の穴が膨らんでいる。
 「ふふっお聞きなさいシャンディーヌ伯爵姉妹よ! 私、ロント兄弟をお茶会にお招きしたの!どう? 羨ましいでしょう?」
 「へ?」
  私があっけにとられていると、隣のエリザがきいいいと拳を震わせた。
 「はいはいそうです羨ましいです! そしてどうせあれでしょう? このお茶会は人数限定なんだ、などと言って私達を誘わない気でしょう!」
 「大当たりー! あなた方って身分は高いけれどどうせビスクドールの一体も買えない斜陽族なのでしょう? せいぜい悔しがって、シーツでも噛んでなさいよおほほほほ」
 「ぐぬうううシャルロットあんたって奴はー!!」
 「静まれエリザ。静まりたまえー!!」
  涙目でシャルロットに殴りかからんとするエリザを、背後から絡め取った時、ふいに嫌な匂いが漂ってきた。
 (何だこの匂い……鉄? いや……)
 「まあまあ」
  突然間に入ってきたのはなんとロント兄弟であった。
 「お美しくお優しいシャルロット嬢、ぜひこの高雅な方達もお茶会に招いて下さいませ。僕は様々な方とお会いし意見を伺いたいから。ねえジュリアス」
 「はあ、フランシス兄様」
  ははあ、銀髪の方が兄のフランシスで、黒髪の弟はジュリアスというのか……。
 「まあ、嬉しいこと!!」
  私がなんとなく頷いているかたわらで、エリザははしゃぎ、シャルロットが今度はきいいと歯がみしていた。

  そうして三日後、シャルロットのカントリーハウスでお茶会が催された。確かに彼女が言ったように、茶会は人数を絞ったらしく、薔薇咲く広い庭園に、華美なドレスの女が数人程しか見えない。我が妹エリザはというと、白いテーブルで、シャルロットと押し合いへしあいしながらロント兄弟の身の上を聞いている。その声はテラスを眼の端にのぞむ少し離れた木陰のこちらまで届く。と言っても話しているのは兄のフランシスばかりだが。
 「僕達は先の大戦で父母と、そして妹を亡くしました。父の愛した人形達も、全部燃え尽きてしまって。孤児になり、人形職人だった父の見よう見まねでビスクドールを作るようになって、苦労もしましたがなんとかここまでやってこられました」
 「「まあ、何てお偉いんでしょう」」
  エリザとシャルロットが同時に同じセリフを言い、またぐぬぬと眼で火花を散らす。
  と、その時、ジュリアスといったか、そっちの方が
「失礼」
  と席をたち、こちらへ近づいてくる気配がした。
 (まずい、木陰の方に来るなんて立ちシ○ ンかっ)
  と慌てたが、そうではなかった。木陰で隠れて見ていると、どうやらロケットの写真を見つめているようだ。なんとなく出づらい雰囲気であり、
 (早く席に戻れ―)
と念じていた私だったが不覚。ぱきり。足元の小枝を踏んでしまった。
 「誰だっ」
  思いがけない怒声に、私は気まずそうに木陰より姿を現す。
 「あんたも物好きな女だ。隠れて俺達のひみつでも探ろうとしたか?」
 「いや立ちシ○ ンかと思ったから」
 「……お前モテないだろ」
 「うむ」
  私がやけに品格を保って頷くのに、ジュリアスはぷっと吹き出した。
 「あはは、変な女だ。貴族のくせに。立ちシ○ ンなど……それに口調も変だし。くく」
  ジュリアスの笑いがしばらくとまらないのに、私はなんだか悔しい気もして、
 「ふん、私は他の貴族令嬢みたいにお行儀のよいお飾り人形になりたくないのだ。黙っておれ。お前こそ、こっそりロケットなど持ちおって。あれか? 女の写真か?」
と嫌みの一つも言った。するとジュリアスは急に真剣な顔になり、
 「いや」
と首を振った。
 「先の大戦で死んだ、妹の写真だ」
 「……そうか、すまなかった」
  私の顔がよほど沈んで見えたのか、ジュリアスは自嘲に近い調子で言った。
 「すまなかった、か。貴族としてちやほやされて育ったあんたに、戦争孤児の痛みが分かるのか。飢えのあまり雨水を飲んだ事など、ないだろう」
  彼の目は烏のように鋭く、うつろであった。私はちょっと黙ってから、つとめて静かな顔でこう返した。
 「私はあの戦争で父を失った」
 「……!」
  ジュリアスの表情が変わった。だが私はさして気にもとめない。
 「本が好きな、気の弱い、優しい父だった。だが貴族というだけで陸軍大佐という地位につけられ、そして遠い地で、死んだ。ひどい死に方だったらしい。遺品は家族写真の入ったロケットだけだった」
 「あんた……」
 「残されたのは病身の母と先々代の借金でな。今は私達姉妹が少ない国の援助と内職をしてなんとか屋敷を保っている。古い屋敷だが、父との思い出が詰まっているのでな」
  ジュリアスはつと黙った後、私から顔を背け、「すまなかった」と早口で告げた。
 「知らなかった。お前達も、ぬくぬくと育った、飢えも知らない、幸せ者の貴族なのか……と……」
 「ふん、存外素直なんだな」
  私が笑うと、ジュリアスは真っ赤になった。そのまま彼は面を見せず、私へ忠告をした。
 「それより早く戻れ。お前の妹が兄様の毒牙にかかるかもしれんぞ」
 「おお、エリザは無類の面喰いだからな。早々に退散するよ」
  こうして私はテラスに戻り、茶会はつつがなく終わった。

  これでしばらくはエリザも大人しくしているかと思ったが、それから一週間後――。
 「きいいいいいいいいいいお姉様聞いて!!」
 「どうした?」
  私が日のあたるテラスでちくちく編み物をしていると、再びエリザがこちらへ猛スピードで走り込んできた。
 「これ、貴族の娘が裾を摘まんで走り込んでくるなんてお下品ですよ」
 「だって、あのシャルロットがロント兄弟のアトリエに招かれたっていうのよ!」
 「アトリエ?」
  私は片眉を吊り上げる。
 「それはどこだ?」
 「さあ、知らないわ。貴族令嬢の間でも秘密で一握りしか知らないんですって。ああ、それにしたって悔しい!」
  私はふっとはにかんで編み物の手を止める。
 「いいんじゃないかエリザ。どうせ結婚する訳じゃないんだし」
  はっ
 そうまで言って、私は慌てて口をつぐんだ。貴族の娘というものは、同等の貴族か陸海軍のエリートに嫁いで生涯おっとりとお飾り人形になるのがならわしだ。――そう、まるでビスクドールのように。母もそうだった。私はそうはなりたくないと思っていた。だから口調を変え化粧もしなかった。けれど――。私は手元の内職人形を見やる。ふいにジュリアスの言葉を思い出す。
 (ちやほやされた貴族の……か。私とした事があいつの事を言えないじゃないか)
  しかしエリザは気落ちする私の様子にも気付かず、ぎゃーぴー騒いでいる。
 「それでも嫌なの! 私、フランシス様の大ファンなんだもの!」
 「はいはい。あんたが傷つかない程度に火遊びなさいな。姉様はタウンに行きます。馬車を呼んで頂戴」
  途端にエリザの顔が曇る。
 「何をしに行かれるの?」
 「え? この内職の人形を売りにだけど?」
 「それ、内臓出てますわよ?」
 「大丈夫。みんな新手のビスクドールだと思って買ってくれるさ」
 「無・理・で・す。もう、私も行きますわ」
  そうして侍女に馬車を呼びに行かせるエリザに、私はなんとなく声をかけた。
 「エリザ、火遊びもいいけれど、あんまりあの兄弟に深入りするんじゃないよ」
 「え?」
  聞こえなかったのか、エリザはそのまま行ってしまう。だが私の先日の光景を思い出し不安を膨らませる一方だった。
 (孤児の気持ちなんか――)
  ああ言った時の、あのジュリアスという男の目。
 (まるで不吉を運ぶ烏のようだった)
  悪い奴ではない――。そうは思いながらも、あの眼がなんとなく、恐ろしかった。

  タウンに出て泣きわめくおもちゃ売りに無理やりはらわたのはみでた人形を売り飛ばし、私とエリザはカフェに入った。三日三晩内職した人形は大した金にならず、二人して安い茶葉のしけた紅茶を飲む。
 「……おや」
  その時エリザの背後で、ふいに男の声が聞こえた。
 「もしやあの時の?」
 「ジュリアス様!!」
  我々の前に、黒髪の美しいジュリアスがたまたま通りすがったのだ。
  私達はあいた席に彼を迎え、彼の為にコーヒーを注文した。
 「こいつを見てくれ。これをどう思う?」
  私が魂込めて作った人形(エリザ曰くはらわた人形)を見せると、ジュリアスはしばし腹をおさえてもだえていた。
  話しこんでいるうちに、エリザが「失礼」と化粧室へ向かった。その折、ジュリアスがぽつりと尋ねる。
 「なあ、この人形のモデルはもしかして妹なのか?」
 「そうだ。私の何にかえても惜しくない、世界一可愛い妹だ。」
 「ふうん……」
  ジュリアスは何度か頷いた後、
 「大事にしろよ。俺は嫌いじゃないぜ。このはらわた人形」
  私は微笑み、ふいに話題を転じた。
 「ところでジュリアスよ、シャルロットはどうなった?」
 「え?」
  そこで突然空気が変わる。ジュリアスは無表情な人形のようになり、ただうつろな目でこちらを見据えた。
 「……どうして、それを?」
 「いや、お前らのアトリエに行ったと風の噂で聞いたものだから。どうなんだ?」
 私が慌てて付け加えるたが、ジュリアスの顔に変化はなかった。その紅い唇が動いた。
 「……ああ、今ごろ兄様がデッサンをとっているよ。何でもあの女、自分そっくりの人形が欲しいと言っているそうだから」
 「はは、ナルシストのシャルロットらしい」
  じゃあ俺は行くから、とジュリアスが席を立った時。
  カラン
 彼のロケットペンダントが外れ床に落ちた。私が不躾ながらも腰を落とし拾ってやる。
 「ん?」
  その中に映っていたのは、エリザそっくりの少女であった。美しい大きな瞳に、高い鼻梁。愛らしい口元。ペンダントをひったくるようにして、ジュリアスが私の手の平からそれを奪った。
 「ああすまなかった。じゃあまたな」
  ジュリアスが去って後、戻ってきた私はエリザに、
 「エリザ、お前一人での写真を撮られた事はあったかい?」
と問うた。
 「? ないわよ、お姉様」
  朗らかな返答がすぐに返ってきた。なぜか不吉な予感が、この胸をよぎった。

 「姉様! 姉様起きて!」
  次の日、朝も早くに私は愛する妹に叩き起こされた。
 「どうしたんだい、エリザ」
 「それがメイドがね、シャルロット様がお見えになっていますと言うの。あの女はむかつくしくずだしごみだけど、子爵家の娘をいつまでも門前に立たせる訳にはいかないわ。一緒にお出迎えして」
 「はいはい」
  私はすぐに身じまいをし、テラスに紅茶を用意させ、妹とシャルロットを待った。
 「おはよう、二人とも」
  シャルロットはいつもの華やかな笑みを浮かべていた。
 (アトリエに行って、何かあったのかと思ったが……)
  シャルロットは声も顔も変わらず、エリザと歓談していた。
 (それも杞憂か……)
  と、急にシャルロットが立ちあがった。
 「あら、シャルロットどちらに行くの?」
 「トイレよ」
  まあ、とエリザが眼を見開く。
 「あなたが化粧を直すと言わないでトイレに行くと言うなんて、珍しいことね。それにトイレはそちらじゃないわ。散々我が家に来ているじゃないの」
  するとシャルロットは突如冷たい顔つきになった。
 「……ああ、じゃあいいわ」
 「よろしいの?」
  次にはまた妙な動作が眼についた。
  ボチャン ボチャン
 彼女は狂ったように角砂糖を紅茶に入れ始めたのだ。それもティーが溢れる程。
 「シャルロット、お前そんなに甘党だったかい?」
 「ええ、そうよ」
  それを見ていた私の不安はますます大きくなる。シャルロットは体型を気にして甘いものは一切取らない。トイレとも貴族の矜持にかけて絶対に言わない。ドレスの好みも違う。以前はデコルテの開いたものは一切着ていなかったはずだ。私はずずっとシャルロットが紅茶を啜る音を聞きながら、ぽつりと、尋ねた。
 「お前、本当にシャルロットかい?」
シャルロットは瞬時に首をひねり、烏のような眼で私を射た。
 「失礼するわ」
 「え? あ、シャルロット?」
  シャルロットが立ちあがって外へ向かっていくのを、エリザが慌てて追いかけた。
 (何か、何か妙だ)
  胸騒ぎがする。
 (やはりエリザに言おう。もうあの兄弟にも、シャルロットに近づくのもやめろと)
  そう決断したのはよかったが、いつまで経ってもエリザは帰ってこなかった。すぐにエリザについていた侍女を呼び出し、問う。
 「エリザはどこに行ったのだい」
  侍女はなんら悪びれず言った。
 「お嬢様なら、シャルロット様にロント兄弟のアトリエを見せてあげると言われて連れていかれたみたいですよ」
 「なっ」
  私は侍女の言葉を聞くなり顔面蒼白になり、
 「早く! 馬車を呼んで頂戴! 早馬を飛ばして!」
  急いで馬の用意をさせた。
 (まずい! シャルロットが既にあいつらの何らかの罠にかかっているとしたら、次はエリザが妙な事に巻きこまれる番だ!)
 「とにかく早く貴族の令嬢を回って、あいつらのアトリエを探しだすのだ!!」
  しかし彼らのアトリエを知る者はなかなか見つからない。私の焦燥はピークに達し、石畳に倒れそうになる。
 (エリザ、エリザ無事でいて……)
  そんな中、「おい!」
  と住宅街の真ん中で青い顔をしている私に、声をかけた者があった。
 「ジュリアス、お前……」
 「妹を探しているんだろう。ついてこい」
  ジュリアスは私の手をとると、馬に乗せ、ひたすらに道を急いだ。
 「エッセーヌ城だ。そこを俺達は仮のアトリエにしている」
  ジュリアスは暗欝な表情でそう告げた。城は目前に迫っていた。
  松明の灯る郊外の古城に着くと、すぐに私達は二手に分かれ暗い部屋をめぐった。
 「! いた」
  その中の一室、ドアの隙間から部屋の中が窺えた。エリザが石畳に横たわっている。鍵をねじ開けようとするもなかなかうまくいかない。隙間から見えるエリザはぴくりとも動かない。気絶させられているのだろうか。そこは薄暗い地下室で、ランプが一つ橙の色に灯っていた。そしてその中にところせましと置かれているのは、
 「ビスク、ドール?」
  エリザが眼を覚ました。
 「そうだよ、おはようエリザ」
  フランシスの喜々とした声が聞こえる。その顔はもはや魔物めいて見えたのか、エリザが「きゃっ」と悲鳴をあげる。
 「あなた、一体!!」
 「ああ、静かにしたまえ。僕の新しいビスクドールよ」
 「なっ何ですって!」
  エリザの顔が険しくなる。
 「僕のビスクドールは美しいだろう?  君もその仲間になるんだ」
 「えっひいっ」
  呆然としていたエリザが悲鳴をあげた。彼の周りを囲む数百に及ぶビスクドールが一歩、歩を進めた気配がしたのだ。
 「僕は妹を大戦で亡くしてから、黒魔術にはまりこんだ。そして見つけたのさ。戦争で死んだ娘達の魂を、生きた女の体内にいれて、代わりに今まで貴族として優遇されのうのうと生きてきた貴顕のご令嬢には、お人形になってもらう方法をね!」
 「なっ」
  エリザがよろけながらも立ちあがり、逃げようとするのを強い腕が捉えた。既に別の娘と化したシャルロットの腕であった。
 「シャルロット! まさか、あなたも」
 「そうだよエリザ嬢。君は僕らの失った妹そっくりだ。君を人形にして、妹をその身体に乗っ取らせるのさ! さあ、また気絶させろシャルロット!」
  シャルロットの白いハンカチがエリザに近づいてくる。
 「いやっ助けてお姉様っ」
 「まずい! エリザっ」
  ばきいっと、私は助走をつけドアをとび蹴りで壊した。
 「全てドアの外から聞いたぞフランシス! 私の妹を返してもらおう! そしてシャルロットもだ!」
 「くく」
  フランシスはたまりかねたように笑った。
 「無駄だよ、シャルロットは既にお人形と化している。ほら」
 「きゃああああ」
  エリザが悲鳴をあげてこの胸に飛び込んだ。彼の掴んだ人形はまさにシャルロットそっくりだった。彼女は既にのっとられてしまって
 いたのだ。フランシスは満足そうに笑み、叫ぶ。
 「さあ行け! 我が人形達よ! 僕らの正体を知った者はみな、殺して皮膚を裂き、唇を盗み人形の一部にするならわしだ!」
  膝丈の人形達が一斉にこちらへ向かってくる。エリザを後ろに下がらせ、私は思い切り、近くにあった人形の首を蹴飛ばした。首は実によく飛んだ。
 「なっなにいっ」
 「ふん、ちょろいな」
  これに遅れてやってきたジュリアスも混ざって、人形達の首を蹴飛ばし、たたき折る。
 「なっジュリアス裏切ったのか! そしてそこの女はなぜそうまで強いんだ!?」
  慌てふためくフランシスへ、私は威儀を正して告げる。
 「私はお前達と同じように、かつて戦争で父を失った。もう、家族を失うのは嫌なのだ。失ったものは、二度と帰ってこないからだ。お前達だって、本当は分かっているだろうに。こんな事をしても妹は帰ってこないと!」
 「っうるさい!ってぎゃあっ」
  ばーんと、私の蹴飛ばした人形の首がフランシスの顔面にぶつかる。人形達はふいに立ち止まる。
 「なっ何をしている! 早くあいつらを殺っ」
 「コロス?」
 「ワタシタチヲ」
 「コロシタノハダレ?」
 「ソレハ」
  ずるり 首だけになったシャルロットのブロンドがフランシスの首に絡みつく。
 「オマエダ!!!」
 「うわあああああああああああああ」
  次の瞬間、ビスクドール達が一斉にフランシスへと襲いかかった。
 「ぎゃあっ助けてくれっぎゃああ」
 「今だ! 逃げろっ」
  ジュリアスの先導で、私達は古城の中をゆき、なんとか出口に辿りつく事が出来た。
 「ありがとうジュリアス、さあ、お前も一緒に」
 「俺はもう、行けない」
  私は彼の足元を見た。その足を無数のビスクドールがびったりと掴んでいる。
 「俺も兄様と共に、多くの人間を人形に変え、殺した。お前の言った通りだ。失ったものは二度と帰ってこない。俺はそれを失わせた。その罪を、払わねばならん」
 「ジュリアス……だが!!」
 「お前の作る人形、好きだったよ」
  ジュリアスが松明を倒すと、火は一気に燃え上がり城を包んだ。おそらく彼は城に入ってからこうなる事を予見して、オイルをまいておいたのだろう。ジュリアス! という叫びもむなしく全てが燃え盛っていく。妹を蘇生させようとした人間も、戦で死んだ少女の代わりに、人形とされた女の無念も――。
 「ジュリアス……」
 「お姉様……」
  私は城から遠ざかる馬車の中で、ぎゅっとエリザの肩を抱いた。

  それから半年後――。
 「ねえお姉様、変じゃないこと? このドレス」
  美しい深紅のドレスを纏ったエリザが、私の部屋へやってくる。
 「いいや、とても綺麗だよエリザ。今日の舞踏会でも一等だろうよ」
  私達は身じまいを整えて、夜ごと舞踏会に行く。やがて爵位ある男に見染められて結婚する。そして私達はいつしか変えられてしまうのだ。命ある美しい人形に。
 「さあ、行こうかエリザ」
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