悪戻のロゼアラ

yumina

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トワ 二周目 2

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「よ、姫さん」
 俺をこんな風に呼ぶのはラゼルの友人、伯爵家次男タレ目のアハトしかいない。
 午前の授業を終えて食堂へ行く時間だ。俺は昼食を断るいい理由もなくラゼルとずっと一緒に食べていた。
 図書室でうっかり口走った叫びを問題視されて、学院側から風紀を乱すような発言を慎めとこってり絞られたのは昨日の朝イチ。その日の昼食時にラゼルには言葉を間違ったこと、騒がしてしまったことを謝罪した。ラゼルは黙って頷いただけで俺の言動を追求する事は無かった。後はいつものように気まずい食事を始めた。
 今日はその翌日。
 机の上のものを片付けて立ち上がったところに、教室の出入り口からこちらを覗くアハト・イーバークに呼ばれたのだ。
「ラゼルからの伝言。しばらく一緒に昼は無理になった。すまない、って」
「あ、ああ、そう。相変わらず忙しいんだね。わざわざ伝えにきてくれてありがとう」
 人を使うなんて珍しいな。なんでも自分でやろうとするのに。
「でさ、姫さん。せっかくだし今日は俺と昼メシ一緒にしない?」
 ラゼルの友人は人懐こい笑顔で俺をそう誘った。

        ※ ※ ※ ※

「外で食うのもいいもんだねぇ。俺もこれからたまに外で食おうかな。あ、ここ以外でだから安心して姫さん」
 ここは学院の庭園の外れ。目的も無くここへ来る人間はいないから一人で静かに寛ぐ事ができる最近の俺のお気に入りの場所だ。二人してベンチに座ってもぐもぐと食堂に併設されたカフェテリアで包んでもらった軽食を食べている。
 俺がここを希望した。
 食堂へ誰かと連れ立って行くとまたおかしな噂をされそうだったから用心。
 本当はお誘い自体断れば良かったんだけど、前回を通しても俺に関わろうとしなかったアハトの思いがけない誘いに驚いてしまったせいで断るタイミングを無くしちゃったという…。
 アハトはラゼルと友達付き合いをしてるだけあって立ち回りが上手くて視野も広い。以前の俺にも物怖じせずに接していたけど、引き際を心得ているからか付き合いやすい人物であったことは確か。
「そろそろ姫って呼ぶのやめて欲しいかな」
「じゃあトワちゃん?」
 家名はどこへ行った。
「トワでいいよ」
「じゃあ俺のことはアハトでよろしくな、トワっち」
 ち?
「お前のこと呼び捨てたらいらん火の粉が降りかかるだろ? 俺、面倒ごとキライだな」
 こんなノリだから、警戒を緩めちゃうんだろうな。

 と、思ってたんだけど。
「なぁさ。トワっち、あいつの事もう冷めちゃったの?」
 直球投げられたよ。
「な、なんでそんな事聞くんだよ…」
 昼ご飯中の話題として不適切じゃないか。もっと当たり障りない天気の話とかしようよ。
「意外っていうか。お前ら両想いだったじゃん」
「いつ? そんな瞬間あった?」
 少なくとも第三者からは俺の一方通行でしかなかったはずだ。
「えー、この学院に入って来た時からあいつと友達付き合いしてるけど、トワっちの事大切にしてただろ」
「そうか…な?」
 そんな心当たりは無いと思う。
「ほら~、トワっち、一回生の時、あいつに接近して来た三回生だった留学生のオメガ先輩でやらかしたじゃん?」
「あ~、あの時の…」
 記憶に新しい。
 入学当初、当時の三回生は不遇の学年と言われていた。
 本来第一王子ハール殿下と同級の彼ら。この学院で家の為将来のためにお近づきになりたかっただろう。しかしハール殿下は伝統を破り学院生にはならず王宮に閉じこもりっぱなしだ。つまりその学年の先輩達はご学友になり損ねた。
 そこで王弟の子息、ラゼルへと色気を出したわけだ。
 ハール殿下の覚えがめでたければ卒業後、家を含んで重用されるかもと算段していた彼らはきっと肩透かしを食らった筈。そこへ王弟の子供のラゼルが入学。王家へ顔を繋ぐ意味ではラゼルもハール殿下と同等の価値がある。
 上手く取り入れば甘い汁が吸えると下心満載の先輩達がラゼルに群がった。
 立場上か強く出ないラゼルを他所に俺はじゃんじゃん噛みついたよ。毎日のように湧いてくる夢見がちな先輩達に現実を教えた。その中にそのオメガ先輩は居た。色仕掛けでラゼルを籠絡しようとしたから、その他大勢と十把一絡げに薙ぎ払った。
 その事については今でも微塵も悪いとは思ってないし後悔もない。だってラゼルを困らせる奴になんの情けをかける必要があるんだ。…困らせるっていうなら俺はその筆頭だったわけだけど。
 でもこのオメガ先輩、他とはちょっと毛色が変わってた。ラゼルの家柄に惹かれたと言うよりラゼル自身に興味があったみたい。
 俺は周りの状況を利用して、顔繋ぎ目当ての先輩達と同じようにラゼルの前から退しりぞけた。
 アルファがモテるのは知ってたけど、いざこの目で実際に見ちゃうと穏やかじゃなくなったんだ。
 のちに俺は、この先輩がきっかけでラゼルに秋波を送るその他諸々の存在に気が立ち、必要以上にきつい仕打ちで追い込みをかけて悪評を轟かせる事になったのは別の話かな。
 それからはまぁ、ご存知の通り。ラゼルに集るハエどもをこれでもかと言うくらい痛い目に合わせて撃退していった。
「あの先輩ね、実はお隣の王家筋の人だったんだって。トワっちが騒動起こした後に奔走してたあいつにこっそり聞き出したんだよね。なんでお前が尻拭いしないといけないのかって。問題を起こしたのは姫さんなのにって不思議に思ってたんだよ。ヴァレリアが起こした問題なら本人に処理させるのが筋だろって、なのに何でお前が頭下げてんのかって。そしたら教えてくれた」
「頭を下げた?」
 思いもよらない言葉。
「向こうは大変ご立腹でさ、国際問題に発展しそうな勢いだったんだけど、そこをとりなしたのがあいつ。陛下と親父さんに頭を下げて今回のことでお前に処分が行かない様、働きかけたんだよ。とばっちりを食ったのはあいつなのにな。そんな事は知らないんだろうけどその後もお前に同じ様な事繰り返されては相手に頭を下げて穏便に済ませてたんだ。大公家の子息に頭を下げられたらよっぽどじゃなきゃ許さないわけないよな。ラゼルはそういうところアルファだしプライド高そうなのに、お前のためになら頭を下げれるんだーって感心した。そんでそんな事させるなんてよっぽどお前に惚れてるんだろうな~ってさ」
「………」
 やっぱり守られていた。
 フリュウが何気なく思い至ったラゼルの俺への根回しを、アハトが裏付けてくれた。
 それなのに俺は。
 ラゼルは黙ってやり過ごす事で寄ってくる人間を撥ねつけていたのに、それを俺が引っ掻き回して事態をややこしくした。ラゼルにしてみればありがた迷惑だ。俺は当時どうしてこんな簡単な事も想像できなかったのだろう。
 ラゼルの為だと独りよがりな正義を振り翳して得意になっていた。
「まぁ、トワっちに対する態度は褒められたもんじゃなかったよな。守ってやるならやるで意思表示すればいいのにそれもしないし、かと言ってお前を叱るわけでも遠ざけるわけでもなく、見てるこっちがヤキモキした。あいつがなんでそんな面倒くさい事をしてるかさっぱりわからんけど、なにか事情があったのかなぁ。今はびっくりするくらいわかりやすくなってるな」
 確かにラゼルの方から俺に会いに来てくれるなんて無かった。けど、心境の変化かと言われればそれもまた謎なんだよね。なにせ以前の俺は隙あらばラゼルを追いかけ回していたから、ラゼルが俺に対して何か行動を起こすような機会が皆無だったと思う。
 もしその時に俺がラゼルを追う事を控えていたら、ラゼルの方から何かあったのかな? 今となっては答えのわからない問いだけど。
「それなのにさ、今度はトワっちの方が心変わりなんてさ。上手くいかないもんだね~」
 アハトはお手上げというように軽く両手をあげた。
「最近、トワっち全然あいつにまとわりつかなくなったし、他の奴とつるんでさぁ。デートしたんだって?」
 休日のフリュウとの噂は学院に既に蔓延している。なんで話題になってるんだろう。大人しく生きていこうと決めて静かに暮らしているはずなのに、ラゼルとの図書室の一件といい、以前と変わらないくらい学院を賑わせてないか、俺。
「してないよ」
 それでもデートの話は否定しておく。これ以上トラブルメーカー認定されるのは心外だもん。
「それにしてもお前があいつ以外を側に居させるのって珍しいじゃん。俺がいう事でもないけどなんかがっかりしたな~。トワっちの愛ってその程度かって」
 ため息吐かれた!
「酷いよな。あんなになりふり構わず追いかけまわしてたのに手のひら返したみたいに冷めちゃって。そりゃあいつの方にも問題はあったけどさ、あいつの友達としては面白くないわけ。あんだけ引っ掻き回しといて、ちょっと自分に気のある奴が現れた途端熱冷ますって。どんだけ勝手なのよ」
 反論したかったけど、ある意味事実なのでグッと我慢。フリュウ云々の事はともかく、俺にだって我が子に殺されたくないって言う切実な事情があってのことなんだけど、誰にもわかってもらえないし黙ってるしかない。
「って、俺だってお前のことあれこれ言う権利ないんだけどな。悪い! けどさ、どんなに迷惑かけてもラゼル好き好き~ってやってた頃の『お姫様』の方が好感持てたなって話」
 踏み込みすぎた事に気がついたみたいにアハトは肩をすくめて話を打ち切った。
 事なかれ主義らしきアハトの信条に反する弁。ラゼルの友人として見過ごせず、俺に一言言っておきたかったんだろうな。それがわかるから俺はただただ耳を傾けるしかなかった。


「トワ、お前ぇ、浮気してんじゃねーよ」
 重苦しい空気を読まない罵声。背中に圧力を感じて振り返るとそこにはフリュウの姿。腕を組んで仁王立ちだ。
「サラバンドじゃん。トワっち探しにきたの?」
 サラバンドってフリュウの家名。確か母方の姓。みんな転入生としか呼ばないし、周りに馴染んだ頃にはフリュウと名前を呼び捨てで呼ばれてたからいつ聞いても耳に新鮮。
 アハトがトワっちと口にした瞬間フリュウがさらに眉を逆立てる。
「この尻軽オメガ」
 そして何故か俺がジト目で罵られる。
「ちょっと⁈ 聞き捨てならないんだけど! それに誰が浮気だ!」
 人聞きの悪い事言うな!
「イーバーク、こいつは俺が手を出してる最中だ。横からしゃしゃり出てくんじゃねぇよ」
 フリュウは凄むけど、アハトは意に介さない。
「あ、そういうのはアルファ同士でよろしくな! じゃ、トワッち、俺もう行くわ。さっきの話、俺がしたってあいつには内緒な!」
 片手を上げて飄々と笑ってこの場から退散した。ほんと立ち回り上手い奴。

「お前ら破局したんだって?」
 一転して機嫌の良さそうなフリュウ。さっきまでの威圧的な雰囲気は無い。アハトを追い払いたくてあんな登場の仕方したのかな? 当たり前のように俺の横に座っている。
「何も始まっても無いのに破局と言われてもね」
「もうあいつとは子作りしないって言ったんだってな。やっぱりお前らってそういう関係だったんだな。この嘘つきめ。でも俺は心が広い。お前が新品じゃなくても構わねぇよ」
 なにドヤ顔してとんでもないこと言ってんの。
「もう! その話は誤解だから! 先生達にもちゃんと説明した。ちょっと俺の言葉が足りなかっただけだから、に受けないで」
「なるほど~。俺に誤解されたくないのか。そうか。意外と可愛いところあるじゃないか」
 今度はヤニさがってる。
 絶対いいように取ってるな、これ。
「フリュウ、君もだよ! 浮気とか手を出したとかアハトは絶対誤解したからね? どう責任取ってくれるの⁈」
 ただでさえ噂が広まってるのに、本人の口から肯定するみたいなこと言ったら信憑性が増しちゃうだろうが。
「そりゃ仕方ないな。婚姻の申込みに行くから親に伝えとけ」
「そうじゃなくて! 君、ラゼルが気に入らないから当てつけで俺を弄んでるだけだろ。けどね、俺はラゼルとはなんでも無いんだ。ラゼルと張り合って俺の事好きにしても、元々俺はラゼルに相手にされてないし、俺ももうラゼルの事は、なんとも思ってない…し」
 自分で口にすると辛いな。
「だから俺にちょっかいかけてもラゼルには何の痛手にもなってないからな」
 ラゼルが陰で俺を守ってくれていたのはあの約束に縛られているせいだ。
『困ったことがあったら助けるよ』
 出会いの日のあの約束。
 生真面目な性格だから律儀にその約束を果たそうとしてくれているんだと思う。
 だから俺の事を迷惑に思っていても約束を反故にするわけにはいかなくて、嫌々俺に付き合ってくれていたんじゃないだろうか。
 そう考えれば俺への整合性の取れないラゼルの態度も辻褄は合って。
「お前、それ、本気で言ってんの?」
「本気だけど…」
 悲しいけどほぼ正解だろう。
 男のくせに男心全くわかってない、でも俺には好都合、となにやらフリュウは悩ましげにぶつぶつ言ってる。かと思えば真剣な顔をして俺に向き直る。
「トワ。俺はお前のことが好きだ。あいつと張り合ってんじゃねぇ。お前のことが気に入った」
「…俺のどこがいいわけ? 自分でいうのもなんだけど俺みたいな厄介なの本気で好きになる奴なんていないよ」
 フリュウに対しても噛み付いてばかりだし可愛げなんて無い。
「お前ってたまに卑屈になるな。そういう脆そうなところ含めて守ってやりたくなるんだよ」
 フリュウは困ったように笑った。

 脆そうだなんて初めて言われた。
 居丈高で鼻っ柱の強い負けず嫌い。加減知らず。
 俺に纏わる評価なんていつもだいたいこんな感じ。自覚があるから反論は無いけど。
 だからフリュウの、俺に対する真逆の心証はくすぐったくてなんて言ったらいいかすぐには思いつかなかった。
「気が強いところも手応えがあっていいし、庇護欲そそる弱そうなところも悪くない。目が離せないよ、お前って」
 昔は、軽口だった。
 昔だって真っ直ぐに俺を見ていた。
 今だってそうだ。
 以前のラゼルは俺を真っ直ぐに見つめることは無かった。相容れないもののようにいつも視線を逸らし俺を視界に入れようとしない。
 でもフリュウは、痛いくらいに俺を目で射抜く。誤魔化しきれないくらいの熱さで俺を求めていると訴えている。
 フリュウは昔も今も変わらない。変わらず俺が欲しいと言葉にする。
「お前みたいに思える奴、滅多に居ねえよ。この機会を逃したら二度とお前みたいな奴と出会えねぇだろうなって思う。お前、俺と付き合え」
「む、無理…」
 息が詰まって上手く言葉が出なかった。
「お前がうんと言うまで諦めねぇよ。覚悟しとけ」
 俺は今多分みっともなく真っ赤になっている。だって顔が火照って熱いんだ。胸だってドキドキする。
 おかしい。俺はラゼル一筋なのに。
 いつもの軽薄そうな笑みも影を潜めて今のフリュウは真剣そのもの。 
「お前、隙だらけ」
 フワッとフリュウの匂いが強くなったと思ったら、俺の唇に息が掛かった。
 鼻をくすぐるフリュウの香りはラゼルの甘く重厚な香りとは正反対の爽やかな柑橘系。行動派のフリュウらしい真夏の太陽みたいに闊達な力強さに満ちている。
 フリュウの透き通った青い瞳。それが間近に迫ってくる。俺は雰囲気に呑まれその場から逃げる事も出来ずにただ成り行き任せになっていて。
 フリュウが一気に距離を詰めた。
 俺とフリュウの唇は───

 もとより気のいい奴なのだ。フリュウという男は。
 人情家で面倒見も良い。
 俺はことある事に言い寄られていたけど、俺の気持ちを尊重してくれて無理強いは無かった。
 ラゼルとの生活のにがさ。虚栄心で誰にも不満をぶつけることは無かったけどフリュウはさりげなく俺の心を癒してくれた。
 深刻にならないよう軽口に乗せて、俺に日々の鬱憤を吐き出させた。
 渡り歩く夜会や集まりで、どこから聞きつけるのかフリュウはお忍びで俺に会いにきてくれたのだ。
 俺がどんなにすげなくしてもフリュウは根気強く俺に構った。お気に入りのアクセサリーを手にする為とは思えない程の粘り強さで。
 下心だけにしては過分な熱量。
 一度だって絆されたことは無いけれど、もし俺に掛かっていた魔法が解けていたら、俺はラゼルじゃなくフリュウを選んでいたのかな。そんな未来もあったのかな…。
 ふざけたところのない、一回目のフリュウには感じなかった真剣な想い。
 同じ人物なのにどうしてこんなに感じ方が違うのだろうか。
 でも俺はその答えを知っている。一回目と違うからこそ気づく事もあって。
 前回のフリュウは俺を追い詰めないよう気持ちを隠してくれていたんだと思ってる。
 あの頃は既婚者である俺の体面を慮って線引きした付き合いをしてくれた。
 今は俺はラゼルとは距離を置いていて、誰とも深い仲では無い。フリュウが遠慮する必要はどこにもない。
 だからフリュウは本気を出してきた。
 フリュウは俺に本気なんだ。
 ついさっきまでラゼルと張り合う為に俺を利用しているだけと思い込んでいたけれど、フリュウはそれに異を唱えた上で思いの丈をぶつけてきた。そうされて俺はやっとフリュウの心の根底にある本当の想いに気がついた。
 浮ついた気持ちじゃない事は確かで、そんなフリュウに俺はどう応えるのが正解なのかわからない。
 だって、こんな時でも俺に対するラゼルの態度と比較して、その落差に改めて俺はラゼルに必要とされてなかったと傷ついているから。
 告白されている時に他の男の事を考えているなんて俺はどれだけろくでなしなんだろうか。

「調子に乗らないでよ」
 右手をフリュウの口元へ被せてしっかり防御。自分の酷薄さに吐き気を覚えてすんでのところで我に返った。
 ここで流されるのはフリュウに対してさすがに不実だ。
 長年初恋を拗らせている身としても一時の感傷で昇華できるほどラゼルへの想いは軽いものでもない。
「お前、空気読まん奴だな」
「空気読んで唇差し出す馬鹿がいるか」
 残念、と本当に惜しそうに俺に塞がれた口の中でもごもご呟いた。
「あんまり喋らないでよ。手に生暖かい息がかかってさっきからこの世のものとは思えない感触が。あと、腰。気安く触らないでくれる?」
 ベンチに隣同士座った格好で攻防を繰り広げている。フリュウの手が馴れ馴れしく俺の腰に回されてるから抗議した。
「なんだよ、急に冷静になるなよ」
 ならいでか。…危なかったけど。
 俺の今回の人生の目標は誰とも関わらない引きこもり人生なんだ。ラゼルがダメだから他へ、の道も無いんだぞ。
「とにかくその手を離せってば。こんなところ誰かに見られたらまた要らない噂が立っちゃうだろ!」
「いいじゃねぇか。いっそ噂になってくれれば他の奴らの牽制にもなる」
「ならなくていいよ。俺、今は誰ともそんな気にはなれないし」
「でもお前、慣れてきたよな。匂いが移るから離れろだなんだのってあれほどぎゃあぎゃあ騒いでたのに今は言わなくなったな」
 未来を知ってそれどころじゃなくなったせいでもあるけど、確かになんだかんだで慣れちゃったかも。
「まぁ虫唾が走るほどじゃなくなったかもね」
 わざと気に障る言い方をした。
 慣れてしまったその事実が悔しかったからだ。ラゼル以外のアルファに気を許したなんて自分が信じられなくて。
「喜んでいいのか怒っていいのか…」
 フリュウは口を塞がれながらも憮然と呟く。それでも俺を離そうとはしない。迫られてのけ反りながら抵抗する俺だけど、フリュウの身体はまるでびくともしない。このまま押し倒すつもりじゃないだろうな。昔の無理強いしない紳士はどこへ行った?
「本当に、やめろよっ。こんなとこ誰かに見られたら…」
「あ、トワっち。ごめん、さっき言い忘れてた……」
 背後の通路の方から突然の声。振り返ると植え込みの向こうにタレ目を丸くして言葉を言いかけたまま固まるアハトの姿。
「んだけど、たいした事じゃないから、また今度の機会でいいや。じゃあごゆっくり」
 そのまま立ち去ろうとする。
 その後ろ姿に俺は全力で叫んだ。
「見捨てないで! 誤解だから! 助けて!」
「えぇ…。俺、面倒ごとはちょっと…」
 首を突っ込みたくないと目を逸らされる。
「照れなくてもいいだろう。イーバーク、そういう事だからさっさとどっか行け」
 フリュウは調子に乗って更に俺の腰を引き寄せる。俺の両手はフリュウの顔を抑えるのに精一杯で身体は無防備もいいところ。
「アハトぉ…」
 俺は縋るように名前を呼んだ。力で敵わないんだから助けを求めるのはこの際仕方ないよね。
 けどアハトは顔を青くして、逆に俺から後退る。
「ちょっ、トワっち、なに、その声⁈  怖っ! オメガ、怖っ! 俺はアルファじゃないからそんな声出しても効果はないぞっ⁉︎」
「めっちゃ効いてんじゃん」
 すかさずフリュウのツッコミ。
 今度は俺の方へと目を眇める。
「この節操無し。他の男、誑し込んでんじゃねぇよ」
 今までの声音を変えて、ドスの効いた声で罵られる。
 酷い侮辱だ。
 俺は誰も誑し込んでない。
 てか何気に彼氏ヅラしてんじゃないぞ!
 オメガ怖い~っ、と言って走り去るアハト。それを見送り勝ち誇るフリュウ。残される無念の俺。

 このとっ散らかった状況はすぐに鳴り響いた午後の始業のチャイムにより終わりを告げたのであった。

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